悪役令嬢に婚約破棄を突きつけたらヒロインが炙り出された
「シーナ・ド・ココミック! 貴様との婚約を破棄する!」
「ホホホホホ! ラインハルト・フォン・ギュスターヴ様、上等ですわ! 受けて立ちますわ!」
皆さんお集まりの婚約披露パーティー会場で、主役のお二人がいきなりそんなやり取りを始めました。
全員の注目が二人に集まります。
私は二人共通のイケメン執事として、オロオロしながらお二人を宥めようとしました。
「ラインハルト様! シーナ様……! どうなさったんです!? ついさっきまで、あんなに仲およろしかったじゃないですか!」
するとお二人は私を無視されました。
「シーナ・ド・ココミック! 貴様のかわいい顔にも、一途な性格にも、ほとほと愛想が尽きた! 浮気も何もしてはいないが、なんか気分的に、貴様を我が領土より追放する!」
「あ〜らラインハルト様! わたくしも、貴方の美しいお顔とお優しい性格には飽き飽きしていたところですのよ! 婚約破棄は喜んでお受けいたしますけど、追放命令には従いませんわ! だってお側にいたいんですもの!」
「寄るな! かわいら……けがらわしい!」
「嫌がらせのようにお側にくっつきますわ!」
私はお二人の間に仲裁に入りながら、言いました。
「待ってください! 今のを聞きますと、お二人ともお互いのことが大好きじゃないですか!? ちょっと素直になりましょうよ」
「うるさい、執事! 口を挟むな!」
「執事のくせに、わたくしたちの間に入って来ないでくださる?」
二人は私の体をどん!と押しのけると、キスしそうな距離でまた喧嘩を始められました。
「シーナ・ド・ココミック! わかっているぞ! 貴様は異世界から転生して来た平民の女だろう? 低俗で、お洒落で、かわいいものが好きな、下賤の女だ!」
「ホホホホホ! その通り、わたくし、悪役令嬢に転生した元トラック・ドライバーですのよ! わたくしに酷い仕打ちをされたら後悔しますわ! だって悪役ですもの! うつ伏せに押し倒して、その背中に馬乗りになって、マッサージとか始めてしまうかもしれませんですわよ!?」
「なんと口汚いことを……! やはり貴様は悪魔だな! この、かわいい悪魔め!」
「ホホホ! だめよ! あなたももっと口汚い言葉で罵ってくださいまし! 優しすぎるわ!」
「おまえの顔を見ているなら、厠でおまえの排泄物を見ているほうがましだ」
「わたくしこそ、あなたの顔を見ているなら、あなたの肖像画を三時間眺めてるほうがましですわ」
なんだかおかしいと思いました。
お二人はまるで『婚約破棄ごっこ』をされているようだ。
ここはこの私がもつれた糸をほどいてみせましょう。イケメン執事の名に賭けて!
そう思っていると、私よりも早く、お二人の間に割って入った者がいました。淡いブルーのドレスに身を包んだ可愛らしい令嬢──色白で、胸がとても巨大でいらっしゃる、マロンナ・ド・ルルルブール様でした。
「ちょっと待ってください!」
マロンナ嬢は喧嘩するお二人に言いました。
「婚約破棄だなんて、何があったんですの? もしかして、この高飛車女がラインハルト様に何か失礼なことを? ……もしそうなら、この私が許しませんわ!」
ラインハルト様とシーナ様が、揃って『ぐりん!』とマロンナ嬢のほうを向きました。
二人してホラーのような笑いを浮かべられると、声を揃って言いました。
「「おまえがヒロインだな?」」
「ヒッ……!?」
マロンナ嬢が恐怖にのけぞりました。
「「おまえを炙り出すために芝居を打ったのだ。まんまと引っかかったな」」
「ウエェッ……!?」
マロンナ嬢が怯えきったお声をお出しになられました。
ラインハルト様が指差し、仰います。
「おまえを放置しておくと先々の展開で必ず俺たちの邪魔をすることになる!」
シーナ様も指を差し、大声をあげられます。
「残念ね! わたくしたち、心から愛し合っていますの! 婚約破棄なんて、しませんわ!」
「なっ……、なんのこと?」
お可哀想に。可憐なマロンナ嬢が泣き出してしまわれました。
「なんのことだか、私にはわからないわーっ!」
「さて、これで邪魔者に釘は刺した」
ラインハルト様とシーナ様が手を取り合い、見つめ合いました。
「ええ! 存分に愛し合いましょう!」
二人の世界に入ってしまわれました。周りの者は皆、ぽかーんとして、お二人を遠巻きに眺めるばかりです。
「愛してるぞ、シーナ!」
「わたくしのほうがぞっこんでしてよ、ラインハルト様!」
二人は抱き合い、衆目など気にすることなく、口づけを交わしました。
かくしてドラマは特に起こることもなく、このお話は終わります。私はマロンナ嬢を慰めることで精一杯手一杯ですので。