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0 表と裏の仕事

「こんばんは、よい夜ですね」


 背を丸めて道を急ぐその男に声をかけると、あからさまに恐怖でひきつった様相であたしを見て、すぐに何となくほっとしたような顔つきになるのがわかった。

 こんな夜更けに、白い猫を抱きかかえている女なんて普通に怪しいとしか思えないだろうに、よっぽど怖い目にあったのだろうか。


「ああ、そうだな、お嬢ちゃん」


 足を止め、息を整えながらも、男はあたしを値踏みするように上から下まで眺めているのが見えた。――お嬢ちゃん呼ばわりをしているところから、幼く見えているのだと思う。

 そんな幼い子どもが夜中に外にいるという違和感にまだ気づかないようだった。


「なあ、この近くに人が集まる店はないか」

「人?」


 この期に及んでどこへ行こうとしているの? という気持ちで問い返してやる。

 先ほどから腕の中で暴れかけている白猫を地面に下して、あたしはポケットに忍ばせていたペンを取り出した。

 地面に下された猫はあたしを不機嫌そうな顔で一瞥して夜闇に消えていく。多分家に戻ったんだと思いたいところだけれど。

 後で探しに行かなくちゃ、とちょっとだけ憂鬱な気持ちで、取り出したペンのキャップを外す。

 ペン先はどこにでもあるペンの形だけれど、入っているのはインクではない。


「そう人だ! 人がたくさんいるところ!」

「そうやって人に紛れて逃げるんですか」

「ああ! 逃げきってやる! 絶対に!」

「……ふうん」


 男との間合いをゆっくり詰める。

 やっぱりこの男、あたしがちょっと可笑しいことを言っているってことに気づいていないみたいだ。よっぽど追い詰められているのか。


「酒場があるの」

「どこだ」

「でも、あなたは行けない」

「はあ?」

「だって、ここで終わるから」


 男の真横に立って、素早くその首筋に向かって持っていたペン先を突き立てる。


「ぐっ! このガキ! 何す――」


 言葉途中で倒れ伏す男を冷静に見下ろして、呼吸が止まった様子を確認してからしゃがんでその首筋で脈を診る。

 

 完全にこと切れている。


 ふう、と知らず知らずのうちに息をついていたことに気づいて急いで立ち上がった。男の血がついているペンはしっかりキャップをしておく。


「サラ」

「はい、これ。あとお願いね」


 男を追ってきたように現れた奴にキャップがしっかりはまっているのを再度確認してからペンを放り投げる。


「うわ、ちょっと! こっちは素手だっつーの」

「大丈夫、触ったくらいじゃ死にはしないから」


 まあちょっと内蔵がやられるぐらいで済むんじゃないの、と軽く答えてあたしは駆け出した。

 ペンに入っているのはインクじゃない。

 今男を絶命させた猛毒だ。


 今はそれよりも猫。さっき逃がした白い猫を見つけるのが先だ。

 家に戻って入ればいいけど。


 自宅まではそう遠くない。息を切らせながらも入口を見ればそこには白い猫が大人しく待っていた。


「セレ」


 うなーん、と可愛い鳴き声を上げる。

 猫だってあざと可愛い振りをするのだ。

 だって、そうすれば人間が何か良いものをくれることがわかっているから。


「もうセレったら、仕方ないなぁ」


 そしてそれは、あたしも例外じゃない。

 あ、でも今は駄目だわ。手にはさっきの毒が付着している可能性があった。

 外に付けてある水道の蛇口をひねって、勢いよく出てきた水で手を洗う。

 この水道付近、まるで掘り返したかのように雑草の類が一切生えていないんだけど、こういう用途で使うことが多いからなんだろうか。

 

 さて家に入ろうか。

 嫌がるだろうけど、とりあえず(セレ)を洗わないと。




 

 ごく普通の――ちょっとだけ童顔よりの18歳の女。それがあたし、名前はサラ。孤児なので家名はなし。


 この王都から遠く離れた街道沿いのそこそこ大きな街の宿屋で働く善良な労働者だ。――表向きはね。


 その正体は組織に飼われている殺し屋。

 組織の上からの命令で、どんな人間でも消す。そういう仕事をやっている。


 平気でそれをやれる自分が、たまにものすごく怖くなるけれど、やらないと生かしておいてはくれないからなるべく考えない。


 仕事は躊躇わず、確実に。

 腕っ節には自信がない。だからそれだけは誰にも負けない。絶対に負けてなどいられない。


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