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04 バルコニーの女性

 日が暮れ始め、空気も少しずつ冷たさを含み始めた頃合い。


「これがこの国唯一の城……思ったよりずっと小さいなー」


 ここまで運んでくれた黒馬を近隣の木に繋いだマルテは、待望の廃城に対し感情そのままの無垢な視線を送っていた。


「自分も城に明るい訳ではないが……これは小さ過ぎる。要塞としては少々心許ないな」


 片やフェーダは然したる感動もない様子で、眉を顰め眺めるのみ。

 そんな少し冷めた青年を尻目に、マルテは何度も城壁を直に触り、興奮気味に城壁塔の天辺を見上げていた。


 城と一言で言っても、その規模は様々。

 王城級の大規模な城であれば、城門の前に跳ね橋を構え、周辺を包囲する幕壁と側塔を至る所に配置し、本城の他にも別棟や礼拝堂、兵士・門番の宿舎、武具庫、訓練所など数多の施設を内包する。

 その上で城主の住む宮殿を軸とし、側防塔を幾重にも束ね、まるで剣山のような刺々しい外観を作り出して要塞と成す。


 一方で、小規模な城は館と然程変わらず、本城のみで構成されている所もある。

 この名もなき城もその範疇だ。


 しかしそれでも、普通は"城"という響きに相応しい、重厚な建造物という点は揺るがない。

 例えば、左右に塔を配すだけの単純構造でも、上部に弓兵を隠す為に造形した凸凹が城特有の雰囲気を作り出すし、通常の建造物ではあり得ない厚みの壁が、物言わずとも冷たく圧倒してくるもの。


 それが城の城たる所以なのだが――――この第五聖地アンフィールドにたった一つだけ存在する城は、まるで図書館のように何ら防衛要素の見当たらない建造物だった。


 まず単純に小さい。

 三階建ての屋敷とほぼ同等の全高。

 少し下がれば全景を視界に収める事が出来る程度の大きさだ。


 城を守る為の外壁もない。

 防御柵もない。

 恐ろしい事に、掘さえもない。


 そして最も恐ろしいのは――――城門がない点。

 入り口は当然あるが、それこそ普通の館の玄関と変わらない。


 何の障害もなく、誰でも自由に城内へと侵入可能。

 アイデンティティの崩壊だ。

 ある意味では究極の疑心暗鬼を生み出すかもしれないが、それが抑止力となる筈もない。


「これって多分、専門家が作ってない気がする。世にも珍しいお城だよ」


「魔術国家は教会こそ山ほど作れるが、城を設計できる人材はいないという事か。道理ではあるが……」


 奇怪さにキリはないが、それでも二人はこの建物を城と呼び続けた。

 一応、単館ではなく四方に塔が配置されていたり、その頂点に旗が揺らめいていたり、城壁そのものは石材を丁寧に積み上げた美しい仕上がりだったりと、それに足る理由はある。

 バルコニーのような城ならではの部位も散見される為、深く考えずに見ればそれなりに城ではあった。


「ただ、廃城っていう割にはそこまで痛んでる感じじゃないね。幽霊が出るような雰囲気でもないし。夜になったらまた違うのかな?」


「ところが目撃証言は昼夜問わずあるそうだ。その時点で幽霊などという言葉は不似合いだが……」


 とはいえ、火の玉を見れば幽霊を想起するのは何ら不可解ではない。

 もしこの城に誰もいないのであれば、の話だが。 


「そう言えば、このお城って――――」


「そこで何してるんですか!?」


 ――――その声は、余りに唐突だった。


 凛とした、突き刺さるような女声。

 それは"上"から降り注いできた。


「速やかに退所願います! さもなくば――――貴方がたを排除します!」


 長い銀髪を風に靡かせ、城の最上階にあるバルコニーから身を乗り出し、女はがなり立てている。

 小さいとはいえ、腐っても城。

 人相を視認できる高さではないが、臙脂色の袖口から伸びる細い腕を手すりに掛け、今にも飛び降りて来そうな勢いで敵意を剥き出しにしているのは明らかだ。


「もしかして、持ち主がいたの?」


「いや……先刻もほぼ同じ意味の事を言ったが、持ち主どころか所有権すら不明な筈だ」


「だよね。僕もそう聞いてるし、だから勝手に調べられると思って来たのに」


 二人は顔を見合わせ、現状の把握に努める。

 しかしそれぞれの視界に、今この不可解な事態に対処出来る術を持った人間はいなかった。


「ちょっと! ちゃんと聞いてますか!? ここは私のお城なんだから! 勝手に入られちゃ困るんですってば!」

 

「私の城、とか言ってるけど……」


「仕方がない、会話を試みよう。幽霊の正体かもしれないしな」


 それでも余り乗り気ではない様子で、フェーダは城壁から離れ、バルコニーを視界に収めた。


「自分はフェーダ=グラビオンと言う! よろしければ名前を教えて頂きたい!」


「ナンパですか!? こんな山中の辺境まで来てナンパですか!? 恥を知りなさい下郎!」


 余りに予想外の返答が、モーニングスター並の重量で飛んできた。


「……マルテ。自分は名乗った上で名を聞いただけなのだが、これはナンパという行為に該当するのか?」


「うん」


「な、何……?」


「だって知らない女の子に第一声で名前聞くのって、そういう事なんじゃないのかな。よくわからないけど」


「そうなのか……自分は自覚以上に世間に疎かったのか。少々世の中が恐ろしくなってきた」


 更なる想定外の返答に、フェーダの混乱は最高潮に達し、ついには頭を抱えてしまった。


「いいですかヨゴレ共。よく聞きなさい。私は例えどんな相手だろうと絶対に屈しません! 絶対にです! 私には、これまでこの身体を目当てにやって来たに違いない数多の野蛮な男達を恙なく退けてきた実績があります! だから早く立ち去って下さい! 実家のお母さんが泣いてますよ? 肩身の狭い思いをさせてもいいんですか!?」

 

 最終的には何処までも的外れで中身も薄い説教を受けてしまった。

 会話の通じる相手じゃないのかもしれない――――そんな懸念がマルテの心中に影を落とす。


 そんな折、マルテは見てしまった。

 フェーダの口の端が、微かに吊り上がるのを。

 

「いいだろう! ならば自分は、今から君を口説きに行く!」


「えええええ……?」


 突然の大胆な宣言に、隣のマルテは引き、バルコニーの女性は――――


「な……何を言い出すんですか!? そんなの無理に決まってるじゃないですか! 大体、この城は侵入者用の対策をちゃんとしてあるんですから! ここまで来られるワケありませんよ! せいぜい自分の発言を悔いるといいんです!」


 大声で城内の情報を提供したのち、中へと引っ込んだ。


 場を支配するそれは、一言で言い表すなら『混沌』。

 それ以外の言葉が思い付かない一幕に、マルテは顔を青くし項垂れる。


「もしかしてさっき僕の返答が原因……? でも僕だって女の子の思考回路なんて全然わかんないし、かといって助けて貰った恩人に『わかんない』なんて素っ気なく答えるワケにはいかなかったし……」


 悔い悶えるも、既に取り返しの付かない状況になっていた。

 少なくとも、城を調査するにはあの女性が何者なのかを知らなければならないが、『口説きに行く』と宣言され逃げるように城内へ入ってしまった以上、再度出て来る可能性はほぼ皆無。

 もうこちらから出向くしかない。


「対策、と言っていたな。罠だろうか? この小さい城に設置できる罠など限られているだろうが」


「切り替えるの早いね……まさか、本気で口説きに行く気?」


「生憎と顔は見えなかったが、体型はある程度確認できた。あれは巨乳だった。自分は胸の大きい女性に興味がある」


「えええ意外! 堅物な人だって勝手に思ってたよ!」


「色々と予定とは違ってしまったが、目的の為には彼女と接しなければならない。行こう、マルテ」


 堂々と女を口説きに行くとあらためて宣言し、フェーダは門なき入り口へと向かって歩いて行く。

 その足取りは、まるで戦場に赴く屈強な戦士のように堂々としたものだったが、マルテには何故か慣れない歓楽街に連れ出され右往左往する頑固職人のように見えた。





 名もなき城のエントランスは、外観から受ける印象通りにこぢんまりとした空間だった。


 流石に街中の宿よりは広いが、入り口から10歩ほどで中央階段まで辿り着く程度の広さ。

 その中央階段へと伸びる赤絨毯には相応の年季と汚れが見えるものの、埃を被っている様子はない。


「最上階まで行くには、この階段を昇ればいいのだろうが……」


「罠があるとすれば、ここだろうね。まさか老朽化が進んでて昇ろうとすると階段が崩れ落ちる……なんてオチじゃないとは思うけど」


 フェーダの抱いた懸念をマルテも同様に感じ取っていた為、二人とも自然と階段の前で立ち止まっていた。


「マルテ。考古学者を目指している君なら、罠には詳しいんじゃないか? 仕掛けのある建築物に足を踏み入れる機会の多い物好……物凄い職業と聞いている」


「それで上手くやり過ごしたって顔よく出来るよね……まあいいけど、現実問題として罠のある建物なんてまず現存しないよ」


 通常、罠には『捕まえる為』『侵入を防ぐ為』の二通りの用途がある。

 前者の場合、狩人が動物を捕まえる際に用いるケースが殆ど。

 一方で後者に関しては、要人の住む屋敷や城、財宝を管理している洞窟などで実際に運用しているケースもかつてはあったが――――


「仕掛けてもちゃんと作動する保証がない。作動しても効果的とは限らない。定期的な管理・補修も必須。膨大な費用と大がかりな工事が必要な割に見返りが少ない。結局、人を雇って配置した方がずっとマシなんだ」


 屋外なら騎馬を混乱させる為の障害物や音を立てる仕掛けなど、現役の罠は幾らでもある。

 しかし屋内となると、趣味以外の理由で罠を仕掛けるのは経費の無駄――――それがマルテの見解だった。


「ならば、考えられるのは人員配置という訳か。対策という割には平凡だが……」


「一応、慎重に行動した方が良さそうだね。僕は非戦闘員だし、フェーダも攻撃は……」


「何、いざとなればこの拳が唸りを上げる。目潰しも得意だ。二本の指ではなく手刀で払うように目を狙うのがコツでな」


「……有事の際はよろしくお願いします」


 実戦において、型通りの戦術に代表される"綺麗さ"が役立つのは寧ろ例外的である事を、マルテもまた知っていた。 

 剣士が斧を使おうと、魔術士が魔術以外で戦おうと何ら問題はない。

 生き残れば、それでいい。


 お互いそう認識したところで、慎重な足取りで階段を昇り始める。

 人が四人ほど並べる幅があり、少なくとも窮屈ではないが、城の中央階段としては明らかに格が足りていない。

 マルテはその階段を昇りながら、ある種の確信を得ていた。


 この城には、本来の城郭としての機能は備わっていない。

 防衛と並んで重要な"威厳の誇示"も、この建物では到底満たされないだろう。


 つまり――――この建物には別の用途がある。

 でなければ、魔術国家に城は建たない。


 問題はその用途。

 マルテはこの調査が極めて慎重を要するものだと理解し、同時に――――


「……あれ?」


 突如、何の前触れもなく階段上に現れた炎の球体が自分の命を脅かすものである事もまた、嫌でも理解せざるを得なかった。



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本編『ロスト=ストーリーは斯く綴れり』および同一世界観の別作品『"αμαρτια" -アマルティア-』も掲載中です!
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