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帝国本土崩壊

 アキーが皇帝の前に突入したころ、昆明には、皇帝たちの後を追うジェロニモの支援を受けている香港の人民自由軍が迫りつつあった。彼らの軍を支援するジェロニモの手には、吹颪の大剣をはるかに凌駕する小さな暗器、颪鎌があった。200キロ四方の神邇(ジニ)たちとそのを一気に没滅するほどの威力は、このころすでに帝国軍に知れ渡っていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「君は…原 思来(ことなさんではないのか・・・・」

 アキーの声とその姿に、思来の口は反射的に動いた。はるか過去の苦い記憶を思い出しながら・・・・。

「あ、あなた・・・・。もしかして・・・・」

 秀明は確かに思来(ことな)のクラスメートだった。夏のプールで男子たちが不しつけな視線を女子たちにぶつけいた時も、秀明は意識的か無意識下で秀明はいつも視線を下にして、彼女たちを一瞥すらしていなかった。それは彼の決意の強ささえうかがわせた。その秘めた何かが実を結んだのか、一年生の三学期、年明けの朝礼で突然エリートとして国術院に送られていた。そんな変わったクラスメートだった。そして思来の秘めた思いがはっきりしたのは、秀明が国術院へと去っていった時だった。

「そう、君と同じクラスだった秀明だよ」

「え・・・、昼行灯(プラランタン)なの?」

 思来は突然よみがえったはるか過去の記憶に驚いた。宣明帝も思来皇后の態度の変化に気づき、またやり取りを聞いて、やはり前世の記憶を思い出し、驚愕していた。

「秀明、なぜだ。なぜここに来た。 いや、なぜ帝国に反旗を翻すのだ。 前世の記憶を維持しているのであれば、反帝国活動をするはずもなく、われらに敵対して攻め入ることもなかったはずだ」

 宣明帝の言葉にアキーは言葉を選びながら答えた。

「あんたたち、森 宜明(のりあき)、原 思来(ことな)だろうか。・・・・そして僕は、確かに宇喜多秀明だ。はるか昔に卒業したことになっているが・・・・、僕はまだこの年齢だが・・・・輪廻転生をせず、ただ結界断層の時の挟間に閉じ込められていた故に僕自身の上では時間がたっていないだけだ。あんたたちも見た目が若いが、それでも輪廻転生を経ているはずだ。そしてあんたたちの前世の記憶はそう、前世の記憶、帝国民である限りの呪いだよ」

 その説明は宣明帝と思来皇后にとって、とても受け入れられるものではなかった。

「なにをいうか。前世の記憶が呪いだと…輪廻転生が呪いだというのか」

「そうだ。輪廻転生とその際のあきらめ、それらがもたらす寂静。それらはすべて呪いだ」

「その言い草は帝国の秩序を乱すものだ」

 宣明帝はアキーを睨みつけた。若い男二人のにらみ合いに、思来皇后は戸惑いと困惑に凍り付いた。そのとき、三人の中に割って入ってきたのは、杭州府総督だった。

「陛下、今少しお待ちください。今こそ蒙塵を再開するときです。若造め、この杭州府総督の宇喜多直秀が皇帝皇后両陛下を守り抜いてみせる。絶対に、指一本触れさせぬ」

 飛び込んできた総督の姿に、アキーは再び驚愕していた。

「あなたは…・」

「逆賊め! 皇帝陛下御夫妻を愚弄するとは不敬千万。許さぬぞ」

 その声とともに、総督はアキーめがけて鋭い一撃、そして左手からは飛翔体を放っていた。アキーは反射的に霊剣操を詠唱した。それが総督の一撃をいなし、飛翔体は迷走して宮殿天井に食い込んでいた。

「お、お前は霊剣操を・・・・。帝国に敵対する者が霊剣操を・・・・・国術院の秘術を操するとは・・・・お前は誰だ。何者だ。」

「親父…」

「だ、誰だ。お前・・・・秀明なのか」

 アキーを前に、三人は顔と体を凍り付かせたままだった。


 その時、謁見の間の壁が再び崩壊し、そこに突撃猪(パイア)の大軍が飛び込んできた。

「陛下、みなさん。今お助けします」

 アサシン袁元洪はそういうとアキーめがけて突撃猪(パイア)の大軍を向かわせた。アキーはたまらずに天井の釣り具に飛び上がった。それを見た宣明帝はわれに返ったように元洪に声をかけた。

突撃猪(パイア)を先導できるのであれば、こいつらはとるに足らぬ敵ぞ。なぜここで離脱せねばならぬ」

「陛下、香港蜂起の人民自由軍は、神邇達を一掃する力を持つ者を伴っています。そうなると私の霊剣操は使えなくなります。今なら間に合います。今のうちに離脱を、お急ぎください」

 天井につり下がったままのアキーは、それを聞いて元洪に話しかけた。

「そうか、その力がすでに帝国中に知れ渡っているのか。そうだね。脱出するなら今しかないぜ」

 アキーの呼びかけを嘲笑ととらえたのか、元洪は怒りを目にたたえながら言い放った。

「工作員、いや渦動結界没滅師アキー。今は勝負をお預けとさせてもらおう」

 アサシン袁がそう言うと、皇帝皇后、そして杭州府総督は袁の先導する突撃猪の鼻に吸引されて救い上げられ、アサシンたちがリードする突撃猪(パイア)たちととともに昆明から離脱していった。


・・・・・・・・・・・


 神邇達が一掃された昆明は、時を置かずに人民自由軍が占領し、間もなく人々の活動は帝国以前のにぎやかさを取り戻していた。だが、アキーとジェロニモは皇帝一団を逃がしてしまい、その行方は分からなかった。

「アキー、どうやら間に合ったようだが…・」

「いや、残念ながら、あんたの持つ力が帝国には知れ渡っているみたいだ。彼らは自由人民軍の接近を知った途端に昆明を逃げ出してしまった」

「そうか、にげたか・・・・」

「追撃せねば…・」

 アキーはジェロニモを見つめながら指摘した。アキーの視線の意味をジェロニモはまだ理解していない。

「彼らはどこへ向かったのだ」

「蒙塵…と言っていたが…・」

「なんだ? それはどういう意味だ」

「蒙塵・・・・皇帝が変事を避けて逃げ出すこと・・・・たぶん、皇帝たちは西方だろう」

「帝国本土を西方へ・・・・しかしここは西方の最果てだ。行く手にはヒマラヤに閉ざされたベンガルの地…か」

「ベンガルの地まで山と谷に阻まれながら難行軍をすることになる。今からでも香港の彼らの助力を仰げば追撃はたやすい・・・・」

 アキーは静かにそうほのめかした。その時になってジェロニモはアキーの視線の意味を理解した。

「いや、香港の彼らにこれ以上の助力を仰ぐのは無理だ…・ベンガルの地は帝国本土ではない。あくまでベンガルの地…。それに、そこには手つかずのインド方面総督の帝国軍がいる」

「そうであれば、目立たぬように二人で行くべきだろうね」

「颪鎌と霊剣操、いや霊刀操の操術があれば、力は十分だろうし…・」


 彼らの推定は半分当たっていた。ベンガルの地へ向かったのは確かだった。だが、二人は皇帝たちを乗せた突撃猪(パイア)の駆け足の足跡を見つけたその先は、がけ崩れでその先をたどることはできなかった。

 蒙塵する皇帝一行は山々に邪魔をされていたわけではなかった。ヒマラヤの南山麓沿いには、重力獣ドラクレアが、重力波によってこじ開けた逃亡経路がまだ崩壊せずに残っていた。皇帝一団はその経路を突撃猪(パイア)によって高速で踏破し、すでにビアクトラの地へと逃げ伸びていた。アキーとジェロニモを遮ったがけ崩れは、突撃猪(パイア)の轟音と振動によって、それまで保たれていた逃亡経路の崖が崩壊したのだった。

 そして、その崩壊は、帝国のの本拠と思われた東アジアの領域全体の崩壊をも意味していた。

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