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ジャバル・アッシャイフ要塞

 ヤザンはジェロニモに大声で叫んでいた。

「爺さん、ほんとうなのか」

 ジェロニモは冷静に答えた。

「ああ、連邦軍からの暗号化信号によれば、コロンビア連邦の海軍とその艦隊がジブラルタル海峡で、帝国の二個艦隊を待ちぶせてこれを撃破したそうだ。ジブラルタルの両岸から電磁長距離砲数十門で彼らを圧倒し、残りは拿捕。捕虜によると、帝国の主力はジャバル・アッ=シャイフ要塞に向かったと証言したそうだ」

「やはり・・・・」

「アキーの言っていた通り、それはヘルモンの別名だ。確かにヘルモン山らしいな」

 ジェロニモはそう言ってアキーの説明を聞き直した。

「それは、オバデアの予言で書かれていたことを裏付けるね。帝国の根源の地が『エドムの地』つまりペトラのアカバ要塞であるゆえに、彼らはヘルモンの要塞によってそこを守ろうとするんだろうね。」

 アキーがそう説明すると、ジェロニモはつづけた。

「だが…彼らがヘルモン要塞にいるということは、我々がヘルモンを知ったかどうかは関係なく、ペトラのアカバ要塞に我々が行けば、彼らに襲撃されるということだろう。彼らは、おそらく我々がペトラのアカバ要塞を包囲することを見越している。包囲したころ合いを見計らって、われらを逆包囲してくるに違いない。もしくはペトラのアカバ要塞からの派遣軍とヘルモン要塞からの派遣軍との間で挟撃してくることも考えられるぜ」

「ただ、僕たちがヘルモン要塞への彼らの集結を把握していることを、彼らは知らないと思う。僕がクァレーンを見た際には、その背景からヘルモン山が見えただけだし・・・・」

「ヘルモン要塞か・・・・・。問題は、その高度の要塞をどのようにして攻略するか・・・・」

「とにかくヘルモン要塞を叩くしかない。そこには、あのにくむべき魔女がいるんだ」

 アキーは声を大きくしてジェロニモたちを見た。アキーのクァレーンに対する憎しみは、確かに男たちの生きる力を魔力に代えてきた彼女の魔術に対する怒りからだった。だが、そのほかにもアキーをクァレーンに引き付ける未知の力も働いていた。


 旅団の構成員で行われた戦略会議は、議論が紛糾した。

「ヘルモン要塞はどこにあるんだろうか」

「秘密要塞と言われているとおり、我々にとっては正確な位置は不明だ」

 それを聞いたアキーはクァレーンとの戦いの際に見たヘルモン山の形状を思い出していた。

「僕が見た山の形からすると、要塞はおそらく山の北西斜面側。それも山を背にして、見つかりにくいヘルモン山の奥深いワーディー・シェバーと呼ばれる暗い峡谷の奥に、隠されているようにそびえたっている。ラーシャイヤーからならよく見ることができるのではないかと思われるが………」

「ワーディー・シェバー峡谷のラーシャイヤーは過去の遺跡のようなものだ・・・もし、そうなら、目的の要塞も、ラーシャイヤーも谷を見下ろすようにそびえたっているから、目的の要塞を見つけた際に相手にも悟られるかもしれないということだ」

「頂上から谷筋を下れば発見されやすいだろうね」

「谷筋を麓から登って探る場合も発見されやすいだろ?」

「隣接する谷筋からさぐるのであれば、身を隠すところもある…そのようにして探りつつ登って行けばいいのでは?」

「それは麓から探るということか」

「麓のアル=ヒバーリーヤ村に前進基地を設ければいいのでは?」

「それでは、前進基地が発見されてしまう」

「もっと離れたところに、しかも見えないところに設けないと…・」

「ヘルモン山の連山から離れた丘に、調査や偵察のための前進基地を設けるのがいいかな」

「秘密要塞の攻略策は?」

「今までの経験からすると、要塞は結界に守られているだろうね。帝国軍全軍が集結しているのであれば総督たちもいる。広範囲で巨大な結界断層が用いられているだろう。つまり神邇(ジニ)たちも多数が集められているに違いない」

神邇(ジニ)たちが集められている部屋を探り当ててまとめて没滅させる必要がある・・・・だが、分散配置されているとすると、まずいな」

「分散配置はないだろうね。結界渦動の位相を合わせなければ、結界は互いに相殺し合って弱くなってしまう。だから、互いに密接して息を合わせられ同じ空間に存在しているはずだ」

「そうか? そうであればその場所を探って一挙に没滅させればよいだろう」

「そうすれば、一挙に要塞に迫ることが出来る」

「彼らは籠城して対抗するだろうか」

「いや、援軍を期待できない以上、籠城することはないとおもうが・・・。彼らは対抗して周辺に戦力を展開しているかもしれないぞ」

「いずれにしても、まず最初に彼らの戦力をそげばその後の展開は楽になる。つまり、最初に武器庫ごと武器を破壊してしまおう」

「大方の武器を使用不能にしてしまえば、僕たちに対抗できないだろうね。対抗できなければ、彼らは逃げだす・・・・手持ちの武器を持ったままね・・・」

「彼らが逃げる先は、ペトラのアカバ要塞しかない。そこを守るのが彼らの一番の目的なのだから」

「彼らが逃げるのであれば、待ち伏せを・・・・」

「彼らはワーディー・シェバーと呼ばれる暗い峡谷を逃げ出そうとする。その際に待ち伏せをしてやろう。さらに、逃れた彼らは大地溝帯沿いを南下するだろう・・・・さらに狭い谷筋で待ち伏せして・・・」

「それならアイノンの谷がいい。そこで、最終的に帝国を叩く。そこに至るまでに生き残っていたやつらがいれば、彼らに彼ら自身の悪行の数々を突き付けてやる」

 アキーが何かを思い詰めたようにアイノンの名前を強調した。確かにアイノンは自らの罪を見つめる土地ではあった。だが、帝国の色に染め抜かれた彼らが、自分の所業を見つめる激情に耐えられるだろうか。いや、帝国人は単に逃げだすだけに違いなかった。いくつかの例外を除けば・・・・・アキーから見れば、アイノンは、クァレーンをそのようにして追い込み、追及する場にふさわしかった。だが、アキーにとって真に追い込むべき敵は鳴沢すなわち大魔アザゼルだった。


 ながい議論の末、ジェロニモは戦略をまとめた。

「ヘルモン要塞は険しい山岳地帯の中にある。こちらも、本隊をヘルモンの東側の山陰にあるジャンダルに配置しつつ、谷の反対側のラーシャイヤーとリマに前進基地を設けることにしよう。そこから少数の潜入部隊で要塞内部を探り、神邇達が集結している建物を特定しておく。いずれも敵に気づかれないようにな・・・・機が熟したら、要塞内部の潜入部隊は弾薬庫を爆発させ、同時に神邇達を一気に没滅させる。それと同時にリマの前進基地からは民兵たちを突撃させよう。おそらく、帝国は防ぐ手を失って逃げだすはずだ。・・・・ペトラのアカバ要塞から離れたワーディー・シェバー峡谷の出口直前には伏兵を用意しよう。ヘルモンから逃げ出す部隊が必ず通るワーディー・シェバーの谷あいと、アイノンの谷筋とで待ち伏せし、全滅させる。一応そういう方針としよう」


・・・・・・・・・・・・・・・・


 タエ、ヤザンとジェロニモは数名の工作員とともにラーシャイヤーの前進基地を出た。暗いうちにヘルモン山系のワーディー・シェバー峡谷の暗闇に至り、そのまま谷あいの暗闇を利用して敵の要塞の城壁に取り付いていた。以前の経験と神爾(ジニ)となったハルマンのアドバイスから、暗器を絶縁磁気シールドケースに仕舞いこんでの侵入だった。

 要塞とその広い周辺は濃く深い赤色のドームに包まれている。予測通り非常に強い結界である結界断層が発動され、それが要塞防衛のアサシンたちによる哨戒活動を支援していた。アサシンたちはそれぞれに倶利伽羅剣ばかりでなく様々な武具で武装している。アサシンたちが活動する広範囲を含んで結界が発動されていることから見て、全てのアサシンたちが霊剣操を習得しているに違いなかった。今彼らに遭遇することは絶対に避けなければならなかった。

 一団が取り付いた場所は、結界の強度傾斜測定からみて神邇(ジニ)達が集められているとみられる地点の付近、つまり尖塔のすぐ下だった。だが、その尖塔のすぐ下には、警戒に当たる兵士やアサシンたちの巡視路が設けられていた。兵士はもちろん、アサシンの目を封じる必要があった。だが、厳しい監視の目は耐えることがなかった。タエは、ヤザンたちのチャンスを作ることを考えた。

「どの部屋に神邇(ジニ)たちが収容されているのか、ほぼ把握できています。神邇(ジニ)たちを処理できるのはヤザンとジェロニモだけです。そこで、私があんたたちの活動の時間稼ぎをするため、陽動を起こそうと思います。頃合いを見計らって作戦を遂行してください」


 タエは一人で巡視路を進んだ。巡視たちは短い周期であるものの、ある一定の時間間隔でしか巡ってこない。タエは敢えて巡視たちの後を静かに追って奥へ進んだ。

「まて、どこへいく?」

 タエは暗闇に響くその声に聞き覚えがあった。

「動くな。そのまま手を後ろにだせ」

 男はタエの両手を後ろ手に手錠で締め上げてしまった。タエはそのまま首を中心に羽交い絞めにされ、身動きはできなかった。

「お前・・・アサシン・アヤだろう。帝国のアサシンが、なぜだ。なぜ今まで私を何回も邪魔するのだ」

「あんた…・林聖煕・・・・・」

「そうだ、思い出したかな…・だが・・・この匂い・・・・まるで僕の母親と似た匂いがする・・・・アサシン・アヤ、お前はだれだ」

「教えてあげる。私の名はタエ。つまり宇喜多絶姫よ。帝国で生まれ、国術院にも学んだことがある。でも、アサシンではないわ。わが母は権西姫。あんたは私の弟ね」

「なんだと…そんなに若いのに…私の姉だというのか。・・・・確かにわが母は権西姫だ。しかし父は林康煕だ」

「そう、母はわが父を裏切り、あんたの父親と結婚した」

「なんだと。そんなことはあるはずがない。わが母はわが父と最上のパートナーだった。お前はわが母を愚弄するのか」

「そうね、本来ならあんたは弟であるし、あんたとともに母についての思い出話をする間柄になれたかもしれないわね。でも、母は裏切り者、そしてあんたは私の敵よ」

「母は裏切りなどしない。父のほかの男を愛したことなどないぞ。そんな若さで私の姉だというのかね。すべては嘘に嘘を重ねた虚構だ」

 聖煕は怒りのあまりタエの腕を締め上げた。タエは痛みのゆえに悲鳴を上げた。

「い、痛い。放して」

 だが、聖煕は手をゆるめない。タエは嘲笑するように聖煕に話しかけた。

「フーン・…そんなに私が憎いのね。その憎しみは、たぶんあんたが私に何かを感じているからだろうね。だが、まだあんたは知らないんだ。私は結界断層のゆえにこの若さを与えられていることを・・・・あんたたちの総督、鳴沢は、渦動結界を悪用して時間を止める者、時間を繰り返させる者よ。それゆえに、時間の制御ばかりでなく、輪廻転生の世界を作り上げてもいる。輪廻転生は人生を繰り返させる苦しみ以外の何物でもない。そんな業によって私はここにいる。西姫の娘、絶姫。あんたが生まれる前に生まれていたんだよ」

「鳴沢閣下は我々を幸せに導いている。それゆえ時間も制御するだろう。それはそれこそ輪廻転生の世界を実現するためだ。輪廻転生の繰り返しの中で人間はこの世をあきらめ、寂静を悟るのだ。寂静こそ人間の幸せだ。そして、わが帝国はそれを実現した最高の姿、私自身も幸せの寂静の中にいる。それをお前は否定するのか」

「やはり相容れぬようね」

 タエはその声とともに霊剣操を唱えた。

「アサシンでない者が、霊剣操を詠唱するのか・・・・・」

 聖煕はあっけにとられ、飛来した剣に両腕両足を射抜かれた。

「弟であれば、ここで生かしおいてやる。私が言った輪廻転生の真の姿を考察してみろ」

 タエは聖煕から要塞内の配置図を奪い、ヤザンやジェロニモたちに伝えた。そして、少しののち、要塞の武器庫が爆発するとともに、神邇(ジニ)たちは没滅され、結界断層は消滅した。同時にアル=ヒバーリーヤ村に潜んでいた旅団の民兵たちが、要塞めがけて殺到し始めた。

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