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クァレーンの罠

 チャチャイは、見晴らしの利く高台に座り、目下の谷筋を通り過ぎる帝国軍を見つめていた。

「そうか、これがクァレーンの罠。まるで魔法のように旅団を呼び込んでいる」

 ラシュもそれを聞きながら、反対側の尾根にいるであろう元洪(げんこう)と峡谷を逃げていくクァレーンとに合図を送った。

「帝国軍は全て通り過ぎました。その後方、敵の足音が聞こえます。足音多数! 見えてきました!」

 クァレーンは逃げ続ける帝国軍に指示を出した。

「よし、この辺でいいだろう。全軍回頭」


 タエは遥か後方で、旅団の追撃軍を見送っていた。

「これは、罠かもしれない」

 タエの言葉にアサーラが振り向いた。タエはそれに気づきつつ、言葉をつづけた

「追撃させたのはまずかったかも・・・・」

 その言葉にアサーラが反論した。

「でも、ザイナブとアイシャが峡谷の出口で待ち伏せをしています。追い込むためには追撃が必要です」

「そうね、もう少し様子を見ましょう」

 だが、その判断が旅団の追撃軍を窮地に落とした。


 クァレーンの回頭指令によって、今まで逃げていた帝国軍は、急回頭した。殿しんがりが先鋒に転じ、追ってきた旅団側へ向けて突撃を開始し、旅団追撃軍と激突した。その時、追ってきた旅団側は陣形が細長く薄く伸び切っていた。

 それを確認しつつ、袁元洪えんげんこうはラシュの合図に応じながら、多重共鳴の発動をチャチャイ、ラシュに送る。それを聞いたチャチャイとラシュは声を発した。

「両翼に倶利伽羅剣、および金剛腕盾バックラーに取り付けたアカバガーネットを構えよ」

「敵、目の前。その数約五千。これだけなのか。だが、まもなく結界増幅開始。5,4,3,2,1,いま!」

 空の色が濃い赤に転じ、結界が濃くなった。

「多重共鳴発動!」

 それと同時に峡谷の両尾根から速度を速めた剣や矢が、人間の能力では処理できないほどの速度で旅団追撃軍の背後を襲う。旅団側は不意を突かれて防戦一方となる。細長くなった隊列が災いし、次々に民兵たちが倒れていく。


 タエは、旅団の追撃軍が帝国軍の罠に誘い込まれたことを見てとった。

「アサーラ、ザイナブとアイシャに至急連絡。帝国軍の背後を突かせてちょうだい」

 アサーラは、ザイナブとアイシャに指示を出した。だが、タエから見れば、それでは間に合わないように見えた。タエはアサーラを見ると声をかけた。

「私も行かなくちゃいけないかもしれないわ」

 その時、指揮を執っていたヤザンとジェロニモから、タエに援助要請が来た。

「タエ、助けてくれ。俺たちは罠に誘い込まれた。」

 それを聞いたタエは、城塞から観察した戦況を考えに入れながら返事を返した。

「わかっているわ。もうすぐ対処できる。全軍を密集の紡錘陣形に組み直して! 出来次第、前方の敵めがけてもう一度突撃を開始して。前方の谷筋に待ち伏せている旅団の遊撃軍にも、助けを求めた方がいいわ。後ろから襲い掛かる帝国軍は私が処理するから」

 ヤザンには「対処できる」と聞こえた。「駆けつける」のではない。どんな意味があるのだろうか。そう思いつつ、前方で帝国軍を待ち構えているはずの旅団遊撃軍にも助けを求めた。

「ザイナブ、アイシャ。 こちら追撃中のところを待ち伏せされた。至急援助を乞う」

「ヤザン、すでに向かっている。持ちこたえてくれ」


 旅団の追撃軍はアサシンたちに背後を突かれたまま、前方の帝国軍へ紡錘陣形のまま突っ込んでいった。鳴沢には、それが敵の旅団側の捨て身のあがきのように見えた。鳴沢はすかさずクァレーンに声をかけた。

「彼らにはもう後がないらしい。よし、このまま押しつぶしてしまえ」

「はい、このまま挟撃してしまいましょう」


 背後を突かれたまま、ヤザンは前方への進撃をつづけた。だが先鋒は消耗は激しく、殿も次々に敵の餌食になって失われていく。その間、ヤザンにとってとても長い時間が過ぎていくように感じられた。ついには、進撃を続ける味方は敵に囲まれ、隊列が切れ切れになりつつあった。それでも旅団の追撃軍は前方の帝国軍側へ進み続け、背後の帝国側アサシンたちから徐々に離れつつあった。

 ようやくアサシンたちの攻撃域から離れた時、アサシンたちの目の前にタエが駆け込んできた。それと同時に、彼女は霊刀操の詠唱とともに細身の浸透と空刀とによって、一気にアサシンたちの多重共鳴を粉砕し、アサシンたちを谷筋のはるか下ったポイントまで吹き飛ばした。

 その様子は、戦況を安心して見続けていたクァレーンや鳴沢たちにも見えた。鳴沢の発動した広範で濃い結界、そしてアサシンたちの両翼の陣形、つまり谷の両尾根から攻撃を加え続けている陣形そのものが、一気に吹き飛ばされていた。

「なに? あれは」

「何が起こったんだ?」


 驚愕と怒りのこもった声を上げた鳴沢に、クァレーンが状況説明を加えた。

師匠(マイマスター。アサシンたちの多重共鳴はおろか、袁元洪えんげんこう、チャチャイ・チャイヤサーン、ラシュ・ボースたち、そして閣下の結界自身が吹きとばされました。旅団を追い込んでいたはずのアサシンたちが…すべて消え去りました。それと・・・・・旅団が陣形を立て直しつつあります。彼らは再び密集の紡錘陣形で突撃してきます」

「何が起こったんだ・・・・旅団は何をしたんだ?」

「いいえ、わかりません。」

 そこに伝令の兵士が駆け込んできた。

「旅団追撃軍とは違う方向から、別の旅団遊撃軍が来襲。旅団遊撃軍と思われます…ですが・・・・規模からみて敵の主力と思われます。われらは挟撃されます」

「わかった。その遊撃軍は私が処理しよう」

師匠(マイマスター)。私が敵主力の遊撃軍を相手にします。ですから、旅団追撃軍に向けて紡錘陣形をお取りください」

「なにをするつもりか?」

「敵主力の遊撃軍に向けて最大のシムーンを使います。先ほど吹きとばされた袁元洪えんげんこう、チャチャイ・チャイヤサーン、ラシュ・ボースたちの位置が分かりますか?」

「ああ、我々がこれから突撃しようとする方向を中心に、両翼のあちこちに飛ばされている。だが、彼らは身動きしていない・・・・・生きているのか・・・・」

「でも、彼らが広範囲に吹きとばされたのは好都合です。私は、これから彼らのアカバガーネットの魔力濃縮増幅力を利用して、広範囲に砂嵐(シムーン)を起こし、前方の旅団遊撃軍にぶつけます」

「わかった。私は旅団の追撃軍に向けて紡錘陣形をとる。彼らを突破しつつ撤退する。クァレーン、お前がシムーンを発動したら殿を務めろ」

「わかりました。」


 鳴沢は怪我をしたままで戦線を離脱していたアサシン林聖煕、宣明帝やほかの総督たち、そして帝国全軍に紡錘陣形を指示しながら、撤退を開始した。クァレーンは吹きとばされた袁元洪えんげんこう、チャチャイ・チャイヤサーン、ラシュ・ボースたちのアカバガーネットを共鳴させ、旅団遊撃軍に対して大規模な砂嵐(シムーン)を接近させていった。


 遊撃軍を指揮していたザイナブは、不気味な暑さを含んだ東風を感じ始めた。

「こんな高度の山岳地帯で、このような熱い東風があるはずがない・・・・まさか」

 アイシャとがそれに呼応するように、声を発した。

「みんな、砂嵐が来る」

「シムーンだ」

 ザイナブとアイシャは大声をかけた。

「追撃中止! 皆、砂嵐に備えよ!」

 シムーンの猛威に、旅団遊撃軍は地面に伏せるしかなかった。その勢いは、帝国軍の頭を越えて、旅団の追撃軍側をも襲った。

「このままでは、砂に埋もれてしまう」

 アイシャが叫ぶと、タエがヤザンやジェロニモ、ザイナブたち全員に撤退の連絡を出した。

「旅団全軍は撤退せよ」

 だが、旅団は、ことごとくシムーンに覆われ身動きが取れなかった。

「移動不能です」

「砂に埋もれつつあります。このままでは・・・・」


 それを見た鳴沢は、全軍を後方のヤザンたちが率いる旅団追撃軍に激突させた。

「よし、旅団は砂に足を取られているぞ。帝国全軍、そのまま旅団追撃軍を中央突破。シムーンとともに敵をせん滅せよ」

 それを見て取ったザイナブらは遊撃軍の進撃を再開しようとした。だが、深い砂に足を取られた民兵たちには、それ以上の進軍は無理だった。


「タエ、追撃軍が危ない。ヤザンとジェロニモを助けて!」

 アサーラが悲鳴を上げた。

「シムーンを粉砕するわ」

 タエはそういうと、真刀と空刀とにより、はるか遠くで生じているはずの東風とそれを生ぜしめたクァレーンの魔力を、大地と大気を大きくゆするようにして吹き飛ばした。それもクァレーンが全力を出し尽くした砂嵐のはずだった。


 タエの未知の力を見せつけられた鳴沢とクァレーンは、驚愕していた。鳴沢はタエに向けて結界断層を形成し、クァレーンは結界断層めがけて大量の剣と槍の雨を降らせた。

「まだこんなことを」

タエもまた、静かな怒りを燃やしつつ、霊剣操を詠唱した。それがクァレーンの霊剣操を混乱させると、タエはクァレーンめがけて霊刀操を発した

「・・・・聖霊動ずるところに、光を生じ一気発動し闇に勝て万物を生ずるものなり」

 一刀撃破。タエの操した霊刀操は、再び鳴沢の広範な結界そのものを一度に粉砕していた。

「またこの技を…これは何だ…・・」

 吹颪の大剣でも、それに似た現象でもなかった。神邇(ジニ)たちの結界であれば没滅されることもあろう。しかし、この時鳴沢の結界は何度も没滅されている。しかも立て続けに・・・・。鳴沢の結界はいままで傷をつけられることはなかった。それが何度も一挙に吹きとばされている。鳴沢は旅団の未知の力に愕然としていた。未知の力の前に、帝国軍はただただ撤退を急ぐしかなかった。

 タエもまた、数度の霊刀操の発動によって疲れ切っていた。


 この戦いで、宣明帝夫妻と数名の総督、そしてクァレーンは、帝国軍残存部隊を率いて、そのまま峡谷を出て南へと逃れていった。帝国側は通常の陸上兵力を少しばかり残していたものの、重力獣ドラクレアと主力だったアサシンたちを失っていた。他方、旅団側の民兵は消耗が激しく、この先の険しい大地溝帯への進軍は無理だった。

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