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13 露見

 ジャムという(エデン曰く)栄養価の高い食品が幾らあっても、人間は水分をしっかり補給しなければ生きてはいけない。

 その点、この城には石造の導水管が設置されていて、近場の給水場から配水されている為、水の確保は容易に行える。

 

 導水管から直接木造の樽に流れる仕組みになっていて、管には筒状の蓋が取り付けられている。

 蓋の中央には細い縄が付いていて、これを引っ張って引っこ抜く事で水が補給出来る。

 再び蓋をする際には、水が流れ出る給水口に押し込まなければならず、結構力が必要だ。


「エデンさんは自室で眠ってる。もう大丈夫」


 厨房で待っていたフェーダに濡れた手拭を渡し、マルテは一息つきながら扉付近の壁に背を預けた。

 意識が朦朧とした成年女性を部屋まで運び、介抱するというのは中々に骨が折れる。

 一通り終わる頃には、もう日が暮れていた。


 幸いにも自律する魔術達はエデンには近寄らず、エントランスで待機している為、余計な気は使わずに済んだが――――


「あれだけエデンさんの傍から離れなかったのに、どうして今回は……まるで聞き分けの良い子供みたいだ」


 謎は深まるばかり。

 この城に来て三日、マルテの頭の中は城の調査とは違う情報だけで飽和状態になっていた。


「フェーダは、自律魔術……だっけ、詳しいんだよね? 理由とかわかる?」


「いや。残念ながら、あれらは自分の扱う自律魔術とは根本的に異なるように感じる。説明は不可能だ」


「そっか……」


「それに、君が自分に聞きたいのはそれじゃないのだろう?」


 意外にもフェーダの方から話を振って来た事で、却ってマルテは顔をしかめる。

 その反応に対し、フェーダは真顔を変えないまま、一歩前に歩み寄ってきた。

 

「情報交換を提案する」


「情報……交換?」


「君も隠している事がある筈だ。それを確信した上で、自分は君が信頼できる人間だと判断した。協力体制を築きたい」


 その申し出、更には深々と頭を下げるフェーダの姿勢に、マルテは思わず我が目を疑った。

 何か隠していると看過された事よりも――――


「えっと……僕、信頼を勝ち取った実感ゼロなんだけど。何かしたっけ?」


「この三日間、君の人となりを見てきた。自分を疑いながらも、常に気を遣い自分に込み入った事を問わずにいてくれた姿勢には頭が下がる思いだ」


「いや、それは……どっちかって言うと僕の方もあんまり立ち入って欲しくなかっただけだし」


「だとしても、だ。それに、君には考古学者としての知識を期待できる。それを借りたい」


「……」


 マルテは既に何度も『見習い』だと強調している。

 フェーダも当然把握済みで、それでも尚力を借りたいと言っている。

 その事実を、マルテは頭の中で反芻した。


 自分の慕う研究者は、常に会話の中から情報を掘り当てようとする人間だった。

 その姿勢に憧れ、自分も身に付けようと今も努力を続けている。


 今、フェーダが何を考え、何を目指しているのか。

 マルテは深く集中し、まだ滑らかではない動作で思考の波を泳いだ。


 フェーダは幽霊調査を行う為にここへ来た。

 しかしそれは、真の目的ではないのかもしれない――――マルテはそう睨んでいた。

 調査は調査でも、別の事を調べているのではないか、と。


 先程の来訪者の苛立ちは、フェーダの調査が予定通りではない事を示している。

 そして、エデンの傍にいる自律する魔術と、彼の使う魔術には共通点がある。


 だとしたら――――


「もしかして……フェーダがここに来たのは、あの自律する魔術を調査する為なんじゃないの?」

 

 敢えて、それを口にする価値はある。

 マルテはそう判断した。


 既に情報交換を提案している、すなわち真相を話すと言っている相手に憶測で語る。

 無意味のように思えるが、実のところそうではない。


 もしその憶測が当たっていれば、情報の質が一気に変わる。

 交換条件を引き上げる事が出来る。

 加えて主導権も握れる。


 そうする事で、弱くても対等に戦える。


「どう……かな?」


 表情を変えずに――――という境地にはまだ達していない為、やや不安げに問う。

 フェーダの返答は、一瞬だった。


「半分正解だ」


 半分――――それはマルテにとって敗北を意味する言葉。

 一瞬顔をしかめ、瞑目し、ガックリと項垂れた。


「半分かあ……。それだと、あんまり意味ないね」


「いや、正直驚いた。受け身の人間だと思っていたが、まさかここで攻めに転じてくるとはな。今の指摘はリスクが伴う。それをわかっての事だろう」


 自律魔術がまともな魔術でない事は、魔術に疎いマルテであっても容易に理解できる。

 その使い手というだけならまだしも、このような城まで来て調査しているとなれば、真っ当な魔術士とは到底言い難い。


 マルテの指摘は、言うなれば『お前は怪しい奴だ』と言い放ったようなもの。

 当然、リスクは伴う。

 それでもマルテが敢えてそう踏み込んだのは、かつて自分の敬愛する二人から貰った言葉があったからだ。



『お前がお前自身を信じるのも、私達がお前を信じるのも、お前が私達を信じるのも、全部お前次第だ』



 全ては自分次第という、単なる言葉通りの意味だけではない。

 余りにも人として当たり前のこの事実を、隻腕で学も取り柄もなく人間扱いされないまま生きてきた自分に突きつけられた――――それが何より嬉しかった。


 そして同時に、自分次第という意味の重さを最近になってようやく理解できるようになっていた。

 信じる対象は人間だけではない。

 自分の行動、自分の考察、自分の決断――――それらを信じない事には、物事は前には動かない。 

 

 マルテの捨て身に近い質問は、確かにフェーダの心を動かした。


「確かに自分が自律魔術の可能性を考慮しここへ来たのも事実。だが自分の一番の目的は、この城そのものにある」


「城そのもの……?」


「自律魔術が生まれた城。興味を抱かない訳にはいくまい」


 彼の興味の対象が『自律魔術が生まれたプロセス』なのか、『自律魔術を生み出した環境』なのか、判定は容易ではない。

 マルテは言葉を待ったが、それ以上フェーダの口から語られる事はなかった。 


「次は君の番だ。君は何をしにこんな所まで?」


「……邪術を探す為、なんだ」


 魔術士の資格を持たないフェーダには隠す理由はない。

 それでもマルテは一瞬の躊躇を挟み、覚悟を決めてそう答えた。


 魔術国家デ・ラ・ペーニャがその存在を封印する禁忌の魔術――――邪術。

 アカデミーで教えられる魔術とは体系が大きく異なり、驚異的な威力を誇るものもあれば、通常では考えられない超常現象を引き起こすものもある。

 封印された理由も様々で、制御不能が困難だから、政治的利用されてしまうから……等、枚挙に暇がない。


「邪術……それで考古学者か。成程な」


 その調査を行っているというマルテに対するフェーダの反応は、至って冷静だった。


 邪術の多くは遺跡や廃教会など、デ・ラ・ペーニャの歴史を刻んだ建築物に封印されている。

 これらを調査する為には相応の知識が必要だ。


「つまり君は、自律魔術を邪術による産物と見なしている訳か」


「いや、ここに来るまではあんな魔術が存在する事さえ知らなかったよ。だからあれが邪術がどうかはわからないし、今はまだ邪術が本当に存在してるかどうかを見極める段階なんだよね」


「見極める方法があるのか?」


 邪術が存在するか否かを探る方法――――マルテはその有無に対し、首肯をもって返答した。

 そして、衣嚢から徐に木製の小箱を取り出す。


「それは……? 確か前にも一度見たが」


「マラカナンの研究所で開発された試作品なんだけど……シマトネリコを材料に作られた簡易的な魔力測定器。あ、シマトネリコっていうのは……」


「かつて魔具に使用されていた木材だろう。一応身内が研究者だから、それくらいは知っている」


「それは失敬。えっと、基本的には魔具の構造と似てて、この木箱の中に魔石が入ってるんだけど、体内の魔力じゃなく外部、例えば空気中の魔力なんかを測定できるようになってるんだって」


 魔術を使用するのに必要な魔具は、人間の体内に宿る魔力を引き付ける性質を持つように加工された魔石が構造上の中心を担う。

 それに対し、マルテの持つ測定器は空気中の魔力を引き付けるように加工された魔石を用いている。


「この箱の中に半日くらい空気を閉じ込めておいて、その空気から魔力を測定してみたんだ」


「成程。通常は空気中に魔力など存在していない。人間が宿す力だからな。だが……特定の空間において常に何らかの魔術が発動している場合は、魔力を含有する事もある、か」


 マルテは的確なフェーダの発言に感心しつつ、コクリと頷いた。


 現存する魔術の大半は攻撃魔術だが、中にはそれ以外の魔術も少ないながら存在する。

 例えば、魔力を用いて特定の空間を封印する『封術』。

 封術によって閉め出された空間は、その封術を解かない限り立ち入る事が出来ない。


 尤も、施錠に比べて大がかりな上に閉鎖・解除ともに魔術士がいなければ行えない不便さもあり、普及の目処は立っていない。


 ただし決して他者に触れさせてはならず、頻繁に取り出す必要がない物を厳封する場合には有効。

 実際、多くの邪術が封術によって管理されているという。


 邪術を封印する状況は二通りある。

 一つは、邪術のルーン配列を記した媒体を封印するケース。

 もう一つは、発動したままになっている邪術をその空間ごと封印するというケースだ。


 通常、魔術は長期にわたって発動し続けるということはない。

 だが邪術の場合、発動に使用する魔力が桁外れで、ルーンの文字数自体もとてつもない数なので、常識の範疇に収まらない。

 その為、発動範囲も場合によっては街一つ丸ごと――――といった場合もあり、それを封じる際にも封術が有効になってくる。


「城そのものに封術が施されているのか、それとも城の何処かで邪術が起動していて魔力が拡散しているのか……理由はわからないけど、このお城の中には魔力が漂ってる。勿論、エデンさんの傍にいる自律魔術達の影響がない場所で測定しての結果だよ」


「つまり、我々はとてつもなく禍々しい邪術が発動している中で生活している可能性もある訳か」


「それは多分大丈夫だと思うけど……そこまで不穏な雰囲気ないし、このお城」


「そうか? あの自律魔術達が存在している時点で十分不穏だと思うが?」


「フェーダ……?」


 決して怒気を含めるような内容ではない。

 にも拘らず、明らかな感情の昂ぶりをフェーダは露呈していた。


「いや……済まない。少しムキになっただけだ」


 その言葉が正しいか否かはさておき、フェーダの声は既に冷静さを取り戻していた。

 それだけに、より先程の反応が異質さを帯びるのだが――――マルテは記憶に留めるだけにしておき、追求を控えた。


「しかし、やはり君に協力を仰いで正解だった。魔力の有無を測れるとは思わなかった。有益な情報提供に感謝する」


 魔力測定器は対人の物なら珍しくないが、空気中の魔力を測定する道具は商品化されておらず、極めて稀有な物。

 フェーダの呟きは決して大げさではなかった。


「情報交換ついでに今朝の出来事に話を移すけど、あの時ここに来たのは本当に観光客だったの?」


「それは――――」


 答えようとフェーダが口を開いた刹那、厨房の扉が勢い良く開く。


「なんか騒々しいな。誰かいるのか?」


 聞き覚えのある声。

 聞き覚えのない口調。


 乱暴に扉を開いた人物は――――


「……君達、何者かな?」


 紛れもなく、この城の主を自認する女性、エデンその人だった。



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本編『ロスト=ストーリーは斯く綴れり』および同一世界観の別作品『"αμαρτια" -アマルティア-』も掲載中です!
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