003話 勝唱の双玉3
『勝唱の双玉』と呼ばれる双子の弟、ジェムジェーオン伯爵継承順位2位のカズマ・ジェムジェーオンは、最新型のASリゲル03のコックピットハッチに乗り込むと、身体が暖かい透明なゼリーに覆われているかのような浮遊感に包まれた。
コックピットシートは、自動的にカズマの身体に合わせてかたちを変えて密着した。
操縦ヘルメットを被ると、ASへのプラグインが始まり、左目のコンソールに、起動初期化ログが流れだした。
〈接続完了〉コンソールに表示された。
ASリゲル03は、カズマの制御下におかれた。
カズマは、これまでの訓練で反復してきたように、ASの各機能の状況を自らの目で確認した。
機能の稼動状態、バッテリーの蓄電状況、機体の装備品、どれも問題ない。
――オールOKだ。
いつでも、出撃できる。実際の戦闘が目の前に迫っていた。
――静かなものだな。
出撃前。カズマは、自らが想像していたよりも、自分自身が落ち着いていると自覚した。
――もっと昂ぶっていい。
カズマが出来ることは、先頭に立って皆を奮起し引っ張ることだ。
アンナ=マリー・マクミラン大佐は、ASリゲル03のコックピットのなかで、カズマ・ジェムジェーオンがASリゲル03にライドインする姿を視ていた。
カズマが小さかった時の思い出が、頭に浮かんできた。
あのカズマがいま、戦場に向かおうとしている。
胸が張り裂けそうな気持ちに襲われた。
アンナ=マリーはたまらず、カズマとのプライベート通信を開いた。
「カズマ、何度も言ってきたけれど、もう一度言わして。出撃を考え直してもらえないかしら。あなたは私たちの部隊にとって旗頭であり象徴なの。船に残って、味方部隊を指揮するべきだと、私は思っている」
「あはは、冗談だろ、マリ姐。オレは兄貴と違って、じっと座って指揮するなんて性に合わない。マリ姐だって知っているだろ。身体を動かすことが合ってるのさ」
士官学校時代、カズマ・ジェムジェーオンは、実践系のASシュミレータや格闘体術などの科目で、トップの成績を修めていた。対して、双子の兄ショウマ・ジェムジェーオンは、机上の戦術論や戦闘指揮論などの科目で、トップの成績を修めていた。お互いが、それぞれの得意分野で、ジェムジェーオンの士官学校において、開学史上最高の成績を記録していた。
「それはそうだけれども、あなたは初陣なのよ」
「マリ姐の初陣も、いまのオレと同じ年頃だったろう。誰だって通る道なんだって」
「何もこんな厳しい戦いでなくても」
「いつも言っているじゃないか。楽な戦いなんて存在しないって」
何を言っても、カズマの意志を曲げられそうにない。
――分かってはいたけれども。
アンナ=マリーは諦観した。
「わかったわ。ただし、これだけは約束してちょうだい。私とジョニー・マクレイアー少佐が、カズマをサポートする。だから、絶対に独断専行はやめて。それと、敵と対峙する時は、必ず数的優位を作ってから戦闘する。私たちが先に戦場に出るから、カズマは私からの合図があって出撃して。絶対に、これらは守って」
「わかった、わかった。約束するよ」
カズマの声の楽観的な響きに、アンナ=マリーは不安を覚えた。
――だが、私はともかく、『疾風』ジョニー・マクレイアーがいれば。
ジョニー・マクレイアー少佐はイル=バレー要塞第一AS大隊部隊長で、あのアレックス・ラングリッジ大尉やモニカ・オーウェル大尉の中隊を、大隊のなかで従えているエース中のエースだ。彼がいれば、心配ないはずだ。
アンナ=マリーは時間を確認した。
頭を左右に振った。
左目の動きで、通信モードをプライベートから、パブリックに変更した。
「あと約15分で、暫定政府軍の北部方面軍と遭遇する。数はこちらとほぼ同数、2個師団。各々、作戦通りに行動してほしい」
味方の部隊に所属している兵士たちが頷いた。
兵士たち全員が、現在の戦況を把握していた。イル=バレー要塞から出撃した2個師団に対して、北部方面軍も2個師団、兵力は互角だった。だが、兵力が拮抗していたこと以上に兵士たちの心情を複雑にしていたのは、ついこの間まで同じ釜の飯を食べてきた北部方面軍の兵士たちと、本気で殺し合いをしなければならないことだった。
兵士たちの緊張と悲嘆が混じった不安が、ヘッドフォン越しに伝わってきた。
その時、『勝唱の双玉』カズマ・ジェムジェーオンの声が響いた。
「さあ、ゆくぞ。オレは恐れない。進むべき道は開けている。この戦いこそ、ジェムジェーオンをオレたちの手に取り戻す第一歩となる」
味方の兵士たちの迷いが吹っ飛んだ。
うぉぉ、これまで沈黙していた兵士たちが呼応した。
士気が一気に上がった。カズマが負けじと、声を張り上げ叫んだ。
「全員、必ず生き残るぞ」
おお、兵士たちの咆哮が大きな木霊となって、耳に響いた。
アンナ=マリー・マクミラン大佐は、戦場の只中で周囲を見渡した。
戦闘は両軍の遭遇時より激戦となったが、味方の作戦がうまく機能していた。イル=バレー要塞駐留軍が一気果敢に攻め寄せたことで、北部方面軍の陣形が崩れていた。『疾風』ジョニー・マクレイアー少佐が率いる先陣部隊が奮闘し、相手の守備隊を混乱させていることが大きかった。
防衛に回った敵軍の反応が鈍い。
このままの勢いで、突き崩す好機だった。
その時、オペレーターから無線が入った。
〈マクミラン大佐〉
アンナ=マリーは、即座に、様々な可能性を頭に描きながら、即答した。
「どうしました?」
〈カズマ様が出撃すると、船のカタパルトデッキに向かっています〉
嫌な予感が当たった。アンナ=マリーは頭を抱えた。
「カズマ様を止めて」
戦場は激戦が続いている。
――カズマの出陣は今この時ではない。
この状況でカズマを護衛するために、先鋒部隊から『疾風』ジョニー・マクレイアー少佐を後方に戻せば、味方の攻勢が鈍る恐れがあった。
〈何度も、マクミラン大佐の指示があるまで待ってくださいと、カズマ様に伝えているのですが、「この時に出撃しないで、いつに出るのだ」と言って、話を聞いてくれません〉
カズマの戦局の読み自体は間違えていなかった。
緒戦から激戦となっている今この時が、正念場だった。この序盤戦を制した陣営が、最終的にこの戦闘を支配する公算が高い。
アンナ=マリーは口許を緩めた。
――戦況を正しく理解しているのは喜ばしいのだが……。
ここで、カズマを失うわけにはいかなかった。
「もう一度、止めて」
〈わかりました〉
アンナ=マリーは伝令に指示を与えた。
――けれども、恐らく、止められないだろう。
カズマの性格を考えると、諌止などお構いなく出撃するに違いなかった。
アンナ=マリーは、改めて戦況を確認した。
戦局を見極めると、近くの部隊長に部隊行動の指示を与えた。アンナ=マリーは単機で、カズマが出撃しようとしている旗艦バトルシップ『トレメンタ』へとASを向けた。
カズマ・ジェムジェーオンはASのコックピットのなかで、前を向いた。
「準備OKだ。管制官、出撃の指示を出してくれ」
〈分かりました、カズマ様。それでは、乗機のASを2号カタパルトデッキまで進めてください〉
カズマは搭乗していたASリゲルの接続充電ケーブルを引き抜いた。カタパルトデッキにASリゲルを進め、脚部にスライダーを装着した。
「カズマ・ジェムジェーオン、出るぞ」
〈カウントダウンをはじめます。3、2、1〉
スライダーが加速する。バトルシップからカズマ乗機のASリゲルが、地上に勢いよく放出された。
強力なGが、カズマの身体に襲い掛かってきた。
内臓や三半規管が悲鳴を上げる。眼の裏がカッと熱くなり、一瞬、平衡感覚を失った。ASシュミレータの訓練で、幾度も体験してきた。反復訓練で行ってきたように、左目の機能系コンソールで、推力を維持するため脚部ホバーのイオンジェットの出力を上げるように調整した。
機体が安定してきた。
――これで制御が保てる。
その瞬間、前方左側で、爆音と光があがった。一機のASが爆発炎上した。
味方のASか敵のASか、判別できなかった。
あの爆発は、人間の命がひとつ、失われたことを意味するものだった。重圧感と諦念感が絡み合いながらカズマの身体を貫いた。
どうしようもない現実が目の前にあった。ASシュミレータでは味わうことができない感覚、生と死が奔流しながら交錯する狂気の世界だった。
カズマは戦慄し、武者震いした。
「前!」
突然、カズマの耳にアンナ=マリー・マクミランの叫び声が響いた。
視界に、北部方面軍のASデネブの姿が出現した。ASデネブは現在の主力ASリゲルが配備される前の主力ASだったが、いまでも、戦場の第一線で活躍している機体だった。
敵軍のASデネブがレーザーブレードを右手に構えて、カズマのASリゲルに向かってきている。
――敵が迫ってくる。
察知した瞬間、敵軍のASデネブのレーザーブレードが振り下ろされた。
カズマは反射的に、右前にASリゲルの身体を傾斜させた。
ブオォォン。
空気が引き裂かれた。カズマは敵軍のASデネブの斬撃を間一髪かわした。
レーザーブレードが、カズマのASリゲルの頭上を鈍い音とともに振り過ぎた。
「カズマ!」
即座に、アンナ=マリーの機体から、ハンドガンのレーザービームが放たれた。
ビームがカズマを襲ったASデネブの背負うバッテリーパックを破壊し、行動不能に陥れた。
「次!」
アンナ=マリーの声。
敵が間髪入れずに襲ってきた。
「今度はちゃんと分かっている」
カズマは冷静さを取り戻していた。
――同じ過ちを犯す訳にはいかない。
カズマは迫ってきた敵軍のASの姿を確実に捉えていた。
2機の敵軍のASデネブが、カズマのASリゲルを狙っている。
近い位置にいたASデネブが両手でレーザーブレードを構え、カズマのASリゲルに突進してきた。それを支援するように、後方のASデネブが援護射撃のためハンドガンを構えていた。
カズマは右手にレーザーブレードを持ち、左手にハンドガンを構えた。
後方の敵ASデネブのハンドガンからレーザーが放たれた瞬間、ASリゲルの脚部イオンジェットホバーの出力を最大にした。突進してくる敵ASデネブの影に入り、後方のASデネブの射線を封じた。
前方の敵ASデネブがレーザーブレードを降り下ろしてきた。
カズマは右手のレーザーブレードを構えて、交錯させた。
ガッキキーーン!!
2機のASがレーザーブレードを振りかざし、交差衝突した。破壊的な音と桁外れに重厚な衝撃が響いた。
瞬間、カズマはレーザーブレードの衝撃を受け流した。続けて、右足のホバーだけを操作し、相手の右側面を反転した。
敵軍のASデネブはカズマの反転のに付いてこれなかった。力の行き場を失ったレーザーブレードに従うように、敵軍のASデネブがバランスを大きく崩した。
刹那、カズマは左手のハンドガンで、後方支援の敵ASデネブを狙った。
ハンドガンから光線が放出された。
カズマの放ったレーザービームが、後方で支援する敵軍のASデネブに命中し爆発した。
次の動作で、バランスを崩した敵軍のASデネブの左足を、右手で握ったレーザーブレードで切り裂いた。
「すごい……」
アンナ=マリーの呟き声が、カズマの耳に伝わってきた。
敵軍のASデネブが爆発し発生した振動の余韻が続いていた。
アンナ=マリー・マクミランは慄然としながら、カズマ・ジェムジェーオンの戦闘の様子に見惚れた。
――いけない。
戦場で集中力を失うことは、死に直結する。
カズマに左足を切断された敵軍のASデネブは、まだ戦闘能力を失っていなかった。
アンナ=マリーは背後より近寄って、バッテリーパックを抜いた。敵軍のASデネブを戦闘不能にした。
アンナ=マリーが目撃したカズマのAS操縦術は卓越していた。
――とても、初めての戦場とは思えない。
初陣にして巧みにASを操る姿は、ジェムジェーオンのAS部隊のエースパイロット級の腕前だった。カズマのAS操縦適性が優れていることは、ASシュミレータの成績から判ってはいたが、まさか、初戦で数的不利を克服し戦果を挙げるまでとは思ってもみなかった。
カズマのASリゲルが立ち止まっていた。
「カズマ、大丈夫」
「ああ、オレの機体はなんともないよ」
「良かった」
「それより、マリ姐、援護してくれてありがとう。助かったよ」
「なぜ、出撃したの。あれほど、私の合図があるまで出撃しないでと言ったのに」
「ここが勝機だと思っんた。けれど、謝らねばならない。自分の力を過信していた。結果、マリ姐に迷惑を掛けることになってしまった」
「敵は明らかに『出待ち』を狙っていた。士官学校でも教わったと思うけれど『出待ち』はAS戦術の基本。単独で出撃するのは危険だから、熟練パイロットでも必ず援護が必要なの」
「そうだな。実戦を経験して、身に染みたよ」
対AS戦闘の常套戦術『出待ち』とは、バトルシップから出撃したばかりのASを狙い打ちする戦法だった。パイロットの身体の各器官は、戦闘が進むにつれて、過酷なAS操縦の環境に順応していく。出撃したばかりのパイロットは反応が鈍く、AS撃破の絶好の機会だった。
「それと……」
「どうしたの?」
「戦闘のなかでの出来事とはいえ、相手のASをハンドガンで撃破してしまった」
カズマの声が沈痛に響いた。
「相手のパイロットもジェムジェーオンの市民で、家族もいたであろうに」
「カズマ、戦場のなかで感傷的になってはダメ。これが戦争なの」
アンナ=マリーは自分の初陣のことを思い出した。
カズマと同じように幸運にも相手ASを撃破する戦果をあげた。しかし、戦闘の狂気と興奮に包まれて、倒した相手のことまで気を回すことなどできなかった。
だが、感傷に囚われては、次に撃破されるのは自分の番となるのが常だった。
「心配しなくても大丈夫。ここは戦場だ、相手の命を奪わなくてはならないことは、この先も幾度となく続いていく。理解している。ただ、オレはそれに慣れて麻痺してはいけない。ひとつひとつの命の重さをこの心に刻んでいかねばならない」
カズマの口調はしっかりしていた。
アンナ=マリーは、不覚にも目頭が熱くなった。
カズマへの心配は杞憂だった。むしろ、カズマは自身の役割と責務をはっきりと自覚していた。
――いけない。
私が感傷に浸るわけにはいかない。
「カズマ、戦闘は始まったばかりよ」
「判っている」
「次の戦場に向かうわよ」
「ああ。これからも助けてくれ、マリ姐」
カズマとアンナ=マリーは揃って、『疾風』ジョニー・マクレイアー少佐が率いる先鋒部隊が戦っている激戦地へとASを向けた。
「面白い」
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