27 お誘い
アランテス教会の邪術に対する姿勢は遥か昔から変わらず、見つけ次第秘密裏に、積極的に封印を行っている。
中には国の一部を物理的に壊滅させてしまう程の強力な魔術もある為、教会の姿勢は正しい――――それが邪術の存在を知る識者の総意と言われている。
一方で、教会の独占体質と隠蔽体質の象徴と揶揄する声もある。
邪術と一括りにしているが、実際には個人が偶然生み出してしまったものから、教会所属の魔術士が確かな野心を胸に作り出したものまで様々。
教会が過去の過ちを認めない為に、邪術という言葉で全て纏め、責任を回避していると見なす意見も少なくない。
今でこそ大学や研究所といった施設が充実し、民間による開発環境も整ってはいるが、昔は教会が魔術研究の大半を担っていた。
よって、普通に考えれば邪術の殆どは教会の魔術士に生み出されたと考えるのが自然だ。
だからこそ、教会による邪術の調査資料は極めて正確という見方もできる。
つまり――――
「邪術がここにあるって思わせるには、過去に発掘された邪術の資料が参考になる。多分、ギルドも邪術を扱う為に邪術に詳しい人間を雇ってるだろうしね」
「それは道理だが……そうそういるものなのか? 邪術の専門家など」
「いるよ。凶悪過ぎて教会が存在を認めない魔術だよ? 一生かけて研究したいって人が沢山いても全然不思議じゃないでしょ?」
「浪漫か。成程、自分の一族と重なるところがある」
自律魔術もまた、研究者の浪漫。
フェーダはマルテの説明を全面的に支持する事で結論付け、まだ微睡みの残る瞳を手で無造作に擦った。
「それにしても意外だったな」
「何が?」
「君はもっと生真面目な人間だと思っていた。『騙す』という発想が出て来るタイプとはな」
「お互い様だよ。僕だってフェーダはもっとドライな人だって思ってたし」
僅か数日の間で先入観は二転三転し、ようやく本来の人間性が見えて来た。
マルテは決して愚直ではないし、フェーダも決して万能ではない。
第一印象や肩書きが如何に無意味かを両者は改めて思い知らされていた。
「自分は邪術には明るくないが……要は『特別な魔術』の発見を偽装すると考えれば良いんだな?」
「うん。僕も姫君も魔術には詳しくないから、フェーダが頼りだよ。お願い」
「本当に良いのか? 自分が任されても」
不意に――――フェーダが立ち止まり、マルテは四歩先行したところで振り返る。
通路の真ん中に立ち尽くすフェーダは、真剣というより思い詰めたような表情だった。
「これまでは、各々が自分の為に動いていたから問題はなかった。だが今後は共通の目的を持って動いていく。そこに信頼がなければ、到底足並みは揃うまい」
「うん」
「自分は信頼されていない。エデンからはそう断言されているし、恐らくその侍女と君にもだ。そんな人間に任せて本当に良いのか?」
自虐――――というより、まるで警告のようにマルテには聞こえた。
実際、フェーダの言っている事は正しい。
信頼していない相手と共同戦線を張るなど論外だ。
「ここにいる中で魔術に詳しいのはフェーダだけだからね。邪術と言っても結局は魔術なんだから、そこがちゃんとしてないと騙しようがない」
「消去法という訳か。口先だけで『信じている』と言われるよりは救われるな」
「出会って数日の寄せ集めの集団なんだから、そもそも信頼関係を築く土壌がないでしょ。無条件で相手を信じられる関係性なんて、この中じゃエデンさんとリリルラだけでしょ」
「確かにな。思っていた以上に君は現実主義者なのだな」
「現実の汚さは嫌ってほど味わって来たからなあ」
マルテはずっと、それを失望すべき事だと思い込んでいた。
この世界は醜いと決め付け、自分の将来に、未来に絶望していた。
けれど、それはあくまで広大な世界の一部に過ぎない。
だとしたら、自分の経験は武器になる。
そう思えるまで、随分と長い年月がかかってしまったが、一応間に合ったとマルテは思っている。
「……そうか」
返答は朴訥としたものだったが、生返事のようには感じられない。
フェーダもまた、汚い世界で生きている。
マルテは苦笑いを返すしかなかった。
「それで、作戦だが……一つ思い付いた事がある」
「え、本当!?」
これほど早く案が出るとは思っていなかった為、マルテは思わず大声を出してしまい、その後恥ずかしそうに右手で口元を覆った。
「大した案ではないが、成功する芽はあると思う。自分の自律魔術擬きを利用すれば良い」
「……あ!」
マルテは、あの光輝く神々しい鳥を模した魔術を思い出し、思わず右手で左胸を叩いた。
彼にとっては、手を叩くのと同じ意味の所作だ。
「確かに、あの鳥なら真っ当な魔術じゃないし、邪術に見えるかもしれない」
「自分があの魔術をこっそり放ち、あたかもエデンが発したように見せかければ、或いは……」
「少なくともギルド側は騙せそうだね。教会の人達の方も、エデンさんがフェーダと同じ魔術を使えるって知れば無気味に思うだろうし」
無論、多少の演出は必要だろう。
それでも、マルテがそうだったように、あの光の鳥は人智を超越したような存在に見えるし、それを放った場面を目撃すれば、インパクトは十二分にある。
「いけるかもしれない。後は、目撃者をおびき寄せないと」
「ギルド側と教会側の双方に、同時に見せつけられれば最適だが……教会側はそう簡単にはいかないだろう。自分は全く信用されていないから、『エデンが邪術を操るようになった』と虚偽の報告をしたところで時間稼ぎにもならない。他の目が必要だ」
「お兄さんは?」
「同じだ。我等に共通しているのは、魔術研究の支援という弱味がある事。故に、より好条件を出されたら即座に裏切ると思われている」
実際、マルテが目にしたフェーダの兄は、そのような人物のように映った。
身内を悪く言う事は出来ない為、口には出さなかったが。
「なら、教会が雇った魔術士がまたここに襲撃に来るのを待つしかないかな……」
「その必要ない」
不意に、音もなくリリルラが現れた。
「心臓に悪い! ……で、なんで必要ないのさ」
「忘れたのか? リルは教会関係者だ。襲撃情報なんて幾らでも入手可能」
実際、ギルド員の裏切り者達を一掃した際、リリルラは明らかに彼らの襲撃を事前に察知していた。
そういう情報網を持っていると思われる。
「リルは教会にフェアウェル様の定期報告をしてるから、偽情報の伝達も可能」
「あー……いや、それはやめとこうよ。嘘ってバレたら、最悪リリルラがその場で拘束されるかもしれないし。そうなったら作戦は失敗だよ」
「わかった。向こうの情報をこっちに流すだけにしとく」
「うん。頼むよ」
リリルラはコクンと頷き、無音で姿を消した。
「あ、忘れてた」
深閑とした再出現。
物音一つ立てず姿を見せたり消したりできるその器用さは、フレアにはない技術。
本人は落ちこぼれなどと謙遜していたが、マルテにはとてもそうは見えなかった。
「夜にフェアウェル様の部屋に行け」
「……え?」
「夜這いしろとは言ってない。勘違いして火照るな。呼んでこい言われただけ」
一瞬絶句し、その後反論を試みようとしたマルテだったが、既にリリルラは姿を消した後。
思わずその場に座り込み、地面を右手の指でカリカリと掻いた。




