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ライプツィヒの攻防

 ヤザンは、半年前の春先に救い出したジャンヌの敬虔さを思い出した。エチオピアでのギデオン救出とオーギュスタンジャクランの葬りをきっかけに、再結成された旅団と工作員たちによって、欧州での英雄解放と帝国駆逐は、本格化していた。


 ヤザンは颪鎌を懐にしまい、さらし者にされている英雄をライプツィヒ(Leipsig)の空に探した。英雄ならば、住民たちの目の上にさらし者にしているはずだった。しかし、ここでは冬の空に叫ぶ者はいなかった。その代わりに目に入ったのは雪の中のトーマスキルケ(Thormaskirche)。その鐘楼の頂上から神邇(ジニ)のだみ声が聞こえてきた。

「この街の者どもは口ほどにもないのう」

 神邇(ジニ)犼袁煕こうえんきが大きな声で誇るように唸っている。犼袁煕こうえんきは声も姿も四つ足の大きな獅子に似ている。だが、ライプツィヒの英雄は、犼袁煕こうえんきの尊大な語り掛けに全く反応を示さなかった。この怪物の声を聞き、姿を見た者であれば、何らかの恐怖の表情を浮かべるはずだが、ビートーヴォンは微動だにしない。転生させられて牢獄に幽閉されたビートーヴォンは、耳が聞こえなかった。耳が聞こえないこともあって、彼は力強くみえる英雄に見えた。袁煕にとっては目の前の音楽の英雄が聴力を失っているなどと、想像することもできなかったらしい。

「この街の奴らは、いまだに無駄に抵抗するのう。音楽とやらは癪なものだ」

 気配を消したまま怪しまれることなく袁煕の居室床下に潜んでいたヤザンは、物憂げな独り言を繰り返す神邇(ジニ)に少しばかり同情した。そのひとりごとに返事をしながら、チャチャイ・チャイヤサーンという名前のアサシンが入って来るのを確認した。

袁煕(えんき)。ここは寂静に維持することが難しい街なのを知っているだろう。それでもここが帝国の欧州支配を維持するための要。ここが失われては帝国は守勢に回らざるを得ない。お前は、そんな要衝を任されたのだぞ」

「チャチャイか。だからこうしてこの鐘楼から町全体ににらみを利かせているのだ」

「言っておくが、街ににらみを利かせるだけでは働いていることにならない。突然の攻撃を警戒しろ。敵の工作員がいつ近づいてくるかわからんのだぞ」

「そうかね。そんな工作員など、どれほどのものかね。お前の持つ金剛腕盾(バックラーガーネット)の太極さえあれば、この結界を破壊することはできぬ。そうであれば、俺を封じることもできまい」

 この会話を聞きながら、ヤザンは袁煕が直上に来るタイミングを待っていた。他方、鐘楼の下では、アキー、タエたちが静かに時を待っていた。


 袁煕がヤザンの直上に立った時だった。ヤザンは床の下から飛び出し、颪鎌を懐で発動させた。一瞬にして袁煕は異空間へ排除された。シートへの封じ込めによって、犼袁煕こうえんきはペラペラのシートに封じ込まれていた。

 ここまでは、ヤザンがジェロニモとともにやってきた手はずだった。だが、間の悪いことにすぐそばにアサシンのチャチャイ・チャイヤサーンが立っていた。ヤザンはアサシンが立ち去る時まで待てなかったようた。

「あ、お前は工作員だな」

 その声がかかるとともに、チャチャイはヤザンに襲い掛かっていた。不意を突かれたヤザンは、体勢を崩しながらもペラペラな袁煕をつかんだまま、鐘楼を飛び降りていく。それをチャチャイはすかさず追った。

 二人の着地とともに、アキーはチャチャイが襲い掛かろうとしたところで身をひるがえした。頭上から大量の剣と礫、槍などが殺到してきたからだった。それを確認するように、タエが霊剣操を操しつつチャチャイに対抗した。

「お前たち、二人とも霊剣操を・・・・そして、結界の没滅・・・・お前たちは過去の旅団の亡霊・・・・帝国の裏切り者だな」

 アキーとタエは畳みかけるように刀を構え、チャチャイの知らない一瞬の技、霊刀操の一刀撃破によって彼を吹き飛ばしていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ライプツィヒ(Leipsig)が過去の旅団の亡霊たちの手に落ちたことは、逃げ帰ったチャチャイなどによって、トランシルバニアのフネドアラ要塞に報告された。すでに、ハーレ(Halle)、メルゼブルグ(Merseburg)、ワイセンフェルズ(Weissenfels)の各村では、神邇(ジニ)たちが発生させた神域結界に対して謎のゲリラたちの活動が行われ始めたことも、それらの神邇(ジニ)やアサシンから報告され始めた。

「霊剣操を用いるとすれば、それは帝国の裏切り者だ・・・・結界を没滅するとすれば、過去の旅団の亡霊か・・・・。わかった」

 鳴沢は煮えくり返る感情を抑えつつ、クァレーンを呼び出した。

「旅団・・・。彼らが再び復活したとみてもよいだろう。今から彼らを便宜上『旅団』と呼ぼう。クァレーン、ドレスデンに帝国軍を集結させろ。旅団を撃滅する」


 帝国はその日のうちにドレスデンへと各部隊を集結させ始めた。最初に集結を終えたのは、圧倒的機動力を持つ突撃猪(パイア)部隊、そして飛躍的人口増加を遂げたデザインベビーによって構成された帝国戦士アーレス部隊だった。クァレーンは最初の集結情況をトランシルバニアのフネドアラ要塞に報告した。だが、総督は不満そうだった。

「機動的散開突撃と歩兵散開戦術とで、問題ないか」

「旅団は、現在ライプツィヒから離脱し、ハーレ(Halle)、メルゼブルグ(Merseburg)、ワイセンフェルズ(Weissenfels)の各都市で本陣を構えています。そこからライプツィヒを越えてドレスデン方面へ進出し、分散したまま神域破壊を進めてくるでしょう。展開している旅団戦闘部隊の構成員はせいぜい3000名程度の規模です。60年前の帝国と旅団との戦いと同様に、現在の旅団側の火力は圧倒的に不足しているはずです。また、彼らの作戦行動はゲリラ的です。工作員の吹颪の大剣を用いて、神邇(ジニ)とアサシンを狙った局所的な攻撃に出ることしか、考えていません。このように、隠れながら活動する彼らに対してならば、機動的突撃と散開戦術が有効です」

「そうか」

 鳴沢総督はそう返事をした。確かにクァレーンの目論見によれば、再結集した旅団も帝国軍の一撃で粉砕できそうだった。だが、クァレーンは、まだ不足だと思っていた。クァレーンは、従来から活用してきた移動可能な太極を活用した結界変形戦術に加えて、複数アサシンの協働による共鳴戦術、そして研究の末に新たに魔力濃縮ガーネットによって重力子を介したシムーン熱風攻撃も活用することを決めた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ライプツィヒへ進軍していた帝国軍の斥候から林聖煕の下に報告が来ていた。

「ライプツィヒの住人たちはほとんどが逃げ出していましたが、まだ残っている老人と子供がいました」

「そうか。老人と子供か…」

「それに、タエとよばれている工作員が脱出の指揮を執っています」

「タエだと。そうか、それなら全軍を突入させろ。タエを捕らえろ」

 その命令とともに、ドレスデンからライプツィヒに向かっていた突撃猪(パイア)の部隊と帝国戦士(クリスパーアーレス)の部隊全軍が突入をし始めた。

「この森林と草原は真冬の季節。タエ、お前は横たわって死ぬのだ。さぞ、土は冷たかろうよ」

 突入部隊を見送りながら、聖煕はそう呟いた。


「タエが一人、取り残された」

 その一報が、三人兄弟アサーラ、ザイナブ、アイシャから知らされた。ヤザンは、すでに撤退が終わっているものと思っていた。実際は、ライプツィヒの周囲広域一帯の神域破壊に成功したのちに、ライプツィヒから住民たちを引き揚げさせることに思った以上に時間がかかったらしい。

「タエが殿軍となって引き上げの途中でした。そこに帝国軍の突撃猪(パイア)突撃部隊と陸上戦闘部隊の大部隊が突っ込んできたのです」

「それで、彼らは…・」

「彼女が一人おとりになって街の中へ逃げ込んでいくと、そこへ帝国軍の全軍が彼女を追って街中へ突入していきました」

 アキーはそのまま飛び出していった。

「まて、アキー。これは敵を一気に壊滅させるまたとないチャンスだ」

 ヤザンのその言葉に、アキーは振り返った。

「でも、僕の娘が・・・・」

「わかっている。だから、簡単な打ち合わせだけでいい」

 ヤザンの考えによれば、フネドアラ城塞の総督に知られないように新しい戦術を試し、帝国軍を一気に壊滅させたいというものだった。

「この「颪鎌」を使いたい」

「新しい武器なのか。それなら、僕も霊刀操によって敵を一気に壊滅させる門外不出の技を試してみたい。それには条件があって、帝国軍には知られてはいけないんだ」

「わかった」


 ヤザンとアキーは、アルアラビーの三人兄弟アサーラ、ザイナブ、アイシャとともに、慎重に街の中へと潜入した。街のあちこちにすでに帝国軍は散開していた。この全軍を集中させる必要があった。

「タエを救い出したら、そのままハーレ(Halle)へと走り抜けてください」

 アサーラ、ザイナブ、アイシャにそういうと、ヤザンとアキーは逃走経路のハーレの入り口手前で帝国軍を待ち構えていた。


 下水溝に隠れていたタエは、アルアラビーの三人兄弟アサーラ、ザイナブ、アイシャたちとともに、ライプツィヒから逃げ出し始めた。それに気づいた帝国軍は、全軍を使って彼女たちを追った。

 冬の大雪原を見下ろす森林地帯の高木の頂上。白装束のまま眼下を見下ろすアキーの目の前を、タエたちが通過し、そのあとに大軍が押し寄せて来た。それを見つめながら、アキーは静かに懐から片手に刀を取り出して構えた。その細身の金属の剣は、レイピアのように細身であるはずなのだが、それほど柔らかではなく、それでいて弾力と金剛の強靭さを持つ片刃の剣・・・・日本刀と呼ばれる細身の一刀だった。

 アキーは霊刀操を心に浮かべ、その意味を思い出す。そして唱えたのは霊刀操・・・それと同時に彼はもう一つの片手にさも刀があるように構える…。いや、それは『空刀』と呼ばれるものだった。構えて両手から繰り出される一刀撃破。一刀息吹、一刀裂破。次々と連続して技を繰り出した。

 そのようにして詠唱を終えた時、帝国軍の武器が全て砂のようにもろく崩れた。次の瞬間、帝国軍の兵士たちやアサシンたちが一瞬にして脱力したように地面に転がった。突撃猪(パイア)は、無人のまま思い思いの方向に散っていった。その場に残ったのは、老練のアサシンたちだけだった。

「なにがおこった?」

 一人の老アサシンの問いに、ほかのアサシンが答えいてる。

「倒れた全員が気を失っているぜ」

「みろ、細胞が崩壊し始めている。どうしたんだ。全員が同じ症状だ」

 アサシン以外の老兵が指摘した。

「俺たちは何ともないぜ」

 それを聞いたアサシンが考えながら、指摘した。

「倒れているのは、パイアのすべて、そして帝国戦士(クリスパーアーレス)だ。若い彼らは、全員がデザイナベビーだ。遺伝子をクリスパー技術で改造したと聞いているぜ。と言うことは、彼らの遺伝子には副次的に弱い部分ができたのだろうか。それを利用して彼らを消してしまう技術がなにか生まれたのだろうか。対策はわからないのか?」

「敵は、三人だけだということです」

「それなら、全員で粉砕してしまえ」

「彼らがこちらに向かってきます」

「ちょうどいい、やってしまえ」

「しかし、武器が…大剣もバックラーも…すべてが粉々になっています」

「なにがおこった?」

 そう言いあっているアサシンたちに、引き返してきたタエとアルアラビーの三人たちが襲いかかった。武器のないアサシンたちは容易に打ち取られていった。


「何、全滅したと?」

 クァレーンは驚いて報告者の顔を見つめた。

「何が起きた?」

「若いアサシンも兵士たちも騎兵たちも、すべての体が解け去っています。突撃猪(パイア)たちは勝手に走り去ってしまいました。武器、大剣やバックラーや車両も全て粉々に・・・・」

「なにがいったい・・・・・」

「そう言っている間に、予備の軍で追撃せよ」

 ドレスデンから、別の軍が再びライプツィヒへと急派された。しかし、そこには全滅した帝国軍の人間たちの体の残骸と武器だったと思われる金属の粉が広がっているだけで、住民の姿や敵の姿は一切残っていなかった。

 その報告を聞いたクァレーンは何が起こったのか、悟ることはできなかった。

「何かがおかしい。総督府の守りを固めないと危ない」

 クァレーンは、欧州方面軍にフネドアラ城塞への退却と集結、そしてアフリカ方面軍はフネドアラ城塞への集結を命じた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 報告を受けた鳴沢は愕然とした。

 ライプツィヒから逃げ帰って来た士官たちによれば、帝国の兵士と武器は未知の武器に破壊されたという。帝国戦士(クリスパーアーレス)やアサシンの体が溶解し、金剛腕盾(バックラー、剣や大砲、銃に至るまで、帝国の金属製の武器が脆く砕けてしまい、もう一度鍛造しなければならない状態まで崩壊していたという。

「盾に組み込まれていた大量の太極も敵に奪われてしまいました」

 クァレーンは申し訳なさそうに鳴沢に告げる。それを聞きながら、鳴沢はまるで言い訳をするようにクァレーンに告げた。

「魔石など、旅団には何の役にも立たんよ。魔石を利用できるのは私たちだけの技術だからね。それにここの要塞内部には、トランシルバニアに存在する魔石生産技術が実現している」

 だが、ライプツィヒの陥落からドレスデン撤退に至った今、帝国はフネドアラ要塞周辺に兵力を撤退させ、全軍を集結させて守りを固める事態に追い込まれていた。それでもクァレーンは強気を崩しておらず、鳴沢にとっても少なからず頼りになることだった。

「鳴沢総督、彼らが布陣してきたならば、私が夢魔(サキュバス)として迷いを与えましょう。それでも、彼らが攻めてきたとき、私はここで多重共鳴を使います。合わせて、シムーンによって工作員たちの命を奪い取ってしまいましょう」


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