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17 侍女

 ――――翌日。


「ふぁ……あ」


 マルテは城外に設置したテントではなく、城内の空き部屋で一晩を過ごした。

 気を失ったフェーダを看病する為に。


 本来なら、夜道であろうとフェーダを乗せて馬車を走らせ、決して近くではないが最寄りの街へ赴き町医者を叩き起こし傷口を縫って貰うべきだった。

 だがマルテはフェーダが真っ当な職に就いていないと考えている。

 そんな人間が医者にかかれば、そこから官憲に通報され身柄を拘束される恐れがある。


 もし出血が止まらなければ、例えそうなってでも医者に診せよう――――

 そう覚悟はしていたものの、幸いにも骨に達するほどの深い傷口ではなく、暫くして血は止まり、体温の急激な低下も見られなかった為、城で様子を見る事にした。

 マルテ達が城内で寝泊まりするのを頑なに拒んでいた方のエデンが昨夜はいなかったから出来た判断でもある。


 倒れたフェーダを一階の空き部屋のベッドで寝かせ、"姫君"に清潔な布を持ってくるよう指示し、自分は水を用意。

 怪我人の治療など殆ど経験はなかったが、取り敢えず上腕を強く縛って止血し、見よう見まねで傷口を洗い、清潔な布を巻いた。


 深刻な状態になるほどの出血量でもなかったらしく、呼吸も安定している。

 それでも倒れた直後のフェーダの顔色はかなり悪く、簡単な怪我ではない事を物語っていた。


 本来なら暖を取れる部屋であれば尚よかったのだが、この城に暖炉はない。

 仕方なく、他の空き部屋のベッドシーツをかき集め、毛布代わりにして対応するしかなかった。


 そう進言したのは姫君。

 彼女はマルテと共にフェーダの看病を一時間ほど行ったのち、滞在を許可した上で自室へと戻っていった。


 曰く――――


『君にそんな度胸はないだろうから構わないよ』


 実際、少し前にその心当たりがあった為、反論など出来る筈もなく。

 フェーダの荒かった寝息が深く静かになった頃合い、気付けばいつの間にか床の上で眠りに就いていた。


「ん……」 


 寝ぼけ眼で、ベッドで眠るフェーダの姿を確認する。


 呼吸、異常なし。

 体温、やや高い。

 顔色、やや紅潮。


 少し深い怪我を負った翌日であれば、妥当な経過と言える。


 取り敢えず安堵したところで、マルテは全身に極度の疲労感を覚え、思わず顔をしかめた。


 硬い床で眠った影響で、身体が休まっていない。

 右半身に薄い痛みもある。

 やむを得ないとはいえ、起きたばかりでこの体調だと気分が滅入ってしまう。


 今日は余り良い一日にはならない。

 その予感が――――



「そのままの体勢でいないとダメ。動いたら首が落ちる」



 ――――した刹那、現実となった。


 背中に冷たい何かの感触。

 そして、まるで棒読みのように抑揚のない低い女声で、真後ろからの脅し。

 どちらのエデンでもない、聞き覚えのない声だった。


「え、えっと……」


「勝手に喋っちゃダメ。聞いたら答えて」


 まるで子供がイタズラしているかのような物言い。

 実際、街中で同じ事をされていたらマルテはそう判断していただろう。


 だがここは山奥にひっそり佇む城。

 近所の子供がフラッと立ち入るような場所ではない。


「なんでお前、ここにいる?」


「それは……このお城で探し物をしているからだよ。お城の持ち主から許可は得てる」


「でもここで寝泊まりして良いっては言われてなくない?」


 その問いが――――マルテに背後の人物像を固めさせた。


「もしかして、エデンさんのお手伝いさん?」


「え、なんでわかった?」


「いや、他に心当たりないだけなんだけど……えっと、昨夜はちょっと怪我人が出ちゃって、それで看病してたんだ。怪我した人はそこのベッドで寝てるよ」


「そっか。じゃ確認する」


 相変わらず無気力なその声を残し、暫し沈黙が続く。

 だがその場に留まっている訳ではなく、足音を立てずに移動していたようで――――マルテの真横にあるベッドに彼女の姿が現れた。


 妙に優雅で幾重にもフリルが付いたスカートから覗く脚はマルテよりも細く、遥かに白い。

 程なくして見えた横顔はエデンより更に幼く、クセッ毛が絡まるかのように耳を覆っている。


 全身が華奢で、身長はマルテよりも小さい。

 にも拘らず――――その右手には見るからに鋭利な円月輪を持っていた。


「……え?」


 マルテはその円月輪に、明らかな既視感を抱いていた。

 彼女が持っている物よりは随分と小さかったが、同じ得物を持っている人物を知っている。

 マルテにとってその人は――――誰より大切な女の子だった。


「あ、コイツ知ってる。なんでコイツここで寝てるん?」

 

「いやその……え? 知ってるの?」


「コイツ、教会の下僕。アンフィールド教会で何度か見た」


「教会……って、それ本当?」


「お前に嘘言って何になる」


 正論を返され、マルテは心ならずも絶句した。

 それでなくても、唐突に情報が錯綜し整理が追いつかない。


 この少女がエデンの言っていた"雇っているお手伝いさん"なのは確実。

 だが、そもそもこの近くに人が住むような集落はない。


 何より彼女はフェーダを教会で見たと言っている。

 村娘が教会に足を運ぶ事自体はあるが、通常それは街の教会。

 この聖地で最も偉い総大司教がいるアンフィールド教会にまで足を運ぶ事はまずない。


 そして、マルテにとって大切な人――――フレア=カーディナリスも所持している円月輪という武器は通常、『暗器』という暗殺者などが使用する得物として知られている。


「君は一体……」


「リリルラ! ここにいたんですか! 今日はプリアジャムを調達してくる約束――――」


 今度は聞き覚えのある声。

 眉と目を同じ角度で吊り上げ、怒鳴り込んできたのは――――マルテが良く知っている方のエデンだった。


「……マルテ君? え? なんでこんな朝早くに……」


「エレ……エデン様。こいつ昨日ここに泊ったって」


「……えええええええええ!? 私知らない内に恋人じゃない男性を家に泊める不埒な女にされたんですか!?」


 その後暫く発狂し続けたエデンに事情を説明するまでに、マルテは一時間弱を要してしまうのだった――――





「見つかってしまったのなら仕方ありません。私のお城で侍女をやってるリリルラです」


 どうにか落ち着きを取り戻したエデンは、場を食堂へと移し、自分の隣の席に座る少女をそう紹介した。

 長机には相変わらず多数のジャムの瓶が置いてあるが、今回はその殆どが飾りと化しており、主役のプリアジャムがエデンの正面で燦然と輝きを放っている。

 単に瓶が金色というだけだが。


「リリルラ。この人はマルテ。私の客人なので丁重に御挨拶なさい」


「わかった」


「……なんかナメられてない?」


「そんな訳ありません。城主が配下の者に軽んじられる理由なんてありません」


「うける」


「なんかウケてるらしいけど」


「彼女は多感な年齢なので感受性豊かなんですよ。ほら、御挨拶」


「リリルラ。これの世話してる」


「……ナメられてるよね? なんだったら下に見られてるよね?」


 ジト目で問うマルテに対し、エデンは終始そっぽを向いていた。

 流石に自覚はあるらしい。

 そして同時に、エデンがリリルラを紹介したがらなかった理由をマルテはなんとなく感じ取っていた。


「仕事内容は掃除洗濯ジャムの調達に話し相手その他諸々。掃除や洗濯の道具は毎日持参。ポンコツ城主は何も出来ないからリルが全部やる」


「リリルラ! なんて事言うんですか! 私はちゃんとやれば出来る子です!」


「ならせめて水汲みくらいやって。力仕事は苦手なんだから」


「私だって苦手なんです。そういう雑用は貴女のお仕事の範疇でしょう?」


「ぐー」


 不満の声らしいが、どちらかというと腹の虫の音に似ていた為、マルテはひたすらに脱力した。


 何故、今までこの侍女を目撃する機会が得られなかったのか――――その理由は単純明快だった。

 夜が明ける直前にやって来て、雑務をこなし、明け方に去る。

 それがリリルラの仕事らしい。


「前までは夜のランプの灯火もリルがやってた。今はフワボーがやってくれるけど」


「あの自律魔術、そんな事が出来るんだ……」


「自慢の子です」


 いつものように、今日も三種の自律魔術はエデンの傍にいる。

 心なしか、普段よりフワボーの火力が上がっているようにマルテには見えた。


「リリルラは最寄りの村に住んでいて、幾つも仕事を掛け持ちしてるんです。だからこの時間帯しか来られないんですよ」


「掛け持ち……?」


「貧乏暇なし」


 グッと拳を握るリリルラに悲壮感は微塵もない。

 自分の人生を何ら恥じる事なく生きている、そういう気概を感じさせる。

 マルテはその姿に感動さえ覚えた。


 尤も――――


「あれ嘘」


 朝食を続けるエデンと別れ廊下に出た直後、リリルラにそう断言されるまでの話だったが。



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本編『ロスト=ストーリーは斯く綴れり』および同一世界観の別作品『"αμαρτια" -アマルティア-』も掲載中です!
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