046話 常勝の軍神4
皇帝代理人一同に対するジェムジェーオンの歓迎祝宴は、主賓である皇帝代理人の征東将軍ヴァイシュ・アプトメリア侯爵の意向を踏まえて、皇帝陛下の権威に対して非礼にならない範囲で、簡素な形式で執り行われた。
一同の注目は、歓迎祝宴の主賓ヴァイシュ・アプトメリア侯爵と同等、あるいはそれ以上に、新たにジェムジェーオン伯爵位を継承するショウマ・ジェムジェーオンに向けられていた。
若く人の目を惹きつけてやまない神々しく美しい新ジェムジェーオン伯爵が、何を考えているかをいち早く把握したい、あわよくば取り入りたい。
様々な思惑をもって、ショウマのもとに、多くの人間が集まってきた。
――どの人間も、私を値踏みしているな。
ショウマに近寄ってきたた人間の誰もが、親密さを装い友好な姿勢を示してきた。
だが、そのいずれも、目の奥は笑っていなかった。目まぐるしく、ショウマの一挙手一投足を査定していた。
――よかろう。高い値を付けるがいい。
ショウマは望まれる為政者の姿を、落ち度なく振舞った。
自身の利用価値を高めることは、こちらの言い分を通し易くすることにも繋がる。
「新しいジェムジェーオンの当主は、当代屈指の人気者のようですなあ」
不遜で嫌味に満ちた声色。
ショウマは声の主の方に顔を向けた。
オールバックにした金色と茶色の中間色の髪に金縁眼鏡、アルベルト・パイナス伯爵だった。
ショウマは真摯な表情を崩さず、パイナス伯爵アルベルトに握手を求めた。
「パイナス伯爵、この度はジェムジェーオンにご足労いただき、感謝いたします」
アルベルトが露骨に嫌な顔をしたが、握手に応じた。
「人気者に顔を憶えてもらえるとは光栄の至りですな」
アルベルト・パイナス伯爵。アクアリス大陸前脚地方において、ジェムジェーオン伯爵国と並ぶ大国パイナス伯爵国の当主だった。伯爵位を継承してまだ5年しか経過していなかったが、43歳と国主として脂がのっている年齢だった。金縁眼鏡や華麗な着衣、帝国の中央貴族そのものという姿でジェムジェーオンに現れた。
ショウマの周りにいた取り巻きたちが、パイナス伯爵に対しても、顔色を伺った。
「これはパイナス伯爵。お目に掛かれて光栄です」
「貴様は誰だ」
「あ、失礼しました。ジェムジェーオンで商いを行ってますローレンと申します」
アルベルトが相手の言葉を遮り、取り付く島もなく、言い放った。
「吾輩は貴様たちに用はない。消えろ」
ローレンをはじめ、ショウマに引き続きアルベルトにも取り入ろうとした者たちが青ざめた顔で、遠慮がちに遠ざかっていった。
アルベルトが金縁眼鏡に手を掛けた。
「邪魔だったかな」
「いえ、周りに集まる者たちを追い払っていただき感謝します」
「ほう。貴公は美辞麗句に気持ちよくなっていたと思っていたのだがな」
「中身のない話が続いていたので、内心でうんざりとしていました」
「吾輩との会話とて、中身がないかもしれんぞ」
「パイナス伯爵とは、会話し親交を深めること自体が、貴重な機会です」
「新しいジェムジェーオン伯爵は話が分かる人間のようだな。しかし、国同士での交渉では遠慮はしないので、心得てほしい」
早速、アルベルトから明日から始まる講和会議の掣肘がきた。
「至らぬ点があれば、ご教授ください」
「明日の講和会議でも、貴公がこのような殊勝な態度であると、話が早くて助かるんだがな」
アルベルトが鼻を鳴らした。
それだけ言うと、去っていった。
入れ替わる形で、ショウマに話しかけてきた人物がいた。
「ショウマ殿、よろしいかな」
金髪を短く刈り込んだ頑丈でいかつい体型、タイガ・ニューウェイ子爵だった。
ニューウェイ子爵家は、百年以上前にジェムジェーオン伯爵家が分家として興したのが起源だった。ジェムジェーオンと深く血縁を重ねてきたニューウェイ子爵家は、当世のジェムジェーオン伯爵の意向に左右されてきた。現当主タイガは、ショウマの父アスマと従兄弟で、タイガの娘ミランダはアスマの後妻となっていた。
「ショウマ殿は、今回の内戦で貴殿たちが勝利できたのは、ニューウェイが中立を貫いたからこそと、理解しておりますかな」
「ニューウェイ子爵が中立を宣言していたとは知りませんでした」
ショウマは事の顛末を、前ニューウェイ駐在大使ボーモンドを召喚して確認していた。
ボーモンドはタイガ・ニューウェイ子爵との交渉失敗によって、閑職に追いやられていた。暫定政府の援軍要請を断ったのは、単にタイガ自身が面子を潰された腹いせに過ぎない、と断言していた。
「暫定政府はニューウェイに援軍を要請してきたが、余は断固として拒否した。確認してもられば、すぐにでも分かるだろう」
ショウマはこの場で反論することを、選択しなかった。
「早速、交渉の過程を確認しておきましょう」
「ニューウェイはジェムジェーオンの味方であることを忘れないでくれ」
その時、オリバー・ライヘンベルガー男爵がショウマに声を掛けてきた。
「ショウマ殿、いま、大丈夫ですかな」
「ええ。大丈夫です」
タイガが何かを言い足りなそうな態度を示し渋面をつくった。
ショウマはタイガ・ニューウェイ子爵に向かって、話を終了する目礼をした。
タイガが仕方ないという表情をして、目礼に応じ、この場を去っていった。
ふたりきりになったところで、ショウマはオリバーに尋ねた。
「オリバー義兄さん、どうしましたか」
「ショウマが歓待しない者たちに囲まれているのを見かねて、声を掛けされてもらった。辟易しているのではと思ってな」
「そんな表情をしていましたか」
「いいや。一切の感情を殺して、君主然とした表情を作って、パイナス伯爵やニューウェイ子爵に対応していた」
「それが、私に求められていることだと理解していたので」
「その通りだ。だが、求められた役割を演じる義務の大きさは、自分自身の精神的受容量の大きさと一致しない場合がある。義務の大きさが上回れば、人間は簡単に壊れる。壊れないように、適度に圧力を弛緩することが重要だ」
オリバー・ライヘンベルガー男爵の言葉は、自らが国を統率してきた苦労から出たものだった。そして、ショウマに向けられた心からの言葉だった。
「ご忠告、感謝します」
「生意気な先輩面をして、申し訳ない。ショウマは誰の目から見ても、充分に国主としてよくやっている。だからこそ、心配している」
「オリバー義兄さん、ありがとうございます」
「礼には及ばない」
オリバーが咳払いした。
「俺がショウマのもとに来たのは、もうひとつ理由がある」
「もうひとつの理由」
「ヴァイシュ・アプトメリア侯爵から言付を預かっている」
オリバーが真顔で言った。
「アプトメリア侯爵が『この歓迎祝宴は、お互いが主賓や主人である故、貴公とじっくりと話すことは能わない。そこで、歓迎祝宴の閉会後、ふたりで話す機会を持ちたい』と」
「承知しました。こちらで会談の会場をセッティングします」
「そうだな。承諾の回答しかないな」
オリバーが冴えない表情をした。
ショウマはオリバーの意図が気になった。
「オリバー義兄さんは、何か懸念があるのですか」
「ああ、いや、そうだな」
オリバーが口籠った。ショウマは何も言わず、次の言葉を待った。
「ヴァイシュ・アプトメリア侯爵はご清廉なお方だ。揺るぎない信念のもとに公正に判断し、尊敬に値する人物だと思う」
妙な言い回しだった。ショウマは真顔で訊ねた。
「しかしながら、続きがあるのですね」
「ああ。……強いて言うならば、危ういと思っている。先ほどの言葉を使うならば、既に壊れているお方かもしれないとも思う」
「ですが、この会談を私から拒否できないと思いますが」
オリバーが頷いた。
「そうだな。それに、言葉が過ぎた。アプトメリア侯爵は人として、間違いのないお方だ。俺の気の迷い、ただの杞憂と思って、忘れてくれ」
オリバーの言葉にショウマが応えた。
「私はアプトメリア侯爵と面識がありません。直接会ったうえで判断するつもりですが、オリバー義兄さんが抱いている危惧もひとつの材料とするつもりです」
「ああ、そうだな。そのくらいの気持ちで捉えてくれ。俺はアプトメリア侯爵に、ショウマが申し出を承諾したと伝えてくる」
アプトメリア侯爵と対峙する。
オリバー・ライヘンベルガー男爵の後姿を見ながら、ショウマは気を強く持った。
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