フネドアラ要塞
「砲兵用意、砲撃開始!」
ショロマンツァ練兵場にクリスパーアーレスと呼ばれる帝国戦士たちの声が響く。
「騎兵は突撃猪用意。散開、各々の判断でけしかけろ!」
その声に応じてパイアと呼ばれるゾウのような猪たちが一斉に前方の目標に向かって高速で突進していく。その動きは打撃音となり、幾重にも重なった鉄筋コンクリートの障壁が崩壊していく。
「騎兵たち、突撃猪戻せ。次は突撃猪に騎乗しての突撃。私の声によって、一斉突撃する。よし、騎乗。用意。突撃!」
「次、突撃猪騎乗による散開攻撃。騎乗、用意。突撃!」
その声とともに帝国戦士が騎乗した突撃猪が様々な陣形を取りながら、別の目標を蹂躙粉砕する。その全体像は、まるで津波のどう猛さを備えた砂嵐が進んでいくような情景だった。
その様子をフネドアラ要塞の高い城壁から、鳴沢、彼の眷属である魔女クァレーン、そして弟子の林聖煕がが見つめている。
「帝国人全てがデザインベビーとなってから、陸上部隊が飛躍的に増強されました」
聖煕が兵士たち全体を見渡しながら感慨深く鳴沢に話しかける。それを見ながら、クァレーンは過去を振り返った。
「20年前から、次々とクリスパーデザインベビーたちが成人し、全ての兵士たちやアサシンたちがデザインベビーで構成されるようになりました。アフリカで一気に征服が進んだのは、これらのアーレス部隊による電撃作戦が功を奏したといえます。欧州では、欧州各国の歩兵部隊を蹴散らしました。各所で抵抗する戦車部隊ですら圧倒し粉砕できたのです。欧州には、魔結晶工学の術者たちが、わが方の橄欖石内部で安定化した太極を破壊してしまい、結界が成立しませんでした。しかし、今ではこれらアーレス部隊によって、物理的に一気に征服することが出来たのです。これにより、魔結晶工学の術者たちを無力化してしまえば、アサシンたちの霊剣操によってすべての武器を無力化できましたし、電撃作戦の前に欧州のすべての軍事力は無力化されました。今や、帝国の前に敵はいません」
「クァレーン、確かに我々は強くなった。帝国人の新世代は全てデザインベビーであり、征服地では、彼らがこの優れた軍事力とともに徹底した支配を敷いている。だがな、我々はまだ旅団を完全に滅ぼしてはいないんだぞ」
「しかし、わが師よ。旅団は旧聖杯城に閉じ込めたやつらを別にして、60年前より姿を一切見かけません。啓典の民の残りも力を失っています。今や、我々帝国には向かうものはもういないのです」
鳴沢もそう思いたかった。目の前に確認できる事実は確かに帝国の安泰を示している。しかし、クァレーンを見つめる鳴沢の脳裏には、大天使ミカエルの言葉が大きく響いていた。
”お前はここまで負けたのだ。九尾狐が輪廻転生するとしても、もうあと一つの生しか残っていない。お前は魔女クァレーンとして生まれさせるしか、もう道はないのだろうが・・・・。しかし、お前は怒りに燃えてその先にまで走っていくであろう。表面的には勝利に見えるだろう。しかし、お前には私たちのはかりごとがまだ見えていない。そうだ、何かはあるだろう。だが、お前にとっては手遅れだ。お前は進むしかない。そしてそれがお前の最後へと導いていくだろう。”
首を傾げるクァレーンを見つめながら、鳴沢は言った。
「そうか、お前は万能の魔女だったな」
「そうです、いまから国術院に行きましょう。お見せしたいものがあります」
クァレーンは、そう言って要塞から少し離れた広大な丘の上の施設群を指さした。
「国術院か・・・・。お前が杭州府から多くの師範たちを引っ張り出して、本家よりもっと立派なものを作り上げてしまった・・・・。あきれたよ。お前は有能だ。そうそう、お前は万能の魔女だったな。いや、夢魔と言うべきかな。房中術さえも使えるのだからな…。霊剣操はもとより、結界術も、あらゆる力を発揮できる。そうだな、お前がいれば、帝国は安泰なはずだよな」
鳴沢は周りにそう言いつつ、自分にもそう言い聞かせた。それでも大天使ミカエルの言葉が鳴沢の脳裏を苛み続けた。
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ショロマンツァ国術院のある丘陵は、要塞の本拠から少しばかり離れている。いわば迫撃砲陣地の役目も有しているためなのだろう。それゆえ、アサシンたちの一撃が要塞に届かないほどの距離を確保しながら、、要塞への一本道がすべてアサシンたちから発する打撃の射程内に入っている。
クァレーンは腕のバックルの魔石によって、鳴沢と聖煕を浮かび上がらせると、三人は一気に国術院のある丘へと飛躍した。
丘の縁にはフネドアラ要塞と同程度の城壁がそびえたっている。丘に近づくほど、丘の高さもあってその城壁の高さがフネドアラ要塞よりもさらに高くそびえたっているように見える。城壁を越えると、その中には教室棟と練兵フィールド、そして模擬戦闘フィールドが見えてきた。
「わが師、そして聖煕、あの教室棟の屋上におろします」
「ああ」
鳴沢は下の様子に気を取られ、生返事をした。
屋上に降り立つと鳴沢はクァレーンを質した。
「ここではどんな教育をしているのか。やはり本国の国術院と同じレベルを目指しているのか?」
「目指しているというより、レベルを維持し、今では本国のレベルを超えていると自負しています」
「ほお」
「はい。・・・・ここでは、本国と同様に、『看』『健身』『実用の武闘訓練』の実技と、国術の基盤哲学として思想的心性、思想的規範性、思想的解釈性の三つの座学とを学ばせています。さらに、今のアサシンには先程御説明した共鳴のために、霊剣操の基礎と応用を習得させています。今の卒業生は全て霊剣操を操することができます」
「そうか、そこまで教育を進ませているのか・・・・では、君たちが指導している新世代アサシンたちの様子を見せてくれるかな」
クァレーンは、袁元洪、チャチャイ・チャイヤサーン、ラシュ・ボースたち国術院の学生たちを整列させた。袁元洪以外は、ほとんどが帝国西部のインド人ばかりが目立つ。その彼らに対して林聖煕が合図をすると、彼らは三人一組になって詠唱を共鳴させ始めた。霊剣操の共鳴。その昔、宇喜田秀明と権西姫とが学院外で見せた共鳴に比較すると、それらの威力は四倍に拡大強化していた。そればかりでなく、四人一組になるとその共鳴は八倍もの威力となった。
「今お見せしたのは、霊剣操の三重共鳴、四重共鳴です」
「ほお」
「デザインベビーのアサシンたちは、互いの意識を共有できるほど互いの息をぴったりと合わせることができます。それだけでも、私たちより潜在的な能力が高いんです」
「ほお、なるほど」
「彼らは霊剣操を我々世代と違って二ヶ月で技を習得します。そして、卒業生たちによる三重共鳴、四重共鳴、そして集団による大共鳴は見ものです。今までの私たちの世代ではできなかった技です。三重共鳴は従来の共鳴の4倍、四重共鳴は従来の共鳴の8倍で周囲の剣や武器を作動させることができます。大共鳴であれば、二百キロ周囲の剣や武器は全て彼らの思いのままに作動させられます。」
鳴沢はクァレーンと聖煕の仕事に少しばかり驚いていた。
「その戦術を編み出したのは、クァレーン、君なんだろ?」
「あ、ええ。正確には林聖煕も手伝ってくれました。この技は、複数の仲間がいなければ発動できません。林聖煕がいて、ほかに国術院の生徒を加えることで、これらの技を実現できたのです」
「アサシンによる集団戦法だな。驚いたな」
鳴沢は驚きながら、気の抜けたような声を出した。
「はい・・・それから・・・・」
聖煕が言いにくそうに鳴沢を見た。それをクァレーンが引き取って説明をし始めた。
「ここショロマンツァ国術院では、戦法を研究する場としても活用されています」
「何、戦法を?」
鳴沢は、思わぬ弟子たちの成果物に目を輝かせた。
「はい。例えば、過去に旅団を壊滅させた際の戦法も、有効なものとして教えています。つまり、移動可能な金剛腕盾の太極もしくは移動可能な大極によって渦動結界を増幅させ、同時に渦動結界を帝国側に有利な形状に変形させて吹き颪の大剣を無効化する戦法です。ご存じのように吹き颪の大剣は、神爾と彼らの太一が起こす多重渦動による渦動結界を没滅する能力があります。しかし、神邇に吹き颪の大剣が及ばぬように距離感を保ちつつ、目標となる敵の工作員の近くで結界を増幅できれば、吹き颪の大剣を無力化しつつ、敵を撃破できます。ちなみに、この戦法は60年前のメソポタミア戦線で、その時の林康煕師範が、吹き颪の大剣を振るう旅団の渦動没滅師たち・工作員たちを圧倒した際に、用いた戦法です」
「ほお」
「ここでは、さらに新しい戦法も研究中です。例えば、眷属龍バラウルの活用と、アカバ要塞近くの橄欖石の活用です。ご存じのように金剛腕盾などの太極を構成するガーネットは、地球外核付近から上昇するマントルプリューム中で、橄欖岩の結晶構造が変化する際、眷属龍バラウルの力によって魔石となったものです。欧州征服後、私たちはトランシルバニアの魔石生産技術とスコットランドの魔石理論を手に入れました。その知識を生かすことでアカバ要塞付近で産出する橄欖石は、重力龍ドラクレアの魔力濃縮力によってバラウルの力をよく蓄積するように鍛えることができました。その結果、アカバで生産されるガーネットは従来のガーネットの二十倍の増幅率を持つに至っています。また、重力龍ドラクレアの濃縮された魔力をアカバガーネットに蓄積することで、それが発揮する強大な重力子操作も活用できるようになりました。その重力子は空間をゆがめ、シムーン熱風をおこして敵を熱殺粉砕することができるのです。いずれの戦法も、まだ実用化されたばかりですが、今後の活用が期待できます」
鳴沢は、自らの弟子たち、眷属たちの働きに満足していた。
「なあ、クァレーンよ。アカバ要塞のガーネットは、私も自ら採掘し、活用している。あの場所は、私の力の根源だ。そう言えば、お前自身も体内にアカバの魔石の結晶を有している者であったな」
「はい、私自身も自分のことが楽しみです」
鳴沢は、クァレーンの中に未来の自分の姿を重ねた。いや、未来の自分がクァレーンの行動によって定まる不吉な予感をも感じていた。