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26 四者会議

 この名もなき城が、かつては研究所だった――――


 そんなマルテの見解は、決して荒唐無稽な戯言ではない。

 一定の根拠に基づいてのものだった。


「多分、研究所が潰れて廃墟になっていたのを城の形に改修したんだと思う。エデンさんを隔離する為の施設として」


 だから城には名前がない。

 元々城として造られていた訳ではないから。


「研究所って室内に実験室を設けるんだ。そして、魔術の熱が籠もらないように天井を高くする。実験の時にはなるべく窓を開けないようにするから。外から見えないように」


 魔術研究は基本、外部に情報が漏れないように行う。

 実験を見ただけで、どういう理論に基づいて研究・開発を進めているのか大体わかってしまうからだ。

 万が一、真似されて先に発表されてしまえば目も当てられない。


「二階は居住空間だったのかな。この謁見の間は複数の部屋の壁を撤去して空間を確保したのかもしれない。さすがにバルコニーは増築だろうけど……」


「ちょっと待ってよ。随分と好き勝手決めつけるね。本当にそうだって証拠はあるの?」


 勢いで捲し立てるマルテに、姫君が強い口調で不服を訴える。

 ここを『城』と訴えてきた彼女にとって、マルテの意見は決して心地良いものではない。


 だが――――


「リルもそう思う。ここは城じゃない」


「リリルラ? あなたまで何を……」


「リルは別の国で何度も要人暗殺の実地訓練受けた。だから城は結構見知ってる。こんなヘボい城ない」


「ヘ……ボ……?」


 マルテとフェーダが一度も見た事のない困惑と羞恥を混ぜた表情で、姫君は小刻みに震えていた。


「あたしの城が……あたしの自慢の拠点が……ヘボい……?」


 目も虚ろで、全身から血の気が引いている。

 明らかに動揺し過ぎだった。


「なんか僕の知ってる姫君と違うような……いつも不敵で飄々としてる人だったのに」


「リルの主は打たれ弱い。攻めは強いけど受けはペラペラ」


「そういえば、フェーダと戦ってた時もそんな感じだったっけ」


 最後の方は完全に心が折れていたのを、マルテは思い出した。


 何処か神秘的で、掴み所のない人物。

 妖艶さと鷹揚さを兼ね備えている、大胆不敵な女性――――いつの間にか、そんな印象を勝手に抱いていた。


 しかし実像はエデンと同じで、弱さをひた隠しにしていただけ。

 無理もない。

 彼女たちは同一人物なのだから。


「そっか……ずっと無理してたんだね、姫君」


「面倒臭い性格だから、扱いが大変。ヘソ曲げると長い」


「それは厄介だね……一緒に謝ろうか」


「わかった」


 終始姫君に聞こえる声で話し合った結果、マルテとリリルラは同時に姫君と向き合い、頭を下げた。


「「ごめんなさい」」


「何の嫌がらせ? 新手の侮辱のつもり?」


 そのような意図は一切なかった為、顔を上げたマルテは割と本気で困惑した表情を浮かべていた。


「でもリリルラ、勘付いてたんだったらもっと早く言ってあげればよかったのに」


「いつもドヤ顔で自慢してるから言えなかった。リルの優しさ」


「自分が建てた訳でもないのに自慢……」


「それな」


「リリルラ! あなたはどうしていつも自分の主をそんなふうに……!」


 更なる追い打ちをかけるマルテとリリルラに対し――――


「そろそろ話の続きをいいか? 姫君もようやく聞く耳を持ち始めているようだし、もういいだろう」


 フェーダの空気を読まない、しかし的確な発言が場を落ち着かせる。

 彼の言葉の通り、マルテは途中から姫君の頑なになっていた心を解そうと冗談を交えていた。

 それはマルテ自身、過去に何度かして貰った事がある気遣いだった。


「……うん。以上の理由でここを元研究所だと仮定すると納得できるんだ。この施設で魔術を自律化させる術が研究されていたとすれば、さっき姫君が言ってた『誰が何の為に生み出したのか』って部分が説明できる。この場所で、ここにいた研究員が生み出したんだよ」


「自分もその仮説には賛同する。だが一点、どうしてもわからない事がある」


「永続的にその術が発動し続けてる理由、だよね」


 その先回りは、アウロス=エルガーデンが多用していた心理テクニック。

 密かにマルテはそれに憧れていた。


「まさか……心当たりがあるのか?」


「うん。この記録を見てよ。二年前にマラカナンで見つかった邪術についてなんだけど……」


 マルテが得意げに並べた紙の中の一枚を手に取る。

 それは唯一、ラスリプ紙ではなく近代の紙が用いられていた記録。


「……融解魔術?」


 それをいち早く目にした姫君が、半眼で呟く。

 彼女にとって、そしてその肩越しに見ていたフェーダにとっても初耳の単語だった。


「これは僕が初めて関わった邪術なんだ。兎に角何でも、人間さえも溶かすけど思念は残すっていうとんでもない魔術でさ。その邪術が封印されてたエルアグア教会は、実は巨大な魔具だったんだ」


「教会が魔具? 何それ?」


 当然ピンと来る筈もなく、姫君が露骨に顔をしかめる。

 魔具は指輪型以外にも様々な形状が開発されてきたが、あくまでも人が装備する物なのが大前提。

 建物を魔具とするなど常識外も甚だしい。


「一体何を言っている……と言いたいところだが、冗談ではないようだ」


 そうフェーダが肯定した根拠は、教会印の印影に他ならない。

 教会印の偽造は重罪であり、それ以前に偽造が不可能と言われるほど緻密に造られた印章なので、それが押印されている書類もまた偽造は困難。

 疑う余地はない。


「魔具の中に魔術が閉じ籠もってる状態で、しかも教会の中には魔術士が沢山いる。融けた状態の魔術士までいた。だから魔力の供給には困らず、この融解魔術はずっと教会の管理下の中で発動し続けてたんだ」


 そして、その融解魔術の被害者の一人が――――他ならぬマルテだった。

 ただしそれは本題ではない為、マルテは言及を控えた。


「前例はあるという訳か。だが仮にこの建物自体が魔具だとしても、彼女がここへ来るまでの魔力の供給源はどうなる?」


「なかったと思うよ。だから、彼女が……エデンさんがここに来た後に、フワボー達が生まれたと考えるべきだ」


 マルテとフェーダ、そして魔術の話には加わらないものの黙ってマルテの説明を聞いているリリルラが、同時に姫君の方へ視線を向ける。

『そこんとこどうなの』という顔で。


 姫君はその三つの顔の中から、マルテを選び若干の困り顔で答えた。


「君には前も言ったけど、わからないよ。気が付いたらみんな、ここにいたんだ」


「ならば後に現れたのだとしても矛盾はない、か……」


 フェーダがそう呟くにように、矛盾はない。

 ただし確証もない。

 あくまでマルテの仮説に過ぎない。


 それでも、マルテの言葉と彼が所持していた邪術の記録には説得力があった。

 その仮定が正しいものとして話を進めるだけの価値はある、と。


「つまり、フワボー達がここから出られないのは、ここが彼等を制御している特殊な魔具かもしれないから。もしそうなら、建物のどこかに魔石がある筈。心当たりはない?」


「ないよ。そもそも魔石って、これっていう決まった形でもないし……」


「うん。実際、この融解魔術の件でエルアグア教会にあった魔石も扉に擬態してたんだ」


「……確かにそう書いてあるな。信じ難い話だ」


 魔石には天然物もあれば人工物もある。

 これという唯一の物でもない。

 それだけに、六日間の調査で見かけなかったとしても、或いはずっと住んでいる姫君がわからなかったとしても、全く不思議ではない。


「だったら……もしその魔石が見つかったら、あの子達を外に出せるかもしれないの?」


「僕は専門外だから、軽々しく『そうだ』とは言えないけど……可能性はあると思う。フェーダはどう?」


「……わからない。だが出来ないとは言えない。その特殊な魔具とやらが本当に存在し、それを使いこなせるならば、この城にいるのと同じように別の場所でも自律魔術が存在できるかもしれない」


 希望は――――仄かに灯った。


「姫君。生き残ろうよ。そうすれば違う世界が広がる。僕もそうだった。だから……」


 その灯火は、マルテがくべた。

 かつては自分がそうして貰ったように。


「一緒に戦おう。みんなで」


 その光に――――姫君は思わず目が眩んだ。

 同時に、小さな音が聞こえた。

 彼女自身の、彼女にしか聞こえない音が。


「……だが、現実問題どうする? 魔石を見つけるような時間の猶予はない。教会は自分以外にも彼女を始末させるルートを準備する周到さだ。自分への信用もないに等しいだろう。最悪、明日には別の刺客が来るかもしれない」


 腕を負傷しているフェーダには対抗手段がない。

 戦闘要員はエデン・姫君とリリルラのみ。

 そうなれば共闘も何もない。


「本気を出した教会は恐い。ギルドも侮れない。厄介」


 先日そのギルド員を始末したリリルラの言葉だけに、重い。

 自分だけでは守りきれない――――と口に出すような真似だけはしないと強い意志を感じる一方、守りきれない可能性も冷静に示唆している。


 聖輦軍と元暗殺者候補の二人が慎重にならざるを得ない状況。

 ましてマルテは戦闘要員ではないのだから完全に専門外だ。


 だが、そんなマルテが、徐に口を開く。


「騙すしかない」


 何かが乗り移ったかのように。

 或いは――――乗り移ったものが突き動かすかのように。


「教会とギルドの連中に、ここに邪術があるって思い込ませる。騙すんだ」


 決して激しくも狡猾でもない性格のマルテが、そう言い切った刹那――――まるで図ったかのように、悲鳴のような甲高い風の音がバルコニーから聞こえて来た。


「それって……」


「成程。そう来たか」


「よくわかんない。説明して」


 驚きつつ、その有用性について思案をし始めた姫君。

 即座にマルテの狙いを理解し、目付きを鋭くするフェーダ。

 そして、考える事を最初から放棄しているかのように虚ろな目で佇むリリルラ。


 三者三様、現状戦力が良くわかるそれぞれの反応だった。


「要は時間稼ぎだよ。ギルドの方は元々邪術があると信じているから、より前のめりになる。教会にとっては余計見逃せない。元々は教会の裏工作で邪術の噂が流れてた訳だし、嘘から出た実なんて事になったら目も当てられない。『邪術があるって嘘の噂流したら本当にあって、ギルドにみすみす切り札を与えました』なんて体裁が悪い事この上ないからね。きっと争奪戦になるよ」


「それは……単に両者の抗争を激化させるだけじゃないのか?」


「寧ろ逆。抗争の種類が変わる」


 マルテの意図が掴めず、フェーダは尚も顔をしかめる。

 勿体振る理由もなく、マルテは真剣な眼差しで――――断言した。


「ここに邪術があると知ったら、双方はこう邪推する筈だよ。『エデンさんが邪術を手に入れ、使いこなせるようになったのかもしれない』って」


 三人の目が、同時に見開く。

 リリルラだけはほんの僅かだったが、それでも例外とはならなかった。


「だってそうでしょ? ギルド側が調査員を派遣しても、邪術の手掛かりは掴めなかった。教会側は、そもそも自分達が流した誤情報だと確信している。なのに何故、邪術が存在しているって判明したのか?」


「実際に使用しているところを、誰かが目撃したから……か」


 フェーダの呟きに、マルテは深々と頷く。

 あくまで、両陣営に『邪術があるに違いない』と思い込ませる事に成功した場合だが、もしそれが実現すれば、両者はエデンが邪術を使用できる状態にあるかもしれないと警戒するだろう。


「そうなったら、ギルド側はエデンさんを引き入れようとする。一方の教会側は報復を恐れる。ずっとここに閉じ込めていた負い目から。いずれにしても……」


「フェアウェル様の危険は激減するな」


 その手があったか、と言わんばかりにリリルラは感心しきりだった。

 邪術の存在すら知らなかったエデンが思い付く筈のない奇策。

 邪術の脅威を知るマルテだからこその発想だ。


「その場合、現場にいる自分にあらためて暗殺指令が下る可能性が高い」


「うん。だからこそ安全なんだ」


 フェーダの言を信じるならば、彼にはもうエデンを暗殺する意思はない。

 その命令は何の意味も成さないだろう。


「その内、フェーダがエデンさんに丸め込まれたか、返り討ちに遭ったって判断になると思う。そうなると新しい暗殺者の派遣かな。邪術を操れるかもしれない、自分達に恨みを持っているかもしれない人を相手に正面からは来ないと思う」


 例え父親でも。

 寧ろ――――父親だからこそ。

 あれだけ豪快で怖いもの知らずの自分の父親ですら、自分と向き合うのを恐れていた。


 マルテはそんな少し前の事を思い出し、微かに苦笑した。


「成功すれば、相当な猶予を得られる筈なんだ。後ろ向きな作戦だけど……」


「セコいのはセコい。でもこれを助けるのにはちょうどいい」


「主君をこれ呼ばわりはやめなさい、リリルラ」


 威圧を試みる姫君だったが、まるで通じない。

 そもそも、彼女は聞いていなかった。


「作戦は了解。でもどうやる?」


 前のめりになって、マルテの作戦に乗り気だったからだ。

 言動はどうあれ、リリルラが誰よりエデンと姫君を助けたがっているのは明白だった。


「問題はそこなんだよね。正直、具体的な案はまだ何も思い付いてない」


「ゴミめ」


「め、面目ない……」


 それだけに期待を裏切られた瞬間、態度が豹変するのも無理はなかった。


 とはいえ、教会とギルドの両陣営を同時に騙すのは容易ではない。

 マルテは口元を引き締め、右手に力を込め握り締めた。


「一つ確認したいんだけど、姫君」


「なんだい」


「姫君とこうして直接話が出来るのは夜の間だけ?」


 彼女の正体が本当に"幽霊"かどうかは兎も角、現状では日中にエデン、夜間に姫君がフェアウェルの人格として出現している。

 万が一、ギルド員の襲撃が夜間ではなく日中に行われたら、姫君ではなくエデンに協力して貰わなければならない。

 ならば、エデンにも事情を話さなければならなくなる。


「あたしにも隠し事はやめろって訳?」


「うん」


 発言の最中にも、姫君の目は真っ直ぐにマルテを見つめていた。

 睨むでもなく、値踏みするでもなく、挑発するでもなく、ただ静かに眼差しを傾けていた。


「……わかったよ。厳密には夜だからじゃない。エデンが眠るとあたしが目を覚ます。確証はないけど多分、そんな感じだよ」


「つまり、昼寝したら姫君が目を覚ます……?」


「あの子に昼寝の習慣はないから、実際にそうなった事はないけどね。上手く言いくるめて試させてみてよ」 


 全ての事情をエデンに話す。

 その上でお願いする。


 マルテの頭にはまずその筋道が浮かんだ。

 隠し事をしないのであれば、それが通すべき案だ。


 だが、そうなればエデンに自分の父親から命を狙われていると教えなければならない。

 そしてその是非については、他人であるマルテが判定するのは困難だ。


 だからこそ――――『言いくるめて』という姫君の言葉にが重みがあった。


「了解。なんとかするよ」


「……ありがとう」


 自分の意向を汲んだ上でのマルテの返答に、姫君は頭こそ垂れなかったが、染み入るような声で感謝の意を示す。

 フェーダはそんな二人のやり取りを、沈黙のまま眺めていた。


「それじゃ、みんなで考えようか。これからどうするか」


 姫君の前向きな返答は、彼女がマルテに全面同意した事を意味する。

 つまり、この城から逃げ出して生き延びる道を模索すると、そう決意した証だ。


 マルテはその事が純粋に嬉しかった。

 誰かの役に立てるかも知れない、そんな自分への希望を抱ける事が――――



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本編『ロスト=ストーリーは斯く綴れり』および同一世界観の別作品『"αμαρτια" -アマルティア-』も掲載中です!
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