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スカーレットの魔法譚  作者: Minty オーロラ
第一章 緋色の三日間
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第5話 魔法使いの襲来

「大変な一日だったなぁ……」


 澪音は体を動かしながら、風海高校前から延びる坂道を降りていく。

 精霊と契約を結んでから、初めての午後。

 シルファスに好奇心を露にする澪奈は、澪音の制服に隠れ、半分だけ顔を出し、迷者の社会を見回す。偶に質問をしたり、スマホやイヤホンに戸惑った顔をする。

 とにかく、健全な、高校生らしい良いやりとり。


 ――たぶん、別の平行宇宙ではこのような和気藹々とした雰囲気があるかも。


 澪奈が姿を消してから四時間が経った。

 音信不通でテレパシーでも向こうの状態は読めない。ただ、帰る前に彼女が見せた失望顔だけは覚える。


「やっぱり怒ってる、澪奈は……まあ、確かにこっちが悪かったけど……」


 そう言って、落ち込んだ澪音はイヤホンをつけ、帰宅まで音楽を聴くといういつもの生活パターンに戻る。

 これが面倒なことを回避する絶妙な方法だと、彼は確信していた。

 聞かなければ、見なければ、気にしなければ、楽になる。


 しかし、今日の場合にはまったく当て嵌まりない。

 見慣れた街頭に足を踏み入れると、つい歩調が遅くなった。

 奇妙な違和感が浮かび、澪音は周囲の微妙な変化を無視できない。いつもと何か雰囲気が違う気がする。


「……今日って、何かイベントでもあるのか? みんなどこに行った?」


 間違いない。

 人影のない通り、車の通らない道。

 ついさっきまで生活感の残っていた住宅街はひっそりと静まり返った。

 公園にも、街角の売店にも、土手の石橋にも、誰もいない。


 空気中には変な粒子状物質が混じっているようだ。

 耳元を通り過ぎた風が土ぼこりをあげ、木の葉がさわさわと音を立てて、夕焼けの残光が不気味に見える。

 異例の天候は、四月の春色を消し去り、一層の奇怪を付けた。


「――――」


 瞬間、夕陽に黒影が空気を切り裂いて急速に掠め、後方から澪音の体を貫いた。

 心臓が一瞬にして爆発し、撒き散らした血が地面を赤く染める。

 ただ――その奇襲が命中すれば。


 足元の真っ黒な羽毛に目を奪われ、澪音は間近で見ようとしゃがみ込んだ。

 音楽が、ぴたりとやんだのだ。

 イヤホンは刃物で一刀両断され、地面に落ちる。


「……はっ?!」


 心臓がどきりとして、三秒遅れの恐怖が澪音の全身を占領する。

 前方、地面に挿した凶器――目算では二十センチほどの短刀を見て、自分が死亡とすれ違ったことをようやく気づいた。


「いけないなぁ。こんな時間で、一人でぶらぶらして。ね?」


 後方から低い声音がした。

 戦慄が走る澪音が振り返ると、黒スーツを着た中年男が少し離れた石垣に靠れる。

 服装よりも目立つのは、彼の無精髭だった。ベネチア仮面を通して、鋭い視線が澪音に向く。


「だっ、誰?」


 澪音が震える声で尋ねた。

 仮装パーティー参加者でもない、怪しい格好でこの近所にいるのは不審すぎる。

 まるで、正体を見られることは禁忌であるかのようだ。


「気配隠すの一撃を躱せるって、お見事。それなりの実力だ」


 自分だけ聞こえる声で賛美し、無精髭男は一歩を踏み出し、


「俺たちは、ただのお隣さんよ」

「俺たち? どういうこ――」


 澪音が言い切る前に、黒燕尾服を着た二人の男が、道路の反対側から出てきた。

 同様にヴェネチア仮面を被っている。


「……僕に、何の用ですか? いやっ、ないんだろう……おっさんたちを全然知らねぇし、こっちも日常以外のことにほとんど関わらない。人間違いってやつかな」

「人間違いはずがない。こんな威張って魔力を隠さず歩くのは、おまえのせいだよ、魔法使い君」

「?!」


 息が、つい荒くなってしまう。

 強烈な焦燥感が、相手の言葉を脳内で受け止める瞬間が訪れた。

 眼前の男は遭遇から一分で、迷者が信じない事実を指摘した。

 魔法使い――超自然的な力を操る、シルファスにいるはずのない存在。


「かっ……」


 途端、不安感が体の隅々にまで広がっていく。

 背筋が寒くなり、澪音は不自然な笑顔を作りながら、


「……はっ、はあぁ? 魔法使い? 魔力? なっ、何言ってるんですか……ひょっ、ひょっとして、おっさんたちも漫画好き?」

「とぼけても無駄だ……小僧、大人をなめんなよぉ!」


 澪音の怯えた様子、それを見た無精髭は見下すような冷笑をする。


「よーし! 選べ! 良いニュースと悪いニュース、どっちから聞きたい」

「わ、悪いニュース……」

「ずいぶん消極的な選択だね……悪いニュースは、おまえが死ぬ! 今日、ここでなぁ!」

「いきなり死刑宣告?!」

「大丈夫、瞬時に解脱される。痛みは感じない」


 簡単な点頭で、部下二人組はすぐ無精髭男の指示を理解し、澪音の後方に回った。そこに立つだけ。意外と攻撃する気配も、武器を取り出す気配もない。

 が――それで十分だ。

 両方から伝わってくる殺意と脅迫性が、澪音に汗を流される。


「待て待て待て! 落ち着いて交渉しようっ! 一体何が欲しいの? お金?」

「そうだったらどうする? 払えるのか、莫大な金額」

「払えないだろうぅ! ただの高校生だぞ! くそぉぉぉ――」


 絶望的に頭を抱えた澪音は絶叫する。

 身体つきといい装備といい、自分の方が全然優勢がない。


 澪音には、考えたり迷ったりする余裕が残っていない――同様、一時的に姿を消した澪奈にとっても悪い状況である。

 契約相手が今ここで死ねば、『史上最短契約』の汚名を着せられることになる。


(なんで初日こんな事件が!)


 どんな許せないことをして、他人に命を奪われるのか、と自問した。

 そして、なぜ魔法使いのことを、迷者が知る。


 しかし、それはもう無駄な話。なぜなら――、


「体が、動けない……」


 当惑顔が恐怖顔に変わた。

 一瞬、澪音は全身の硬直を感じた。普段、一番頼りにした足でさえ、まるで魂を抜かれた死体のように、大脳の信号を無視する。


「<蒼雷(そうらい)鎖鎌(カデナ)>」


 ――ほぼ同じタイミング。


 無精髭男の掌から青い稲妻が鎖形になり、地面の短刀を引っぱって手に戻した。

 澪音の認識では、合理的な説明はただ一つ。それは――、


「ま、魔法?!」


 と、思わず怪訝な声をあげた。


「おまえらも魔法使いなのか?!」

「ご名答」


 動けない獲物は、狩人の前で死んだも同然。

 澪音の無力さに、無精髭男は速戦即決を諦めた。薄笑って、少年の髪を掴み、その瞳を興味深そうに凝視する。


「この深紅の瞳孔と強情な顔、嫌な奴を思い出させるなぁ」

「他人への怒りを、僕に向けるんじゃねぇよ……」


 息苦しくなってきた澪音は、怨言を吐き出した。


「確かに。おまえは彼じゃない。だが、末路は彼と同じになる」


 無精髭男は凶暴な表情をし、更に短刀に魔力を込める。瞬間、青く輝いた。雷の火花は直前の数倍くらい。

 これは前兆。かなり不吉な前兆。

 状況の意味を、澪音はすぐ理解した――『生』の権利が奪われる。


「まだ死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない……」


 生還の見込みは微々たるもの。

 感情の崩壊寸前。無感覚に同じ言葉を繰り返すしかない。


(嗚呼、ゲームだったらいいな……)


 そう。ゲームなら、死んでも復活できれば最終的には必ずクリアする。

 けれど、『リアル』と呼ばれる大型RPGで、一人は一命、あくまで公平な設定。

 走馬灯とか、どんどん目の前を通り過ぎていく。

 それでいい。

 少なくとも、死ぬ前に最後の風景は憎い中年殺し屋ではない。


「バイバイ、弱い魔法使い君」


 鼓膜に響くのはまた無精髭の皮肉な口調。

 だけど、澪音の心がもう一つの声を聞いた――遠くから聞こえてくる、希望を連れる声なのだ。


「神聖な浄化の力よ、澪音の状態異常を消せぇ――!」


 白光が高らかな雄叫びと共に、相手の殺気と雷刃を飲み込む。


「けっ!」


 ターゲットを見失っても、無精髭男は致命的な一太刀を振り下ろした。

 一瞬、澪音は感じた。固まった血液の流れが戻り、全身の強張りが吹き飛んだ。


「はっ! 束縛が解けた!」


 それを認識した瞬間。

 迫りくる刃に、澪音は歯を食いしばって仰け反る。


「殺されて、たまるものかぁぁ――!」


 喉を斬られるのを間一髪で逃れた。

 姿勢を安定させた直後、力を右足に振り分けた澪音は無精髭男に得意の蹴りを繰り出す。


「っ?!」


 突然の視界妨害に、無精髭男は信じ難いように目を丸くし、条件反射で身を捩って躱した。


「澪……奈……」


 澪音は無意識にその名前を呟く。激烈に打った心臓が、ようやく落ち着いた。

 今、澪音に安心感を与えるのは澪奈だけ。

 何時間も待つうちに、彼女の小柄でも頼もしい姿が再び眼前に現れた。


「よかった……どうやら間に合ったみたい! 大丈夫か、澪音」


 そう言って、喘いでいるマスターの方を心配そうに振り返る。


「ふう……いきなり殺し屋たちに襲われて、色んな意味で大丈夫とは言えないよね……まあ、今のところ、一応セーフかな。澪奈こそ、やっと現れたってことは――」

「ええ、見つけたよ、契約能力。まさか、<浄化(クレンズ)>だとは……」

「<浄化(クレンズ)>?」

「契約相手の弱体化と状態異常を解消できる高次魔法。全能力で唯一、今の状況で助け船を出せる能力だ。これはまるで――」

「奇跡だね!」


 とはいえ、立ち上がった澪音は、危機解除の安穏を感じなかった。


 相手の目的。相手の身元。相手の魔法。


 それを何も知らない、非常に不利な状況である。

 更に、男の悪辣さからして、次は恐らく、彼が表明したことと同じ。


 ――こっちを生きて帰させないだろ。


 と、澪音は分析した。


 ならば、話は簡単だ。

 強制イベント『魔法使いの襲来』。クリア条件は敵の全滅——否、彼にとっては生還すれば勝利である。

 この戦略最大の前提を、澪奈と同時に意識した。

 それは、魔法を使わなければならないこと。

最後まで読んで頂きましてありがとうございます!

誤字脱字がありましたら教えて頂けます。

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