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06 人でなし

 半分うとうとしながらしばらく過ごしていると、汽車は終点に到着した。

 王都の最寄駅だが、ここから王都まではまだ遠いらしい。

 今まで生きてきて王都に行くなんて想像すらしたことがなかったからその辺のことが全然わからない。

 あの町から王都までこんなに離れているなんて知ったのだって汽車に乗った時だったぐらい。


「すごい人……」


 終着駅の混雑はすさまじく、人でごった返している。

 しかもその各々の進行方向はバラバラで、よくぶつからず歩けるものだと感心してしまう。


「行くぞ、田舎者」


 男は冷たく言い放つと混雑の中迷う素振りも見せずにどんどん進んでいってしまう。

 ここで置いていかれたら途方にくれてしまうだろう。必死にその後ろを追う。

 

 男が珍しい黒い髪で助かった。いい目印になる。

 かくいうあたしも同じ黒髪だが目立ちすぎるという理由で無地のスカーフをかぶることで隠している。

 一応狙われている身だ。少しでも地味にしておいた方がいい。

 男? 目立っているけど、気にしている風もない。これで襲われたら鼻で笑ってしまいそう。

 男が襲われている間に全速力で逃げれば、まあ、少しは生存確率はあがる、と信じたい。


 方向感覚もないまま、歩いた先には汽車の乗車権の回収ゲートがあった。

 男が二枚の乗車券を係員に渡して、ゲートを通り抜ける。

 あたしも後ろに続こうとして――


「ちょっと待て」


 係員に止められてしまった。

 なんで、あたしだけ。


「お嬢ちゃんどっから忍び込んだ?」

「そいつはうちの使用人だ」

「そうでしたか、失礼」


 誰が使用人よ! と文句を言いたかったが、それを口にできるシチュエーションじゃないことはあたしにだってわかる。

 係員が引いたのを見て、男はあたしの手を強引に引っ張った。


「なんで行く先々で絡まれるんだ、お前は」

「そんなのあたしが知りたいわよ」


 汽車に乗る前も同じようなやり取りがあったし、乗車駅までの馬車の中でも年配の女性にどこから来た、どこに行く? と根掘り葉掘り聞きだされていたのだ。多分世間話の範疇だろうが、あの圧は怖かった。


 そういえば、勤め先の宿でもよくお客さんに話しかけられていたような気がする。それは老若男女問わずだった。

 気にしたことなかったけど、あたし、絡まれやすいのかもしれない。


「そろそろ離してよ!」


 つかまれたままの腕を引き抜こうとしたが、あたしの腕を握る手にさらに力が加わった。


「痛いってば」

「大人しくしろ。暴れるな、目立つ」

「せめて力抜いてよ!」


 苦情を口にすれば少しだけ力を緩めてくれた。

 なんだ、意外に素直なんじゃない。

 そのまま引きずられるように、駅舎の外へと連れていかれる。

 ここからは馬車移動と聞いていたけれど、馬車乗り場にでも向かうのだろうか。


 どこから乗るんだろうなと考えながらも、人通りの少ない寂しい場所まで来てしまった。

 ここから乗れる馬車ってあるの?

 男に目線をやるが、前方を見ていてあたしの視線には気づかない。


 そのままずんずん足を進めて大きな厩舎みたいな建物の前で一瞬だけ立ち止まって、すぐにその建物へと足を向ける。

 勿論あたしもついて行くしかできない。



  



 がらがらがらと車輪が回る音が足元から聞こえていて、一定の揺れが同じく足元から伝わってきている。

 思ったよりも揺れるし、板張りの床にただ座っているだけだからお尻も腰も当たり前みたいに痛い。

 荷馬車だ。

 一頭の馬が引いている荷台に荷物のように載せられているというのが正しい表現なのかはよくわからない。(ほろ)のついた荷台は直射日光が当たらないのが唯一の良い所だと思う。後は色々と、うん、文句になっちゃうので言わないでおこう。


 ちなみにあの男は馬を操縦している。御者と言えばいいのか。御者もできるとは多才ですよねーなんて厭味を言ってやる余裕はなかった。揺れが酷くてしゃべったら舌を噛みそうだ。


「おい、痴女」

「痴女じゃない!」


 その呼ばれ方はない! 舌の安全など忘れて抗議の声をあげれば、案の定思いきり舌を噛んだ。痛い。

 そうだ、あたしもこの男の名前を知らないけれど、あたしもこの男に名乗ってはいない。


「サ・ラ、よ!」

「わざわざ名乗らんでも知ってる」


 え! なにそれ怖い! と思ったが、そう言えば『調べた』って前言っていたんだった。それなら名前ぐらいは知られていても不思議はない。……あれ、この人あたしの名前を知ってて『痴女』呼ばわりしてくるってこと?

 それもそうだし、あたしのことは知られているのに、あたしはこいつの名前すら知らないってどうなのだろう。ちゃんと聞くべき?


「ねえ――」

「来たぞ。『招かざる客』って奴が」

「は?」


 思いついたその時が聞き時だと、男に声をかければ予想外の言葉が帰ってきた。

 その『招かざる』っていうのを確認しようと、四つん這いのまま進行方向へと移動して幌切れ目から外を見やる。

 後ろを見やれば何頭かの馬だろうか、土煙を上げながらこちらに迫りつつあるのがわかった。

 まだ遠く馬上の人間が何なのか判断できない。

 

「馬が……五頭?」

「思ったよりは少ないな」


 思ったよりはってことは、……こいつこの展開を読んでいたってこと? ひょっとして移動にこの荷馬車を使ってるのって、追われているのを知っていたから、というよりこの男の性格――はそこまで知っているわけでじゃないけど――から言っておびき寄せたって方が正しいのかもしれない。


「人でなし男!」


 さっきの「痴女」の仕返しにそう呼びかけてやる。


「近づいたら撃てばいいってこと?」


 そう尋ねれば、男はあたしへと顔を向けて、不敵に笑って見せた。


「随分と好戦的なこって」

「やらなきゃやられるんだったら、先手必勝でしょ」

「やってみろよ、頼りにしといてやる」


 前方に向き直りながらもそんなことを言ってくる。「頼りに」なんて心にもないことを、と憎まれ口をききたくなるけれど、正直を言えば悪い気はしない。

 幌の骨組みを掴みながら立ち上がって、荷台の後方へと向かう。

 後部までたどり着けば片膝をたてた状態でしゃがみ込んで、例の銃を取り出し両手でつかんで構えた。

 馬車の速度が落ちたのが分かる。わざと追いつかせるつもりか。


 追ってきている奴らとの距離を目測して待つ。いつでも撃てる。

 近づくにつれて、乗馬している連中の顔がわかるようになった。知らない顔だった。

 だが、その目はこちらを見ている。間違いなくあたしたちを追いかけてきている。


 判断して、中央を走っている男めがけて一発撃ちこむ。

 直撃して落馬するそいつには目もくれずターゲットを変えて、射程距離に入ったと判断した瞬間に引き金を引く。今度も命中。まあ、魔法の銃だから当たって当然なんだけど。


 次を狙う。だんだん距離が縮まってきていて、ひやりと冷たいものを覚えるが、怯えを抑え込むようにして撃ちこむ。

 撃たれた奴が落馬していく様に、一瞬だけ怖気づいた気持ちが胸を去来する。

 連続して人に害を与えるのってそういえば初めてかもしれない。

 でも、人を殺すのは初めてじゃないから、いつもは一回につき一人だけ。

 その一回が短い時間で繰り返しているだけだから、いつもと変わらない、はず。怖くない!

 

 至近距離まで迫ってきたけど、もう一人落としてやる!

 銃口を向けたその瞬間に伸びてきた手に胸倉をつかみあげられて、銃口の向かう先がぶれた。

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