1 『アンチグラビティ・ガール』
彼女の振るった大剣が巨竜の尻尾を切り落とした。暴王竜ルルドラゴは吠え、怒りを露わにした。
地面が激しく揺れる。
彼女は咆哮に一瞬ひるんだが、すぐに相手を見据え、剣を構え直した。
彼女の体力は後少ししか残されていない。彼女のほうも後一撃大きなものを食らったら死んでしまうだろう。だけど彼女の目はまだ死んでいなかった。
彼女の息遣いがイヤホンを通じて聞こえてくる。彼女の奮闘を大勢の人間が見守っている。
これまでずっと彼女の勝利を願ってきた。その願いが届く瞬間が今まさにやってこようとしていた。
僕は唾を呑み、拳を握った。
ルルドラゴが舞い上がり、巨大な火炎をいくつも吐いた。降ってくる位置は毎回ランダムなので正確な操作が必要になる。この炎に何度もやられてきた。
しかし彼女は冷静だった。
しっかりと軌道を見極め、炎をかわした。
そして地面を蹴り、跳躍すると、ルルドラゴの腹に渾身の連撃を叩きこんだ。
ルルドラゴは苦しそうな悲鳴を上げながらも、最後の抵抗とばかりに口を大きく開け、その鋭い牙で彼女を食いちぎろうとした。
だが身をひねって牙をかわした彼女は、その回転した勢いのまま大剣を振り、ルルドラゴの太い首を根本から叩き切った。
彼女の着地から数秒遅れて、暴王竜の首と巨体が降ってきた。
歓喜の言葉が次々に生まれた。
流星群のような言葉の煌めきが、彼女の頭上に流れた。
そこには僕の言葉もあった。
「やっと倒せた……」
彼女が大きく息を吐く。疲労が伺えたが、表情は明るかった。
「みんな、やったよ! 倒したよ!」
その勝利宣言に多くの人間が気持ちを送った。それは搾取ではない。むしろ自発的な、素晴らしい戦いを見せてくれた彼女に対する心からの労いだった。彼女は、みんなの応援があったから今日まで頑張ってこれたのだと、楽しそうに語った。
「じゃあ今日はこれで終わろうかな。さすがに疲れちゃった。みんな、付き合ってくれてありがとう」
そして彼女は僕たちの名前を読み上げた。
「しょうたさん、ありがとうございます。こんたさん、ありがとうございます。やみまぐろさん、ありがとうございます。ダークネスさん、ありがとうございます。ブラインさん、ありがとうございます。ヒカリさん、ありがとうございます。キリコさん、ありがとうございます。カントラケッティさん、ありがとうございます。マイケルさん、ありがとうございます。サンポさん、ありがとうございます。ぞうじるしさん、ありがとうございます。……」
読み上げることは義務ではない。
気持ちを送る義務がないように、名前を呼ぶ義務もない。
ここには何のルールもない。
だが彼女は読む。
読んでくれる。
僕たちがここにいて、彼女を見ていたということを確かなものにしてくれる。
「ナツさん、ありがとうございます」
彼女にさん付けで呼ばれるのは未だに慣れない。
彼女はすべての名前を読み上げると、もう一度僕たちへの感謝の言葉を口にし「おつミーナ!」と配信を終えた。
イヤホンを外すと部屋の静けさが耳を打った。
僕は胸の内からこみ上がる温かさを抱きしめながら布団に入った。
だが興奮は冷めやらず、なかなか寝付けなかった。
窓の外がぼんやりと輝いていた。