12 来客
「フェーダ! もう起きたの? っていうか殆ど寝てないんじゃないの?」
「仕方がない。考古学専攻の君とは違って、調査には慣れていないのでな。浪費する時間の分、睡眠を犠牲にしなければ」
明らかに寝不足の顔で、フェーダは足取り重く近付いて来る。
瞼が痙攣しているのは、ストレスの証。
かなり参っている様子だった。
「それよりさっきの妙な指摘は何ですか? 私とマルテ君が仲良くなったとか……やめてください。マルテ君が誤解して私を襲っても事後承諾で許して貰えるとか思い込んだらどうするんですか」
「仮に仲良くなっても襲わないから! 勝手に憐れなモンスター生み出さないで!」
焦るマルテを、エデンは何処か楽しそうに口元を綻ばせながら横目で見ている。
山奥に一人暮らしの彼女にとって、マルテは格好の遊び相手らしい。
「社交性がない自分には羨ましい限りだ」
二人のやり取りを一通り見終えたフェーダは、訂正の必要なしと判断した。
「まあ、貴方には友達いそうにないですしね」
「エデンさん!? それは流石に失礼だよ!」
「では、いるのですか? 人をバルコニー憤怒女とか呼ぶ貴方に。友達が」
この場所の所為か、何気に根に持っていたからか、エデンは冗談とは思えない目付きで問う。
それに対するフェーダの回答は――――
「友達くらい一応……いる。仕事仲間だが……最近別の聖地から来た男で、自分と少し話し方が似ているから、交流し易かった。性格も少し近い。もし自分に何かあれば、彼が代わりを務める事になるだろう」
妙に具体的だった。
ある程度の具体性は真実味を増すが、多過ぎると逆に創作っぽく聞こえてしまう。
「そ、そうですか。私が間違っていましたね。城の主として正式に謝罪します」
結果、エデンが大人の対応を見せる事になってしまった。
だがフェーダにそれを気にする余裕はないらしく、フラフラした足取りでマルテの肩をガシッと掴み、やたら近い距離で顔を突き合わせる。
「マルテ。済まないが調査に協力してくれ。頼む。手伝ってくれ……」
「せ、切実だね」
「城内ばかりを探していたが、外壁も検査してみたい。墓石のように城主の名前を刻んでいる可能性もある」
「流石にそれは迷走し過ぎでは……」
思わずマルテがそうツッコんだ、その刹那――――
「……」
バルコニーから見える城の手前の景色に目を向けていたフェーダの表情が一変した。
疲労困憊だった筈の顔に生気が戻り、穏やかな目が狩人のように鋭さを増す。
顔の作りは変わっていないのに、まるで別人の印象を受けるほど様変わりした。
「フェーダ? どうしたの?」
「どうやら人が来たようだ。自分が対処しよう」
その返答に反応して、マルテも外に目を向ける。
だが、人影らしきものは風景の中に含まれていない。
「もう正面玄関のすぐ側まで来ている。死角に入ってここからでは見えないだろう」
マルテにそう告げつつ、フェーダはバルコニーから出て行く。
その主張自体に矛盾はないが、マルテには彼が妙に焦っているように映った。
「ちょっと何勝手に主ヅラしようとしてるんですか。客人ならこの私が対応します」
当然と言えば当然の主張をするエデンに対し、フェーダは複雑な表情で首を横へと振る。
「君が出て行けば、あの炎の球体達も付いてくるのだろう? 幽霊の噂が余計に広まるだけではないか?」
「確かに……これ以上噂が広まると、幽霊愛好家協同組合の人達が毎日押し寄せてくるかも」
「ななな何ですかその怪しさしかない組合は! わかりました。不本意ですがここはフェーダ君の顔を立てます」
マルテのフォローが効いたらしく、エデンは渋々ながら身を引いた。
それに安堵したような表情こそ見せなかったが、フェーダは一瞬マルテに『感謝する』と目配せをした。
何らかの事情でエデンを表に出したくないのは明らか。
そんなフェーダの真意がわからない以上、彼の意志を尊重するのは危険ではあったが、状況が掴めない中でエデンを外に出す方が更に危険とマルテは判断した。
「では行って来る」
最低限の言葉を残し、フェーダは城の外へと向かった。
そしてマルテは――――
「エデンさん。このお城で一番安全な場所に案内して」
最悪の状況を想定し、安全策を選んだ。
通常、城には必ず非常用の脱出口が用意されている。
王の私室や王座の間は城の最上階や最奥部、若しくはそれに近い場所にある為、そこから直ぐに城の外へ脱出出来る非常口があるのは至極当然の配慮だ。
考古学を専攻するマルテが、それを知らない筈がない。
「わかりました」
エデンは素直にそう答え――――
「ここです」
二人と三つの魔術は、息つく暇もなくそこへ到着した。
というか、最初からしていた。
「え? ここ……?」
「縄梯子を下ろしたら非常口の完成です。ここが一番安全ですよ。だって直ぐ外に逃げられますから」
「……本気で言ってる?」
「馬鹿にしないで下さい。冗談を言って良い時と悪い時の区別くらい付きますよ」
つまり――――ここには緊急避難用の脱出口が存在しない、と言っているようなものだ。
城としてそれは絶対にあり得ない。
「あっ。あそこに人がいます。ギリ見え――――」
「ちょっと待って! 一先ず隠れて!」
初対面時のようにバルコニーから身を乗り出そうとしたエデンの袖を掴み、かなり強引に右手で引っ張るマルテに対し――――
「す、すいません。つい……」
エデンは素直に謝罪を口にした。
自分で不適切な行動だという自覚はあったらしい。
「気になるのはわかるけど、こんな時こそ慎重にならないと」
「そうですね。コソコソみっともなく隠れながら様子を窺います」
「……うん。今更他の場所に移動しても仕方ないしね」
神妙な面持ちで緊張感を漂わせるエデンの後ろを、炎の球体のフワボーが落ち着かない様子でクルクル回る。
足下で整列する氷の弾雨メツブも、常にエデンの脚に捕まって震えている電鞭ヴァールも、エデンの感情を示すかのように落ち着きのない挙動を見せていた。
「いつまで掛かってるんだ! もう四日目だぞ!」
不意に、城の外から叫び声が聞こえてくる。
フェーダの声ではない為、先程攻撃して来た人間なのは明白だった。
そして、今の内容からするとフェーダの関係者である可能性が極めて高い。
「……あれ、声が聞こえなくなった」
「フェーダ君が喉を締め上げたんですかね?」
「そんな乱暴な……」
とはいえ、あのフェーダの様子だとあながちあり得ないとも言えない。
そもそも、先程の大声が何を意味しているのかもわからない。
「ここであれこれ想像していても埒が明きませんよ。随分荒ぶった野郎でしたけど、外見をそーっと見て最終判断しましょう。悪い顔してたら悪人で決定です」
「いやいや……外見で判断しちゃダメだよ」
「そうでもありませんよ。人間、ある程度生きてきたら生き様が人相に出るものです」
言い方は軽かったが、エデンの言葉には妙な説得力があった。
何にせよ視認は必須。
エデンの安全を考慮し、マルテが顔を出してみる事にした。
「……」
いきなり頭を打ち抜かれる事はないと思いつつも、若干強張った顔でバルコニーの壁からゆっくりと顔を出し、外の様子を窺ってみると――――
そこには、誰もいなかった。
「あれ……? なんで?」
「どうしました? マルテ君、もしかして外の二人がケンカして相打ちになって倒れていたりします? 私それを密かに期待しているんですけど」
「結構本気でフェーダの事嫌ってたんだ……いや、相打ちじゃないみたい。誰もいないよ」
「え?」
慌ててエデンも立ち上がり、外の景色を見下ろしてみるが、結果は同じ。
城の前方、城門なきその空間には人影が一切ない。
「行ってみましょう!」
「あ! エデンさん待って!」
流石に梯子を下ろす事はせず、エデンは一旦城内に入り階段を駆け下りていく。
が――――
「とっとっとっとっとっと……!」
「わーっ! 危ない危ない危ない!」
このような事態に遭遇する事が殆どなかった為、露骨に焦っていたエデンは階段を踏み外して転落する寸前だった――――が、奇跡的なバランスで最後まで耐え抜き、無事一階に降り立った。
「みみみ見ましたかマルテ君。私こう見えて運動神経まで抜群なんです」
「どう見てもマグレなんだけど!? 恐怖で震えてるよね!?」
マルテの指摘通り、怪我こそなかったもののエデンの脚はガクガク震えている。
慌てて追ってきたフワボー達も心配そうにエデンの周りをクルクル回っていた。
「どうした? 生まれたての子馬の形態模写か?」
「フェーダ!」
未だ顔面蒼白のエデンを尻目に、マルテはフェーダへとゆっくり近付いていく。
「……なんだったの?」
「この城を珍しがってやって来た、タチの悪い観光客だ。追い返したからもう心配はない」
「……」
当然、信じられる筈もない。
そして発言したフェーダもまた、マルテの訝しがる様子は想像していたらしく、そのマルテの肩に手を乗せ――――
「後で話す。その前にエデンを休ませてやれ」
「……うん」
その手をヒラヒラさせながら、厨房へと向かって歩いて行った。




