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23 リリルラ

 月の出る夜に襲撃を行うのは、定式に反している。

 魔術士ギルドに属する人間であれば、当然その程度の事は理解している筈――――


「君は……」


 しかしマルテにとって、その矛盾は関心外だった。

 闇を纏いながら凛然と直立する女の子に、どうしても目を奪われてしまう。


 姿形が似ている訳ではない。

 だがやはり、どうしても同じ空気を感じてしまう。

 立ち方一つでも、それはわかってしまう。


 踵を常に地面から離し、全身を脱力させたように極限まで細く、しなやかに。

 彼女の佇まいは、それだけで構えだった。


「フレアのお姉さん……フレアさんの知り合い……?」


 この場に、この状況にそぐわない問いなのは大いに自覚していた。

 それでもマルテは聞かずにはいられなかった。


 大きさこそ異なるが、同じ円月輪という特殊な得物。

 そして、いつどの瞬間からでも瞬時に戦闘を開始できるのを前提にした身体の置き方。


 敵の首領格を殺める事に特化した技能を有する『枢軸殺し』として育てられたフレア=カーディナリス――――現教皇の血の繋がらない娘とリリルラには、確かな共通項があった。


「誰それ」


「……」


 しかし、だからといって両者が旧知の仲という保証などない。

 自分の予想が外れた事に微かな動揺を覚えたものの、マルテの中の緊張感は依然として自身の呼吸器を弱らせていた。


「もしかして、これ使ってる奴?」


 リリルラの右手が持ち上がる。

 すると、その手で掴む円月輪の縁を回るように、赤い液が滴る。

 

「……うん。大きさは違うけど……」


「小さい? だったらその子は優秀。リルは落ちこぼれだから暗器の大きさだと上手く扱えない」


 呼吸が――――より浅くなる。

 それは紛れもなく今、生命の危機に瀕していると身体が訴えているから。

 それほどの緊迫感に包まれ、マルテは生唾を呑み込んだ。


 リリルラが教会側の人間なのは本人が認めている。

 教会とギルドの間が冷戦状態なのはフェーダが執拗なほど説明していた。


 よって、今ここでリリルラが城を襲撃に来たと思われるギルド員を返り討ちにしたのは、自然な事。

 思わずそう考えてしまいそうになるが――――


「どうして……こんな事を?」


 フェーダの話が真実であるという仮定に基づくが、第五聖地アンフィールドの長である総大司教はギルド員にエデンを殺害させるよう画策している。

 ならば、リリルラのこの行動は、総大司教の意に反するものとなる。


 その理由を問いながらも、マルテは既に理解していた。

 答えなど一つしかない。


 フェーダと同じように、リリルラもまた――――


「どいつもこいつもバカばっかだから」


 憤っている。

 エデンを取り巻く環境と、大人達に。

 マルテはそう解釈し、緊張を解いた。


「……エデンさんの事情は、フェーダから聞いたよ」


「あいつ、そんな情報持ってるって事はやっぱり聖輦軍か。道理で嫌な空気してると思った」


 フェーダとリリルラが連携しているような素振りは一切ない。

 そう見せかけているだけという懸念もマルテの中にはあったが、リリルラの今の発言でその可能性は完全に消えた。

 

「確かにバカばっかりだね。僕も他人の事言えるような人生は送ってないけど……」


 会って話した事もない権力者を罵るのは、妬みと損でしかない。

 合理的とは到底言えない。

 重々承知の上だった。


「君の所属してる所よりはマシかもしれないね」


「あそこより下はない」


 マルテが城内で見かけたリリルラの顔は、どちらかというと何に対しても興味のなさそうな、覇気の無い顔をしていた。

 今の彼女の表情は、闇に溶けて殆ど見えない。

 ただ――――マルテの目は、心底他人を軽蔑する顔が映っていた。


「でも、殺して良かったの? 情報を聞き出すとか……」


「必要ない。全員、教会の保守派が裏で手を回して買収した連中。多額の報酬と引き替えに、フェアウェル様を殺すよう依頼されてる。裏も取った」


 フェアウェル。

 エデンの本名を敢えて呼んだ彼女の意図は明白だった。


 リリルラはエデンの味方。

 マルテはそう確信した。


「って事は、教会側が魔術士ギルドの人間を雇ったって事だよね。敵対してる筈なのに……」


「ギルドのクーデターが仮に成功しても、その後の生活が保障される訳じゃない。こういう連中も中にはいる」


 なんの事はない。

 教会側は、フェーダの事も信用していないという事だ。

 だから、金を使ってギルド員を雇い、彼らにエデンを殺害させ、その事実だけをもってギルド粛正の動機とする計画だった。


 多額の報酬さえ受け取れるのなら、ギルドを裏切って教会側につくギルド員もいる。

 その現実の果てが、この地獄絵図だ。


 多少の驚きはあったものの、マルテはリリルラの発言を冷めた心で聞いていた。


 自分の部下を使い、エサをチラつかせ刺客とする。

 敵の弱味につけ込み、買収して殺し屋にする。


 幾つもの危機管理を備えてまでも、殺したい相手がいる。

 その標的は――――娘。

 

「もう笑うしかないよ。そこまで執拗に……」


「そういう人間だから、総大司教になれた」


 リリルラの言葉は、この地に住む人間にとって余りに重いものだった。

 第五聖地アンフィールド全体が腐っていると言っているに等しい。

 そして、教会に所属する彼女は、真実に近い場所にいる。


「死体を処理する。手伝う?」


「え……」


「冗談。これはリルの仕事。その間の話し相手にでもなれ」


 表情一つ変えず、リリルラはギルド員達が乗って来たと思われる馬車の荷台に自分の殺めた遺体を次々と乗せていった。

 自分より遥かに重いであろう身体を引きずって。


 隻腕のマルテは、どの道それを効率良く手伝う事は出来なかった。


「フェアウェル様がまだ幼い頃から、身の回りの世話と護衛をするよう命じられてる。あれが城に幽閉されてからもそう。今回の事が決定するまでは、生かしておくって方針だったから」


「君は……昔の命令を今もずっと忠実に守ってるのか」


「そう。だからこれも仕事の内」


 主に危険が迫れば、それを排除するのも彼女の責務。

 リリルラは何一つ間違っていない。

 

「……エデンさんと姫君を死なせたくないんだね」


 目の前で死体を移動させている人間がいる。

 それなのにマルテは、感情的な恐怖も生理的な嫌悪も抱いていなかった。


 死体は、幼少期に山ほど見た。

 自分から切り離された腕も、ある意味では死体だ。

 今更恐れる筈もない。


「もしかして、夜中に来ている訳じゃなくて、ずっと城内で守ってるの?」


「ずっとじゃない。買い出しもある」


「だったら、なんで僕やフェーダを追い返そうとしなかったの? 一応危険因子だと思うんだけど」


 同じ教会に属する人間でも、フェーダとリリルラは仲間ではない。

 少なくともフェーダにはエデン抹殺の命が下されているし、既にリリルラが教会の命を無視し自分の判断で動いているのは確実。

 相容れる要素はないに等しいが――――


「何か不穏な動きがあったら始末しようと考えていた。実際、一度そういう時があった」


 マルテも覚えている。

 姫君から反撃を受けたフェーダが激昂し、我を忘れ彼女を本気で仕留めようとした。


「でも立ち後れた。護衛失格。あの時はお世話様だった」


「あ……うん。どういたしまして。でも今思えば、リリルラの存在をフェーダは感じてたのかも」


 当時のフェーダは、マルテの叫声だけで止まるような状態ではなかった。

 でもリリルラが近くで彼に殺気を放ったのなら、我に返っても不思議ではない。


 一方で、フェーダがあの時何故使命を忘れ姫君を殺そうとしたのかはわからない。

 マルテには、あれが反撃されて激昂しただけとは、どうしても思えなかった。


「出来れば、いられるだけここにいて欲しい」


「なんで? あの時は偶々役に立てたけど、僕は何の力も……」


「お前と話すフェアウェル様はどっちも楽しそうだから」


 ――――不思議な一言だった。


 少なくともマルテは、全く想定していなかった。

 彼の記憶にあるエデンは、殆ど笑っていないのだから。


「リルは後始末してくる。お前は城にいろ」


 いつの間にか、リリルラは全ての死体を荷台に引き入れていた。

 男か女か、それさえもわからない。

 マルテも、既に事切れた連中に敢えて触れようとはしなかった。


「……これからどうなるのかな」


 代わりに、未来を問う。

 このギルド員達がどれほど他のギルド員と連動していたかは未知数。 

 完全なスタンドプレーで教会と癒着していたかもしれないし、一定数の派閥で動いている可能性も否定できない。


 後者であれば、別の刺客が差し向けられるだろう。

 ギルドを裏切っている時点で、その派閥には逃げ場はないのだから。


「さあな」


 特に何か答えを持っていた訳でもないのか、言葉少なにそう答えたリリルラは鞭を使わず馬車を走らせた。

 ただ、彼女の声に絶望や諦観はないと、マルテは感じていた。


 一方で、最初から諦めなければならない孤独な戦いでもあったのだろう――――とも思っていた。


 総大司教から抹殺指令が出ている以上、リリルラ一人で何が出来る筈もない。

 聖地の外に逃亡させようにも、リリルラが連絡を絶てば教会側は直ぐに異変に気付くだろう。

 何より、エデンに逃亡の意思がない以上、それさえも難しいのが実状だ。


 完全なる手詰まり。


「……なら、僕に出来る事はあるかもしれないな」


 右手で、かつて左腕があった箇所を擦るようにしながら、マルテは虚空と戯れる。


 城にいる四人の中で、自分だけが戦えない。

 なら役割分担はもう決まっている。


 こういう時、アウロス=エルガーデンは――――アウロスのお兄さんはどんな着想を得るだろう。

 マルテは暫し、音なき粛正の場で思案に耽っていた。

 



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本編『ロスト=ストーリーは斯く綴れり』および同一世界観の別作品『"αμαρτια" -アマルティア-』も掲載中です!
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