牛の首
怨念は世界のありとあらゆるところに渦巻いている。
そんな怨念を、時々電波が拾うことがあるそうだ。
特に、動物などの複雑じゃない怨念は電波に乗りやすいのだとか。
もし動物の恨みを買っている人がいれば……、要注意ですね。
『皆様こんばんわ。アニメロデデーンのお時間です』
毎週木曜日の21時30分は、俺が推している声優のラジオ番組が放送される。
この時間は、俺にとって至福の時間だ。
『本日のゲストは、なんと西山奈美さんでーす!』
(おお! マジかよ!)
西山奈美は、デビュー当初から追っている大好きな声優だ。
その可愛らしい声は、耳を癒し、悦ばせてくれる。
そんな素晴らしい美声をこのスピーカーで聴いたら、堪らないことになりそうだ。
『こんばんわ~! 西山奈美でーす! 今日はよろしくお願いしまーす!』
いつも通りの元気な声が、巨大なスピーカー越しに聴こえてくる。
ああ、これはヤヴァイ。脳が、震える……
『ああ、清純さが眩しい! いいんですかね? こんなアレな番組にゲストで来てもらっちゃって』
『馬鹿野郎、こんな番組だからこそ、浄化が必要なんじゃないか!』
俺もそう思う。アニメロデデーンには浄化が必要だ。
しかし、残念(?)ながら、今回も浄化はされず、逆に彼女が穢されることになるだろう。
アニメロデデーンは、アニメやアニソンを紹介したり、読者のリクエストでアニソンを歌ったりする番組なのだが、リスナーやパーソナリティを務める杉本智康、ギャング田島の悪ノリで、汚い話題や少しエッチな話題になりやすい。
そのため、ゲストで女性声優が呼ばれると、ほとんどセクハラに近い弄られ方をすることになるのだが、この番組の魅力の一つはそこにあると言っても過言ではない。
特に、西山さんのような清純そうな女性声優が弄られるのは、最高と言っていいだろう。
『あはは、浄化、できますかねぇ?』
『西山さんならきっとできるハズだ! ということで早速だけど、俺のことどう思ってる?」
『杉本さん、いきなりぶっこんできましたねぇ』
『大事なことだろう!』
『杉本さんのことは、その……、素敵な方だと思っていますよ!』
『よっしゃー!』
『いやいや杉本さん、「その……」ってところで西山さんの気遣いが入ってるの明らかじゃないですか!』
『うるさーい! 西山さんにとって、俺は素敵な男性ってことでいいんだよ!』
いつもに比べて、杉本の弄り方が少し優しい気がする。
流石の杉本も、若手のフレッシュな後輩に対し、遠慮というか、躊躇いがあるのかもしれない。
『ちなみに西山さん、俺はどう?』
『ギャングさんは、その……、個性的な方ですね!』
『でたー! 個性的! 定番のオブラートに包んだ表現!』
『あ、いえ、その、違くて、本当に、凄く個性的だなぁって』
『グッ……、頑張ってフォローしてくれているのに、結局個性的って、トホホ……』
『やーい! ザマーミロ!』
西山さんは頑張って言葉を選んでいたが、残念ながら個性的以上の言葉は浮かんでこなかったようだ。
しかし、無理もない話である。
何せギャングは、スキンヘッドにグラサン、革ジャンというスタイルなので、どう好意的に見てもアウトローにしか見えないからだ。
それにしても、頑張ってフォローしようとしている西山さんも可愛いなぁ……
この可愛い声を全身で感じ取れる俺は、まさに幸せ者である。
ちなみに、全身で感じ取れるというのは、比喩でも誇張でもない。
俺がラジオを聴いているスピーカーは、全長120センチの高さがあるため、目の前に座ると本当に全身で音を浴びることができるのである。
このスピーカーは親父が趣味で購入したもので、当時の価格で数百万円する代物らしい。
この手の製品は、時代が進むとともにより良い性能に変わっていくものだが、流石に数百万円の代物ともなると今でも十分通用する性能を持っている。
特に音質に関しては、親父がこだわりぬいてチューニングしており、電流や反響を意識したパーツで固められている。
また、デザイン面も、漆仕上げのエンクロージャーに本牛革が貼られたバッフル面と、こだわりが光っている。
なんでそんなスピーカーを俺が使っているかというと、単純な話、俺に引き継がれることになったためだ。
……親父は、数年前に亡くなっている。原因不明の突然死だった。
このスピーカーは親父の実家に設置されていたのだが、モノが大き過ぎるため長らく放置されていた。
それを、俺が一人暮らしするのに際し、正式に引き取ったのである。
親父はこれを大事にしていたし、売り飛ばされるより俺が引き継いだ方が喜ぶだろう、と。
しかし、親父もコレでラジオを聴いていたらしいし、親子揃って使い方が庶民的過ぎるなぁ……
『デデーンネーム、オロナミンHさんからのお便りです。「杉本さん、ギャングさん、そしてゲストの西山ちゃん、こんばんわ」』
『『『こんばんわ~!』』』
『「僕はこの日を待っていました。西山ちゃんの可愛い声で、是非『超ミダラー』のOPを歌って欲しいと思っていたんです!」』
『おお! 俺はこういうのを待ってたんですよ!』
うおぉっ! 俺も待っていたぞ!
『超ミダラー』とは、正式名称『不健全ロボ超ミダラー』というロボットアニメである。
謎エネルギー「ZEN立線」で動く巨大ロボットに乗り、悪の組織「ポリコレクション」と戦うといった内容なのだが、深夜アニメならではのエロい展開が多く、青少年の股間を滾らせる素晴らしいアニメだった。
そのOPテーマである『KAIKANフレーム』は、アニメの内容に合わせて過激な歌詞になっており、カラオケで歌うと合法的にセクハラができるナイスな楽曲だ。
それを、清純そうな西山さんが歌うとか、全俺が感涙してしまう(意味深)。
『うぅ……、それじゃあ、歌いますね。勃ちあがーれ! 勃ちあがーれ! 超ミダラーーーーーー! <間奏> 淫らに乱れて解き放て! ZEN立線を、刺ぃ激しろー! 飛び出すビームは白色でぇ! その名も「ん”お”ぉぉぉぉぉぉぉ」』
「っ!?」
やや興奮しながら西山さんの歌声を聴いていると、肝心なところで何か唸り声のようなものが被さる。
一瞬ピー音代わりの音が入れられたのだと思ったが、その唸り声以降、ラジオの音声自体が完全に止まってしまっている。
「もしかして、故障か?」
だとしたら最悪のタイミングである。
西山さんがアノ単語を口にする直前で壊れるとは、生殺しもいいところだ。
(くそぅ……、でもまあ、古いモノだし、壊れたとしてもおかしくはないか……)
しかし故障だとして、どうするべきか。
普通こういった物は故障したら即買い替え案件なのだが、値段が値段だけにそれは難しい。
何より、これは親父の形見でもあるので、可能ならば修理して使えるようにしたいところだ。
確か、親父はこのスピーカーを色々と改造していたので、もしかしたら俺の手でも直せるかもしれない。
(とりあえず、少し弄ってみるか)
修理の仕方はネットを探せばあるかもしれないが、古い品なので検索には時間がかかる可能性がある。
もしかしたら素人目にも一発でわかる故障かもしれないので、まずは見える範囲で確認をすることにした。
とりあえず裏側を見てみたが、コードが外れたり断線したりということはなさそうである。
となると中身ということになるが……、あ、そういえば親父がスピーカーの正面開けて何か弄っていたことがあったっけ。
子どもの頃の記憶だが、親父がスピーカーをメンテナンスしていたときの様子がおぼろげに浮かんでくる。
(確かこんな感じで……、おっ、開いた!)
ガチン! と耳障りな音が鳴り、スピーカーの正面が開かれる。
部屋の明かりは点いているというのに、中は真っ暗でよく見えない。
スマホのライトで照らしてみると、そこには――
「ひぃっ!?」
恐怖から声が漏れ、尻もちをつく。
目が、合った。
スピーカーの中の、ナニカと。
あれは……、頭だ。
動物の、それも、首から上だけ……
生首が、台座の上に置かれたような状態になっていた。
犬や猫などの小動物じゃない。
馬、いや……、太さからして、牛くらい大きい生き物だと思う。
それが、何故スピーカーの中に……?
ん”お”ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!
スピーカーの中から、先ほどの唸り声が響いてくる。
それも、さっきよりも大音量で。
(グッ……、あ、頭が……)
あまりの音量に、全身がビリビリと痺れ、頭が強烈な痛みに襲われる。
目がチカチカするし、足もガクガクと震えている。
だというのに、
俺の体が、勝手にスピーカーへと引き寄せられていく。
(な、なんで!? なんで!?)
頭には疑問符が浮かぶばかりで、正常に思考ができない。
声も出ない。
まともに体も動かせない。
それなのに、頭から引っ張られるように、体がどんどんとスピーカーに近づいていく。
(た、助け――)
そう思った瞬間には、もう牛の首は目の前にあり、
開かれた口からは、太くて長い舌が伸ばされ、顔面を舐めあげられる。
その瞬間、俺の意識は……
◇
「牛島さんのお宅、また人が亡くなったそうよ。今度は息子さんだって」
「旦那さんに続いて息子さんまで、お気の毒に……」
「ええ、それで奥さんにお話を伺ったんだけど、息子さんの方も原因不明の突然死らしいの」
「えぇ!? それって偶然!? だとしたら、言い方は悪いけど、呪われているんじゃ……」
「二人も死因がわからないんじゃ、そう思っちゃうわよねぇ……」
「あ、そういえば、牛島さんのお宅ってよくお肉おすそ分けしてくれるじゃない? あれって、実は旦那さんの職場が――」