1:新婚約者は独身主義の噂
父から仮面侯爵……こと、フォンダー・スネイルとの婚約者同士の交流期間の日程を教わる。レイアルーテと亡き前の婚約者は、最初の顔合わせだけは日程を決めたが、後は互いに会ってから次の日程を決めていた。だが、フォンダー・スネイルとの婚約期間中の交流日は既に決まっているようで、父から頂いた紙には父親とは違う筆跡で数字が羅列されていた。
顔合わせは3日後なのか、3日。その後15日。28日。40日。60日。
60日後が5回目に会うという事となる。60日の間に5回が多いのか少ないのかは人それぞれだろうが、レイアルーテは少なく感じた。だが、決まっている事に対して何も言えない。殿方の決めた事に口出しするなど淑女ではない、というのがレイアルーテの父の教育方針だった。レイアルーテの都合などまるで関係ないようだが、レイアルーテの予定は一ヶ月前に婚約者を亡くした事で無くなっていたのだから、尚更口には出せなかった。
「テレンス。……ごめんなさい。貴方の喪に服したいのに、もう婚約者を決められてしまったわ……」
レイアルーテは自室に戻ると数字が羅列された紙を机にそっと置いて窓から外を眺めた。ドア付近にはレイアルーテ付きの侍女が控えている。雇い主は伯爵だが、専属侍女のテーゼはレイアルーテの心に寄り添える良い侍女だった。
「お嬢様……」
「テーゼ。わたくしの新しい婚約者が決まりましたの」
「そんなっ。まだテレンス・ワイド様がお亡くなりになられてから一ヶ月では無いですか!」
「仕方ないわ。お父様のお決めになられた事だもの。お相手はバイク侯爵フォンダー・スネイル様よ」
「仮面侯爵様、で、ございますか」
レイアルーテがテーゼに悲しげに微笑んで新しい婚約者の話をすれば、早過ぎる新たな婚約にテーゼは少しだけ叫ぶ。諦めた顔のレイアルーテが告げた名には、意外過ぎてテーゼも戸惑った。
「ええ、そのバイク侯爵様よ」
「しかし、あの方は……」
「ええ。独身主義を貫く、と公言されていたと思ったわ」
だが婚約したわけだから前言撤回をした、という事か。
「……いえ、それは違います、お嬢様」
テーゼが左右に頭を振った。
「違う?」
「お嬢様もご存知のように、私も子爵家の次女。社交をこなす事がございます」
「そうね」
「結婚はせず、お嬢様にお仕えしたい、と両親に話して有りますから結婚の話は有りませんが、どうしても出なくてはならないパーティーに両親の代理で出る事が有ります。その際に聞いたのですが、公言をされているわけではなく、あくまでもバイク侯爵様はその時点で結婚を考えていない。というだけのことだったようです」
「その、時点?」
「爵位を引き継いだ時点でございますね。それからも縁談は断り婚約者も居ないために、独身主義を貫くのではないか、という噂がかの方の真実だと皆が思っている、というのが公言しているという真相のようでございますね」
「つまり、あくまでも噂、という事ね?」
「私の知る限りでは」
「でもそういう事なのでしょうね。だってお父様から申し出た婚約が成立したようですもの」
テーゼは目を丸くした。
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