09 謎多きエデン
エデンの住むこの城には、城ならばあって当然の物が悉くない。
その中の一つが――――訓練所。
兵士が日頃修練を重ねる為、城内に訓練施設を設置するのは必然であり定石。
しかし城ではないのだから、その施設が存在しないのもまた必然。
けれど、訓練をする為の場所ではなく訓練をしている場所なら存在している。
「私の炎は活火山!」
魔術士として城の侵入者を迎え撃つという気概を持つエデンは、その為の力を蓄えるべく城から少し離れた場所にある空き地で魔術の特訓を行っていた。
彼女がここで訓練をするのは今に始まった事ではない。
毎日夕食のジャムを食した直後、運動も兼ねて魔術を綴っている。
魔力は生まれ持った量から変動する事はない為、魔術の訓練は基本、制御および精度の向上に特化される。
かつてオートルーリングが確立されていない時代は、手動でルーリングを行うのが当たり前だった為、編綴速度と精度が非常に重要視されていた。
だが現在はルーリングが自動的に処理される為、出力した魔術をどう制御するかが魔術士の腕の見せ所になっている。
魔術を放つ際には、その威力に比例した反作用力が"全身"にかかる。
魔術を放つ手や腕だけでなく、魔力の通う全身にだ。
その為、魔術士は魔術を放つ事で魔力を消費するというだけでなく、身体全体に負荷をかける事になる。
とはいえ、その負荷は決して大きくはない。
慣れれば、歩く際に足の裏に感じる負荷のように、殆ど意識さえしなくなる程度だ。
けれど、その負荷は全身一定の強さではなく、出力箇所――――通常なら利き手により大きくかかる。
その為、出力の際に手や腕の角度を固定できず、狙いを外す事がある。
特に移動しながら狙った所へ放つのは難しい。
「私の雷鳴は野獣の咆哮!」
特に魔術の出力とは何ら因果関係のない謎の叫び声と共に撃ち出されるエデンの魔術は、全速力で20秒は掛かるほど遠くに置いてある的めがけて寸分違わず飛んでいき、見事命中していた。
的の面積は決して大きくはなく、ほぼエデンの頭の大きさと同じ。
特に魔術防御を施している材質ではない為、的に直撃すれば破壊され、その度に取り付け直さなければならないが、それもまた体力の増強に繋がるというのがエデンの弁。
彼女は毎日、夕方から夜になる時間帯にこの訓練を重ねている。
その光景を、マルテはずっと彼女の遥か後方から眺めていた。
「私の炎は活火山! 活火山! 活火山! 活火山! かっかかっかっかかっかっ!」
ラストは炎の魔術の連発で締め。
巨大な的を無数の炎が捉え、やがて燃え尽くした。
「ふぅ……」
魔力は全て消費してしまうと、身体に強い負担がかかり極度の疲労に襲われる。
なので消費は最大で八割まで――――というのが定説だ。
エデンは的が全てなくなったところで訓練を止め、手拭で汗を吹いているのを確認し、マルテは駆け足で近付いて手拭いを投げ渡した。
「やっぱり私、天才ですね……今日も完璧でした。自分の技術に惚れ惚れします」
「いや、本当凄いよ。最後なんて火炎崇拝の民族が四百年以上前からやってるメラメラの儀式みたいだった」
「……もしかして馬鹿にしてます?」
考古学者のマルテにとっては最大級の褒め言葉だったが、エデンには全く伝わっていなかった。
「でも、エデンさんって思った以上にちゃんとした臨戦魔術士なんですね。フェーダと戦った時はそんな印象全然なかったけど」
「全然戦えない雑魚のマルテ君が何言ってるんでしょうね全く。いいですか? 幾ら野蛮な男ども相手でも、敵意を見せない相手に本気は出しません。淑女の常識です」
「その割に、僕達を敵って決めつけてたような……」
「乙女にはいろいろ複雑な事情があるんです」
若干キレ気味に論理を放棄しつつも、エデンは遠巻きに訓練を見続けていたマルテの方に向かおうとはせず、その場で膝に手を置き立ち尽くしていた。
魔術の連続行使による疲労、的替えの際の疲労。
エデンの訓練はそこまで厳しいものではないが、マルテの目から見てもかなり根を詰めているように見えた。
「そんなに消耗して大丈夫? 万が一夜に敵が来たら……」
「心配無用ですよ。消費魔力は五割に抑えてますから、侵入者を排除するくらい訳ありません」
「そうなんだ。でも結構魔術使ってたよね。エデンさんって魔力量多いの?」
「大した事ありませんよ。たった192スピルです」
魔術士として認められる最低数は128スピル。
才能ある魔術士としてスカウトされる基準はおよそ150スピル。
200スピルを越えるとエリート扱いされる。
エデンの192という数字はかなり優秀な部類だ。
「そっか」
だがマルテは400スピルを越える魔術士と130スピルしかない魔術士という両極端な二人を知っているため、192という数字にあまりピンと来ていなかった。
「……なんか釈然としません。目玉が飛び出るほど驚けとは言いませんけど、もっとこう……」
ジト目で睨まれた為、思わずマルテはそっぽを向いて空き地の周囲を眺めた。
特に何かがある訳でもない、緑の少ない荒れ地。
花見や遠足には向いていないが、魔術の訓練を行うには最適だ。
「エデンさんは……」
「なんですか。人に聞いといて素っ気ない返事するくらいなら、最初から質問はしないで下さいよ?」
「ゴメン。そんなつもりじゃなかったんだけど」
――――こんな所に一人で住んでいて平気なの?
そう聞こうとしたものの、不適切な質問だと悟り心の中に仕舞い込む。
彼女が望んで一人でいるとは限らない。
なら、聞くべきではない。
「指輪型の魔具じゃないんだね。今時珍しいんじゃない?」
魔術士であれば誰もが所有している魔具は、当然その生産数も多く、形状も豊富とされてきた。
しかし近年は指輪型が圧倒的多数を占めており、オートルーリング仕様の魔具を一刻も早く普及させたい事情もあって、その傾向は更に強まった。
現在は指輪以外の魔具を使用する魔術士は稀だが、エデンの手に指輪はない。
「魔具? 何ですかそれは」
「……へ?」
「あ……ああ! 魔具! 魔具ですねはいわかります私魔具わかります。勿論持ってますよ。何処に持ってるかは秘密ですけどね」
まるで魔具の存在自体を忘れていたかのような物言いに、マルテは思わずジト目で焦るエデンを見つめる。
魔術士が魔具を忘れるなど、剣士が剣を忘れるに等しく、どう考えてもあり得ない。
惚けているとしか考えられず、その理由を模索しようと――――
「仕方ないですね。ある事ない事言いふらされるのは嫌ですし、マルテ君には特別に教えてあげます。ここだけの話……私の魔具って古臭いんですよ。昔お城で拾ったのをずっと使ってるもので」
思案顔を作ったところで、拍子抜けするほどアッサリ答えが告げられた。
「え? だったらオートルーリング仕様じゃないの?」
「オートルーリングって何ですか?」
そう聞き返されるまで、マルテは彼女が山奥の城で一人暮らしをしている事を失念していた。
人里離れた場所で生活しているのだから、ここ数年の情報が全く入っていなくても不思議はない。
ただ――――
「……じゃあ、さっきの魔術って全部手書きで?」
「ルーリングの事ですか? 勿論手で書いてますよシュタタタタってホラ」
そう話しつつ、エデンはその場でルーンを空中に綴り始める。
すると、一差し指が気持ち悪いほど滑らかに動き、瞬きする間に20以上の文字が綴られていた。
、
「天才だ!」
「マジですか! 私やっぱりそうですか! 天才なのはわかっていましたが他人にそう言われるとなんて良い気分なんでしょう!」
ずっと一人だった為、エデンは他人に褒められた事が殆どなかったらしく、その目は輝いていた。
「ところで、古臭い魔具ってどんなの? 見せて貰って良い?」
「ダメです」
「えええ……」
一瞬で真顔になったエデンの返答はつれなかった。
「じゃ、じゃあ質問変えるけど……あの的ってさ、誰が調達してるの?」
「黙秘です」
さっきまでのテンションが嘘のように、完全拒否の姿勢。
余りに理不尽なその対応に、マルテは困惑を隠せず頭を抱えてしまった。
「そもそも私、未だにマルテ君から自己紹介をして貰っていないんですが。あのいけ好かない男が呼んでいるから名前は覚えましたけど……もしかして私があの男の自己紹介聞き流してたっていうのを間に受けて『どうせこいつちゃんと聞く気ないから別に良いか』とか思ってます?」
「あ! す、すみません。状況に流され過ぎて一番大事な事失念してたな……」
自分が距離を置かれていた理由をようやく悟り、慌てて姿勢を整え畏まる。
「マルテって言います。考古学者志望で、この国唯一のお城があるって聞いてここに来ました」
「あれ? 私の城を狙ってここに来た訳じゃないんですか?」
「いや、フェーダは知らないけど、僕にはそんな意図はないよ」
そう言いつつも、若干言葉を濁した感は否めない。
目的をはっきりと伝えるべきか否か――――それに関してはマルテの中に葛藤がある。
自分の目的は特に隠してはいない。
だが相手が魔術士となると、アランテス教の狂信者である可能性もあり、そうなるとマルテの目的は争いの火種になりかねない。
教会とは一定の距離を置いているギルドの所属なら兎も角、そうでない魔術士に正直に話すのは抵抗があり、結局ぼかす事にした。
「仲間ではないんですね。その割にやたら親しげですが。実は裏で仲良くしてるけど、余りそれを悟られたくない関係とか?」
「どういう関係を想定してるのさ……彼とは昨日知り合ったばかりだよ。昔だけど案内人のお仕事をやってたから人見知りはしないんだ」
「ふぅーん。道理で私にも妙にズケズケとモノを言ってくるワケですね」
「不快でしたら敬語使いますけど」
「構いませんよ。私は城主の器を持つ女。言葉遣い程度で目くじら立てるほど小さくないんです」
だったらジャムを見せるだけのあの歓迎会はなんだったんだ――――と喉元まで出かかった批難の声を強引に引っ込め、マルテは笑顔で頷いた。
城内の調査を行うのに、エデンの機嫌を損ねるのは不利益でしかない。
どちらかというと直情的な性格のマルテは、かなり強引に自分の行動を制御していた。
「それに……少し新鮮ですし」
「え? 何が?」
「何でもありません。それより、私はもうお城に戻るので的の破片を片付けておいて下さい。見学料の代わりです」
「了解」
生育歴。
そして現在。
全てが謎に包まれた、エデンと名乗る女性魔術士の背中を眺めながら、マルテは何故か彼女に親近感のような感情を抱いていた。




