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スカーレットの魔法譚  作者: Minty オーロラ
第一章 緋色の三日間
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第8話 転校生

 八時三十分。ホームルームまであと十分。

 風海高校一年三組の教室は、まだ騒々しいばかり。

 その中、いつものように座席で頬杖をつく黒髪少年がいた。

 膝を組み、通り過ぎる生徒たちを緊張した面持ちで観察していた。


「やっべぇ……みんな胡散臭そうだ」


 そう思うの理由は単純だ。

 昨日の出来事は、最初の予想を打ち破った――自分は、シルファスの唯一の魔法使いではない。

 今、この点を認識した上で、澪音は一応の結論に達した。

 身近な人、知り合いでも知らないでも、魔法に恵まれた可能性があるということ。


 アデルとの会話を振り返れば、魔法使いの世界がベルソウであることは行間から語られた。が、シルファスにも彼らが居るとは一度も言及されていない。

 咎めるとすれば、絶対に主観的な推測だけで断定した方の過失だ。


「もっと早く気づいたら、あんな酷い目にならなかったかもなぁ……」


 自身の愚鈍を呪って、澪音は溜息をついた。

 携帯電話を取り出し、今日のニュースを速読する。


「有名な俳優が結婚……エニグマ会社製薬技術の突破……来年の市長選の人選……」


 タイトルを小さく読むと、澪音は眉根を寄せた。

 全部、読みたい記事ではない。気になるのは、あの無精髭男に関する情報だけ。

 平和な地域で殺人未遂のような大罪が、間違いなく世間の耳目を集める。

 ニュースにならないはずが無し。

 だが――、


「ない……ない! ない! ない! ない! どこにもない!」


 検索欄に『高校生への襲撃』と入力したこと、他のメディアで調べること、すべて無駄だ。

 偶然にも、登校した前でわざわざ寄り道をして記憶中の事件現場に行った。

 同じ場所。同じ風景。ただ、事件の痕跡だけは、どこにもなかった。

 血に染まったはずの地面。破壊されたの石垣。風魔法で吹倒したはずの樹木。


 ――無い。


 まるで、誰かが真実を隠しているかのようだ。


「偶然、じゃないよねこれ。ひょっとして、黒幕がいるってこと? 犯罪グループ、マフィアなどの………………デンジャラス!」


 様々な陰謀説が頭の中を駆け巡り、澪音は顔面蒼白になった。

 背中が寒くなり震えて歯がガチガチ噛み合う。


「みっ、皆さん、おはようございますぅー」


 澪音を恐怖から救ったのは若い女性だった。二十代に見える。

 教室のドアを開けると、水色のブラウスと地味な薄緑スカートを着た教師が、教壇の前にやってきた。

 相変らず大好きなロリポップの甘味を享受している。今日のはライム味らしい。


「あっ、飴宮(あめみや)先生だ」

「えっ? 遠山先生はどうかしたの?」

「なんつか、よかったな!」


 一部の学生からは戸惑いの声も聞かれたが、多くの意見は前向きなものだった。

 積極性がなさそうだった男性教師が、人気な女性教師に取って代わられたことは、女子がどう思うかはともかく、男子たちは大歓迎。


「と、遠山先生に代わって、担任になった飴宮(あめみや)三咲(みさき)、です。こ、これから皆さんと、楽しい一年を過ごせます!」


 魅力的な風貌とは裏腹に、新英語科担当の飴宮三咲はひどく自信不足な口調で自己紹介をした。

 こうした外見と性格のギャップ、時折見せる不器用さが、飴宮先生を人気教師にさせた。


「えっと、今日転校生が一人います……な、仲良くしてくださいね」


 突然の知らせに教室内は大騒ぎになり、新たな議論が始まる。


「ねえ、どんな人だろう」

「かわいい子だといいっすね」

「いいえいいえ。性格よければ、性別なんてどうでもいいでしょう」


 そういう雰囲気に飽きて、澪音は筆記帳を開き、記憶の銀髪女子を素描する。


 時間を無駄の場合ではない。どんな物証からでも昨日襲撃の全貌を導き出す方法が、完全に塞がれたのが現実。

 それが悪夢でないのなら、知りたいことを把握しているのは、あの少女だけ。


「大袈裟過ぎ、そいつら。いくら転校生が可愛くても、月渚ちゃんと比べ物にられねぇよ」


 と、澪音は一列目の月渚をちらりと見た。

 しかしすぐに首を横に振り、視線を紙に戻す。


「ダメダメ! 集中、集中だ! えっとえっと! 先ずは、あの子を探すぅ……………………でも、どうやって?」


 回想だけでは、彼女の完全な姿を描き出せない。

 できたとしても、風海城で特定の女子を探すのは、素手で魔王幹部を挑戦のと同じくらい難しい。

 それに、社交界が限られていると、その計画はさらに困難になる。

 行き詰まった澪音は憂鬱そうに顔を掻いた。


「……入ってください」


 飴宮先生が言うと、転校生は扉を開ける。ゆっくりと黒板の前に行き、そこに白いチョークで名前を書いた。


 書かれた内容を前にして、教室は静まり返る。

 ただ、全員が同じ沈黙の顔をしているわけではない。


「わあっ、読めねぇ……」

「外国人?」


 中には、彼女が板書した文字を理解できず、訝しそうな顔を作った生徒もいる。

 次いで多かったのが、彼女の絶世美貌に目を奪われ、言葉の壁を無視した男子たち。

 でも雨夜澪音は、どちらの味方にもなれなかった。


「こ、この子は……」


 クラスの新人には興味がないが、人間の好奇心が澪音を一瞥させた。

 少女の容貌が眼中に入る瞬間、汗が額から頬まで流れた。

 凄く気になるのは、黒板のベルソウ共通語ではなく、その転校生の方だ。

 昨日登場した人物の一人に酷似する。


 肩まで伸びた銀髪の少女である。雪のように白い、滑らかな肌に見える。

 特徴的なのは、その美麗な碧眼。浅葱色の瞳には宝石のような光輝があり、魅惑的な陶酔感を覚える。

 純白を基調としたブラウスに青スカートが風海高校の基本。同じ制服姿なのに、クラスにいるどの女子よりも美少女だった。


「あ、あのう……できれば日本語で……」

「あっ、そうだ」


 銀髪少女は驚いたように小さく頭を下げ呟いた。すると、背を向けて日本語で名前を書き直した。


「ミスティー・セラフィンです、よろしくお願いします」


 運命の悪戯なのか、偶然なのか、ミスティーと名乗る少女との二度目遭遇に一驚した澪音は、思わず手中の鉛筆を落としてしまった。

 美少女の参加に男子たちが大歓声を上げる中、ミスティーの鋭い視線が澪音の記憶の一部を呼び覚ます。


「ミスティー……セラフィン……」


 澪音は些細な音量でその名前を囁いた。


 想起したことが全部ではないが、確かなのはあの時、ミスティーの顔に飛び散った血がついた。無残に惨殺られた敵三人から。

 偶々目を開けた時、一メートル先に、粉々に砕かれた仮面が見えた。


「隣、いいですか?」

「はっ、はい……?」


 現実に引き戻され、心臓を強打されたように荒い息をつく澪音の前に、ミスティーがじっと見つめている。


「……」


 躊躇う澪音に、ミスティーは少し目を細めた。

 ぽんと、左手を机に叩き、右手を椅子にかけ、顔を近づけながらもう一度聞く。


「澪音、隣、いいですか?」

「いきなり呼び捨て?! それに、なんでセラフィンさんは僕の名前を知ってる……」


 澪音はその覇気がある頼み方に圧倒されなかった。

 だけどそれ以上に気になるのは、唇を尖らせた有栖月渚から、絶対零度の視線。


「あ、有栖さん……?」

「……いいじゃないか、モテモテの澪・音・君」

「違うって! 勘違いしないで!」

「へぇ……本当? でもあの子、呼び捨てにしてるよ」

「いや……いやいやいや! そいつの勝手だよ! セラフィンさんとは初対面だ……ろう……」


 転校生の唐突な要請を断ることが、不機嫌な月渚への最善策。

 ただ、ミスティー自発的な接近は放棄したくない好機だった。

 一方は幼馴染の感情で、一方は手の届く真相。

 このばつの悪い窮地で、どちらが大事なのか、どうしようもなく、澪音は最終的な選択をするしかない。


「別に、いいけど……勝手にしろ……」


 恥ずかしそうに視線を逸らし、弱々しい口調で返事をした。

 結果は澪音自身の予想通り――二物を得た。


「よろしくお願いします、澪音」


 隣席の銀髪少女――ミスティー・セラフィン。


「ふんっ! もう知らない!」


 そして、ひどく不機嫌な月渚。

最後まで読んで頂きましてありがとうございます!

誤字脱字がありましたら教えて頂けます。

少しでも面白いと思っていただけましたら、ブックマークの登録や★★★★★で応援いただけますと嬉しいです。

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