第2話 猫の方便
「バケモン!!!!いや化け猫!!!!ほぎゃあああ!!!」
「静かに!」
「ひぃぃぃ!はいぃぃ!」
猫に一喝され、黙った。なんとも情けない。
「猫のことをバケモンやら化け猫やら勝手にのたまいやがって!!あわわわわわわわ!」
大声を聞いたせいか、意外と可愛い声でどんどろもちょっと狼狽えている。
かくかくしかじか、どんどろは私の身に何が起こったか冷静に説明した。
どうやらおかしくなってしまったのは私の方らしい。人と猫という本来会話が成り立たない同士であるにも関わらず、数ヶ月も人間側からどんどろに話しかけ続けるという異常行動を取り続けたせいで、自然と猫と意思疎通ができてしまうようになってしまった。ラジオで例えると、本来人間の電波しか拾わないはずだったのに、自然と猫からの電波も拾う形に私自身がチューニングされてしまったと言った具合だそうだ。
「全く、驚きたいのはこっちも同じだ。普段から私は倫の面白みゼロの話に対して、相槌や適当な言葉を返していた。」
面白みゼロ……。
「それが昨日は不自然に話を切り上げて部屋に篭って、何か具合でも悪くなったのかと心配になった。」
言葉の刺々しさの割には、意外と優しいな。
「あの……さっきから思ってたんだけどさ、そっちはこっちの話、ずっと理解できてたの?」
「ん?ああそうだけど」
「……なんで?」
「決まってるじゃん、神は人間の上に猫をお創りになられたからだよ。」
腑に落ちない。
「というか、私も神だから。はい敬って。」
どんどろは、ここら一体の猫を管轄する神様であるらしい。そして彼は(そもそも性別があるのか?)、自らの近くにいる大体の猫に干渉でき、各々の猫を自由に器として魂に入り込める。ヤドカリみたいな、はたまたクラウドサービスみたいな、なんとも言い難いシステムである。
「え、じゃあこの体にいた元の猫の魂は?」
「代わりに社に一定期間常駐させている。餌を人間にたかったはいいものの、だる絡みされて鬱陶しかったからちょうど変わって欲しいと言っていたし都合も良かった。本猫の同意のもとだ。もちろん報酬も渡すつもりだ。」
一応理不尽な目にはあってないようでよかった。猫は皆平等に幸せを享受すべきだ。てかどこの神社なんだろう。
「システムはわかったよ。どんどろは神様で、その上自由に猫の中に入れる。そんで私と喋れる特別な猫ってことでしょ。」
「違う。猫の中に入るには相手の許可がある上で契約が必要。そんでお前と私がやりとりできてるのは猫に馬鹿みたいに喋りかけ続けたせいで倫が勝手にバグっただけ。本当に猫の話を聞いていたのか?あと私はビョウスズノミコトという名がある!どんどろなんていう奇怪な名前つけやがって!」
クレッシェンドの如く、だんだんと語気が強まっていった。
「はいはい理解しました。なるほどね。」
「本当に理解しているのか?」
「なんとなくね、と言うよりそこまで枝葉は重要じゃないでしょ。それよりなんというか……」
「……なんだよ」
「神様の割に今っぽい喋り方すんだね、なんか解釈違いで嫌だな……」
「環境に適応してるんだよ。東京の人間が大阪に行って関西弁になって帰ってくる仕組みと同じだろう。」
この猫、説明が的を射ている。
「にしても、猫語を解する人間なんて数十年ぶりに会った。これも何かの因果なのかもな。そもそも短期間であれほどの累計時間猫と一方的な会話をする奴なんて家猫を飼育している人間にもそうそうおらんし……」
「寂しさは人を狂わせるね、どんどろ!」
「ハム太郎の終わりかけみたいに言うんじゃない!!」
見たことないからわかんねえよ。
「とにかく倫は、人間の中でも珍しい、猫と対話する能力に目覚めたと言うことになる。」
「ほえ〜、他にもこう言う人いんのかな。」
「過去にはみたことあるが、まず現代ではいないだろう。さっきも言った通り、今の倫は単純にバグってる状態だ。しかし、私としても非常に都合がいい状況でもある。」
「都合がいいって何?なんか嫌な予感するんだけど」
どんどろはこちらの反応などお構いなしに続ける。
「私はここら一体の猫を管轄すると言う責務を担っている。管轄といっても具体的には、治安維持、問題解決などを行なっている。区画で言うと警視庁本所警察署の猫バージョンを一猫でやっていると言えばわかりやすいかね。」
相変わらずイメージをさせるのが上手いなこの猫。
「まさかだけどそれを手伝えって言うんじゃないよね。こっちは普通にフルタイムの正社員だよ。」
どんどろは余裕な笑みを浮かべて言う。
「そのまさかといったら?」
「2度とささみやんない。」
「ニャーン……」
「でも神だよ?それなりの見返りは期待してもらってもいいと思うんだけどねえ。」
結局、条件その他諸々を踏まえ、私はこの猫に屈した。