エピローグ
その後、一年の準備期間で更に距離を縮めた二人は無事に結婚式を挙げた。同時に養子を取ることを発表する。三歳になったら交流を始め養子の候補者が嫌がることがなければ七歳で養子縁組をする、とまで宣言した。
つまり、我が子は要らないと公にしたも同然。
結婚式に参加していたレイアルーテの友人達や親戚はそれで良いのか、とレイアルーテの顔を窺ったが、この話は二人の間で解決しているのだろうと思えるような変わらない穏やかな笑みを浮かべていたので、周囲は口出しをしないことにした。
とはいえ。
レイアルーテの伯母にあたるロゼーヌ夫人はやはり心配だったのか、結婚式が終わり落ち着いただろうと思われる頃に、レイアルーテへ手紙を出している。
それに対するレイアルーテの返信を見て、ロゼーヌ夫人はレイアルーテから相談されない限りは黙って見守ることにしたのである。
手紙の内容は……
“親愛なるロゼーヌ伯母さま。
ご心配をおかけしてごめんなさい。でも、子どもについては二人で話し合って私も納得しているの。
フォンダー様が子を作らないと決めた理由も理解するし、不安も理解したわ。
それに、私もテレンスのことがあるから……。
テレンスへの想いは少しずつ思い出に変わって来たとは思います。
でも、今も時々考えるの。
彼はおそらく領地に行って、領地で流行り病に罹ったの。調べたらランプ伯爵領で毎年流行る病だったと知ったわ。
ただ、私と彼が領地に行くのは、その病が流行する時期を外していたから今までは罹患したことが無かった。
つまり彼は、病が流行る時期に、伯爵夫人予定の私に何も言わずに領地に行ったのではないか、と思うの。……婚約が決まってから、私は常にテレンスが領地へ行く際には誘われていたのに、よ。
もしかしたら我が子に会いに行っていたのではないかしら。そう、思うの。
違うかもしれない。
彼は自分の子の存在を知らなかったかもしれない。私に声をかけるのを忘れていただけなのかもしれない。
だけど。
彼は我が子の存在を知っていて会いに行って父親の顔をしていたのかも、しれない。
子どもの存在について、結婚したら私に話したかもしれないし、私が死ぬまで話さなかったかもしれない。
でも私に子が出来なかったとして、だからその子を引き取る事にした、なんて言って来たかもしれない。
もう、テレンスの気持ちは私には分からないけれど、彼と築いて来たと思った五年間の信頼が、崩れてしまっているの。
もし、子が出来ないことを気に病んでいる私に、追い討ちをかけるように、別の女性との間に子が居るなんて言われてしまっていたら、私はどうなっていたのかしら、と今でも考えてしまう。
それも、私と結婚する前の子だ、と言われて。
私は……心が壊れていたかもしれないわ。
貴族の令嬢として夫人としては、受け入れることなのは分かるの。
血を繋ぐことは最大の義務ですもの。
子が出来ないから愛人を持つことを許されて家の存続のために次代を作る。
でもそれは、私に子が出来なかった場合だわ。
それでも出来ないことが辛いのに血を繋がなくてはならないから、と、更に辛くなるような出来事に耐えるのではないかしら。多分だけど。頭で理解していても心は別だもの。
それなのに彼には既に子が居た。
テレンスが欲しいと思ったわけではなくても、実際に子は居るのよ。私と結婚する前から。
彼のことをきちんと好きだった私は……この事実を知って、息苦しかったわ。
もしも、私に子が出来なくてテレンスが私との結婚前に作った子を引き取りたいと言って来たとして。私はその子を可愛がる自信が無かったわ。
結婚後だって我が子ではなくて他の人が産んだ彼の子を引き取っても可愛がれる自信は無かったと思うの。
そんな今の私の気持ちを、フォンダー様はもしかしたら気付いてくれたのかもしれない。
元々養子を取ることにしていたみたいだけど。結婚する予定が無かった方だから。
でもきっと、優しい人だから私の不安な気持ちにも気付いていらっしゃったと思うのよ。
だから。
この気持ちに整理がつかない私が、フォンダー様との間に子を作っても、生まれた子を愛せるのか分からない。自信が無いの。フォンダー様との間に子を作って産んだとして、テレンスのことを考えてしまうかも。
テレンスはどんな気持ちで私と結婚して私と子を作るつもりだったのかしら、と。
分からないけれど。
フォンダー様との子を見ながらテレンスとの間に子が出来ていたのなら……なんて考えて生きることをしたくなかった。我が子にもフォンダー様にも申し訳ないと思うし、我が子が可哀想だと思うの。愛せないかもしれない私が母なんて。
そんなことを考えている私だから。
それなら、養子を取ると最初から聞いていてその子を育てる方がまだ愛せるかもしれない、と思ったの。
私の気持ちが落ち着いてフォンダー様も気持ちが変わったら実子を持つかもしれないけれど、今のところ、そのつもりはお互いに無いの。
これから先、私も我が子を産みたい、育てたい、愛情をかけたいと思うかもしれない。でも、思わないかもしれない。
だからこれで良いのよ。
今はまだお互いに実子を持つつもりが無いから、それなら養子を取る方が家の存続のためにもいいの。いつ実子が生まれるか分からない、実子を持ちたいと思う日が来るのか分からない日々を送るよりもずっとね。
どうか見守って下さいね。
可愛い姪のレイアルーテ”
お読み頂きまして、ありがとうございました。
無事に完結しました。
珍しく手紙エンドです。
とはいえ、作者なりのハッピーエンドです。
また他作品でよろしくお願いします。