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――なんだ?
と思う暇もなく、正也の目の前が真っ暗になった。
そしてブレーキ。
視界が戻るとまたもや村の中だ。
あの二体の地蔵の横に。
「おいおいおい、なんだってんだよ、まったく」
陽介がわめき、再び車を走らせる。
ユーターンをして先ほど通った下りの山道に入り、そのまま車は進んだ。
「ひっ、ひっ、ひっ、ひっ」
さやかの声だ。
前に座っているので顔は見えないが、どうやら泣いているようだ。
その時みまが正也の手をつかんだ。
正也はみまを見た。
みまは前を真っすぐ見つめていて、正也を見ていなかった。
ただ正也の手を強く握りしめていたのだ。
正也はみまの手を握り返した。
二人で強く手を握り合う。
車はそのまま進んだ。
さやかは相変わらず泣いていたが、彼氏であるはずの陽介はそれに全く反応しない。
その点については正也もみまも同じなのだが。
とにかく下手にかかわると面倒なことになると思われたので、無視し続けた。
どれくらい走ったのだろうか。
もうずいぶん走ったと思われたころ、正也の目の前が真っ暗になった。
「うわ」
「きゃっ」
「まただわ」
三人が立て続けに口を開き、そして同時に急ブレーキ。
車は停まった。
そして目が正常になると、車はまたもや村の中にいた。
そして横にはいつもの二体の地蔵。
「いいかげんにしろ、この野郎!」
普段から声が大きめの陽介が、耳が痛くなるほどの声で狭い車内で叫んだ。
そして車が荒々しく走り出す。
――おそらく何度やっても駄目だろう。
正也はそう思ったが、口には出さなかった。
さやかは相変わらず泣き続け、みまは黙って正也の手を握り、正也は黙ってみまの手を握り返していた。
正也の予想は当たった。随分走ったと思われる頃、四人の視界がほぼ同時に真っ暗になり、急ブレーキ。
そして気づけばまた村の中だ。
いつもの二体の地蔵が出迎える。
誰も何も言わなかったが、やがて陽介がぽつりと言った。
「もうガソリンがない」
「えっ!」
「本当か」
「うそっ」
陽介が頭を激しくかきむしりながら言った。
「キャンプの帰りにガソリンを入れるつもりだったんだ。でもここでずいぶん走ってしまったし。それでガソリンがなくなった」
「それじゃあいったいどうすんのよ。ガソリンがなきゃ帰れないじゃない」
さやかが鼻声でそう言ったが、正也はすでにガソリン満タンでも帰れないような気がしてきた。
「うるせえ。どっちにしてもここから出られないじゃねえか」
「あんたが通行止めの道に入っていくから、こんなことになったんじゃない。あんたがなんとかしなさいよ」
「おまえこそ行くのに賛成していたじゃないか」
「うるさいわね。とにかくあんたが悪いんだからね。さっさとなんとかしなさいよ」
「よく言うぜ。このバカ」
「バカってなによ。バカはあんたの方じゃない」
「うるせえ。このバカバカバカバカ」
「よくも言ったわね」
「静かにしなさい!」
とてつもない大きな声が響いた。
みまだった。
付き合いがまだ短いとはいえ、みまのこんなにも大きな声を聞いたのは、正也はこれが初めてだった。
もともと声が高めなので、より耳に痛い。
二人とも一瞬で黙ってしまった。
みまが続ける。
「ここから出たい。早く家に帰りたい。そりゃあみんな同じよ。私だってね。だったらけんかなんてしてる暇は、ないんじゃないの。みんなで助け合って、なんとかするしかないんじゃないの。そんなことよりも、ここから出て家に帰るよりもけんかする方が大事だって言うのなら、二人で死ぬまでけんかでもなんでも好きにしなさいよ」
「……」
「……」
二人は黙っているが、みまはさらにたたみ掛ける。
「どうなの。ここから出たいの。それとももっとけんかがしたいの。はっきり言いなさいよ」
二人が答える。
「もちろんここから出たいわよ」
「俺もここから出たいさ」
「だったらけんかなんてしてないで、みんなで協力すべきなんじゃないの。どうなの」
「うん」
「そうだな」
「じゃあこれからもけんかは一切なしね。みんなで助け合ってここから出ましょう」
「そうね」
「わかった、そうする」
前からしっかりしているとは思ったが、このとんでもない迫力。
正也は正直驚いた。
――付き合いはまだ浅いが、もし将来結婚でもしたら、完全に尻にしかれることになるなあ、こりゃあ。




