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36 マルテの奮闘







 ――――数刻前。



「ギルドと教会の戦争を、ここで起こさせる。三すくみだ」



 そう告げたマルテに対し、姫君とリリルラの反応は一様に微妙だった。


「……この城を粉々にする気?」


「いや違う違う! 戦争って言っても、武力で争わせる訳じゃないよ。そんなの大問題じゃん」


「問題にならない戦争って何」


 当然としか言いようのないリリルラの疑問とジト目に、マルテは引きつった笑みを返す。


 アウロスならこういう時、どんな反応をしていたか。

 マルテはよくそんな事を考える。

 そしてその度に、幾ら頑張っても真似ようのない、絶望的な差を実感する。


 それでも、マルテに気負いはなかった。


「論争だよ。名前を付けるなら……無血戦争かな」


 口元を大いに緩め、そう答える。

 今度は苦々しい反応はなかったが、両者はまだ要領を得ない表情でマルテの話の続きを待っていた。


「まずミもフタもない事言うけど、フェーダは黒だ。それが僕の結論」


 その発言には、流石に顕著な反応が返ってきた。


「意外だね。なんだかんだでマルテはあいつを信じるって言うと思ってた」


「珍しく主に同意」


「常に同意してくれないとおかしいんだけどね。主従関係って何?」


 不満そうな姫君を完全無視し、リリルラはマルテに続きを促す。

 半笑いでその様子を見守ったのち、マルテは理由を明かした。


「信用するなって言われたから。本人に」


 ――――説明はそれで終わった。


「おいマジか」


「大マジだよ。だから彼の言動は基本、嘘だと思って考える。彼を信じてるから信じない」


「訳わからん。主わかるか?」


「勿論」


 思いの他アッサリと断言され、リリルラは割と本気で引いていた。


「あたしはぶっちゃけ、あいつは最初からずっと信じてない。だから、信じられないって一点だけは信じてる。そういう事でしょ?」


「微妙に違う……けど、まあそんな感じで良いよ」


 実際、間違ってはいない。

 マルテは、フェーダが幾度か警告してきた『自分を信用するな』という言葉を、彼なりの懺悔と受け取っていた。

 自分を騙してこの城へ連れて来た事に対する。


 マルテは、フェーダの罪悪感を信じていた。

 そしてもう一つ――――


「フェーダってなんか朴訥に見えて実直そうな喋り方してるけど、元々ペテン師みたいな事やってる奴だからね。演技力も信頼できる」


「碌な評価じゃないね。意外と仲悪いの?」


「そんな事ないよ。ただ胡散臭いってだけ」


 マルテには意外とドライな面があった。

 彼を良く知る人間なら、それが生育歴の影響だとすぐにわかるが、知り合って間もない姫君とリリルラは知る由もなく――――


「なんか思ってたのと違うなー……なんだかんだで信頼し合ってる相棒みたいな感じだって思ってたのに」


「主、恋愛小説読み過ぎて男同士の友情に別の何かを見出してしまう問題」


「それは知らないけど……兎に角、フェーダの優先順位は一族の研究、自律魔術が不動の一位で間違いない。聖輦軍に所属しているのもその為だし、姫君を殺さず生かし続けてるのもフワボー達の調査が不十分だからで、情けをかけた訳じゃないと思う」


 そう断言するマルテの表情に、逡巡の色はない。


 考古学者は、遺跡から発掘された物から歴史を推察する。

 その手掛かりが必ずしも自分の想像している背景と一致するとは限らないが、まずは信じる。

 そういう意味では、夢想家に近い職業だ。


 しかし時代考証とはそういうものであり、どれだけ周囲を納得させられる材料を揃えられるかが重要。

 人間観察も同じだ。

 他人の考えている事なんて、完璧に把握できる訳ではないのだから、そう信じるに足る材料を提示する事しか出来ない。


「フェーダは自律魔術を使えない。それなのに、自律魔術に見える光の鳥を生み出す魔術を身に付けた。それがどれだけ彼にとって屈辱的で、どれだけ虚しい事なのかは僕にも想像できるよ」


「紛い物とわかっていて、それでも尚……か」


「……」


 姫君にも、そしてリリルラにも、そのマルテの見解は刺さるものがあったらしく、染み入るような声と表情で納得を示した。

 みんな、何処かで紛い物の自分と対峙している。

 だからこそ、嫌でも共感してしまう。


「フェーダは、まだ姫君には死んで欲しくない筈。教会側が痺れを切らして違う刺客を差し向けたら、自分が盾になろうとするくらいには」


「あの夜の負傷はそういう事か。全く素直じゃないね」


「姫君に『フワボー達に興味があるから調べさせてくれ』って言っても、絶対許可が下りないのはわかってるだろうから、そこは仕方ないんじゃないかな」


 フェーダの立場と心情を思えば、素直になる方が難しい。

 水面下で彼がどのように動いていたのか、マルテには知る由もないが、なんとなく同情を禁じ得なかった。


「リリルラの情報通りなら、今日中にギルドの連中がここへ姫君を拉致しに来る。当然、教会側もその前に姫君を消しに来る。だから、フェーダは必ず戻って来る」


 マルテはようやく本題に入る証と言わんばかりに、右手親指の関節部で額をコツコツ叩いた。


「多分ギルド側はこっちの戦力を把握してるだろうから、ある程度多めの人数で攻めて来る。でも個人の戦闘力は聖輦軍の方が上。魔術士同士の戦いは結界の張り合いになるから、必ず膠着状態になる。そうなると、次に出るのは魔術や手じゃなく、口」


「そこで論争か。要は舌戦とか論破合戦とか、そういう類の事だな」


「そうそう。僕、魔術とか全然使えないし、魔術合戦になったら出る幕ないんだよね。だから全員、僕と同じフィールドに引きずり下ろさないと、停戦には持っていけない」


 不意に発したマルテのその一言に、姫君とリリルラは思わず顔を見合わせた。

 

「停戦……?」


「だって、それ以外に丸く収まる方法ないでしょ?」


 フェーダは『第五聖地において教会とギルドの確執は根深く、冷戦状態にある』と言っていた。

 だがそれは半分嘘だった。

 確かに両者の間に確執はあったが、冷戦状態などではなく、ずっと水面下で争い続けていた。


 ただし構図は単純ではない。


 魔術士ギルドの代表格たるキャルディナは、ギルド長のガルフェロイ自らギルドを教会に売ろうとしているが、それは自分自身が教会に移籍し、成り上がる為。

 その為に邪魔なアンフィールド教会の現体制を解体させようと、姫君――――すなわちフェアウェルを利用しようとしている。

 そんなガルフェロイに反発するギルド員もいるようだが、現状は少数派に留まっている。


 対する教会も大きく二つの勢力に分かれている。

 総大司教の弱味になりかねないフェアウェルを早めに始末しようとしている勢力と、生かし続けようとしている勢力だ。


 フェーダに命令を出しているのは当然前者であり、総大司教を中心とした現体制の維持を目論む保守派と予想される。

 彼らはギルドとの長年にわたる確執に加え、野心逞しきガルフェロイを叩き潰す為にギルドにとって絶対的に不利な条例を通そうとしている。

 そして、ガルフェロイが手を組もうとしているのは後者だ。


「……って感じだと思うんだよね。アウロスのお兄さんがウェンブリーにいた時も、教会と大学が大体こんな感じでつかず離れずの関係だったって言ってた」


 マルテは、アウロスから色々な話を聞き、多くの事を学んだ。

 そして自分自身、様々な経験をして来た。


 今の彼は、目まぐるしく変化する事態にただ呆然と翻弄される傍観者ではない。

 知識と経験を武器に、戦況を変える為の一手を打てるだけの蓄えを持っている。


 魔術は使えなくとも戦う術は持っている。

 それが、この三年間でマルテが積み上げて来た人生の戦果だ。


「だから、教会とギルドの刺客をこの城に同じタイミングで突入させて、お互いに牽制するような状況が作れれば、話し合いに持っていけるチャンスは絶対あるよ」


 決して考えなしの楽観的な提案ではないと示したマルテに対し、姫君は――――怒っているような泣いているような、不思議な表情でマルテの顔を凝視していた。


「……どうして、そこまでしてくれるの? ここには邪術はないし、あたしは君の恋人でも何でもない。君にはもう何のメリットもない。それどころかリスクしかないのに」


 淡々と問いかけてはいるが、姫君の顔は更に感情的になっていた。


 元々、飄々としているのは彼女なりの防衛策。

 何度も何度も友達を失ってきた、その心を守る為に作りあげた性格だ。

 そういう人物は、得てして本質はエモーショナルだったりするもの。


「まさか、あたしを愛人にする為? 現地妻が欲しいから……?」


 こういう結論に至るのも仕方なかった。


「何言ってるの!? 違うよ全然違う!」


「でも他に何も思い浮かばない。リリルラはどう思う? 忌憚ない意見を聞かせて」


「主は都合の良い女には向いてると思う」


「やっぱり!」


「納得して良いの!? 全部何もかもおかしいよ!?」


 半分照れ隠しのような茶番だったが、マルテは心持ち強めに叫び、そして笑った。


 ずっと無表情を貫くリリルラですら、緊張を隠し切れていない。

 それくらい切羽詰まった状況だった。

 だから少しでも二人がリラックスするよう、会話を軽くした。


 これも、マルテがかつてアウロスにして貰った事だった。


「理由なんて別にないよ。乗りかかった船だから。それだけ」


「だとしたら君は、底抜けにお人好しだな。いずれ沈没するよ?」


「リルもそう思う。良い人過ぎて逆に引かれるタイプ。こいつ多分一生モテない」


「えええ……」


 本当は――――理由はあった。

 けれどそれをこの場で言うのは気恥ずかしかった為、マルテは結局最後まで言わなかった。


「それで、どうやって同じタイミングで両陣営が攻めてくるよう調整するんだい? もう猶予はないし、これから情報戦を仕掛けるのは無理だよ?」


「それについては考えがあるんだ。どっちが先に来ても足止め出来るような仕掛けを作る。明るい内には攻めて来ないと思うから、僕の持ってるランプを総動員して……」


 以前、ガルフェロイの奇襲によって不発に終わった『各陣営に邪術があると見せかける』という案。

 実は既にアイディアを練っていた。

 それを再利用する形で、マルテは即興でも可能な足止め作戦を二人に話し、実行に移した――――




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本編『ロスト=ストーリーは斯く綴れり』および同一世界観の別作品『"αμαρτια" -アマルティア-』も掲載中です!
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