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11:旧婚約者の家族は味方を欲する

「どういうことだ」


 その日の夜会に主催者の顔を立てるために参加していたフォンダーは、挨拶だけしたら帰るつもりで主催者の姿を探していた。

 その矢先に苛立つような声が聞こえたためにそちらをチラリと見やれば、レイアルーテの前の婚約者だった亡きテレンスの父であるランプ伯爵が夫人に対して苛立ちの声を上げていることに気づいた。

 いくら妻とはいえ女性に苛立ちをぶつけるとは……とフォンダーは嘆息したものの、関わり合いになる気はないのでさっさと主催者に挨拶をしよう、と意識をそちらへ向ける。だが。


「そうは仰られましても……。あなたが決めたことでは有りませんの」


「ぐっ……だ、だが、何故発表前にも関わらず、テレンスが不貞を犯したなどと根も葉もない噂が流れているのだ! 子は確かにテレンスの子だから引き取るのは当たり前だろうに!」


 ああ、とフォンダーは理解した。

 この国では喪に服す期間が定められていて平民で三ヶ月。貴族で半年である。レイアルーテは婚約者で家族ではないが、表向きは半年間喪に服していた。水面下ではフォンダーと婚約していたという事である。

 ただ元々派手な言動をする令嬢ではないので社交場でのレイアルーテは半年間、喪に服しているだろうと他の貴族達は思っていたようだ。

 フォンダーが参加する夜会での噂でレイアルーテを悪く言う者は居なかった。どちらかと言えば同情的だろう。

 ーーテレンスが娼婦との間に子を生してその子を母である娼婦ごと引き取った、という噂が思った以上に早く回り、半年間の服喪期間が明けた時には、ランプ伯爵家は嘲笑の的になっていたのである。

 まさかランプ伯爵家はこんなに早く噂が回っていたとは思っておらず、半年間の服喪期間明けに夜会に参加して現実を思い知ったという事だろう。軽率なことをするから嘲笑の的になるのであって、無能を晒しているようなものである。


「それにしてもこんなに早く噂が流れるなんて、どうしてなんだ」


 嘆く伯爵に夫人が少し冷めた声で答える。


「葬儀にあの娼婦と子を参列させるからですよ。私は昨日のお茶会で婚約者が居たにも関わらず、葬儀に娼婦と子を参列させるなんてランプ伯爵家は随分と大らかな家ですのね。などと笑われてきましたわ」


「なっ……そ、そんなことを言わなかっただろう」


「話しましたでしょう。そんなことを言う輩など放っておけ、と鼻で嗤ったのはあなたです。だから今夜の夜会で現実を思い知れば良いと思っただけですわ。だから葬儀に娼婦と子を参列させるなんて、とツゲイル殿と反対したじゃありませんか!」


 フォンダーは、こんな所で言い合っているとさらに噂が広まるだろうに……とは思ったが放置することを選ぶ。

 レイアルーテの気持ちを蔑ろにするようなランプ伯爵が悪いのだから。既にフォンダーだけでなく何人かの貴族が聞き耳を立てていることにフォンダーは気づいた。

 これで夫人と弟……ツゲイルとはランプ伯爵の実弟の名だった……は反対したにも関わらず、ランプ伯爵が押し切って葬儀に参列させたことがまた噂になるだろう。

 近いうちにランプ伯爵が無能である、ということが社交場に知れ渡ることになりそうだ。


「そ、そうは言うが、テレンスの子だぞ! 我が孫だ! レイアルーテには居なかったのだから仕方ないだろう!」


「当たり前では有りませんか! あの子は婚約者で結婚前です! 結婚前の令嬢との間に子が出来ていたら我が家もテフロン伯爵家も醜聞塗れでしょうに。仮に、レイアルーテに子が居たら、あなたは本当にテレンスの子なのか疑ったでしょう。身持ちの悪いとかなんとか言って。あなたは自分の気持ちを優先してその場の雰囲気で決めてしまうから、こんなことになるのです! 考えなしなだけですわ!」


「なっ……夫に言っていいことではないぞ! 離婚だ!」


「どうぞご自由に。実家に帰れずとも構いませんわ。あなたみたいな私の気持ちもレイアルーテの気持ちも考えないような自分勝手な人など私も願い下げです!」


 互いに興奮しているのだろう。益々言い争いが増して声が大きくなる。貴族として失格だが、売り言葉に買い言葉でランプ伯爵と夫人の離婚話にまで発展した。

 さすがにフォンダーも、このまま見苦しい状況が続くのは拙いだろう、と止めに入ろうとする直前に、ようやくランプ伯爵夫妻の騒ぎに気づいたらしい、この屋敷の当主であり夜会の主催者である侯爵が現れた。

 フォンダーと同じ侯爵位を持つ人物だが、面白おかしいことが好きなタイプの貴族で全てにおいてなぁなぁの事勿れ主義のため、あまりフォンダーとは相容れない。とはいえ義理でも付き合いがあるので、フォンダーは挨拶くらいは、と参加していたのである。


「まぁまぁ、落ち着かれよ、お二人とも。当家の夜会で騒がれるのも少々度が過ぎましょう。当家に何か含みでもおありか?」


 フォンダーは意外に思う。爵位が下の相手に対しても事勿れ主義を貫いていた侯爵がこのような物言いをするとは思えなかったので。


「い、いや、そういうわけでは……侯爵様失礼致しました」


「その程度で謝罪、と言われてもね……」


「し、併しその、い、今は我が家は何故か噂が出回っていましてな。その対処をせねば……と。そ、そうだ。侯爵様の口から当家の根も葉もない噂について誤解だ、と仰って頂くことは出来ませんかな⁉︎」


 ランプ伯爵はここまで考えが浅はかだったのか、とフォンダーは嘆息する。こう言ってはなんだが、レイアルーテは婚約者が亡くなって良かったと言えるかもしれない。

 レイアルーテの気持ちを考えればそんなことは口が裂けても言えないが。

 だがこんな浅はかな男が義父ではレイアルーテが苦労しただろう。

 あのテフロン伯爵がランプ伯爵のこういった性格を見通せなかったことも不思議ではあるが。

 兎に角浅知恵で侯爵を味方に付けようとするようなランプ伯爵は、逆に食われるのがオチだろう。夫人は離婚宣言を受けたから、と侯爵家をサッと辞去したが、夫人の方が機を見るのが巧い聡明な人だ、とフォンダーは思えた。

 その後フォンダーはタイミングを見計らい主催者の侯爵へ挨拶を済ませて帰ろうとしたのだが。その前にランプ伯爵に捕まった。


「これはバイク侯爵! バイク侯爵は我が伯爵家の取るに足らない噂をご存知だろうか!」


「ランプ伯爵、挨拶もそこそこにいきなり何を仰っておられるのか。そちらの噂は詳しいことは知りませんが、取るに足らないと仰るなら放置すれば良いのではないですか。若しくは対処をすれば宜しいか、と」


 面倒だと思いながらいきなり話しかけてくる無礼を咎めつつ突き放す。それがフォンダーなりの社交術だ。


「バイク侯爵、手厳しいですな。そんな侯爵だからこそ、我が家の根も葉もない噂を、否定して下されば信じてくれる方が多い事でしょう」


 だが、フォンダーが突き放しているにも関わらず、擦り寄ってくる時点でそれほど焦っているのか、それとも元から自分勝手に思考して人の話を聞かないのか。フォンダーはどちらでも構わないが、自分に関わるな、と苛立つ。


「根も葉もないと言うのなら、それを証明するか堂々とされていれば良いのでは。私がランプ伯爵家に味方をして得られるものなど無さそうですし、貴殿と私は挨拶程度に深く交流はしておりませんでした。あなたの友人でもないのに味方をする理由も無いですね」


 フォンダーの、にべもない発言にランプ伯爵は黙り込み、その隙にフォンダーはサッと夜会会場である侯爵家を後にした。

お読み頂きまして、ありがとうございました。

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