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スカーレットの魔法譚  作者: Minty オーロラ
第三章 リスタート
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第94話 救済の業火

 工場外周の探照灯が空を掠めた、その瞬間にはもう赤髪の影が警戒線を越えていた。隕石のごとく、敷地上空の闇を一直線に駆け上がる。

 空気は力任せに押し退けられ、短い爆鳴が残った。

 壁上の鉄条網は微かに震え、見張り台のガラス窓は同じ瞬間に砕け散った。


「お前らぁぁぁぁ! 誰を攫ったか、わかってんのかぁぁ!」


 高所から叩きつけられたフェニックスの大喝は、疑いを許さぬ痛快さを伴い、区域全体へ響き渡った。


「ミスティー・セラフィンは、俺の可愛い後輩、未来の騎士だ! ここで足を止めるわけがねぇ!」


 建物の真上で、足場も支えもないまま、屈強な影は月光の下で真っ直ぐに立った。

 灯火と鋼鉄を見下ろす眼差しは怖いほど澄み、口元には明快な弧が浮かぶ。

 遅れた約束を埋め合わせるかのように。


「罪深き悪党どもぉぉ、今こそ落ちろぉぉ! <紋章展開(ブランダラ)>、スペードJ!」


 瞳孔に冷えた光が走り、スペードの模様へ変わる。

 宣言と同時、五指が強く握り込まれ、黒い稲妻が体内から迸って全身へ纏わりついた。

 そして右手を高く掲げ、全身全霊で叫び、


「闇を払え! 前途を照らせ! すべてを燃やし尽くせ!」


 瞬間、掌から緋の火光が炸裂した。

 猛き炎は召喚されたかのように空中で形を結ぶ。

 輪郭ができ、翼が生まれ、胸奥の灼ける核が灯る――炎で鋳造された一羽の鳳凰が夜空へ翼を張った。

 黒い稲妻が絡みついた刹那、火鳳凰は膨張し、瞬く間に数十倍へ膨らんだ。


「<鳳凰(フェニックス)烈焔(・ファイア)>!」


 熱波が押し下がり、空気は裂けて視界が震えた。石屑、金属片、塵が強引に引き上げられ、周囲に浮遊する。

 その一瞬、環境そのものが沈黙した。――審判が落ちる瞬間だけを待って。


「今だ! 黒雪くん!」

「ああ!」


 嵐の前の静寂、それが撤退の合図。

 速く――生死は、この瞬間の速度にぶら下がっている。

 花蓮は翼を広げて月渚とミスティーを背へ押し上げ、榛の<逢獣(クロスビースト)・鷲>が急発動し、伸びた鉤爪で秋風の身体をがっちり掴む。

 一息で、花蓮の動きに同期するように窓外へ躍り出た榛は、遠方へ飛び去った。


「なっ――」


 敵に驚く暇はゼロだった。

 火鳳凰が急降下した直後、建屋の屋根と鋼梁は高熱の中で耳障りな捻れた悲鳴を上げた。


 一閃、一裂。

 製薬工場の外壁と設備は崩砕し、火炎が窓と廊下から噴き上がる。潮の逆流めいて建物の内部へ流れ込んだ。

 逃げ道はない。二階の警備隊は巨大な爆焔に呑まれた。


『ああああああああああああああ!』

『たすけて……』

『うわあああああああああ!』


 悲鳴は次第に鈍い爆音へ沈み込む。

 だが終わらない。

 火は散らず、下へ追撃した――天地を貫く灼熱の長槍のように地表へ突き刺さる。


「なんて恐ろしい力だ……これは魔法か……」

「フェニックスさんが味方でよかった。もし敵だったら、どうやって勝てたか想像もつかない。熱い!」


 遠ざかる夜空で振り返って、この壊滅的な攻撃を目の当たりにした秋風と月渚は、思わず身震いする。

 二人の顔から汗が流れ落ちる。激しい熱さだけでなく、炎がまだ外側へ燃え広がっていたからだ。


『ゴゴゴゴ』


 轟音とともに、地面は白く焼け、次いで陥没した。

 爆心を中心に亀裂が狂ったように拡がり、コンクリートを泡立たせ、崩し落とす。

 熱波は地下へ潜り、隔壁と床板を何層も穿ち、地下二十メートルの研究所へ侵入した。


 高温で破裂する機器。

 廊下が、炎に赤い直線として点火されていく。


 やがて地下から、胸の奥を締めつけるほど重い崩落音が響く。

 研究所は内側から支点を失い、層が層を押して沈み、連鎖して崩れた。

 割れ目から塵浪と熱風が噴き上がり、余焔が巻く。

 すべての実験室は同一瞬間に緋色の業火へ呑み込まれ、轟鳴が地底から立ち上った。


「燃えろ……ここにある悪を、全部燃やし尽くせ」


 工場正門前へ降り立ったフェニックスは、火柱の景色をただ静かに見つめていた。

 余燼の熱風が鮮やかな赤髪を揺らし、高温で焦げた上着を吹き散らし、内側の灼傷で赤く腫れた皮膚を覗かせる。


 追撃はしない。あの一撃で、もう十分だ。


 火柱はさらに深部で爆ぜ、地下空間が陥没する震動が工場全体を揺さぶった――上では火海が燃え続け、下では研究所が完全に貫通して燃え尽きた廃墟と化す。


 生命の気配はない。建造物の痕跡もない。

 エニグマ製薬工場に残ったのは、空虚な外壁と、中央に穿たれた深い地穴だけ。


「フェニックス先輩!」


 一晩中張り詰めた神経と、胸に引っかかったままの不安が、ミスティーの声を聞いた瞬間にほどけた。


 フェニックスは長く息を吐き、顔を上げる。

 皎々たる月光の下、四人と一羽の影が遠くから近づき、ゆっくりと彼の前へ降り立った。


「ふう……間一髪だった……ありがとうございます、花蓮さん」


 まだ衝撃が抜けきらない月渚は、それでも危険がひと段落したことを悟り、花蓮の羽毛を柔らかく撫でて、真摯な謝意を伝えた。


「ふふん、無事ならそれでいいのよ。大事な時は、頼れるお姉さんに全部任せて、な」


 尾翼を左右に揺らし、花蓮はにこにこと目を細めたまま月渚の耳元へ顔を寄せ、


「もし本当にお礼するなら……ぎゃぁ――、都心の甘味屋のケーキ、味見したいなぁ~普段、行く機会ないし……分かるでしょ~」

「うん。次に訪ねる時は必ず覚えておきますね」


 約束の途中で不意に、触れた感覚がふっと消え、月渚は手が花蓮をすり抜けたことに気づいた。

 見れば、相手の身体が透明化していく。


「えっ? 花蓮さん、それ……」

「うん、心配しないで。魔力を使い過ぎただけ。休めば平気。でも……」


 契約精霊は魔力が尽きると、回復するまで実体維持が難しい。

 先ほど何度も形態を切り替えた花蓮は、もはや魔力が残っていなかったため、避けようもなく霊体へ戻った。


「はぁ……ごめん、私、先に失礼する。今の状態で現世に居続けるの、さすがに無理ね。あとは任せたよ、フェー君」

「おう! お疲れ、花蓮! おやすみ!」

「うん、おやすみ」


 徹夜で偵察を担ったせいか、疲労に強い眠気が襲う。

 花蓮は欠伸を噛み殺しながらフェニックスと目を交わし、『心の部屋』へ戻って休息に落ちた。


「Safe。みんな脱出できた。よかったな」


 榛は微笑を浮かべ、秋風にハイタッチを求めて手を上げた。

 だが、少年の楽観と対照的に、秋風は危機が去った喜びを一切見せない。その手を無視し、唇を噛んだまま濃い憂いを滲ませ、燃える廃墟を凝視する。

 月渚とミスティーもそこへ視線を寄せると、鼓動が勝手に速くなった。


「……澪音は、どこ……?」


 沈黙が長く続いたあと、ミスティーが微かな声で、全員が同じく考えた問いを口にした。

 最後の最後まで撤退時間を稼ぐため、SMPの連中と戦っていた少年は――いったいどこへ行ったのか。

 答えは秋風にも、月渚にも、ミスティーにも、フェニックスにも断定できない。だが胸の奥には、最悪の推測をすでに抱えていた。


「澪音……死んだ、の……?」


 月渚はほとんど嗚咽しながら、信じられないと口を覆い、震える声でその一言を零した。

 澪音は絶対に生きている――そういう信念が現実の前で、ついに否定されてしまった。


 外壁の向こうでは、烈火がすべてを喰らう。

 火魔法の余波を免れなかった不運な者たちは地に倒れた。燃える遺体が焦げ臭を放ち、灰になる時を静かに待っていた。


 生者は見えない。


 ――当然だ。


 あの地獄の直撃を、ただの人間や魔法使いの肉体が受け止められるはずがない。


「……」


 フェニックスは黙ったまま、いつものように月渚の否定的な考えを打ち消そうともしなかった。

 なぜなら、彼自身が誰より理解している――さっきの<鳳凰烈焔>は自分の最強の魔法で、拠点を丸ごと破壊するつもりで振り下ろした一撃。


 あの威力、あの範囲。カリナに撤退経路を伝えさせたとしても、澪音が間に合う保証はない。


「やだ……やだやだやだやだやだぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 月渚の号哭が夜空を切り裂く。

 力の抜けた脚は身体を支えきれず、彼女は膝から崩れ、悲痛に支配されて涙を雨のように溢れさせた。


「冗談でしょ……澪音……脅かさないで……聞こえるなら返事してよ……」


 泣きながら、発音さえ曖昧になった。

 通信機へ縋るように懇願する。


「澪音……澪音、澪音、澪音……レイィィィィィィィィィン――」


 何度も何度も親友の名を呼んだ。

 喉が枯れるまで、意識が遠のくまで、やがて機械みたいに繰り返すだけになっても、返ってくるのは信号断絶のノイズばかりだった。


「逃げられなかったの……? そんな……っ……」


 ミスティーは本来、理性的だった。

 澪音の遭難という現実を前に、みっともなさを見せまいと感情を抑え込む。

 なのに、唇は勝手に震えた。未曾有の苦味が喉へ込み上げ、彼女は左腕を強く掴む。気づけば濡れた瞳の下に、温かい涙痕が二本、刻まれた。


「澪音……」


 魔法使いとの死闘を経た秋風は、全員無事で作戦を終える困難さを痛いほど知った。

 計画を立てた者として、最初から代償が出ることも見えていた――それでも、実際に代償が降りてきた瞬間、この感傷だけは否定できない。


 悲嘆に沈む面々を見て、榛ももう言葉を継げない。言葉も慰めも得意ではない彼に今できるのは、この空気が続くのを黙って許すことだけ。


 ――その時。


「いてぇ……このクソ藪が!」


 ふと、夜風に紛れたささやかな物音が背後の小さな林から続き、そこに重なるのは、微かで、苛立ち混じりの声。


「……っ?」


 全員が一斉に振り向く。

 雲間から月光が地面を照らすと、人影の正体をいち早く見抜いた月渚が、誰より先に彼の名を呼んだ。


「……澪音?」


 茂った植生を掻き分け、澪音は肩で息をしながら歩み出て、全員の前に立った。

 全身に裂傷と火傷の痕が点在し、衣服はぼろぼろで、<赤羽>も半分が折れて背中に垂れている――だが間違いなく、信じ難くても、生きてそこにいる。


「ん? 澪音だよ。作戦は成功したみたいだな……過程はほんと、めちゃくちゃだったけど。あはは」


 俯き加減に後頸部を掻いた澪音。

 次の瞬間、温かさと抗えない重みが身体へ落ちる。

 月渚とミスティーが同時に感極まって泣きながら、他人の視線など構わず駆け寄って彼を押し倒すように抱きついた。


「えっ、ええぇぇぇぇ?! 月渚、セラフィンさん? なにを――」

「澪音のバカ!」


 最初に体へ届いたのは、月渚の平手が頬へ叩き込む痛烈な一発。

 だが痛みより、その中に詰まった幸福と本心が、言葉を介さず伝わってくる。


「どれだけ心配させたと思ってるの! ひどいよ! もう二度と会えないって……思ったんだから……」

「……ごめん」

「逃げ出せたなら、なんで早く言わないの!」

「言いたかったよ。でも爆発で通信機が壊れたんだ、どうやって連絡するんだよ」

「……バカ! 大バカ! バカ澪音! 次またこんなふうに怖がらせたら、私、ひどくいじめるから!」

「はは……それは勘弁してくれ」


 月渚の優しい『脅し』に、澪音は苦笑する。それから同じ体勢で抱きついているミスティーへ視線を移し――


「セラフィンさん、なんで君まで」

「澪音! この大バカ!」

「えぇぇ?! なんで二人とも同じ反応なんだ!」

「あなたのせいに決まってるでしょ!」


 ミスティーの両腕は澪音の首へ強く絡みつき、身体は小刻みに震えた。

 この瞬間、周囲の驚きの視線も、自分の性格にそぐわない振る舞いも、どうでもよくて気にしたくなかった。

 我儘だと言われても、空気を読めと言われても、今は――今したいことをする。

 それが本心で、飾らない自分を、澪音の前にさらけ出すこと。


「私みたいなののために……ここまで……」


 強がり続けてきた顔が、もう耐えられない。

 眼は赤くなり、涙が止まらず肩へ落ちて布地を濃く染める。笑っているのに声は割れ、嗚咽が混じった。


「全部、私のせいなのに……本当に、大バカ……」


 そう言いながら拳を上げて、軽く二度、澪音を叩いた――罰の力ではなく、そこに温度があることを確認するような弱い衝撃。

 鼻をすすり、顔を上げて睨みつける睫毛には涙の粒がぶら下がっていたのに、その目だけは、悪夢から醒めたみたいに明るかった。


「なんで、あなたっていつも……」


 言いかけてすぐ顔を逸らし、口元を意地で結んだまま罵る。


「変な時だけ勇気出して……あなた、本当に……宇宙一のバカよ……」


 けれど一瞬の後、ミスティーは頭を澪音の胸へ押し当て、まだ鳴っている心音を刻み込むように抱きしめ直した。

 さらに強く、今度こそ逃がさないというふうに。

 そして、言った。


「ごめん、澪音。今までの全部の隠し事に……それと、ありがとう……」


 二度と口に出来ないと思っていた謝罪と感謝が、ようやく外へ出た。

 人生で初めてかもしれない――警戒を全部降ろし、仮面を脱ぎ、溜め込んだ感情を一息に吐き切るのは。

 肩の力が抜け、独りではない安心が胸に広がる。

 奇妙で、どこか不慣れだ。それでも、悪くない。


「うん。おかえり、セラフィンさん」


 澪音にとって『必要とされる感覚』はまだ馴染み切らない。昔の自分なら、きっと気まずさに近づく手を全部振り払ってしまう。


 だが今は違う。

 温もりと、誰かの傍にいる感覚と、向けられる善意を確かに受け取り、冷淡さで無視したくなかった。

 だから、澪音はゆっくり腕を伸ばし、感動で濡れた月渚とミスティーを抱き寄せる。


(ふふ、澪音式ハーレム、始まっちゃう~?)


心の部屋(オアシス)』で胡坐をかき、魔法の画面で澪音視点の一部始終を見終えた澪奈が、思わずそう突っ込んだ。


「ちがぁーう! それ以上変なこと言うな、殴るぞ!」

(隠してもムダ~マスターと私は心が繋がってる。さっき一瞬、そういう考え、ちゃんと捕まえたもん~)

「嘘だ! 絶対きみの感知がバグった!」

(バグってないって~否定しなくていいのに。美少女二人同時に抱きしめて、内心ニヤついたでしょ)

「澪奈……マジに、いい加減にしろ!」


 澪音が空気へ向かって一喜一憂しながら独白を言うのを見て、月渚とミスティーは揃って首を傾げた。


「まあ……たぶん澪奈ちゃんと口喧嘩してるんでしょ。まったく。大難を逃れたら、こんな待遇か。なんで俺にはないんだよ!」


 澪音の気まずさと温かさが同居する光景に秋風は息を吐いたが、直後には片手を腰へ当て、心からの笑みで親友へ祝福の眼差しを送り、


「よかったな、澪音。生きて帰ってきて」

「カリナの案内、間に合ったってことだな、澪音少年」


 豪快な笑いを見せながら、フェニックスが澪音の傍へ来て、彼を引き起こす。


「それにしても、なんで君は俺たちの後方から出てきたんだ?」

「こっちもびっくりしたよ。この研究所、迷宮みたいでさ、非常用の脱出口もやたら入り組んでた。カリナさんの案内で入った道が、まさか最後に工場外の森へ繋がってるなんて」

「脱出、大変だったろ。傷だらけだ」

「まあね。<赤羽>の防護で、なんとか耐えた。それよりフェニックスさん、その怪我……」


 近づいてざっと目に入った時、澪音は初めて気づいた。屈強な赤髪男の身体には、いつの間にか血の筋が幾本も走っている。

 鮮紅の液体が耳元から滑り落ち、地面に滴った。


「おう、これか。心配いらねぇ!」

「いや……どう見ても平気のレベルじゃ……さっきの魔法の反動か?」

「まあ、慣れっこだ。それに、すぐ治る。見てろ。<紋章展開>、ハート8」


 そう言って瞬きをすると、瞳にハートの紋が映り、緋紅の魔力が光粒子のように傷口へ付着した。

 全員の感嘆の視線の中で壊死した皮膚細胞が高速再生し、目に見える速度で裂傷が塞がっていく。


「俺の緋色魔法<紋章展開>の効果のひとつだ。スペードは魔法の威力を増幅する。クラブは守護で短時間の有益な祝福をくれる。ダイヤの場合は、強靭で肉体と力の強化……そして、ハートは生命の源、自己治癒を強化する」

「トランプみたいだな。じゃあ数字が大きいほど、効果も強いのか?」

「その通りだ」


 本来なら一週間かかる自癒が、説明している数分の間に終わった。

 しかし治癒が止まった直後、強烈な疲労と脱力が全身へ一気に広がり、フェニックスはふらついて片膝をつき、大きく息を吸った。


「フェニックスさん、どうした? 傷は治ったのに」

「……ふぅ。副作用だ……」


<紋章展開>のような攻防一体の魔法には、力と便利さの裏で必ず代価がある。

 スートのランクが大きいほど魔力の消耗は増え、短時間に効果を切り替えて連用すれば倍になる。

 要するに、使用者の魔力量を苛烈に試す魔法だ。

 それでもフェニックスが扱えたのは、生まれつき桁外れの魔力を持っていたからに他ならない。


『ごほっ……ねえ、そろそろ感動の再会は終わりでいい?』


 不意に、月渚、秋風、榛、そしてフェニックスの通信機へ、カリナの感情の抜け落ちた声が割り込んだ。


「カリナ、今どこだ?」

『どこって……最初の坂の上に決まってるでしょ! 作戦成功の途端に私の存在をこんな風に忘れて! 私、飛べないんだけど!』


 小柄な外見からは到底想像できない怒声が、鼓膜を貫く。


 フェニックスが研究所を破壊してから、カリナはずっと現地で待機していた――もちろん、強制的に。


 四方が急斜面の地形では、感知魔法に特化した彼女が動ける場所はない。

 SMP拠点の崩壊も、ミスティーの澪音への感謝も、フェニックスの魔法の全容も、双眼鏡越しに丸見えだった。

 そろそろ迎えが来ると思ったのに誰も来ない――自分が不在であることに、誰ひとり気づいていない。

 だからこそ、堪忍袋の緒が切れて怒鳴った。


「ごめんごめん! すっかり忘れてた! あとで花蓮に迎え――」

「必要ない。花蓮さんはもう疲れている、休ませてやれ。僕が行く」


 榛の提案に、フェニックスは一拍だけ間を置き、向こうでカリナが「……分かった」と返したのを聞くと、短く頷いて了承した。


 夜風は余燼の熱をまとって背後を掠め、榛は素早く坂へ飛び上がってカリナを拾い、合流した一行は林線に沿って帰路へ就く。

 火光は木の影に少しずつ喰われ、喧噪と震動も沈み、夜そのものがようやく彼らを解放するみたいだった。


 時刻は午前五時――払暁が迫る頃。

 林を抜け、道路へ回り込み、今夜の出来事が暗闇から押し出される前の、朝一番の電車へ滑り込んで、風海城の穏やかで心地よい住宅地へ帰っていった。

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