探る者と刺客と
鳴沢は、陸路を移動しながらも撤退の進路が気に入らなかった。
「このまま陸路伝いに行くのか?」
殿軍をつかさどるクァレーンやアサシンたちは恐る恐る総督に意見を申し立てた。
「我々は殿軍によって本隊を有効に守る必要があるのです」
「だが、クァレーン、お前が住民たちの記憶を抹消する魔術を実施するために人間の力を奪っていることが、我々の痕跡となっているぞ」
「あの男たちの死体ですか。ああなってしまえば、単なる石です」
「いや。お前の魔術の結果であろうが。見る者が見れば、魔術の痕跡であることはわかるぞ」
「しかし・・・・」
「いや、ここからは海路を選ぶ。我々の艦隊を活用すればいいではないか」
「それでは襲われたとき本隊が露出することになります。格好の攻撃対象になります」
「何を恐れているのだ。旅団はまだ復活から時間がたっておらん。海上戦力を整える時間はなかったはずだ」
「しかし、東瀛が敵に奪われた際の敵側支援艦隊は膨大な規模であると考えられたはずです」
「だが、我々はどこに撤退したかを知られてはならないのだ。また、東からくる帝国軍と合流した規模を生かしての奇襲攻撃をしなければ、勝利を得られまい。その意味でも、撤退経路を知られないように海路を選ぶべきではないか」
帝国は黒海に面したコンスタンツァに艦隊を集結させつつ、海路での撤退を急いだ。
旅団の秘密追跡隊が黒海の街コンスタンツァに出たのは、それに遅れること1か月後だった。青い空の下に続く道。彼らはクァレーンの残した痕跡を探して、ここに至っていた。行く先々の町では、すでに神邇もアサシンもおらず、目を覚ましたように人々が活気を取り戻した街角で様々に生きていた。
その様子を見たアキーは、しばらく考えてから口を開いた。
「おそらく帝国軍の殿軍は得体のしれぬ魔術を使い、人々の記憶を消して去っている。それでも、クァレーンの魔術は必ず一人の男の力を奪って魔力としている。一定の距離で発見できる黒い化石から、そう思えるんだ」
しかし、黒海に至った端、クァレーンの痕跡、つまり犠牲となった男たちが転がっていることが絶えてしまった。まるで雲一つない黒海の空のように。追跡隊はそれ以上進むことが出来なくなった。おそらく、クァレーンの魔術の痕跡をたどっていることを気付かれたのだと推定できた。
そこから先、帝国の撤退先がどこなのかを追跡隊たちは議論を交わしていた。
「港には、確かに多数の艦船が停泊し、補給を受けた記録も残っている。おそらく二個艦隊・・・」
「それほどの規模であるとすると、帝国本土やインド方面軍の全軍をこの付近に運んできたに違いない。そのあとフネドアラ要塞から撤退した帝国軍を乗艦させ、出航したのであろう」
「黒海は南に続いている。そうであれば、海を南下しているに違いない」
「それならば、コロンビア連邦艦隊の援助を仰ごう」
帝国の去った方向がわからないまま、アキーたちは再び連邦から派遣された快速艇に乗り込んだ。アキーたちのたどった航路は、黒海から地中海沿岸に沿って南下するものだった。
それは、あたかも帝国の艦隊を追うように見えた。それが、神経質になっていた帝国側の焦りを生んだ。
「閣下。私が迎え撃ちましょう」
ラシュ・ボースは、不安そうな鳴沢の目を見つめながら、語気を強めた。ハルマンもそれに続けた。
「私も助力します」
鳴沢総督は、彼らを見つめながら、質問をした。
「どうするつもりだ? 彼らはおそらく工作員の集団だぞ。霊剣操を用いる輩もいるだろう」
「霊剣操はもちろん活用します。最終的にはレバノン杉の森林地帯に誘い込んで、海路から遠ざけましょう」
ハルマンとラシュ・ボースはそう言って帝国軍本隊から分かれていった。
「ほほう、僕たちを待ち構えていたんだね。つまり、僕たちの進路が当たらずとも遠からず、と言うことだね」
アキーは、自分たちの推定が間違っていなかったこと、そして帝国の焦りを感じて、ほほ笑みながらラシュ・ボースたちを迎えた。
「だまれ」
そういうと、ハルマンは遠く離れて結界を張り、それと同時にラシュが襲いかかった。その剣を受けたのはタエだった。
「お前、ボース家の我々を愚弄し続ける者・・・・・。今度は俺たちを・・・・」
ラシュはタエの姿を見た途端、怒りに任せてタエに猛攻を加えた。ハルマンもそれに合わせて結界を濃くしていた。タエは再びオンゼナの名を呼んだ。
「オンゼナ、あんたの因縁の女がここにいるわよ」
剣戟が続いた一瞬の後、タエの傍らにハルマンが現れた。
「よう、ハルマン。ひさしぶりだな」
オンゼナはそういうと同時にハルマンに襲い掛かる。同時に結界が消え、タエはラシュに反撃した。タエの反撃から調査隊はラシュを追い込んでいく。あまりの勢いに、ラシュとハルマンは、退散するしかなかった。
「ばかもの。不用意に襲いかかったのか? 奇襲攻撃ではなかったのか?」
鳴沢は怒りのあまり、ハルマンをつるし上げた。クァレーンもラシュ・ボースを詰問していた。
「し、しかし、威力偵察の意味で、少しでも彼らを邪魔しなければ…・」
「威力偵察? 邪魔をする? それが逆に彼らにとってのヒントになることがわからんのか」
鳴沢にそう言われてもラシュもハルマンも理解できていない。まるで意識に靄がかかったようにこの二人の理解力は極度に落ちていた。鳴沢から見て、彼らに対して背後から理解力をかく乱する者が働いているように見えた。
鳴沢は、帝国の向かう先が、高速で移動する快速艇によって暴かれ、旅団側に伝わりかねないことを考慮した。そこで、クァレーンを派遣することとした。
「いいか、クァレーン。この期に及んでは、お前が直接この問題を扱え」
クァレーンはアチャ倶利伽羅不動を伴い、鳴沢たちの本隊を離れて去っていった。
ヤザンやアキーたちを乗せた快速艇は、地中海を高速で南下していた。そこにクァレーンはアチャとともにいきなり攻撃を加えた。
アチャは『娘の敵』と言いつつヤザンを襲う。隣にいたアキーが反射的にヤザンに加勢すると、アチャは誘うように快速艇から離れた空中に浮かぶ。アキーは夢中になって剣を振り回して快速艇の縁に立った。
「お前がアチャだな」
アキーはアチャへ一撃を加えると、アチャはそのまま飛び去った。すると、艇の外の空中にクァレーンの姿が現れた。
アキーはクァレーンの姿に誘われるように快速艇外へと飛び出た。その時、アキーは足場を失い、高速で去っていく艇に気を取られた時、クァレーンの姿がかき消えた。アキーは水中に投げ出されていた。
水中に待ち構えていたのは、ゆらりとした姿のクァレーンだった。オーラから見て海中にいるようにみえたのだが、それは投影術だった。そして、その後ろに山の姿を見出したアキーは、戦うのをやめた。それが帝国の引き揚げていった要塞の姿だった。
「わかったぞ、帝国の行き先が…・そうか、ヘルモン山の要塞だな。」
天使ではない何か達・・・・おそらく大魔アザゼルの眷属たちが出入りする光景。それはヘルモン山だった。




