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40 エデンへ

 エデンへ。


 今更あなたに改まって向き合うのは少し照れるし、それはお互い様だと思うけど、大事なことだから目を反らさずに最後まで読んで欲しい。


 もしかしたら、あなたを怒らせてしまうかもしれない。

 失望させる内容も含まれてる。


 でもあたしは、あなたに対して嘘はつけないから、そこのところは大目に見て欲しい。

 あなただって、あたしが注文したジャムを何度も勝手に食べただろう?

 それ全部ナシにしてあげるから、いいよね?


 最初に伝えなくちゃいけないのは、あなたが後発の人格だってこと。

 オリジナルはあたしなんだ。


 あなたでちょうど10人目。

 一年近く前にあたしの中から生まれた、通算10人目の人格なんだよ。

 あたしを入れたら11人だね。


 あたしとあなたは記憶を共有できない。

 理由はわからないけど、多分あたしが見聞きした事と、あなたが見聞きした事は頭の中の違う部屋にそれぞれ収納されているんだろうね。


 そしてあなたには、一年以上前の記憶がない。

 そうだよね?


 あたしの中に、あたし以外の人格が生まれるようになったのは、10年前。

 まだ子供の頃の話だね。


 特別なきっかけがあった訳じゃないんだ。

 あたしの知らない間に、あたしが大事に取っておいたジャムが、瓶の中身だけなくなっていた。

 始まりはそんな些細な事だった。


 でも、あたしがジャムを好きなのは屋敷の誰もが知っていたし、あたしに黙って勝手に食べればあたしが大暴れするのもみんなわかってた。

 瓶の蓋はしっかり閉めてるから、動物が食べたとは思えない。

 悪戯好きな子供も屋敷にはいなかった。


 あり得なかったんだ。

 あたし以外の誰かが、あたしのジャムを食べるなんて。


 だけど、同じ事件が三度続いた。

 二度目は不気味さで、三度目は好奇心であたしは他言をやめた。

 三度目には確信もあったんだ。

 

 だとしたら――――そのジャムを食べるのは、あたしと同じくらいジャムを好きな人物しかいない、って。


 心当たりは一人だけ。

 そう、あたし。

 だからあたしは、ジャムの瓶の上にメモを残したんだ。


『あなたはもしかしてあたしなの?』って。


 翌日、ジャムの中身はそのままだった。

 そしてメモには文字が増えてた。

 あたしと全く同じ筆跡で『わからないけど、きっとそう』って。


 その日から、あたしは自分との交換日記を始めたんだ。

 彼女にはあたしと同じだけの知識があったけど、記憶はなかった。

 だから部屋からは出ずに、本能の赴くままに好きな物を食べて、遊んで、笑って、怒って、ぐっすり寝た。


 彼女は好奇心旺盛だった。

 あたしが話す事、経験した事をどんどん吸収していった。


 それはそうだ。

 だってあたしなんだから。


 その子の事はカナンって呼んでた。

 あたしの最初の友達。

 日記でたくさん会話して、たくさん楽しい事を言い合った。


 でも、ある日ふといなくなっちゃった。

 そんな事がもう一度あって、あたしは家を追い出された。


 新しいお家は、この国には普通ない『城』って施設だった。

 だからあたしは自分を『姫君』って呼ぶ事にしたんだ。


 王女を意味する古い言葉。

 王女みたいに箱入り娘で、世間知らずで、お城にいて……長女だから。

 年上には敬意を示して貰わないとね。


 あと一つ、本音を付け加えないといけないかな。

 あたしは王女になりたかったんだ。


 総大司教の娘として生まれたあたしを、周囲の人達は特別に扱った。

 でも誰も、あたしを見ようとはしなかった。

 あたしの肩書きだけを見て、肩書きに挨拶して、肩書きのご機嫌を伺ってた。


 当たり前じゃんね。

 総大司教は王位とは違うんだし、継承権なんてない。

『総大司教の娘』におべっかは必要だけど 次期総大司教でもないあたしに本当は興味ないんだ。


 当時、まだ子供だったあたしは、それでも少しくらいは理解してたんだよね。

 だからあたしは、王女が羨ましかった。

 だって、将来偉くなるのがわかっているなら、その人の事を知ろうとするのは自然だから。


 でも、自分を王女と呼ぶのはあまりにも滑稽で情けなくて無理だった。

 だから昔の言葉を使って、自分を誤魔化したんだね。


 あたしは、あたしじゃない時間があるのを嫌だって思った事は一度もないよ。

 物憑きって言われたって、何とも思わない。

 幽霊とか言われるようになった時は、ちょっと笑っちゃった。


 自分の事ばっかりでごめんね。


 エデンはね、あたしにとっては10番目の妹。

 そして、10人目の友達。

 リリルラも友達といえばそうだけど、あの子はなんだかんだ主従関係大事にするから、そう思われたくないみたい。


 今までの子はみんな、あたしだけが友達だった。

 でもね、エデン。

 あなたはもう一人、大切な友達が出来たんだよね。


 マルテはきっと、将来良い男になるよ。

 その時は多分、エデンはもういない。

 今までの子達がそうだったから。


 もうすぐあなたは死ぬ。

 あたしにはどうする事も出来ないんだ。

 ごめん。


 でもさ。

 奇跡とかじゃないけど、何かそういう凄く都合の良い事が起きて、あたしの中にいるエデンが何年後かにまた目覚めるんじゃないかなって、そんな気がするんだ。


 希望的観測じゃないよ。

 怒らないで聞いてね。

 エデンって、今までのどの子よりもうるさくて元気だったから、多分あたしの中にずっといるのが我慢できないんじゃないかなって思うんだ。


 だから目覚める!

 うん、きっとそう。


 その時は、マルテとお似合いの二人になるんじゃないかな。

 応援するよ。

 隠したってダメだよ、あたしは全部知ってるんだから。


 マルテに好きな人がいるのは知ってると思うけど、大丈夫。

 あいつヘタレだから、告白できない内に自然消滅してるよ。

 だから、数年後ならきっと大丈夫。


 その時まで忘れられてないか心配かもだけど、マルテはきっとエデンの事忘れないよ。

 ずっと覚えてくれている。


 絶対そう。

 あたしが保証する。


 だから何も心配しないで。

 あたしの中で、ゆっくりお休み。


 大好きだったよ。

 ずっと友達でいようね。





 姫君より





 追伸

 

 せっかく二人きりなんだから、思いっきり甘えなよ。

 いざって時には本当、ヘタレなんだから。





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本編『ロスト=ストーリーは斯く綴れり』および同一世界観の別作品『"αμαρτια" -アマルティア-』も掲載中です!
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