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02 聖地格差

 国を治める教皇ロベリア=カーディナリスが住む大聖堂を構え、政治・経済の中心地として機能する第一聖地マラカナン。

 魔術研究が盛んで、研究機関である魔術大学が数多く存在する第二聖地ウェンブリー。


 それらの聖地と比べると、第五聖地アンフィールドは全体的に風景が野暮ったい。

 そして、それでいて始末の悪い事に――――


「なんでこんな長閑な景色なのに治安が悪いの!? 理不尽だ!」


 思わずそう叫ばずにいられない。

 しかし叫んだところで、その悲惨な国情の縮図に遭遇した事実はなかった事にはならない。

 マルテは彼にとって唯一の腕である右腕で頭を掻き毟り、自分の悲運を呪った。


 止まった理由は、マルテを鋭い目付きで睨む彼等――――野盗の登場に他ならない。

 持ち金全て出せと言ってきているので、誤りの可能性はないだろう。


 ただ、比較的整備された山道の上に立っているその野盗達の姿が、一般常識としての盗賊のイメージとは随分かけ離れている外見をしているのは気になるところだった。


 魔術士専用のローブを身につけ、頭髪も肌も荒れた様子はない。

 目視できる凶器は、指にはめた旧式の魔具――――魔術使用に必要な指輪のみだ。


「呪うのなら治安の悪さじゃなく、自分の迂闊さにしな。それと……」


 アンフィールドの土地柄について事前にある程度は聞いていたマルテだったが、魔術士が盗賊として襲ってくるのは想定外だった。


 通常、魔術士はこういった落ちぶれ方はしない。

 魔術という最高峰の戦闘技術を手にした以上、職に困る事はまずないと考えられているからだ。


 どれだけ悪条件だろうと、最悪傭兵としての働き口はある。

 魔術士と雇い主を結びつける魔術士ギルドも、各地域に点在している。

 闇に堕ちるとしても、盗賊にはならない――――それがマルテの住んでいる第一聖地での常識だった。


「……どうしようもない聖地格差をな」


 が、その常識は既に過去のもの。

 現在の混迷するデ・ラ・ペーニャを皮肉るかのように、マルテを取り囲む三人の魔術士崩れは、野盗とは思えない統率のとれた動きでにじり寄ってきた。


 マルテは当初、彼らが魔術士から奪ったローブや魔具を着用してるのだと思っていた。

 けれどよく考えてみると、その可能性は限りなく低い。


 魔術士専用のローブは通気性が悪く、冬場は凌ぎやすいものの、残暑の厳しいこの季節に好んで着る代物ではない。

 そのローブを三人全員が着用しているのは、そこに魔術士としての矜恃があるから。


 そんな人間が追い剥ぎを生業としなければならない背景には、彼等の一人が話した『聖地格差』が多少なりとも影響している。


 現在、デ・ラ・ペーニャには聖地ごとに大きな格差が存在する。

 第一聖地と第二聖地は雇用も安定し経済にも活気があるものの、それ以外の聖地は11年前に隣国エチェベリアとの間で勃発したガーナッツ戦争における敗北を契機に萎れてしまった。


 特にこの第五聖地は戦闘を専門とする臨戦魔術士の割合が高く、敗戦の影響をモロに受けている。

 そういう話は聞いていたけど――――そこまで頭の中で愚痴を零したところで、マルテの耳に呪怨のような声が響いた。


「前の教皇も、新しい教皇も、第五聖地なんて片田舎は相手にもしない。所詮、我々は野犬も同然。ならば野犬らしく、野ざらしの肉を食い散らかすだけさ」


「ちょ、ちょっと待ってよ! そんな理屈で盗賊行為が許される訳ない!」


「倫理や道徳で賊を説き伏せる行為に、理があると思うか?」


 ある筈もないし、そもそもが矛盾だ。

 マルテもそれはわかっていたが、余りにも理不尽な状況にひたすら困惑していた。


 ただ馬車を走らせていただけなのに、何故こんな目に遭わなければならないのか――――


「馬車を走らせていたからだ」


 不意に、その声はマルテの背後から聞こえた。

 そこにも野盗の一人はいたが、声は更にその先から届けられた。


「馬は音に敏感だ。炸裂音のする黄魔術でも使えば楽に足止めが出来る。何より、馬車に乗るのはある程度裕福な人物。狙われ易いのは必然と言えよう」


「そ、そっか……本当に迂闊だったんだ、僕は」


「余所から来たのなら仕方がない。ままある事だ」


 少し古風な物言いだが、声は明らかに若く、張りがある。

 山道の周囲に繁る背の高い野草をかき分けるようにして現れたその男は――――まだ10代半ばのマルテよりは精悍な顔つきだが、見た目も十分に若く、黒髪が風になびき爽やかな印象さえあった。


「折角だから、助かる方法も教えて頂けると助かるんですけど……ダメですか?」


 ローブは身に付けておらず、白を基調とした爽やかな服装で、袖はかなり短い。

 腰には短剣を下げているが、それとは違う理由で、マルテは彼が野党の一味ではないと悟っていた。


 この状況で敢えて介入してきた事。

 穏やかな表情と、何よりその柔らかな雰囲気が、『もしかして助けてくれるかも』という期待を抱かせてくれた。


「その馬車で自分を乗せて行って欲しい所がある。交通料金と引き替えならば」


「あ……はい! 勿論大丈夫です!」


「なら成立だ」


 幸い、その期待が即座に裏切られる事はなかった。


 とはいえ――――実質一対三。

 しかも敵全員が魔術士となると、そう簡単に英雄誕生とはいかない。


 魔術は現在、その種類の殆どが攻撃魔術で占められている。

 理由は単純明快だ。


 離れた所からでも攻撃出来る。

 一度に広範囲を破壊出来る。

 武器や人員を消費せず敵を一網打尽に出来る。


 世界の人々に対して魔術が賄える需要の大半は、そういったものばかりだからだ。


 軍事産業は莫大な金を生み出す。

 魔術はその大きな柱になる事が出来る。

 だからこそ、魔術の研究の大半は攻撃魔術の開発に充てられる。

 

「一応言っておくが……全員油断するな。一人で我々と戦おうと言うんだ。相当な自信があるのだろう」


 そういった社会の中で、競争に勝ち抜き魔術士としての資格と最低限の技術を身に付けた人間。

 盗賊に墜ちたとはいえ、三人の顔には十分な知性と覚悟がマルテにも感じられた。


「参る」


 そんな面々を一瞥したのち、精悍な顔の男は眉尻を上げ、いち早く左手を宙に躍らせる。

 それは魔術行使の予備動作。


 彼もまた、魔術の行使者だった。


 魔術の出力には『ルーリング』という技術を用いる。

 魔具から発した光をインクのように扱い、空中にルーンという文字を編綴し、その文字列によって魔術の種類・性質を決定する。

 以前は全ての文字を手書きしなければならなかったが、現在では魔具に記憶させている文字列であれば、最初の1~2文字を綴っただけで残りはほぼ自動的に処理されるようになっている。


 大抵の魔術は、20文字以内のルーンで出力される。

 攻撃魔術の場合は、自然界の炎を模した赤魔術、氷を模した青魔術、雷を模した黄魔術、風を模した緑魔術の四種に大別される為、そのどれかが放たれる。


 野盗も、マルテも、そう思っていた。


 が――――


「な……何だ!? それは……魔術なのか!?」


 空中に綴られたのは、100を遥かに超える夥しい数のルーン。

 そして出力された魔術は、赤青黄緑のいずれでもなかった。


 それは――――巨大な鳥だった。

 大の大人三人が見上げるほどの巨躯が左右に翼を広げ、今にも飛び立とうとしていた。


 男の左手から現れたその光は、紛れもなく"新種の魔術"だった。


「ど、どうする!? 結界!? 結界を……」

「あんな見た事もない魔術に何の結界を張ればいいんだ!?」

「おい! 飛ぼうとしてるぞ! こっちに来るぞ!」


 盗賊達は、最後まで統率がとれていた。


「せ……」


 野盗とは思えない、高度な判断を見せつけた。


「「「戦略的撤退!」」」


 未知のものに対し、決して無謀な挑戦はせず、一先ず退却。

 実戦においては、殆どのケースで正解と見なされるだろう。

 尤も、その判断の正しさが、却ってこの聖地の深刻な内情を露見させていたのだが――――


「……うわぁ」


 そんな事に考えが及ぶはずもなく、マルテは目の前に現れた神々しい鳥に目を奪われ、思わず尻餅をついていた。


「助かったな。運が良い」


「そ、そうですね……運が良い人達で……」


「いや、自分と君がだ」


「へ?」


 不意に、光の鳥が男の手を離れ、空へと舞い上がる。

 そして――――何処かへと飛んでいった。


「あれは何の殺傷力もない。ただの"結界"だ」


「……は? 結界? アレが?」


 攻撃魔術を防ぐ為の魔術。

 それは通常、自分の周囲を囲むように固定するものだが、男が結界と呼ぶそれは、実に優雅に大空を飛び回っている。


「脅しが通じなければ、拳に頼るしかなかった。三人も素手で殴れば拳を痛めるのは明白だし、場合によっては君に被害が及んだかもしれない。運が良かった」


「は……はは……」


 およそ魔術を操る人間のそれとは思えない発言と、使い込んだ右拳を握り締める仕草に、マルテは乾いた笑みを浮かべるしかなかった。


 そして、回想する。


 かつて――――第一聖地で同じように賊から囲まれた事があった。

 その時には、自分以外にも数人、馬車に乗せていた。

 中の一人は恩人であり、憧れの人物だった。


 戦闘力という観点で言うならば、彼には重大な欠陥があった。

 魔術士として最低限の魔力量さえ有していない為、すぐに燃料切れを起こしてしまう。

 だが彼は知恵と洞察をもってその欠陥を補い、賊など寄せ付けない総合力を身に付けていた。


 目の前でいとも容易く賊を蹴散らす姿は、今もマルテの目に焼き付いている。


 自分とは違う。

 遠い世界の人だと――――そう思い知らされた記憶も。


「自分はフェーダ=グラビオン。訳あって、この先にある廃城を目指している。向かって貰えないだろうか」


 不意に、景色が現実に戻る。

 一つの言葉が、マルテの目に強い灯りを照らした。


「廃城に……?」


 そこは、本来ならば存在し得る筈のない――――


「なら僕と一緒ですね。目的は?」


「幽霊の調査と退治だ」



 ――――幽霊の棲む城と、ごく一部で囁かれている廃城だった。



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本編『ロスト=ストーリーは斯く綴れり』および同一世界観の別作品『"αμαρτια" -アマルティア-』も掲載中です!
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