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34 炎の城





 ――――その日の夜。


 魔術国家デ・ラ・ペーニャに唯一存在している城は、無数の赤い光に包まれていた。


 それを最初に発見したのは、魔術士ギルド【キャルディナ】の刺客。

 ガルフェロイの命令の下、総大司教の娘フェアウェルを生け捕りすべく、城を取り囲もうと大人数で押し寄せて来た。


 その数、実に30名。

 一人の人間を拉致する為に派遣する人数ではない。

 崖っぷちの状況にある証だ。


 30名で城を包囲し、逃げ場をなくした状態で説得を試みる。

 それが難しいようなら武力行使。

 以前、仕向けた臨戦魔術士がリリルラによって退けられた失策を顧み、少数精鋭より人海戦術を選択したようだ。


 だが、彼らは城に近付く遥か前に平常心を失っていた。



 燃えている。


 城が。



 馬車で移動中、城の方から無数の炎が見えた事で、ギルドの刺客達は背筋の凍る思いで馬車馬を全力疾走させた。

 教会に後れを取った――――そうとしか思えなかったからだ。

 城から火の手が上がっているように見えているのだから、当然の解釈だ。


 だが、近付いてその炎の正体を知り、彼らは再び愕然とする。


 火事ではなかった。

 城が燃えていた訳ではなく、幾つものランプが吊り下げられていた。


 余りにも不可解なその光景に、ギルド員の解釈は割れた。

 或る者は『降参の証だから早々に城へ入るべき』と訴え、或る者は『何らかの儀式かもしれない』と警戒を促した。


 暫く意見交換が行われ、最終的に突入の決断を下した刹那――――城の方で新たな動きがあった。

 バルコニーの方から見えるランプの炎の一つが、文字通り動いていた。


 この城には奇妙な噂が二つある。


 幽霊が棲んでいる城。

 邪術が封印された城。


 キャルディナは、その両方の可能性を否定していなかった。


 件の城が、かつて個人の所有する研究所だったのは確認済み。

 それを城に偽装しているのは、何かしらを隠蔽する為に違いない。 

 幽霊の存在を肯定している訳ではないが、そう見誤るだけの何かがここにあり、それが邪術と関連している――――そう推察し、調査隊も派遣した。


 謎の少女の存在は、すぐに確認できた。

 幽霊などではなく人間で、戦闘力は大して高くはない様子。

 一方で、魔具を装備している様子はなく、周囲に常に魔術を発現させているという、明らかに通常の魔術士とは異なる特徴が見受けられた。


 ますます疑念が募る反面、迂闊に手を出し返り討ちに遭えば戦力が削られてしまう。

 かといって、もし本当に邪術があるのなら、大々的に戦闘員を派遣して悪目立ちしてしまうと教会が勘付く。

 ガルフェロイは歯軋りする思いで拮抗状態を選択した。

 

 そんなある日、聖輦軍所属を自称する魔術士がガルフェロイを訪ね、自身の見解を伝えてきた。


 調査の結果、あの城に邪術は存在しないと断定。

 幽霊と間違えられたのは、総大司教ハデス=オーキュナーの第一子として生まれ、物憑きと判断され幽閉されているフェアウェル=オーキュナーである。

 故に、フェアウェルをどう扱うかがキャルディナの生き残る上で重要な事だと。


 この人物を安易に信じるのが危険なのは明らかだったが、その後彼の真意を聞いたガルフェロイは一考に値すると判断。

 自ら城へ赴き、フェアウェルの容姿と言動を確認し、同時に城の様子を部下に探らせ、リークは真実であると確信した。


 ガルフェロイは現役時代、邪術の専門家だった。


 邪術が封印されているという施設を調べ、どんな邪術が眠っているかを明らかにし、その度に教会を暗に脅してきた。

 だからこそ彼が営むキャルディナは第五聖地で圧倒的な地位を確保できたし、同時に教会から疎まれてもいた。


 その彼の目に、城への偽装は邪術隠蔽の為――――とは映らなかった。

 人の出入りは殆どなく、完全に放置されているし、何より邪術の眠る場所特有の物々しさがない。


 ならば、キャルディナが教会に対抗する為にすべき事は一つ。

 あるかどうかわからない邪術に縋るのではなく、フェアウェル=オーキュナーを利用する事。

 幽閉されている時点で人質としての価値はなく、彼女の境遇を総大司教より上の存在――――教皇に知らせる事が最適解と判断した。


 新教皇には血の繋がらない娘がいて、彼女を溺愛している。

 己が嘲笑の対象とならない為に実の娘から自由を奪い、愛情の一欠片も見せないハデスの振る舞いは、教皇の逆鱗に触れるであろう。


 無論、その情報だけを伝えようとしたところで、幾らメインギルドの代表者であっても自分の言葉が容易に教皇まで届くとは考えられない。

 ならば本人を差し向けるまで。

 邪術の探索を行わないのなら、過度に周囲の目を過剰に気にする必要もない。


 ガルフェロイの指令は迅速に下され、生け捕り作戦は実行に移された。


 だが実行部隊の中には、その非人道的な命令に反発心を抱く者もいた。

 彼らは決して一枚岩ではない。

 城に浮かぶ炎を見て、意見が対立したのは必然だった。


 密かに幽霊の存在を信じていた者には、バルコニーで浮遊し動き回る炎は幽霊に映る。

 密かに邪術の存在を期待していた者には、それが邪術の予兆に映る。

 ガルフェロイに心酔している者には、松明を持ち城内を探し回る教会関係者に映る。

 

 その意見の相違が、彼らの突入を妨げた。


 そして――――再びその目が見開かれる。

 炎の灯りに照らされ、バルコニーに一人の女性が現れた。



「あたしはこの城の主! 主たる者、客人からコソコソ隠れるようなセコい真似はしない! あたしを手に入れたいなら正面から乗り込んでくるがいい! あたしを殺したいなら堂々と戦いを挑めばいい! あたしは逃げも隠れもしない!!」



 力の限り叫ぶその声は、魂を削ってバラ撒いているようにさえ聞こえ、刺客達の心を抉る。


 自分達は一体何をやっているのか?

 この言葉に、声に、心意気に対し、恥じる事ない返答が出来るのか?

 自分を偽る事なく、30人もの人数でたった一人の彼女を制圧するこの命令に従えるのか?


 答えは――――肯。


 魔術士ギルドとは、魔術士の存在を世に広め、必要とされる為の組織に非ず。

 必要と"させる"為の組織に他ならない。


 そう断言し、事実そうしてきたガルフェロイの判断に間違いはない。

 どれだけ疑念を抱こうと、言い争いをしようと、最終的にはそこへと落ち着く。

 だからこそキャルディナは今日まで栄え続けて来た。


 よって彼らの行動は変わらない。

 ただ、標的が自ら姿を晒し徹底抗戦の構えを示した事で、投降を促す当初の方針は瓦解した。


 既に教会関係者――――聖輦軍が動き出している。

 ギルドがフェアウェルの身柄を確保する前に彼女を始末し、子供を幽閉していた総大司教の悪行そのものを抹消しようと目論んでいる。

 最早一刻の猶予もない。


 城の扉は閉ざされている。

 だが、魔術士である彼らがそれを打ち破るのは雑作もない。


 魔術によって蹂躙された扉の断末魔が、城内にこだました。 


 そして次の瞬間――――


「……!」


 先陣を切って城へ侵入したギルド員が絶句する。

 彼らは予想もしていなかった。


 エントランスホールで、聖輦軍所属の魔術士が待ち構えているなど。



「自分はアランテス教会アンフィールド支部の特殊部隊【聖輦軍】の一員、フェーダ=グラビオン」



 その男は、血塗られた短剣を手に、顔に無数の傷を作り、階段の前で佇んでいた。

 足下には、彼が無力化したと思われる人間が一人仰向けになって倒れている。

 身動き一つせず。


「お前達は何者だ? 何をしにこの城へ来た?」


 巨大な光の鳥を背に従えて、招かざる客へと問いかける。


 明らかに普通の鳥ではなく、魔力によって生じたもの。

 しかし、そのような魔術の存在など知る由もないギルド員達は、驚愕と警戒心に縛られ動けずにいた。


 無数に灯されたのランプの炎。

 その中の一つが宙に浮き、動き回っている。

 加えて、既に何者かを殺害している聖輦軍の人間と、彼に付きそうように佇む謎の鳥。


 単に未知の存在に対し戸惑っているだけではない。

 精鋭揃いのギルド員と言えど、人を殺す事を生業としている訳ではないのだから、目の前に人殺しがいるという現実を簡単に呑み込む事は出来ない。


 度重なる異常事態と、血生臭い現場。

 その特殊な状況が、30名ものギルド員から平常心を奪い、棒立ちにさせた。

 

「既にこの城は自分が占拠した。早々に立ち去るが良い。もしそれに従わぬのなら、敵対の意思表示と見なす」


 キャルディナにとって最悪のシナリオは、彼の言葉通り既に城は教会に制圧された後で、何らかの不思議な力――――邪術を占拠している場合。

 ここに邪術はないというガルフェロイの判断が誤っていて、尚且つ教会に後れを取り、全ての切り札を奪われた完全敗北状態だ。


 だが、つい先刻彼らは見た。

 この城の主と名乗る女性がバルコニーで高らかに徹底抗戦を宣言した姿を。

 この僅かな時間で教会側が彼女を始末し、勝利宣言をする為にギルド側を待ち構えていたとは到底考えられない。


「どうやら……我々キャルディナの勝利のようだ」


 重鎮の肉声が、エントランスホールを這うように広がる。


 30名ものギルド員が血相を変え、左右に分かれ道を作る中、ガルフェロイ=エインシェントは自らの足で再びこの城に踏み入れていた。



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本編『ロスト=ストーリーは斯く綴れり』および同一世界観の別作品『"αμαρτια" -アマルティア-』も掲載中です!
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