8:旧婚約者の家族の愚かさ
「レイアルーテ、辛いと思うが事実を知っておく方がいい」
レイアルーテはフォンダーの気遣うような言葉に、余程のことだ、と顔も身体も固くする。
「君の前の婚約者、テレンス・ワイドが病で亡くなった後の葬儀。家族の一員としてある女が子を伴って参列していた」
覚悟をしたつもりだったけれど想像以上のことで気を失いたくなるのに、気を失えないことに心の何処かで絶望する。
まさか、その女がテレンスの子を産んだ相手と言うのか。
「ですが」
自分の声なのに酷く遠くから聞こえてくるようだとレイアルーテはまたもぼんやりと思う。
「君が言いたいことは分かる。君がテレンス・ワイドと別れを惜しんでいた時には居なかったと言うのだろう。その時は、その女も子どもも家族の一員から外されていた。君を気遣ってのこと、と言いたいが、本当に気遣うのならば抑々葬儀に参列させるべきではないのだ、と私は思う」
フォンダーがそこで言葉を切り、レイアルーテの様子を少し見ながらも話を続ける。
「その女は……娼婦、のようだ」
さすがにレイアルーテも結婚間近だっただけに男性が娼館という所を訪れて閨教育を教わるとは聞いたことがあった。閨事がどのようなことなのか、それはレイアルーテは知らない。男性に任せるものだ、と家庭教師から聞かされている。
「では、テレンスは娼館とやらを訪れて、その、閨教育を受けた時に子を……?」
「そのようだ。通常、娼婦には避妊薬を飲ませるものだ。だが、その避妊薬が粗悪な物だと子が出来ることもあるとは聞く」
フォンダーは令嬢として教育されてきたレイアルーテには辛い話だろうとは思うが、社交場に出て色々と囀りを聞かされるよりは正しい話を聞いておくべきだろう、と判断している。
「それでは粗悪な物だった、と」
「それは、私も分からない。私は座学だけで娼館を利用したこともないし、避妊薬そのものを見たことがないから詳しくは知らない。だが周りから聞いた話では、高級娼館といって王族や高位貴族御用達の娼館ではそのような粗悪な品は無いそうだ。併し高級娼館そのものの利用に、かなり金がかかるとも言われているから、高級娼館を利用しない貴族でも、閨教育の一環として娼館を訪れるのなら、親が避妊薬を準備する、らしい。高級娼館に置いてあるような良い品を。だが」
「ランプ伯爵様はそれを怠った、ということでしょうか」
「そう、かもしれないな」
レイアルーテは話を聞くうちに現実を受け入れていく。聡いレイアルーテは事実を掴む。
義父としてはのんびりとして気の良い人だ、とは思っていたが。伯爵としてもそんな気質のままだったのだとしたら、そういった細やかな気遣いが出来そうではないことを、レイアルーテはランプ伯爵の顔を思い出しながら、嘆息する。
その点、レイアルーテの父は子であるレイアルーテを政略の駒として使うような人ではあるが、その分だけ伯爵としての地位や重みを理解していて、足元を掬われるような言動は取らない人だ。
どちらが親として貴族として良いとも言えないが、今回に限ってはランプ伯爵は失敗したと言っていいだろう。
「それで、その、娼婦の方がおそらくテレンスの子を連れて葬儀に参列していた、と……」
「そのようだな。君の父であるテフロン伯爵もそのことに気づいたからこそ、テレンス・ワイドが亡くなって一ヶ月も経たないうちに私に話を持ってきたのだろう。醜聞に巻き込まれないために」
レイアルーテはようやくこんなに早く婚約が整ったことの裏事情を知った。
「だが、抑々ランプ伯爵夫妻が愚かなのだ。公の場に娼婦と子を家族として参列させている時点で、愚かな判断を下している。実際、葬儀に参列した人物の妻が噂をしていたのを聞いた」
レイアルーテは息を呑んだ。
それでは噂が広まるのは当然のこと。
確かにフォンダーから先程、女と子が参列していたとは聞いていたが、ようやく詳しく説明された今になってその恐ろしさにレイアルーテは気づいた。
「では、私も……」
自分のことも噂されているのではないか、とレイアルーテは慄く。
「ランプ伯爵子息の婚約者がテフロン伯爵令嬢だとも知っている者が多い。君の伯母上がゾラス侯爵夫人だと覚えている者は口を閉ざすが……」
「忘れている方が噂を広めていらっしゃるのですね」
「そうだ。だから君には事実を知らせておく方がいい、と判断して話している」
フォンダーが危惧していることが現実味を帯びてレイアルーテは身体を震わせた。
お読み頂きまして、ありがとうございました。