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29 ギルド長の奇襲

 魔術士ギルド――――と一言で言っても、その母体は一つではない。

 元々は一つだったと言われているが、意見の食い違いや価値観の相違、金銭トラブル等が原因で独立が相次ぎ、現在ではデ・ラ・ペーニャの各聖地はもちろん、他国にさえ独自のギルドが多数存在している。


 キャルディナも、そんな独立組の一つ。

 魔術士の価値を魔術による破壊活動で知らしめようとしたセボロア=エインシェントという名の魔術士によって創設され、その血族によって200年以上もの間、第五聖地のメインギルドの座を守り続けてきた。


 メインギルドとは、その地域における最大規模のギルド。

 デ・ラ・ペーニャや帝国ヴィエルコウッドなど17ヶ国が犇めくルンメニゲ大陸の統治を目的とする統合体『ルンメニゲ連合』が運営する、各職業のギルドを監査する『ギルド査問機構』が毎年調査し、各ギルドに順列を付け、トップを決めている。


 規模の基準は明確なようでその実、曖昧。

 寄せられた依頼数、成功数、総資産、従業員数……それ等を総合して判断する、とある。


 その為、仮に規模の差が微小で、一般人の目から見て優劣付け難いくらいのギルドが複数ある場合は、ギルド査問機構の担当者の主観も無視できない。

 そしてその主観には"人心"も多分に含まれている。


 人の心を動かすもの。

 それによって、メインギルドが決定する事もある。

 わかりやすく表現するならば――――上納金だ。


 第五聖地には、キャルディナと競合する魔術士ギルドはない。

 かつては鎬を削る相手もいたが、拮抗するギルドを悉く退けトップを守り続けた事で、知名度や実績には大きな差が開いた。


 現在、代表を務めるガルフェロイ=エインシェントは、11代目の代表者。

 彼の代において、キャルディナの依頼成功数が第2位に10倍以上の差を付けられなかった年は一度もない。

 まさに盤石――――そんな一強時代を作り上げたのは、ガルフェロイの手腕だと言われている。


 ギルドの役目は職業斡旋、社会貢献、情報提供の三つ。

 キャルディナはその中でも特に社会貢献を重要視し、注力してきた。

 それはすなわち治安の維持だ。


 武闘派集団と言われている第五聖地の魔術士をまとめ上げ、魔術を操る傭兵集団として飼い慣らし、その裏では地上げ屋等の反社会勢力とも手を組んだ。

 悪が栄えれば正義の需要は増す。

 治安が悪ければ、護って欲しいとの依頼も増える。


 治安維持とはすなわち『ギルドにとって都合の良い水準の治安を維持する事』。

 ガルフェロイ、そしてキャルディナが裏稼業に手を染めているのは周知の事実だったが、第五聖地に居を構える魔術士の殆どは、彼を非難していない。

 何故なら、そんなキャルディナが統治するこの聖地は、彼等にとって居心地が良いからだ。


 第一聖地、第二聖地は魔術研究が盛んなため、臨戦魔術士よりも研究者の方が高い地位にいる。

 第三聖地、第四聖地もそれに追随しており、将来的には同じような図式となる事が予想されている。


 魔術で敵を倒したい。

 魔術で自身の攻撃性や破壊衝動を満たしたい。

 蹂躙し、壊滅させる快感に酔いたい。


 そんな魔術士達が第五聖地アンフィールドを安住の地に選ぶのは、至極妥当な判断だ。


 だが、そんな彼等の存在意義を揺るがす出来事が起こった。

 ガーナッツ戦争における歴史的敗北だ。


 先の戦争でキャルディナは教会からの要請を快諾し、最高の力を持った魔術士達を派遣した。

 だがその結果、彼等は重要な防衛ラインからは外され、その上戦犯扱いまでされた。

『キャルディナの魔術士達が弱い所為で戦争に負けた』と、虚偽の風評まで流布されてしまった。


 現在、キャルディナは設立以降最大の危機に瀕している。

 生き残る方法は一つ――――



「単刀直入に窺います。この城に邪術はありますかな?」



 教会を倒す。

 神への挑戦であり、冒涜。

 邪術という、何が入っているかわからない未開封の箱に手を伸ばし、それを成し遂げる――――ガルフェロイの紳士然とした顔は、そのような野心など微塵も感じさせず、好々爺を貫いていた。



 ――――『邪術』と『教会』には関わらない方が賢明だ。忠告はしたよ



 この城へ来る前にギルドを訪れた時の会話を、マルテはハッキリと覚えている。

 同時に、相手も自分を覚えていると推察していた。

 隻腕である自分は、他の人と比べて覚えられ易いという経験則から。


 そうなると、ありのままを返答する訳にはいかない。

 忠告を無視したと非難されるだけならまだしも、このような山奥まで押しかけてきた事を考えると、どう考えても穏便に済ませようという意思は見えない。



 今、城の応接室にいるのは、マルテ自身、姫君、ガルフェロイと彼の護衛二名。

 その五倍の数の護衛を引き連れておきながら、ガルフェロイは敢えて最小限の人数で城内に入った。


「もしあるのならば、ぜひ買い取らせて頂きたく、こうして馳せ参じた次第ですが……」


 威圧ではなく、言論をもって制する為に。

 それが、彼の思う最も確率の高い交渉術だった。


「……」


 そんなガルフェロイの思惑など知る由もないマルテは、彼の突然の来訪に動揺を隠せない。

 無論、あのギルドでの発言を実行する為に来たとは微塵も思っていない。

 ギルドの代表はそこまで暇な役職ではない。


 だが同時に、額面通り邪術目的かというと、それも疑問符が付く。

 ギルド員が返り討ちに遭った、だからボスがやって来た――――なんて陳腐な動機はあり得ない。


 幾ら邪術を切り札として考えているとはいえ、代表者が危険を冒し自ら交渉の席に着く必然性など皆無。

 一方で、もし彼に邪術の有無を見抜く目があるのなら、自ら訪れるだけの価値はある。

 そんな事が本当に出来るのであれば。


「そんな話、どこで聞いたんだい? あたしは誰に対しても、邪術なんて言葉使った事ないよ」


 マルテは、姫君の強気な姿勢に胸中穏やかではなかった。


「でしょうな。実のところ、私めも半信半疑……信憑性に欠ける噂話と捉えておりますよ」


「ふーん? だったらどうしてこんな辺境まで来たのさ? 一応、お偉いさんなんだよね?」


「なに、貴殿ほどではありませぬよ」


 姫君が総大司教の娘フェアウェルなのを把握していると、嫌でも理解せざるを得ない言葉。

 冷や汗が――――引く。

 マルテは急激に渇いていく自分を自覚した。


「さて。私めがここへ来たのは、貴殿にとって良き未来となる選択を提案する為です」


「……」


 真意を図りかね、姫君は一瞬マルテの視線だけを向ける。

 如何にも胡散臭いが、話を聞かない事にはどう対応すべきかも見えてこない。

 マルテは微かに頷き、目でガルフェロイに続きを話すよう促した。


「貴殿には是非、『亡命』をして欲しいのです」


 聞いた事のない単語である筈もない――――が、それでもマルテと姫君は再度顔を見合わせ、戸惑いを共有した。


 亡命。

 特に王族や教会上位者のような国政を担う立場にいる人間にとっては身近な行動だ。

 実際、デ・ラ・ペーニャでも過去に多くの人間が様々な理由で他国へ逃亡を試みている。


 成功例は多い。

 というより、失敗した例は記録に残らない。

 母国を捨てるというのはそれほど危険な行為であり、重大な裏切り行為と見なされる。


「まあ、亡命と言っても厳密には違うのですが、この第五聖地も独立国と大差なき故このような表現を用いた次第でございます」


「勿体振らずに教えなよ。私を何処に行かせたいんだい?」


「私めが貴殿に望むのは、第一聖地への逃亡。そこで本山……マラカナン大聖堂に保護を求め、教皇に『父親から監禁され、命を狙われた』と正直にお伝えすれば良いのです」


 そこでようやく、マルテと姫君はガルフェロイの目的と狙いを理解した。


 教皇に娘への仕打ちが露呈すれば、第五聖地の総大司教ハデス=オーキュナーの失墜は免れない。

 以前の教皇とは違い、現教皇は親子の情を大事にする人物だからだ。


 マルテはそれをとても良く知っている。

 ガルフェロイもそうなのだとすれば、彼の狙いは正鵠を射ている。

 教会といっても一枚岩ではなく、この第五聖地の教会が他の聖地と足並みを揃えていない――――先程の『独立国と大差なき』というガルフェロイの言葉が示唆する通りであれば尚更だ。


 教皇は魔術を武力以外で行使できる道を模索している。

 ハデスはその教皇の標榜を逆手に取り、ギルド壊滅へ向けて『魔術による殺人は極刑』と嘯き、圧力をかけた。

 だから今度は自分達が教皇の主張を逆手に取る番だ――――そう言わんばかりの計画だ。


「第一聖地で身柄を確保されれば、危険は及びませぬ。互いにとって利点しかない要請だと自負しておりますが……どうですかな?」


 実際、亡命の手助けをギルドが総力を挙げて行ってくれるのであれば、失敗の可能性は極めて低い。

 キャルディナは第三聖地、第四聖地にも支店を構えるギルドなので、問題なく連携は取れるだろう。


 決して悪い申し出ではない。


 ――――姫君とエデンがここを出ないと決めてさえいなければ。


「確かに、あたしにとってはありがたい提案かもしれない。でも、断らせて貰うよ」

 

「……何故なのか、理由を聞いても宜しいですかな?」


 老人の顔に、露骨なまでの変化が現れた。

 元々笑顔を絶やさず――――といったタイプではなく、生真面目な顔つきで話してはいたが、そこには確かな風格があった。

 今はその風格を僅かに後退させ、代わりに我慢を前面へと出している。


 無論、自分の計画が相手にされなかった屈辱に対する我慢。

 そして同時に、いつ暴発しても不思議ではない自分自身への我慢。


 下手な答えを言えば、たちまち敵認定され一斉攻撃を浴びる――――そんな雰囲気をガルフェロイは一瞬で作り上げた。


「私めはこう見えて、あまり我慢強い方ではないものでね」


 マルテ達は今、窮地に立たされていた。



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本編『ロスト=ストーリーは斯く綴れり』および同一世界観の別作品『"αμαρτια" -アマルティア-』も掲載中です!
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