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帝国を追う者たち

 タエとヤザンは、一応の勝利であるらしいと感じていた。だが、それはフネドアラ城を占領してからやっと確信できることだった。


  フネドアラ城はもぬけの殻だった。跳ね橋は突撃の際におろしたまま。何の抵抗もなく城門の中へ入ることが出来た。

 ところどころ焦げたような黄土色の城門に入り込むと、右手には回廊があった。そこに入り込むと長方形のホールとなっている。そこには司令部となっていたらしく、周囲の作戦行動や戦略を示す地図が、捨てられている。

 さらに奥に進むと地下へ通じる階段があった。そして、地下の牢獄に発見されたものは、周囲の住民の男たちのむくろばかり・・・・。まるで何かを吸い取られ石のように硬化した躯だった。

「これはほとんど水分がない…まるで高温で焼結したような・・・・」

 ヤザンは、そうつぶやいた。


 城門の斜め左手には、玉座のような席とその前に設けられた祭壇のような台、さらにその前に配列された多くのイス。まるで礼拝堂のような構造だった。そして、玉座席の付近に掲げられていた言葉は、輪廻転生と苦しみをあきらめる寂静が、陰陽として維持され、それがしあわせであるとする教えを説いた言葉と曼陀羅のような図。輪廻転生の時空をつかさどる魔醯首羅(マケイシュラ)すなわち商伽羅シャンカラの像と、彼を称賛する言葉が、まるで詠唱させる呪文のように掲げられている。礼拝堂の中は、玉座とその王を拝する謁見の場ではなく、玉座に座った現実の人間を偶像(アイドル)としてあがめ祀るための儀式の場だった。

「これは、彼らの宗教・・・・。唾棄すべき教え…・いや、教えですらない。これは強いものが容赦なくいじめ続けた者たちをさらに苦しみの中に、諦めの中に閉じ込めるだけの支配・・・・・。決してこの支配は許されない。私たちは必ず滅ぼします」

 アキーとタエは、怒りを込めた表情で玉座を睨みつけていた。ヤザンたちも同感なのだったが、アキーとタエの怒りは特別に燃え上がっていた。彼らは、ヤザンたちから見ても啓典の黙示録にあった『二人の証人』そのものだった。


「随分と嫌っているね」

 彼らが怒りを隠そうともしない態度に、ヤザンは半分皮驚きの表情を浮かべて指摘をした。その言葉に少々皮肉に感じたアキーたちは、鋭い言葉で反論した。

「このような教えはあってはならないことだ。偶像をあがめ、偶像を作るだけならまだしも、目の前の神邇(ジニ)たちの類を崇めさせ、諦めと寂静を強いることなどあってはならない。これでは彼らのための正義はどこにあるというのだ、どこに救いがあるというのだ・・・・」

「当然のことだ、俺たちの間では当然のことだ。だが、そう考えていない奴らもいる」

「そいつらは…・ここにいたやつらは…・。不愉快なのだが・・・このまま彼らについて話し続けると怒りがわいてくる。やめよう・・・・」

 アキーは自分自身を冷静にするために少しばかりの我慢をし続けた。それを見ながらヤザンは別の話題に転じた。

「要塞の中は、慌てて逃げたしたままなのだね」

「彼らは慌ててどこへ行ったのだろうか」

「そうね、どこかを守らなければならなくなったのかもしれないわ」

 タエはアキーの表情が柔らかくなったのを確認しながら、自分の推定を話した。その疑問にアキーとジェロニモが考えながら指摘をした。

「とこかを・・・?」

「北はカムチャッカ、南はマラヤ…帝国本土と周囲の半島と島々・・・・それらは帝国の要だったところだ」

「それらが我々と自由となった民たちによって帝国から切り離されたのだ。彼らは今や守りに入っているのかな」

 ヤザンは、納得しながら指摘した。

「じゃあ、どこを守ろうとしているのだろうか…」

「多分、そこは玉座に座っていたものにとって、絶対に守り通さなければならないところなのだろうね」

 ジェロニモがそう指摘すると、ヤザンは思い出したようにつづけた。

「そうだ…確か、オバデアの幻・・・・『我々は主から知らせを聞いた。使者が諸国に遣わされ”立て、立ち上がってエドムと戦え”と告げる。”お前は自分の傲慢な心に欺かれている。岩の裂け目に住み、高い所に住みかを設け『誰がわたしを地に引きずり降ろせるか”と心に思っている。たとえ、お前が鷲のように高く昇り星の間に巣を作ってもわたしは、そこからお前を引き降ろすと主は言われる。お前と同盟していたすべてのものがお前を国境まで追いやる。お前の盟友がお前を欺き、征服する。お前のパンを食べていた者がお前の足もとに罠を仕掛ける。それでも、お前は悟らない。その日には必ず、と主は言われる。わたしはエドムから知者をエサウの山から知恵を滅ぼす。啓典の民である兄弟ヤコブに不正義と虐げを行ったのでお前は恥に覆われ、とこしえに滅ぼされる。主の日は、すべての国に近づいている。お前がしたように、お前にもされる。お前の業は、お前の頭上に返る。お前たちが、わたしの聖なる山で飲んだようにすべての国の民も飲み続ける。彼らは飲み、また呑み尽くす。彼らは存在しなかった者のようになる。しかし、シオンの山には逃れた者がいてそこは聖なる所となる。ヤコブの家は、自分たちの土地を奪った者の土地を奪う。ヤコブの家は火となりヨセフの家は炎となりエサウの家はわらとなる。火と炎はわらに燃え移り、これを焼き尽くす。エサウの家には、生き残る者がいなくなる”とまことに主は語られた。救う者たちがシオンの山に上って、エサウの山を裁く。こうして王国は主のものとなる』と書かれている。それによれば、僕たちが進むべきは、エドムの地なのだろうね」

「『オバデアの幻』? 『我々』? 『シオンの山に逃れた者』?」

「『シオンの山に逃れた者たち』は私たちね。何度か、そのようにしてシオンの山に逃れたことがあるから…でも、『立ち上がってエドムと戦え』と呼びかけを受けるのは、英雄たちなのでは?」

「英雄たちはエサウの山、エドムの地に集められるのだろう」

「それは、ペトラのアカバ要塞じゃないかな?」

「アカバ要塞?」

「以前、アカバ近くで筆頭アサシンと会ったことがある。彼らが来るほどの要衝だ。そこがかれらにとってのエドムの地なのだろう」

 アキーとタエがそう言いつつ互いにうなづいた。

「英雄たちは、そこでの戦いの機会を待っている。啓典の主は、我々が危機的状況でないと加勢なされない。つまり、私たちが必死に戦って彼らの本拠地を見出して必死で戦う時までは、私たちの前に表れて加勢してくれることもないだろうね」

「それまでは、私たちの戦いは私たちのみで戦うことになるね」

「それなら、彼らがエドムの地を守るためにどう行動するかを、私たち自身が探り、私たち自身が対処しなければならないね」 

「だが、大規模に捜索すると、彼らに我々の動きを察知されるね」

「それなら、少人数で探りに行こう」

 こうして、タエとヤザンは引き続き帝国軍の追撃を目指し、エドムの地を目指した。


 三か月後、もう冬の訪れ。そのころにタエとヤザンは、ペトラのアカバ要塞を観察しつづけていた。だが、そこに大軍が集結している様子はなかった。その時、ヤザンの脳裏に引っかかったことがあった。トランシルバニアから逃げ出した鳴沢は、大魔アザゼルの姿を取って飛び去っており、ほかの帝国軍の軍勢もフネドアラ城から出た後、どこへ向かったか手掛かりを一切残していない。これでは、帝国の膨大な軍がどこに潜んでいるかが不明なままであり、不用意に旅団側が集結すれば、そこを大軍で急襲されるおそれを含んでいた。

 さらに三か月後、その分析をもって、タエとヤザンはフネドアラ要塞のアキーたちの元に戻ってきた。タエの相談を受けたアキーは、答えがなかった。


 アキーは悩みながらフネドアラ要塞の周囲を歩き回っていた。その時、目の前にいように黒い化石が転がっていた。いや、化石のようなそれは、生前は男だった物体だった。その地点から、何かのオーラの痕跡が南へと向かっている。アキーがそれをたどってしばらく行くと、再び干からびた石の人形がころっており、それもやはり生前は男だった残骸であった。そのオーラの残滓と残骸は、クァレーンが夢魔の術によって生きたままの男から力を奪って魔力とした後の、痕跡だったのだが・・・・。

「要塞の周囲に転がっていたんだぜ、要塞地下に放り込まれていたむくろが風化したようなものが・・・・。そう、つまり・・・人間の男だった遺物が転がっていたんだ。そしてそこから何かのオーラの痕跡が感じられたんだ」

「え? なんだそれ」

「男だった遺物? 何かの痕跡か?」

「オーラ?」

「そう、それは結界の残滓なのかもしれないぜ」

「だが、結界なら颪鎌で検出できるのだが…・それは検出できないものだ…・」

「だとすると、別の痕跡・・・・でも、人間の男だった遺物って?」

「そうなんだ。だが、その遺物とそこから発している痕跡って? 何の痕跡なんだろうか。ただ、この痕跡は南東方面へむかっている・・・」

「帝国の何かの残滓?」

「それを追ってみるか」

「だが、念のため、これを帝国に気づかれないように追跡してみよう」


 春になり、アキーたちは、アキーだけが感じる痕跡を追いはじめた。だが、その追跡行は途中の民たちの犠牲者を探し出す重苦しい行軍であり、途中の民たちを踏み台にして逃げ続けている者への怒りと決意とを増していく行程であった。

「誰が、こんなことをやりつづけたんだろうか」

 ジェロニモが顔をゆがめた。それに合わせてアキーが指摘をした。

「これは魔術のたぐい。人間を石化するほどの人喰らいによって魔力を補充する魔術だ。これは魔女だ」

「魔女なのか・・・・」

「魔女が帝国にいる・・・・それは大魔アザゼルの眷属だ・・・・・」

 アキーはそう指摘した。

 このようなことを経て、旅団の秘密追跡隊は進んだ・・・・。


 その動きを帝国側も気づいていた。

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