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25 明かす

 夜は特別な時間ではない。

 毎日当たり前のように現れ、誰の目にも触れる。


 けれどやはり、その神秘的な夜空と静寂には特別なものを感じる人間は多い。

 マルテもまた、その中の一人だ。


「連れて来た」


「仰々しいね。一体何を始めるんだい?」


 リリルラと共に謁見の間に現れた姫君は、いつものように三種の自律魔術に囲まれ、不敵な笑みを浮かべていた。

 自身が狙われていると自覚していても、悲壮感を抱いたりはしない。

 そんな彼女の強さか虚勢かわからない半透明な姿勢は、マルテには美徳に映った。


「これで全員か」


 そのマルテの隣には、既にフェーダの姿がある。

 この城に身を寄せている全員が、謁見の間へと集まった。


「マルテ。話というのは?」


「うん。ここに来てもう六日だし、結論を出す時だと思ってさ」


 本当は――――進行役のような立場に就く事をマルテは苦手としていた。

 自分の人生において、視線を集めるような役回りを担った事など一度もない。

 マラカナンでは生計を立てる為に観光案内をやっていたが、それも教会の許可を得ずに行っていた。


 陽の当たらない場所で過ごす日々は、心を少しずつ鬱屈させた。

 生きる実感のない毎日だった。


 そんな生活を一変させ、自分という存在を再構築する事が出来たのは――――


「調査の結果、ここに邪術は封印されていないと結論付けた」


 かけがえのない出会いがあったから。

 アウロス=エルガーデンと、フレア=カーディナリスに出会えたから。


 彼等に恩を返したい。

 今度は自分が役に立ちたい。

 一目置いて貰いたい。


 だからマルテに迷いはなかった。

 

「……そっか。ならもう帰るんだね。これは半強制のお別れ会なのかな?」


「違うよ。僕はまだ出て行かない。そもそも、帰る場所もないしね」


 早合点し何処か寂しげな姫君に、マルテは自虐的な笑みを零す。

 一方フェーダとリリルラは同時に目を狭め、マルテの真意を慮っていた。


「フェーダ。この城の主が誰なのかを記した書類、見つかった?」


「いや。それについてはまだ調査中だ」


「僕はもう邪術の封印を見つけるのを諦めたけど、君はまだ諦めないの?」


 それは――――諦めない論理的な理由を暗に聞き出そうとする為の質問。

 六日という時間は、小ぶりな城を一つの調査する期間としては決して短くはない。

 つまり、この場にフェーダが留まっている理由としては、既に弱いと言わざるを得ないという指摘でもあった。

 

「……そうか。そういう主旨か」


「何が」


 二人の会話の意味を理解できず、リリルラが不機嫌そうに問う。

 尤も、いつも似たような声のトーンではあるが。

 それに対する返答は――――マルテが行った。


「隠し事は止めよう、って事。そうしないと、僕達はきっとこの難局を乗り切れない」


「一体何の話をしてるのさ。あたしにわかるようにいいなよ」


「君をここから連れ出す……って事になったんだ、姫君。僕の次の目的は」


 手を差し伸べてくれる人達がいた。

 だから不毛の日々から脱出が出来た。


 次は――――自分が手を差し伸べる番だ。

 マルテの出した結論は、そんな単純明快な内容だった。


「……意味わかんないよ。あたしはここに自分の意思で残るって言ったよね?」


「でもここにいたら君は殺される。教会と、多分魔術士ギルドにも狙われてるんだ。リリルラが幾ら強くても、連中が本気で刺客を差し向けて来たら彼女一人ではどうにも出来ない」


 教会は、単にエデンを始末したい訳ではない。

 ギルド側にエデンを殺害させ、弔い合戦の形でギルドと戦争をしたがっている。

 とはいえ、フェーダがその役目を担っていたように、『ギルド員がこの城を訪れた事実』さえあれば後はどうにでも細工できる。


 彼等の目的はあくまでギルドの鎮圧。

 それが達成できれば、敗者へのなすり付けなど造作もない。

 手段を選ばない方法に出られたら、リリルラとエデン、そして手負いのフェーダだけでは止めようがない。


 一方、教会と癒着する一部の人間を除いたギルドの方は、現時点ではエデンではなく邪術が狙い。

 金で教会に雇われた一部のギルド員を除けば、直接エデンを暗殺しようと動くのは考え難い。

 

 だが――――


「ギルドはこの城が総大司教の娘を収容する監獄だとは知らないんだよね、フェーダ」


「恐らく。もし知っているのなら真っ先に人質に取ろうとしていただろう。連中は総大司教と彼女の関係を知らないだろうからな」


 マルテ達がここへ来る前から、何度かギルドからの使者は来ていたと思われるが、エデンに退けられている。

 目的は邪術の視察であって、エデンではなかったと考えるのが妥当だ。


「ならさ、今のエデンさんの状態を『魔術士が邪術目的で住み着いている』と断定するよね、普通に考えたら。ギルドは邪術の存在を信じてるみたいだし」


 教会が流布した偽の情報――――この城に邪術が眠っているという話を信じ、ギルドは人員を派遣していた。

 そしてそこには『ここは自分の城だ』と断言する魔術士の女性がいた。

 ならば必然的に『エデンと名乗る女性は、邪術に関する何らかの事情を知っているか、或いは既に見つけて独占しようとしている』と見なすだろう。


 それ以外に、この辺境に女性が一人で住み着く理由など考えられない。 

 客観的視点ならばまず間違いなく辿り着く結論だ。


「だったら最終手段として、邪術について掴んでいる情報をエデンさんに吐かせようと目論んでいてもおかしくない。それも強硬な手段……例えば拷問で」


 現在、魔術士ギルドに手段を選ぶ余裕などない。

 それはギルド員でありながらギルドを裏切り教会に尻尾を振っている面々も同様だ。


 だからこそ、リリルラは襲撃者と思しき連中を一掃し、息の根を止めた。

 そうしなければ主のエデンが危険な目に遭うのだから、必然の行動だ。


 もしそれがエデンの、或いは姫君の命令であったなら、マルテがこうして集合を呼びかける事はなかった。

 しかし実際には、リリルラの独断。

 それどころか、エデンには殆ど何も知らされていない。


 それは、エデンに誰が彼女の命を奪おうとしているのかを知られない為の、リリルラの優しさ。

 だからこそマルテは、今回の招集に姫君を選んだ。


 彼女は既に、自分の父親の蛮行に勘付いている。

 言葉の端々や、諦観すら感じさせる佇まいから、そう断定した。


「姫君。君とエデンさんが生き残るにはここを出て逃げるしかない。僕はそれを実現させたい」


「無理な相談だって前にも言ったでしょ? あたしはここにいる理由がある」


「僕も言ったよね。自律魔術達を外に連れ出せたら一緒に来る? って」


「……連れ出せる訳ないよ。何度も試したんだ。でもこの子達はここから出ようとしない」


「だとしたら、それこそ理由を考えるべきだって思わない?」


 自律魔術達が、この城から出られない理由。

 "そういうもの"で片付けていた姫君は、思わず伏し目がちだったその視線を上げ、マルテと目を合わせた。


「僕は魔術にそこまで詳しくないから、丸投げみたくなっちゃうけど……理由はきっとある筈だよ」


「ウチの主もそんな詳しくない」


 不意に――――ずっと黙っていたリリルラがサラリと問題発言をしてきた。

 マルテにとって、それは完全に想定外だった。


「……そうなの?」


「魔術士だからといって、魔術に詳しいとは限らないよ。お家柄とか護身術とか、そういう理由で習い事のように学ばせる家もある。興味がないと深く理解する気にもなれない」


 寂しげに語る姫君の表情が、何処か――――昔の自分と重なる。

 マルテは下唇を噛み、その痛みを連れてフェーダの方に顔を向けた。


「フェーダはどう? フワボーたちがここから出ようとしない理由、心当たりない?」


「……これでも長年魔術を研究してきた一族の人間だ。自分は魔術士とは言えないが、知識はそれなりにある」


 それは、逆に不安になりそうな前置きだったが――――


「心当たりもな」


 力強い、堂々としたフェーダの答えが、マルテの不安をより強くさせた。

 素直に話す時の物言いではない。

 もしここで、フェーダが何らかの駆け引きや取引を行おうとするならば、一枚岩になるのは難しいと認めざるを得ない。


 マルテは祈るような気持ちで次の言葉を待った。


「だがその前に詫びさせて欲しい。済まなかった。自分は……君を殺す為に教会から派遣された」


 その言葉は――――深く沈んだ謝罪だった。


「やっぱりそうだったんだね」


 姫君はフェーダと一戦交えた際、ずっとそう疑っていた。

 彼女だけはずっと正鵠を射ていた。


「ああ。だが結局、実行する気にはなれず任務は破棄した。信じて貰えるとも思えないが……」


「うん、信じないよ。最初からあたしはお前を一切信じてない」


 とりつく島もない。

 元々エデンはフェーダに対し辛辣だったが、姫君はそれ以上に強い拒絶反応を示している。


 だがその一方で、城内の調査を許可してもいる。

 マルテには、エデン達の思慮が全く読めなかった。


「心得た。ならば自分を信じないままで構わない。話を聞くだけ聞いて欲しい」


「なんでその必要があるのさ。お前にあたしを救う理由はないじゃない」


「……」


 マルテは一瞬『理由はあるよ。それは君が巨乳だからなんだ、姫君』と言うべきか迷ったが、脳内反芻の結果、否決した。

 何より、確実に姫君は信じない。


 そんなマルテの逡巡に気付いてか、フェーダは静かに首を横へ振り、牽制の後ゆっくり姫君へ目を向けた。


「自分は自律魔術を研究している一族の末裔だ。だから、君の傍にいる自律魔術について自分なりの見解を持っている。それをどうしても話しておきたい」


 自分の――――ではなく、自分の一族の研究成果を何かに活かしたい。

 何かにぶつけたい。

 そんな切実な願いを、フェーダは目で訴えている。


「マルテの調査したところによると、この城では空気中に魔力が漂っている。そうだったな、マルテ」


「あ、うん。微量の範疇だけど」


 量がどうであれ、空気中に魔力が漂う理由は一つしかない。

 その場、或いは近場で魔術が出力され、魔力の一部が飛散している事実に他ならない。


 例えばどこかに封術が施されていれば、その維持の為に魔力は常に霧散現象を起こしている。

 その為、封術が永続する事はない。

 ただし減少量は非常に少ない為、数年、或いは10年以上もつ封術もある。


 だからこそマルテは、ここに邪術が封印されている可能性が高いと考えていたが、そのような形跡は城の何処にも見当たらなかった。


「恐らく、この城内には自律魔術が生み出される外的要因と、それを維持する環境下にある。だからその魔術達は消滅しないし、ここから離れようとしないのではないだろうか」


「そんな事ってあり得るの?」


 魔力を供給する魔術。

 当然、マルテは聞いた事もない。


「意図的に自律魔術を使って、その三体を生み出した訳ではないのだろう? なら、強制的に自律魔術を生む何らかの作用が働いていると考えるべきだ。実例を知っている訳ではないが、そういう魔術が存在するのかもしれない」


 つまり『魔術に意思を持たせる魔術の存在』をフェーダは示唆した。

 もしそれが真相なら、フワボー達が生まれた経緯も留まろうとする理由も説明がつく。


 ただし――――


「あたしはそうは思わないな。だってそんなのおかしいじゃん。この城の中限定で自由に意思を持つ魔術を作り出す魔術? そんなの、誰が何の為に生み出したのさ? それがずっと発動し続けてるってのも意味不明だし」


「それを言うなら、君の友人たる自律魔術自体が意味不明だ。どういう理屈で意思を持ち、この世に留まっている? 説明できるのか?」


「それは……」


「もう論破された。主の恥ずかしいところを見た」


「リリルラ! あなたは黙ってて!」


 侍女に呆れられた姫君は、これまで見せた事のない表情で赤面していた。

 とはいえ、彼女の発言内容は非難されるものでもない。


 魔術に意思を持たせる術そのものは、十分研究に値する。

 しかし場所が限定されるとなると、需要は途端に枯渇する。

 普通に考えれば『この城でだけ有効な魔術を自律化させる魔術』など誰の得にもならない。


「ここからは僕が説明するよ」


 マルテはそう告げながら、予め足下に置いていた鞄の中から、木製の書類箱を取り出した。

 謁見の間に机などない為、床に置きその場で蓋を開ける。

 その中身は――――


「それは……ラスリプ紙か?」


 ラスリプ――――そう呼ばれる植物の茎の皮を使って製造した筆記媒体。

 羊皮紙が普及する遥か昔に使われていた物で、デ・ラ・ペーニャにおける紙の始祖とも言われている。


 大昔の筆記媒体なので、品質は現代の羊皮紙や最新の繊維加工技術で作られた高級紙とは比べようもないほど粗い。

 色も薄茶色で、文字を記すのにも向いていない。


 そのラスリプ紙20枚以上束になっていて、その全てに『教会印』が押されている。

 教会の管理する書類である証だ。


「本当は持ち出し厳禁なんだけど……写し書きが禁じられてるから」


 バツの悪そうな声と共に、マルテが床の上に一枚一枚並べていくラスリプ紙に記されていたのは――――邪術に関する記録だった。


「……これって」


 魔術には明るくないという姫君でも、容易に理解できる。

 アランテス教会が存在さえ認めていない『邪術』を記録したこの書類が、どんな意味を持っているのかを。


「明らかに禁書……教会最高峰の機密だ。ここまで邪術の記録を調べられるのは教会以外にない」


 本来なら、目に触れるだけで厳罰。

 持ち出そうものなら当人の極刑どころか親族まで終身刑を言い渡される重罪だ。


「お前、世界的な盗人?」


「いやいや……だったら見せないから」


 リリルラの遠慮ない問いに頭を振り、マルテは小さく嘆息した。

 隠し事をなしにしようと持ち出したのは、他ならぬ自分。

 その時に覚悟はしていたが――――


「僕は、一つ前の教皇の孫……なんだ。その、色々あって僕がこの記録を預かる事になった」


 いざ告白するとなると、緊張はどうしても伴ってしまう。


 前教皇の孫。

 既に故人となっている事、教皇は世襲制ではない事から、既にその肩書きには権力も危険も付随しない。

 それでも、マルテはこの出自を口に出すのは抵抗があった。


「……って言っても、つい二年前までは知らなかったんだけどね。教皇……おじいちゃんの顔は結局一度も見なかったし」


 何より自分自身がその肩書きに全く実感を持っていない。

 だがこれから話す事は、その肩書きを利用しなければ説得力がない。

 マルテはその覚悟をもって、姫君、フェーダ、リリルラと向き合った。


「見ての通り、僕は過去に発掘された邪術の記録を保持してる。その知識から、この城……の形状をした建物で起こっている事を検証してみた。どうか信じて聞いて欲しい」

 

 返事は――――ない。

 だが拒否の姿勢もない。


 あるのは懐疑ではなく、戸惑い。

 当然だ。

 先程までただの考古学者見習いと思っていた人物が、国家機密を抱え元教皇の孫と言い出したのだから。

 

「この建物は多分、元々は研究所だったんだ。そして自律魔術に関する研究が行われていた」


 マルテはそう自分に言い聞かせ、暴走とも言える持論を述べ始めた。 

 


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本編『ロスト=ストーリーは斯く綴れり』および同一世界観の別作品『"αμαρτια" -アマルティア-』も掲載中です!
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