5:旧婚約者の公然の秘密
レイアルーテの気持ちを聞いた交流会から五日後。公爵家で開かれる夜会のため、フォンダーは一人で出席していた。まだレイアルーテと婚約したことは国王陛下以外は知らないためパートナーとして共に出席は出来ない。
だが、ちょうどいい、とフォンダーは考えていた。
普段は夜会に出席しても噂話など聞き流し自分に有用な噂は覚えておくようにしている。後は互いの領地経営などの話を他領の当主と話し合うかそれくらいがフォンダーが夜会に出席する意図だ。
しかし、この日のフォンダーの目的は別だった。
「ねぇ聞きました? 例の伯爵家のご子息のこと」
「ああ、流行り病で亡くなられた? 聞きましたわ」
フォンダーの目的通り、夫人方が噂話を始めた。
それも、フォンダーが知りたかった噂、らしい。
「なんでも葬儀に五年も婚約していた婚約者を差し置いて、家族の一員として参列していたそうよ」
「まぁあああ! 図々しいこと! ランプ伯爵家もなんだってそんな女を家族として扱ったのかしら!」
ランプ伯爵家。……レイアルーテの亡くなった前婚約者であるテレンス・ワイドの家のことだ。フォンダーは、テフロン伯爵であるレイアルーテの父が言っていたことが真実であることを知り、そっと嘆息した。
「ランプ伯爵家の婚約者と言えばテフロン伯爵家の令嬢でしょう?」
「そうでしたわね。夫がランプ伯爵子息の葬儀に参列した時にテフロン伯爵をお見かけしたそうよ。その隣に令嬢もいたそうだから、それがおそらくレイアルーテ様だと思うわ」
夫人方の噂話とは時に正確な情報を発信する。
「では、婚約者の令嬢が居る前でその女を家族の一員として参列させた、と?」
「さすがにテフロン伯爵が見えた時点でその女を家族として参列させることをランプ伯爵は控えて、引き下がるようにしたらしいけれど、婚約者であるレイアルーテ様は兎も角、テフロン伯爵は気付いたようだ、と夫が話していたわ」
「まぁ!」
「でも、さすがに葬儀中に詮索も出来ないから、とテフロン伯爵は黙って見過ごして先にレイアルーテ様だけを帰した、と夫が見ていたらしいの」
「それで?」
こんなゴシップは刺激に飢えた夫人方にはちょうどいいのだろう。尋ねる目が輝いているし、夫が葬儀に参列していたという夫人の方は、自慢するが如く話している。
……全くもって見苦しく感じる。
だが、今はその第三者の視点が知りたい、とフォンダーは望んでいた。
「レイアルーテ様を帰して最後まで葬儀に参列していたテフロン伯爵は、ランプ伯爵を呼び出して詰め寄ろうとしたらしいけれどさすがにランプ伯爵は忙しくて相手が出来なかったようなの。それでテフロン伯爵は、直接その女に詰め寄ったみたいね。婚約者でも妻でもない女が何故家族の一員のように参列している、と」
「まぁまぁ!」
夫人方はこの醜聞にとても興味津々のようだ、とフォンダーはまたもや嘆息する。
「そうしたらその女は、自分は駆け出しの娼婦だった。亡くなった伯爵子息の閨の相手を務めた。そしてその子を身籠った、とその場で言ったそうよ。娼婦だったその女は元は平民だからそんな場で発言したら……という考えには至らなかったらしくて」
「それで噂になったのね。それにしても閨の相手を務めたということは所謂殿方の閨教育の一環ということ?」
「そのようね。通常、そういう場合は相手に避妊薬を飲ませるものなのだけど……」
おそらくは、平民出身の娼婦、という時点で高級娼婦では無いから娼館が安い避妊薬でも飲ませたという所か。
安い避妊薬では確実に避妊が出来ず、偶に孕むとは聞いたことが有ったが、その偶に、の部分に見事に当たったという所か……。そんな風にフォンダーは考察する。
フォンダーは聞きたいことだけ聞けたことで、このご夫人方から距離を置く。元々聞こえる程度にしか近寄っていなかったからフォンダーの存在には気づいていても、まさか噂話を聞いているとは思っていないだろう。
フォンダーが噂話に興味無いのも周知の事実だから。
尤も今回はレイアルーテのことがあるからフォンダーは聞いておきたかったが……やはりテフロン伯爵が話したことが事実だったと知る。
それにしても、ランプ伯爵も愚かな男だと言えた。
いくら嫡男が流行り病で亡くなったとはいえ、閨教育の一環で相手をさせた娼婦が身籠った子を引き取ろうと考えるだけのことは有る。
このような醜聞塗れの話があっという間に広まらないわけがない、とフォンダーは内心で肩を竦めた。
ランプ伯爵も夫人も社交場では、針の筵だろうな。
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