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06 不思議な戦い

 マルテの運動神経は並。

 通常なら避けきれず直撃を食らう所だが――――


「ああああ……あっ?」


 そうはならなかった。

 マルテの目の前にいつの間にか、"それ"はいた。


 フワボーではない。

 つい先程マルテも目にした、鳥の形をした光。

 フェーダが放った『結界』だ。


「た、助かった……ありがとうフェー……フェーダ?」


「……」


 その鳥は確かにマルテを助けた。

 マルテとフワボーの間に割って入り、魔術であるフワボーを弾き返したのだから。



 そう――――弾き返した。



 結界で防がれた筈なのに、フワボーは霧散する事なくこの世に在り続けている。



「な、なんで……?」


 結界は当然、魔術を打ち消す為のエネルギーで形成されている。

 属性との兼ね合いはあるものの、普通は結界に防がれた攻撃魔術はその場で消失する。

 

 フェーダの放った光の鳥がフワボーに触れたのは確実。

 なのに、フワボーの外見に変化は一切見られない。


 それまで殆ど表情を変えなかったフェーダが、露骨に顔をしかめる。

 だが――――


「そ、そんな……フワボーさんの攻撃が防がれるなんて……」


 それ以上にショックを受けていたのが、エデン。

 まるでこの世の終わりのような絶望顔で、全身を戦慄かせている。


「ま、まだです! メツブさん、目を目掛けて特攻です!」


 今度は氷の弾雨の礫達が命令に従い、床からマルテとフェーダの目に向かって跳ぶ。

 尤も、マルテに関してはその前にいる光の鳥が盾になっている為、それに弾かれるのみ。

 一方、結界の恩恵がないフェーダは――――


「……っと」


 とっさに自身の目を短剣で防ぎ、事なきを得た。


「なんで!? どうして攻撃が通用しないのですか!?」


「いやいや……事前に攻撃箇所が特定されてるのに防がない訳ないでしょ」


 そう呆れつつも、マルテはエデンではなくフェーダに目を向けていた。

 短剣――――それは果たして、何を意図した上での携帯なのだろうか、と


「だったらヴァールちゃん! 貴方の出番です! お願いだから倒し……て……」


 何故か一つだけ『ちゃん』付けのヴァールは、パチパチ音を鳴らしながらエデンの後ろに回ってプルプル震えていた。

 まるで肉食動物に怯える小動物の子供のように。


「そんなあ……」

 

 完全敗北を察したのか、エデンがその場にぺたりと座り込む。

 勝負は決したが、その場に勝者を自覚する人間もいなかった。


「一応言っておくが、こちらに敵意はない。ただ話を聞きたいだけだ」


 まだ釈然としない面持ちではあったが、フェーダは左手を軽く挙げ、光の鳥を呼び戻す。

 フェーダの場合は言葉ではなく仕草で制御している――――そう理解し、マルテは再び顔を引きつらせた。


 どちらの魔術も明らかに常軌を逸している。

 とはいえ、操っている人間まで異常である道理はない。

 多少の抵抗はあったものの、マルテはエデンとの交流を試みる事にした。


「えっと……そもそも君って何者なの? こんな辺境の城で一人、女性の身で暮らすなんて普通じゃないよ。食事の問題だってあるでしょ?」


「食べる物には困りませんよ。だってこのお城には非常食がたっぷり常備していますから。リリィジャム、レンジジャム、メプジャム、イィチジャム……」


 全てデ・ラ・ペーニャで豊富に取れる果実の糖蔵食品――――要するにジャムだった。


「えっと……パンとかあるんですよね?」


「パンなんて数日でカビ生えるじゃないですか。ジャムは一年持ちます。一年もですよ一年も。その上栄養価高いから、単品で立派な主食になるんです」


「女は甘い物好きと聞く。それにジャムは確かに美味い。納得した」


「いやしないでよ! フェーダがそっちに付いたら僕が非常識人みたいになるじゃん!」


 悲痛の叫び――――マルテの疎外感を尻目に、真顔で自身を肯定したフェーダにエデンの表情は一変。

 瞳をキラキラと輝かせ、両手を組み近付いていく。


「もしかして……貴方って良い人なんでしょうか?」


「良い人ではないが、少なくとも敵ではない。それだけはわかって欲しい」


「わかりました。ジャムを好きな人に悪人はいません。話をしましょう」


 何が奏功するかなど、誰にもわかるものではない。

 フェーダの甘党が決め手となり、二人はいとも容易く和解した。


「……なんだろう。もう何もわからないよ」


 周囲の自律する魔術達が楽しげに身体を揺らす中、マルテは自分が場違いなのを自覚し、口を歪ませ乾いた笑い声を漏らしていた――――





「先程は失礼致しました。この城の主として、二人を歓迎します」


 常に喧嘩腰だった今までとは雲泥の差。

 まるで別人のように友好的な笑顔を浮かべ、玉座にちょこんと座るエデンとは対照的に、彼女を見上げるマルテの顔色は悪かった。


「何故わざわざ謁見の間に移動する必要が……?」


「勿論、おもてなしの心です。大切なお客様を迎えるには、一番良い部屋を使わないと」


 言葉だけを取れば確かに礼を尽くした行為だが、彼女の周囲に浮かぶフワボー、足下を守るように配置されたメツブ、玉座の後ろで目を光らせているかのようなヴァールの存在が、警戒心を如実に表している。

 明らかに心を許した様子はない。


「場所は何処でも構わない。交渉が出来るのなら」


 マルテの隣に陣取るフェーダの声は、より鋭さを増していた。

 目付きも先程までより鋭い。


 これからが本番、ここからが仕事――――そう訴えているかのように。


「自分はこの城で起こっている事を知る為にここへ来た。火の玉などの目撃情報が複数寄せられ、幽霊がいると街中でちょっとした騒ぎになっているのでな。一応確認しておくが、君は幽霊か?」


「違います。身も心も透き通るように美しくはありますがスケスケの幽体じゃありません」


「ならば人間として話を進めよう。先程の繰り返しになるが……」


 そのやり取りを聞きながら、マルテは『交渉』という言葉を多用するフェーダの意図を探っていた。


 交渉とは通常、仕事で行うもの。

 若しくは交渉術に長けた人物が、自身の得意分野に相手を引き込む為に使用する戦略。

 少なくとも、フェーダはそのどちらにも該当しない。


 そもそも何故、交渉なのか。


 この城の主と言い張る人物の正体を見極めるのが彼の目的だとしたら、交渉など必要はない。

 一旦街へ戻り、諜報ギルドにでも依頼して彼女の偽名と容姿を手掛かりに何者なのか探れば良いだけ。

 少なくとも、ここで本人相手に押し問答を続けるよりは建設的だ。


 マルテは幾つかの納得できない事を抱え込み、思わず顔をしかめた。


「……ここは本当に君の城なのか?」


 そのマルテの瞳に、フェーダの姿が映る。

 人を食ったような所は微塵もなく、際立って生真面目そうな顔つき。

 それが更にマルテを惑わせていた。


「ええ。ここは私の城です」


「そう証明する物は?」


「……」


 早くも友好的な笑みが消え、まるでこっぴどく怒られた子供が拗ねているかのように、口を真一文字に閉じ押し黙る。

 そんなエデンの姿に、フェーダは容赦なく深い溜息を落とした。


「ないのであれば、立ち退いて貰えないだろうか。無論、直ぐにとは言わない。準備もあるだろう。引っ越しの費用がないのなら、多少は援助も出来る」


「う、上から目線で偉そうに言わないで下さい! 大体、そっちだって自分のお城でもないのに随分な物言いじゃないですか」


「高圧的に感じたのなら申し訳ない……が、これは君にとっても重要な話なんだ。場合によっては君に危害が及ぶ可能性がある」


「私を襲う気ですか!? 口説くどころか押し倒すつもりだったんですか!? 最低ですね貴方! 骨だけ老朽化してグチャグチャの軟体動物として生きればいいと思います!」


 会話が次元の狭間で右往左往している――――そんな印象を抱きつつ、マルテは半ば諦観の境地でぽけーっと話を聞いていた。


「いや、そうじゃなく……場合によっては、ここが戦場になるかもしれない、と言っている」


「なんでそんな事になるんですか。幾ら城主でも、私を討ったところで天下は取れませんよ? っていうか乙女一人を寄って集って襲うなんてゲスの極みです!」


「もうすぐ、アンフィールドで内戦が始まる。魔術士ギルドと教会の全面戦争が」


 元々、悪ふざけのつもりなど微塵もなく、真剣に話をしてはいたのだろうが――――

『戦争』という言葉が出て来た途端、エデンの顔は露骨に青ざめていた。


「巻き込まれたくなければ、ここを出て行って欲しい」


 不穏過ぎるフェーダの発言を、マルテは険しい顔で聞いていた。

 当然、その内容も大いに気になるところだ。


 仮に彼の言うようにアランテス教会と魔術士ギルドが戦争を始めるような事があれば、ここ第五聖地だけの問題では収まらない。

 魔術国家全体を揺るがす大騒動になりかねないだろう。


 ただ、そういった壮大な話よりも、マルテはフェーダの態度に疑問を抱いていた。


 何故、ここまで下手に出ているのか。

 何より、城の調査に来ただけの人間が『もうすぐ内戦が始まるからここから出て行って欲しい』などと忠告するのは不自然。

 他に理由があると見なすべきだ。


「あります」


 そんなマルテの思考に、エデンの短い一言が覆い被さる。

 それほどに広く大きな一声だった。


「私がこのお城の主だという証拠は、このお城の何処かにあります」


「……何処か?」


「忘れてしまったんです。でも、確かに権利書のような書類が、何処かにしまってあります。それが証拠です」


 その主張にフェーダは当然、眉を顰める。


 証拠はある。

 この城の何処かにある。

 でも何処にあるのかは忘れてしまった。


 これは、実はかなり厄介で上手い主張だった。


「そっか。だとしたら、探して貰わないとね。フェーダ」


「……マルテ?」


「だってそうでしょ? エデンさんは城主だと主張していて、その証拠があるとハッキリ意思表示した。なら、僕達が対抗するには『その主張が誤りだ』という証拠を示さないといけない。この場で『それは嘘だ』と言ったところで水掛け論にしかならないし、それ以上の主張は僕等には出来ない」


 お互いに所有権を主張するのなら兎も角、フェーダは何らかの権限があって動いている訳ではない。

 エデンが証拠有りと言う以上は、それを否定する根拠を提示しない限り、エデンを追い出す事は出来ない。

 デ・ラ・ペーニャの法律上、そういう事になっている。


「お城の登記って確か、占有される可能性がない公共性の高いケースでは行われないんだよね。でも、このお城は誰が建てたかわからないし、権利書が存在する可能性はあるよ。もしあれば、それは立派な証拠になる」


「そ、その通りなのですよ。うん。権利書は必ずこのお城の中にあります」


 露骨に怪しい態度ではあったが、エデンはマルテの見解に同意を示した。

 一方、フェーダは――――

 

「……わかった。なら早速、その権利書とやらを探させて貰う」


「え? 見つかっても貴方にとって不利益にしかならないですよね? 私の城だって証明されるんですから」


「そうでもない。本当にそんな物が存在するのなら……な。マルテ、君も手伝ってくれるか?」


 口調こそ穏やかだったが、その微かに狭まった目には若干の困惑が見て取れる。

 とはいえ、露骨に不快感を示してはいない。

 単に大人なのか、それとも他に思惑があっての事なのか――――マルテには判断が付かなかった。


「う、うん。元々僕はこのお城の調査の為に来たんだし、そのついでだったら。隠し部屋に保管されてるかもしれないしね」


「決まりだ。見つかるまでこの城で寝泊まりさせて貰う。許可を」


「はい。……え?」


 余りにも自然な流れだった為、一度は素直に頷いたエデンだったが、直ぐにそれが過誤だと気付く。

 

「だだだだだだだだだだだだダメですよ! 男の人を、それも二人も家に泊めるなんて!」


「お城を家と言うのもどうかと思うけど……」


「城なら施錠は問題ないだろう? 小さいとはいえ城は城、空き部屋も相当数ある筈だ。何が問題なんだ?」


 マルテとフェーダの全く異なる角度からの反論に、エデンは絶句しながら首を何度も左右に振る。

 それに連動するように、周囲の魔術も左右にプルプル動いていた。


「と、とにかくダメです! 私淑女なんですから、同じ空間で男性と寝泊まりなんて出来ません! 二人ともあんまり性欲的なオーラは感じませんけど、それでも私の色香が惑わせちゃいますもの!」


「……彼女は何を言っているんだ?」


「少し自信過剰だけど、主張自体はこの上なく正当だと思うよ」


 未だに自分の何が悪かったのか理解できていない様子で首を傾げるフェーダを尻目に、マルテは疲労感漂う顔をエデンへ向けた。


「なら、僕と彼は野宿って事で、城の周辺にテントを張ってそこで夜を過ごすよ。それならいいでしょ?」


「……仕方ないですね。城主たる者、広い心を持たないといけませんし」


 視線は遠泳していたものの、エデンは自分を納得させるかのようにそう呟く。

 それから何かを考え込むように暫く唸った挙げ句――――


「では明日早朝、貴方がたの歓迎会を実施します。楽しみに待っていましょうね」


 まるで子供に言い聞かせるような口調で、そんな事を口走った。


「え……いや、そういうのはいいよ。僕はこの城を調べさせて貰いに来ただけだし」


「ダメです。心ならずも貴方がたは私の客人になりました。客人はもてなしの心で歓待するのが城主の格というもの」


「自分は君を城主と認めてはいないのだが」


「やかましいですよ。とにかく明日の朝は歓迎会。いいですね。反論の余地はありません」


 やたら強引に話を進めるエデンに対し、マルテとフェーダは困り顔を合わせ、深く溜息を吐き、やがて渋々頷いた。



 こうして――――男二人と女一人の奇妙な半同居生活が始まった。



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