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トランシルバニア攻防

 夏はとうに過ぎたのだが、フネドアラ要塞の城壁のすそ近くに自生する柳は、まだ蒼い枝を風に揺らせている。それゆえ、その柔らかい枝に誰かが潜んでいても、わからないのは仕方なかったかもしれない。

 夏のころから侵入者を警戒してか、フネドアラ要塞上空そして砲撃陣地を構成するショロマンツァ国術院の丘の上空を、クァレーンが飛ぶ姿が目立つようになった。それでも、前もってタエが確認していた通り、魔女クァレーンが柳の枝に潜むタエの存在に気づくことはなかった。同じように、要塞周辺の深い谷に渡された橋を行き来する帝国軍の誰も、タエの存在を知らなかった。ただ、フネドアラ要塞の誰もが、近々この要塞が攻略対象になるであろうことは、十分に認識しており、それゆえに要塞及び砲撃陣地の帝国軍の誰もが警戒をしていた。


 タエは、要塞内部に潜入する機会をうかがっていた。この辺りに濃い結界を生じさせている神邇(ジニ)たちは、全てこの要塞の中で固く守られている。彼らが発生させている結界は、幾重にも重ねられて通常よりも濃く、また非常に粘性の濃いものであり、もし工作員たちや民兵たちが準備もなく侵入すれば、その際に受けるであろう攻撃を防ぐことは難しかった。それゆえ、タエは神邇(ジニ)たちの居場所を探り、離れたところに待機しているヤザンたちとともに一気に襲撃して、神邇(ジニ)たちとその結界をすべて没滅する必要があった。

 だが、タエは、まだ潜入できる機会が見えていないことに、焦りを感じていた。いったん、離れたところにいるヤザンのところへ戻り、もう一度策を練り直すしかなかった。


「彼らはどこに保護されていると思う?」

 今、軍議の場所には、中東から駆け付けたアサーラ、ザイナブ、アイシャたちや、ジベタの民たちからなる民兵たちなどが新たに参加している。討議はよりにぎやかになっていた。

「結界を張る必要があるから…やはり、塔の上の最高層じゃあないのかしら?」

「だが、それは城門のある塔の上だということになるが…・」

「だとすると、城門から最も離れた塔ね」

「それなら、要塞の下から登っていくのは回り道ではないか?」

「要塞の上から接近すればいいのかしら?」

「それなら、全員が一度に侵入するということで?」

「そうね。それでも最初に侵入すべき場所を特定するために、まず一人が潜入することがいいと思う…・」

「それなら、城門から一番離れた城壁から登ってみる、ということになるかな」

 軍議の結論は一応出た。ただ、要塞の内部が分からない以上、戦いの現場に判断を任せるということだった。いわば、出たとこ勝負、その場になってから考えるというのが本当のところだった。


 タエは要塞の周囲の空堀を暗闇にまぎれて移動し、城門の反対側の城壁に取り付いた。ちょうどその城壁は、ショロマンツァの丘からは見えない死角だった。空堀は城門とその空堀をまたぐ跳ね橋の周囲では深く作られているが、反対側の空堀はそれほど深くはなく、タエが城壁を登るのは容易なことだった。だが・・・・ タエが目を付けた塔は、要塞中央から回廊によって接続しているものの独立したウイングであり、空堀にそびえたつ城壁からそのまま連続して高くそびえた構造だった。独立の塔のためか、見回りのアサシンたちも外壁の外ではなく、内部を巡回している様子だった。

 屋根の部分に至ってから、タエはヤザンから預かった颪鎌によって、屋根の周囲における結界の強度微分つまり強度勾配を図り、結界の渦動中心位置を確定させた。そこに神邇(ジニ)たちがいるはずだった。

神邇(ジニ)たちの位置を計算したわ。この塔の中に神邇(ジニ)たちが作る結界の複数の渦動中心があると考えていいと思う」

「わかった。そこに一挙に突入することにしよう。ほかに渦動中心があるとは考えられないことからも、この賭けに出ていいだろう」

 ヤザンたちは、塔の明り取りから一気に神邇達の巣へと突入した。タエもまた、ヤザンたちと同時に着地した。しかし、その目の前にいたのは林聖煕とクァレーンの姿だった。そして、ヤザンたちの着地したところにも数人のアサシンたちが待ち構えていた。ヤザンたちの作戦は、既にクァレーンに見透かされていた。

「待っていたぜ。旅団の工作員御一行様」

「だれ?」

「お前たちに名乗る名はないが・・・・・名乗ってやろう。俺の名は、聖煕」

「思い出したわ。あんた聖煕ね・・・・」

 タエは他の工作員をかばうように一歩前に出た。

「そうか、俺も思い出したぜ、女、どこかで会っているな。そして、お前がこの連中の元締めだな。と言うことはお前は…秀明の連れだな」

「へえ、秀明を知っているの?」

「忘れるものか…・秀明はわが父・母の仇だ」

「へえ、父親の仇。そして母親の仇だって? そんなにマザコンなんだね」

「マザコンだと? 無礼な…俺の父と母は偉大な戦士だった。卑怯にも彼らを混乱させて亡き者にした憎き仇、秀明。お前たちも秀明と同じように卑怯な奴らなのだろう」

「へえ、私たちは卑怯者なの?」

「俺の父正煕は、秀明の言葉に篭絡されて横から刺されて殺されたんだ。そして、母は父への思いの中で秀明に殺されたんだ。俺は、殺された西姫の息子だよ。」

 聖煕は倶利伽羅剣を構えた。それを見たタエは思わず口を開いた。

「その構えは霊剣操・・。国術院の卒業生ね。そして、聖煕と言う名前。・・・あんたは林聖煕だったの・・・。西姫の息子・・・・」

「そうさ」

 それを聞きながら、タエも大剣を構えた。それを見た聖煕は驚愕した。

「お前のその構え…やはり、この前もそうだったのか…・霊剣操なのか…」

「そうよ」

「そうか、やはりお前は、聖杯城跡でアサシン・アヤを名乗った女アサシン。だが、それなら相手に取って不足はない」

 聖煕はそういうとタエに向かって突撃した。また、クァレーンは夢魔の力をヤザンに投射した。それらと同時にほかのアサシンたちは工作員たちめがけて殺到した。


 塔から見える要塞の外周囲では、ヤザンたちの突入の合図ととも旅団工作員や啓典の民兵たちからなる攻略部隊の進撃開始の姿が見えた。かれらは、ショロマンツァ国術院のある丘を一気に上り詰め、同時にフネドアラ要塞に向けても進撃を開始していた。

 この襲撃自体は帝国が予測していたことだった。それゆえ、帝国側は防衛陣形をあらかじめ準備していた。ショロマンツァ国術院のある丘をはじめ、要所要所に配置したアサシンたちばかりでなく、帝国戦士(クリスパーアーレス)たち全ての帝国軍人員が金剛腕盾バックラーガーネットに太極を保持しつつ配置されていた。それらの配置によって大極はその威力を最大限に生かす陣形となっていた。帝国側はその陣形によって渦動結界を変形させつつ増幅させ、同時に臨機応変に陣形を変えることによって渦動結界を帝国側に有利な形状に変形させていた。

 そして、渦動結界が帝国側の意図に沿った形状になった時、アサシンたちは霊剣操の多重共鳴を発動した。その共鳴によって、後半に展開していた旅団の武器、つまり、神邇(ジニ)に向けるはずの吹颪の大剣はもちろん、通常の銃・剣すべてが持ち主の手元から奪われ、吹きとばされてしまった。それと同時に、旅団の攻略部隊は、帝国側の投擲や砲撃の前に退却するしかなかった。こうして、帝国軍は旅団の攻略部隊が何度突撃を仕掛けてきても、簡単に退けていた。


 塔内部に突入したヤザンやタエは、まだそれを知らず、少数の工作員たちとともにアサシンたちを相手に激闘を続けている。そのうちに、タエはヤザンを金縛りにしているクァレーンに一撃を入れた。クァレーンがひるんだすきに、ヤザンは正気に戻り、瞬時に颪鎌を作動させた。その時、アサシンの背後にかくまわれいていた神邇(ジニ)たちとその渦動結界が一気に没滅され、上空を赤く滲ませつつ要塞四方200キロに拡大していた結界は全て一瞬にして消滅した。

「啓典にある有志たちよ、民兵たちよ。敵の結界が消えたぞ。今こそ反撃に出る。全軍突撃!」


 アサシンたちは霊剣操をあきらめ、工作員たちとの激しい剣戟を始めた。次々に倒れていくアサシンたちの姿に鳴沢は、驚き焦った。

「アサシンたちが・・・・」

 そこに聖煕やクァレーンが駆け込んできた。

「総督、神邇(ジニ)たちは全て没滅されてしまいました。このままでは要塞外部での戦闘で、若いアサシンたちが一掃されてしまいます」

「わかった。クァレーンよ。お前の魔女としての知覚力であれば、全ての工作員や民兵たちの位置を特定できるだろう。それを応用しよう。敵旅団の戦線にいる敵兵たちの位置を特定させてくれ。私の結界断層を人間サイズにして多数展開させよう」

 鳴沢は、クァレーンの察知した先頭の工作員たち、兵士たちごとに結界断層点を多数展開した。その途端、突撃してアサシンや帝国戦士(クリスパーアーレス)に襲い掛かっていた工作員たちや兵士たちは、動きが止まったように見えた。正確には、彼らの動く速度が365分の1になり、止まって見えるほどの速度で動いているのだった。そうなれば、帝国アサシンでなくとも敵兵と組み打っていた帝国戦士は、前線で対峙していた旅団工作員たちや兵士たちを容易く次々と打倒していった。

 さらにクァレーンは、近くに居た老アサシンたちに三重共鳴四重共鳴大共鳴の技を命じた。それは、二百キロ四方の武器の遠隔起動をおこし、戦線から後ろに控えている後続の工作員たち兵士たちまでもが、帝国戦士から投射された槍や剣、弾幕に倒れていった。こうして旅団の攻略部隊は壊滅しつつあった。


 ようやく、塔から脱出したヤザンとタエは旅団側の壊滅状態に衝撃を受けた。

「友軍が壊滅しつつある・・・・・」

「旅団の同志たちが・・・・啓典の民兵たちまでが・・」

 タエは少し考えこむと、ヤザンに一つの提案をした。

「友軍全てをズラシュティへ撤退させてください。帝国軍をその谷へおびき寄せるのです」

「わかった。友軍にそう指示する。あんたはどうするんだ?」

「私はビセリカのお御堂で祈りをささげ、そこへ帝国軍を呼び込みましょう」

「何をする気だ?」

「谷筋を進む帝国軍を一掃します」

「どうやって?」

「それはあなたにも今は秘密です。帝国に知られたくないのです」

「わかった」

 壊滅寸前の旅団攻略部隊はヤザンの指示通り、ズラシュティの谷筋へ逃げ込んだ。それを見たクァレーンは狂喜しながら帝国軍のすべてをそこへつぎ込んだ。

「全軍突撃、旅団の息の根を今こそ止めてしまいなさい」

 鳴沢はふと一抹の不安を感じたのだが、クァレーンの勢いに負けて口を挟まなかった。


 帝国軍が谷あいに殺到してくる。それをタエは高い頂から見つめていた。砂塵に隠れていた帝国軍の殿が見えてきたとき、タエは霊刀操の準備を始めた。霊刀操における門外不出の技はまだ帝国側に知られるわけにはいかなかった。

 すっかり準備ができた時に、目の前をヤザンたちに前後を挟まれて撤退していく旅団や啓典の敗残兵たちが見えた。すこし経ち、そのあとに大軍が押し寄せて来た。帝国軍のアサシンと兵士(クリスパーアーレスたち。それを見つめながら、アキーは静かに懐から片手に刀を取り出して構えた。その細身の金属の剣は、レイピアのように細身であるはずなのだが、それほど柔らかではなく、それでいて弾力と金剛の強靭さを持つ片刃の剣・・・・日本刀と呼ばれる細身の一刀だった。

 タエは霊刀操を心に浮かべ、その意味を思い出す。そして唱えたのは霊刀操・・・それと同時に彼はもう一つの片手にさも刀があるように構える…。いや、それは『空刀』と呼ばれるものだった。構えて両手から繰り出される一刀撃破。一刀息吹、一刀裂破。次々と連続して技を繰り出した。

 そのようにして詠唱を終えた時、帝国軍の武器が全て砂のようにもろく崩れた。次の瞬間、帝国軍の兵士たちやアサシンたちが一瞬にして脱力したように地面に転がった。また、タエの魔石崩壊術によって、太極までもが失われていた。

 一瞬の轟音に気づいたヤザンたちが戻ってきた。

「こ、これは…・」

 ヤザンにしてみれば、それはヤザンさえ実施をためらっている颪鎌の秘密の威力と同じように見えた。

また、それは帝国と鳴沢にとっての未知の恐怖となった。

「さあ、再度の反撃だ。まだまだこれだけの工作員たち民兵たちがいる。勝利は間近だ」

 ヤザンはそう言って残っていた仲間たちを鼓舞した。それを聞きながらタエは先陣を突き進んだ。


 谷あいを戻ってくる軍勢を見て、クァレーンは一瞬友軍であると錯覚した。それほど簡単に帰ってくるのであれば、それは帝国軍であるはずだった。しかし、その先陣にいたのは女の工作員だった。

「あれは誰? 両断の工作員部隊が戻ってくる。帝国軍はどうしたのだ?」

 狼狽するクァレーンの姿を見ながら、鳴沢はしばし考えこんでいた。

「若い帝国戦士とアサシンたちがすべてやられてしまった。これはライプツィヒ攻防戦の際に帝国戦士たちが一度に打ち取られたときと状況が似ている」

「帝国軍はすでに全滅させられている。ここに至っては、老アサシンたちによって彼らを迎え撃つしか対策はなさそうだ」

「いいえ、まだ、策があります。シムーンを使います」

「シムーンを・・か?」

 それはクァレーンが研究の末に編み出した究極の攻撃術だった。

「はい。残存するアサシンたちの(バックラー)に太極として取り付けたガーネットは、重力獣ドラクレアによって作成された魔力濃縮増幅ガーネットです。これによって重力子を制御してシムーンを起こします。この熱風攻撃であれば旅団のあの程度の部隊など一撃で葬り去れるはずです」

「わかった」

 鳴沢はそういうしかなかった。もうそれしか戦う手段は残されていなかった。

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