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スカーレットの魔法譚  作者: Minty オーロラ
第一章 緋色の三日間
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第6話 初めての魔法

 …………………………。


 澪音突然の抵抗に、敵はいきなり攻撃を再開できず、膠着状態に陥った。

 一人、一精霊。背中合わせになって、重囲を突破する好機を待つ。

 部下の二人は、少年の一挙手一投足を警戒する。

 一方、しばらく沈黙したの無精髭男は、どう見ても人間種族ではない澪奈に焦点を移った。


 ――その耳……あの子たぶん、精霊だろう。


 と、彼が眉を顰める。

 ある程度。精霊は、魔法使いよりも、シルファスにいるべきではない存在。

 生まれつき独特な外面を持つ高等種族と魔法使いが一緒に現れるのは、往々にして二つの可能性を意味する。


「おまえ、特殊魔法<召喚(サモン)>の使用者だよね!」

「……っ?」


召喚(サモン)>――動物、魔獣、精霊を召し出す魔法。ゲームによく耳慣れた用語だ。

 しかし。『特殊魔法』、という初耳の概念に、澪音は疑問を覚えた。


「澪奈、特殊魔法とは?」

「元素魔法以外のやつだ。いろいろな種類があって、一部は古書にも載っていない。注意が必要な魔法タイプよ」


 わかりやすい説明のあと、澪音の額に汗の玉がびっしり浮かび上がる。

 前面、無精髭男は既に臨戦態勢に入った。

 正攻法の準備動作ではなく、指を一本立てるだけだった。


「くぅ……」


 危険を感じた澪音は思わず固唾を呑む。

 次の瞬間、嫌な予感が的中した。

 浅黄の魔力が無精髭男の指先から放たれ、回避不可能な速度で四方に広がっていく。射程内の植生は触れた刹那に枯れてしまう。周囲の明るさも大幅に低下した。

 まるで、空間全体の生命力を失ってしまったかのようだ。


「なっ、なんだ?!」


 その魔力に身を貫かれた一瞬、澪音は再び強い圧迫感に襲われた。

 全身が硬直し、体力が激減している。立てることも困難になった。


「またこの感じ……さっきより強い……くそっ!」

「ふふふ。そうだ。これが俺の<黄昏(こうこん)結界(けっかい)>。どう? 死ぬ前に見るような光景が美しいだろう」

「どこが美しんだよ!」


 無精髭男の猟奇的な審美眼に、澪音が大声で揶揄った。


「――そんな派手な魔法を使って、誰かに見つかったら困るのはそっちだろぉ」

「ふん、全然……この結界に踏み入れた時点、おまえは孤立無援の運命にある。俺の領域で、謎者はおろか、魔法使いですら追跡するのは難しい!」


黄昏(こうこん)結界(けっかい)>――使用者が指定した対象を弱らせる空間を作り出す魔法。信号や魔力を遮断できる。

 空間の支配者である無精髭男は、厄介なターゲットに遭遇したとき、必ず『弱体化してから攻撃』作戦を取る。

 先程、澪音が弱った状態を解消したことに微かな脅威を感じていた。

 現在、魔法の効果を強化して、澪音と澪奈を弱体化の洗礼を受けさせる。


「苦しい……殺し屋がこんな魔法を持ってるなんて、チートじゃねぇのかよ……」


 自力では先ほど数倍の束縛から逃れられないことを自覚し、澪音は目を閉じた。


(澪奈、もう一度<浄化(クレンズ)>を使えるか)

(うん。でも、今澪音残るの魔力じゃただ一回しか使えない)

(上等! 一回で十分だ!)


「<浄化(クレンズ)>」


 小声で言い、澪奈は澪音の肩にそっと触れて、真っ白な魔力を注入した。

 冷たい感触が、身体の中を駆け巡る。わずか二秒で、硬直を解けた。

 ただし姿勢はそのままにして、敵に気づかれないように。


(どうやら、僕の魔法を使う時が来たようだな。澪奈、魔法の使い方を教えて)

(簡単に言うと、先ずは魔力を感じる。そして「わぁ!」とそれを具現化させる)

(……)


 抽象的な説明を聞いた澪音は半眼になった。


(それだけか?! 難易度上がってるじゃねぇ?! もっとわかりやすくしてくれない?)

(やってみないとわからないでしょ! 澪音は本当に魔法使いなら、きっとすぐにその感覚をつかめる!)

(マジ説明不足! まあ、あまり選択がないようだね。やるしかねぇなぁ!)


 澪音が立て直した瞬間。


「行け! ターゲットを抹殺!」


 無精髭男は連携攻撃を指示した。

 手下たちは「はい!」と返すと、ポケットから折り畳み式ナイフを取り出し、突進を始める。


 襲ってくる三人を前に、澪音は昼休みときの感覚を求めて拳を握りしめた。


 ――魔力の流れ、魔力の流れ……


 確かに、澪奈を召喚していたうちに不思議な力を感じた。

 魔法使いの命脈であり、魔法発動に欠かせないものである魔力が今、澪音の望みに応えるかのように、だんだん体内に湧き上がってきた。


「感じる……感じるぞ!」


 目を見開き、澪音は魔力を両足に導く。

 うまく行ったら逆襲の始まり――いや、それは調子に乗った熱血バカの選択。

 最初から考えた通り、『逃げる』ことだけが正解だった。


「走ることが得意! 魔法があれば鬼に金棒だぁ!」


 口角を上げて、自信を込めた笑いをみせ、


「殺し屋のおっさんたち、悪いなぁ! こっちも、魔法を使えるんだぁぁ――!」


 刹那――風が吠える。

 魔力が爆発し、澪音を中心に半径五メートルの範囲で砂塵を巻き上げた。


「なんだあいつ! まだ動けるのか?!」

「ちっ!」


 衝撃波に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる手下二人。

 無精髭男は爆風を両腕で受けとめたが、撃退されていた。


「ふふふ……やった……ふふふふ……やったぁぁぁぁ――!」


 澪音の歓声が響き渡った。

 その興奮は、魔法を使ったことだけではなく、窮地から抜け出す道を見つけたことにも起因している。


「きれい……」


 煙が晴れる。

 魔法の発動を見た澪奈が、思わず褒めた。ただ、賛詞の対象は澪音の背中に緋色光を宿す、体の二倍ほど、純粋な魔力でできた半透明の翼だった。


「これが、僕の……」


 澪音は手を伸ばして羽をつまんだ。ふんわりとした質感で、なめらかな表面だった。視覚的には、固体と液体の間を流れているように見える。

 幻想的な輝きを放つ、華麗な翼である。


「けっ……」


 スーツの埃を払うと、無精髭男はようやく蔑みの目をやめた。

 今となっては、彼は少し真面目にならざるを得ない。


「実におかしい。このガキ、特殊魔法をいくつも使ってる。理論的には絶対にあり得ない……じゃ残ったのは……」


 おそらく、<召喚>の使用者以外、最後の可能性だ。

 スカーレットー。五百年前に壊滅したはずの魔法家族。

 生き残った者はない。子孫はない。

 なのに、その噂で契約精霊と特殊魔法の両方を使いこなし、歴史から消えていった一族の人間が、今、目の前に生きている。


「……なるほど。そいうことか」


 呟きながら短刀を拾い上げた無精髭男は、横顔の血をぬぐった。

 残った魔力の大半で刃に青い稲妻を纏う。

 複雑な感情の中、なぜか些か興奮があったのだ。


「始末しておかないと、このガキが組織の脅威になる。まさか、スカーレットをこの手で殺せるとはなぁ……ふっ、光栄だね」


 手下たちが態勢を立て直したのを見て、無精髭男は澪音に刃先を向け、大声で最後の指示を出す。


「彼を葬る!」

「「はい!」」


 まさに一触即発。

 手下二人組が物凄い速度で左右に立ち、持ち上げた両手に魔力を集める。


「<炎龍(えんりゅう)>」

「<疾風(しっぷう)>」


 咄嗟に、街道は薄緑と真紅に埋め尽くされた。巨大な竜形の炎と強風が、空中で交錯する。

 古来、元素は互いに相克と補完の関係にある。魔法においても例外ではない。


 火魔法と風魔法――融合して壮大な炎柱になる。

 咆哮する熱波が経路に真っ黒な焼痕を残し、吃驚仰天した少年に迫る。


「うわわわわわ! こいつら本気だ!」

「気をつけ澪音! 早く飛んで避けて!」

「でも……でもよ!」


 必死に飛び立とうとして、脳内でも『飛べ!』と何度も指示した。

 わずか数秒の反応時間で、これまで学習した飛行に関する知識をすべて使った。

 けれど、その結果に澪音は戦慄に指先を震わせる。

 頭が混乱して意味がさっぱりわからない。


 ――なぜ、飛べない……?


 翼が本来の機能を失い、その存在に何の意味があるんだろか。

 どんなに頑張ってみても、手が届きそうな空は、まだまだ遠いだった。


「どどどど、どうすればいいのかよ?! もう避けられないんだ!」


 澪音の顔が、混乱に染まっていく。

 こんな時、揺れる心は「助けて……」、それ以外の言葉が思いつかなかった。


「――――」


 轟音とともに、猛烈な爆発が周囲を襲った。

 魔法の全力一撃が直撃する。魔法使いであろうとなかろうと、絶対高温では屈強な体も消し炭になってしまう。

 だが――爆心地で澪音は灼熱感の洗礼を受けなかった。

 むしろ、向こうから吹いてくる暖風が妙に快適だった。


「……えっ、え? ぶっ、無事?」


 澪音は恐る恐る目を開ける。

 視界に飛び込んできたのは、勢いよく気流を放って炎の拡散を阻む澪奈……だけではない。目前、魔法の翼が盾のように立って、高熱の一撃から防御した。


「暑い……」

「澪奈!」

「心配しないで、私は大丈夫よ……それより集中して! 魔力をしっかり凝縮しないと、炎が貫くぞ!」

「なに?!」


 そう言うと、澪音の耳に「ジジッ」の音が入ってきた。

 翼が全力で火刑に耐えているが、予想外に耐火性はあまりよくない。数秒でダメージを受け始める。

 先端の部分は次第に溶けていき、地面に落ちると分解して、空気に混じた。


「けっ、重い……」


 圧倒的な衝撃を受けた澪音は、風圧で汗が吹き飛んでいく。

 腕の力が抜けている。いくら体力があっても、あと一分で限界だ。


「澪音、持久戦はかなり不利よ! これじゃいずれ魔力が尽きてしまう!」

「この状況、僕だって逃げたい! でも魔法を使うって想像以上に難しいんだよ……羽の動きをコントロールするだけでも大変。だから――」


 スッ。


 え……?

 この音は何……?

 限界の前のに……?

 どうして……?


 突然すぎる。

 何があったのか、澪音にはよくわからない。

 その瞬間、不自然に痙攣した身体に、悪寒を感じた。

 ひんやりとした体感ではなく、骨の奥まで冷えて、麻痺が断続的に続く。


「――――ぐっ」


 目が濡れた。

 激痛が全身を支配する――正確には腹部を中心に、神経を通してあらゆる部位に痛みが広がっている。

 見開かれた目からは、光が消えた。その下にあったのは、翼と肉体を貫通した銀色の金属片。鼻に迫るような鉄の臭いがする。


「いた……マジ痛かった……」


 死よりも耐え難い苦痛。ただ、今さらそれを訴える機会もない。

 抵抗する力を失い、澪音はその場に膝をつく。切っ先が腰椎と腹を貫き、臓器に致命的な損傷を与えた。

 今、やっと理解した。殺され、緩やかに死後の世界に向かうのはどういう体験。


 ――悲鳴をあげたい。あっ、それも無理か……


 と、意識が朦朧としてきて、澪奈の呼ぶ声も聞こえなくなってしまった。


 スッ。


 短刀が体内から抜き出された時、胸や背中から血が絶えずに噴き出す。

 視野の中に、横向きの世界が――否、横向きのは澪音だけ。冷たい地面にぴったりと密着していたのだ。

 面前の敵に集中しすぎて、死角からの脅威を無視した結果である。


「澪音……」


 悲しげに涙を流す澪奈。言葉を詰まらせる。

 魔法契約があっても、契約相手が受けた物理的ダメージを体験できない。

 でも見るだけでもわかる。気息奄々の澪音が、死亡まであと数歩。


「マスター……マ、マスター! ダメ! 死んじゃダメだ! 死なないで……私は死なせなーい――!」


 しゃくりあげながら澪奈は傷口に手を当てる。

 が、それはただの徒費だった。

 百回やっても、<浄化(クレンズ)>は出血多量は止められない。


「……」


 澪音は乾いた唇を震わせ、掠れた声でも出せなかった。


(ここでゲームオーバーかよぉ……くやしい……)

「やめて、マスター……テレパシー使ったら死を早めるだけ……」


 少年の命が散るのを睨むと、無精髭男は煙草に火をつける。まるで人を殺すのが当たり前であるかのように、平静になった。


「……あなたたち、一体何なんだぁぁ――! なんで罪もない人を殺すんのか?! マスター……澪音と今日、契約を結んだばっかりなのに……」


 憎らしい、憎らしい顔を見て澪奈は怒鳴った。


「それは、俺たちの野望のため。先代たちの悲願でもあるねぇ……」

「なんだって!」


 澪奈の悲憤に、無精髭男は殺意を抱くことはなかった。

 だって、必要がない。

 マスターが死ねば、契約精霊も一緒に眠る――次の召喚まで。


「翼持ってたのに、羽ばたけない。悲しいやつだね」


 彼の目には、生命を軽視するような漠然としたものがある。


「このまま永遠に寝ろ。どうせ、おまえたちの存在自体が間違いだ」


 口の端に血の泡を浮かべた澪音は意識が消える直前、最後に横を向いた。

 オレンジ色の空。夕日に染まった街には今、冷たい空気が残っている。何もかもが淋しく見えた。


 まさに『黄昏』の景色。


「さよなら……スカーレットのガキ」


 臨終の際、聞いたのはこの言葉。けど、何か違う。

 どうやら、あの三人は「誰かが結界に侵入しようとしてる」と言ったようだ。


 それから。


 それから……


「ここまでだ、悪党ども」


 死ぬ前にとんでもないものが見えるんだね、と澪音は弱々しく囁いた。


 目と耳が嘘でなければ、その正義然とした台詞は、一人の銀髪少女からのようだ。敵三人と激戦して、心配そうな顔を見せた。


 彼女は、誰なの……?

 助ってくれた……?

 なんで……?


 …………………………。


 その答えを得る前に、激しい痛みが心臓に伝わってきた。

 瞳に赤い光が閃き、澪音の意識は闇に落ちた。

最後まで読んで頂きましてありがとうございます!

誤字脱字がありましたら教えて頂けます。

少しでも面白いと思っていただけましたら、ブックマークの登録や★★★★★で応援いただけますと嬉しいです。

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