026話 ハイネス攻防戦9
ジェムジェーオン遠征軍とバルベルティーニ黒騎士第二軍団の連合軍が、正体不明の3個師団の部隊と衝突してから、30分が経過していた。
「くそっ」
バルベルティーニのトライデント『赤槍』ベリウス・クラウディウス将軍はASのコックピットのなかで唸った。
バルベルティーニ黒騎士第二軍団は、想定外の苦戦に陥っていた。
クラウディウスの想定は甘かった。
ハイネスの戦場に現れた3個師団の軍勢は、クラウディウス自身が予想していた烏合の衆ではなく、格段に練度が高い部隊だった。
確かに、準備する時間に乏しい急な出陣だったとはいえ、バルベルティーニ伯爵国の最精鋭部隊である黒騎士第二軍団が、ここまで翻弄されることになろうとは、全くの想定外の出来事だった。
敵部隊は複数のASで編隊を組みながら、波状的に攻撃を仕掛けてきた。知らない間に、味方のASは、単機で複数の敵を相手にする状況を作られた。常に数の優位を組織的に形成する様は、敵部隊が組織的に精錬されていることを示していた。
黒騎士第二軍団長のクラウディウス自身さえも、敵の術中に嵌まった。
気が付くと、一緒に戦っていた親衛隊と分断されて、単機で孤立していた。
クラウディウスは周囲を確認した。
敵部隊のAS3機に囲まれていた。
一番近くにいた右側のASが、クラウディウスに向かって動き出し、レーザーブレードを抜いた。
クラウディウスは、ASのコックピットのなかでニヤリと笑った。
「バルベルティーニのトライデントのひとり『赤槍』のベリウス・クラウディウスは、それほど易くないぞ」
クラウディウスは自身の誇りであり象徴でもある長槍オーディニールを構えた。そして、一直線に向かってくる敵に対して、自身のASのブーストを全開にした。
敵のASが構えていたレーザーブレードが発光した。
クラウディウスの長槍オーディニールも赤く輝いた。
AS同士が交錯した。
クラウディウスは、敵のASが繰り出したレーザーブレードの刀振を、寸での所でかわした。同時に、長槍オーディニールを前方の地面に突き刺した。弾力性に富みながらも軽量で強度の高い長槍オーディニールが、大きくしなる。長槍オーディニールを軸にして、クラウディウスは自身のASを急反転させた。
敵のASはクラウディウスの動きについてこれなかった。
「遅い!」
敵のASが反転体勢に移ったときには、クラウディウスは長槍オーディニールを地中から引き抜き攻撃態勢が整っていた。
槍先が真っ赤に輝き、敵のAS中央を貫いた。
――1機目。
敵のASを倒した瞬間、新たな敵のASが襲い掛かってきた。紙一重のところで、敵の突撃をかわし、長槍オーディニールで敵ASの胴体を切り裂いた。
――2機目。
連続撃破。代償として、クラウディウスのASは、体勢を大きく崩した。
――この状況はまずい。
クラウディウスの目に、3機目の敵ASがレーザーガンで、クラウディウス騎乗のASに狙いを定めているのが映った。
バランスを崩したクラウディウスのASは、迎撃準備を整えられない。
レーザーガンから閃光を放たれた。
「うっ」
次の瞬間、クラウディウスのASを影が覆った。
間一髪だった。
辛うじて駆けつけた親衛隊のASが、シールドを持ってクラウディウスのASを覆って、レーザーガンの射撃を防御した。
クラウディウスの耳に、女性の声が伝わってきた。
「クラウディウス閣下、お怪我はありませんか」
声の主は、クラウディウス旗下の親衛隊長カタリナ・ベルッチ中佐のものだった。
「カタリナか」
「はい。閣下、ご無事ですか」
「誰に対して言っている? 『赤槍』ベリウス・クラウディウスがこれしきの相手に負けるわけなかろう」
「いつものクラウディウス閣下で安心しました」
「敵は?」
カタリナが辺りを伺った。
「姿がありません」
カタリナの言葉を確かめるように、クラウディウスは周囲の様子を確認した。
敵ASの姿はそこになかった。既に、この戦場を去っていた。
「引いたのか?」
「どうやら、そのようであります」
クラウディウスの元へ、続々と親衛隊が騎乗するASが戻ってきた。
――敵部隊の決断は素早い。
敵部隊は、まず、こちら側を分断した。そして、分断した部隊が再集結することを見越して、数で不利になる前にこの場を離脱した。激戦のなかで、敵部隊のASのパイロットは、冷静に判断を下し、深追いしてこなかったということだ。
戦場を見渡した。
敵と味方、撃墜されたASの数は、ほぼ同数だった。
――互角か。
しかし、ここで戦っていたのはクラウディウスと親衛隊のASだった。最精鋭のバルベルティーニ黒騎士第二軍団のなかでも最強部隊といって良かった。
――厳しいな。
クラウディウスの背筋は寒くなった。
「ここ以外、他の戦場はどうなっている」
「他の部隊も苦戦しているようです。敵ASの高い機動力に掻き回されているようです。特に、敵ASのランサー部隊の強さは凄まじく、相当の被害が出ています」
「なに!? ランサー部隊だと」
「は、はい。そのように報告を受けています」
クラウディウスは耳を疑った。
アクアリス大陸における主力兵器であるASの標準武装は、レーザーブレードだった。武器の比重がAS本体に比べ大きくなるランスは癖が強いため、クラウディウス自身の『オーディニール』や「常勝の軍神」ヴァイシュ・アプトメリア侯爵の『サンダーボルト』など、個人専用武器として用いられることはあっても、AS部隊全体にランスを装備させることは、ほとんどなかった。
だからこそ、アクアリス大陸前脚地方で、バルベルティーニのASランサー部隊は、その屈強さとともにバルベルティーニの代名詞といってよい程の有名を得ていた。
「カタリナ。ジェムジェーオンで、ランサー部隊のことを聞いたことがあるか」
「いえ、小官は聞いたことがありません」
急に、漠然とした形にならない何かが、クラウディウスの頭をもたげた。
――これは大事なことだ。
はっきりとしないが、その何かが、クラウディウスを駆り立てた。
「どこだ?」
「え!?」
「そのランサー部隊のことだ。カタリナ、俺をその場所に連れて行け」
進んだ先に、この茫洋としたものの正体を掴む糸口がある気がした。
「クラウディウス閣下自らが、赴くのですか?」
「そうだ」
クラウディウスは強い口調で応えた。
カタリナも強い口調で返してきた。
「わかりました。もう少し待てば、さらに親衛隊員が戻ってくるはずです。数が揃うまで待ってください」
「……仕方ないな」
クラウディウスはカタリナの言葉に従うことにした。
即座に、移動を開始したいと衝動に駆られたが、これまでの戦いで示された敵部隊の力量を考えると、クラウディウスは強引に意見を通すことはできなかった。
程なく、親衛隊のASが集まってきた。
自身と合わせて7機になったところで、クラウディウスは先に進むことを決した。
「行くぞ」
ここに至って、カタリナも反対しなかった。
「判りました。私に付いてきてください」
クラウディウスと親衛隊のASは、戦場を5分ほど進んだ。
その地は、悪夢のような光景が広がっていた。
惨憺たる有様。
あちらこちらに、バルベルティーニブラックに塗装されたASが、地に転がっていた。
クラウディウスやカタリナたちは言葉を失った。
前方から、バルベルティーニブラックに塗装されたAS1機が、近づいてきた。
味方機だった。
クラウディウスはすぐさま、通信を開いて、ASのパイロットに尋ねた。
「いったい、何が起こっているというのだ?」
「その声は、クラウディウス閣下ですか」
「そうだ」
「閣下、すぐにお逃げてください」
「どうしたのだ?」
「この敵は危険すぎます」
パイロットの声は、悲痛な叫びに近かった。
同時に、黒い爆風が煙幕となり、一列縦隊のASランサー部隊が現れた。煙のなか、うねる様子を影に写しだしていた。それは、まるで大蛇のようだった。先頭を走行するASのツインアイが赤く輝く。獲物を捕らえる蛇の鋭い目のようだった。
「私がここで時間を稼ぎます。その隙に、お逃げください」
バルベルティーニブラックに塗装したASが敵部隊を阻止するため、反転して、立ち塞がるようにレーザーブレードを構えた。
爆風のなかから、敵部隊のASランサー部隊が姿を現した。
刹那、一列の単縦隊列が左右に崩れる。AS各機が有機的に流動し、あっという間に隊列が偃月陣形を作りだした。偃月の中心、先端を走行する白いASは、自機と同じくらいの巨大な円錐状の槍を構えていた。
白いASが巨槍を天に掲げた。巨槍が白い光を発し、回転し小さな竜巻を作り上げる。竜巻ごと、巨槍を振り下ろした。
味方のASはレーザーブレードとシールドを構えて防御したが、無意味だった。
巨槍が作り出した波動は、大地ごと引き裂いて、地面から根こそぎバルベルティーニブラックのASを吹き飛ばした。ASが宙に舞う。続く敵のランサーAS部隊が、空中で制御不能となった味方のASを、槍で次々と一撃を加えていった。
敵のランサー部隊が戦場で舞ったあと、残されたのは、動かなくなったバルベルティーニブラックのASの残骸だけだった。
クラウディウスたちは目を奪われた。
――螺旋爆颯。
バルベルティーニのランサーAS部隊、バルベルティーニのトライデント『白槍』カイザリック・カシウス将軍が繰り出す戦術だった。
親衛隊長のカタリナも同じ感想を抱いたのだろうか、呟いた。
「あ、あれは、螺旋爆颯……」
疑いようなく、これは螺旋爆颯と呼ばれる必殺の戦術だった。
――しかし……。
バルベルティーニの元黒騎士第一軍団隊長カイザリック・カシウス将軍は、1年ほど前からバルベルティーニで、その姿を消していた。
敵のランサー部隊は、クラウディウスたちと距離を置いて、足を止めた。
中心には、巨槍を担いだ白いASが仁王立ちしていた。こちらを、それもクラウディウスのASを、じっと見ているように思えた。
クラウディウスも同じように、敵部隊の中心で巨槍を構える白いASを直視した。
白いASが、巨槍を持ち上げ、天空に掲げた。
次の瞬間、巨槍をこちらの陣に投げ込んできた。
巨大な円錐状の槍は、クラウディウスたちの目前の大地に突き刺さった。
敵のランサー部隊は動かなかった。
攻撃の意図を感じなかった。
カタリナが巨槍に近づいた。
「クラウディウス閣下」
「どうした」
「これをご覧ください」
カタリナのASが、地中に突き刺さった巨槍の槍柄を指差した。
「これは」
槍柄に施された装飾。見間違えようか。バルベルティーニのトライデントエンブレムが刻まれていた。トライデントエンブレムの着装は、バルベルティーニ黒騎士団の軍団長3人にしか認められていない。
クラウディウスは自身の長槍オーディニールの柄に施されたトライデントエンブレムを見遣った。
瞬間、脳に雷撃が走り抜けた。
「ははは」
クラウディウスは腹の底から湧き上がる笑いを抑えられなかった。
――間違いない。
まさか、探していた答えのひとつが、ジェムジェーオンの戦場で見つかるとは。
クラウディウスは巨槍を地中から引き抜き抜いた。巨槍を天空に掲げたあと、敵陣のなかに投げ返した。
巨槍は宙を舞い、敵軍の白いASの前の地中に、突き刺さった。
敵のランサー部隊の中心にいた白いASが、地中に突き刺さった巨槍を引き抜いた。
「カタリナ、退くぞ」
「し、しかし……」
「決定事項だ。撤退の発行弾を打て」
「はい」
カタリナが配下の者に命じて、退却の発光弾を打たせた。
戦場に残っていたバルベルティーニのASが、退却の発光弾を確認した。戦闘を止めて撤退を始めた。
敵部隊にとってみれば、追撃戦のチャンスだった。
しかし、手を出してこなかった。
バルベルティーニブラックのASが退くに任せている。
白いASを中心とする敵軍のランサー部隊も反転した。
向かった先は、ハイネスの戦場の中心だった。
「クラウディウス閣下、報告があります」
カタリナの声だった。
「何だ、報告してくれ」
「敵のランサー部隊に敗れたAS部隊ですが、操行不能に陥っているものの大部分が、命までは取られていないようなのです」
クラウディウスは頷いた。
「いま俺たちに出来るのは、一人でも多くバルベルティーニの同胞を収容することだ」
「承知しました」
クラウディウスは、戦場の中心に向かったランサー部隊の姿が小さくなるまで、その背中を目で追っていた。




