8.悪役令嬢の設定じゃない、主人公 セレナ・ブラント公爵令嬢
『悪役令嬢でも自力で幸せになります』
これは、私が愛読していた異世界転生小説で。セレナが主人公で物語が展開していく。
でもここは、それと同時に『時空を超えた月影の聖女』 の世界でもある。
そこでは、聖女である私が主人公でゲームが展開していく。
そして今は、これが異世界転生の世界だと分かっているセレナと私がいて、どういう展開になっていくのか探り合いをしているってとこだ。
とにかく、ややこしい。
それに、セレナは私がゲームの世界であり異世界小説の世界あるということに気が付いていることは知らない。
( それにしても・・・超綺麗だ セレナちゃん )
腰まであるクルクルウェーブのピンクの髪にエメラルグリーンの大きくつり目、その他のパーツもくっきりした美人だ。公爵令嬢としての気品と将来の王太子妃としての風格も備わっている。
「 あなたは・・・ (黒髪・黒い瞳、この子聖女様だわ) 」
ヤーコブのせいで会話していたセレナとハノ司教の2人の前に飛び出してしまった私は、作り笑顔を張り付けて彼女らに会釈する。驚いているセレナだけど、考えていることを見れば彼女がここに来た目的の一つが私なんだと分かる。
「 セレナ様、こちらが聖女の睦月姫様です (なんでこんなところにいるんだ?) 聖女様 こちらは、王太子の婚約者、次期王太子妃であられるセレナ・ブラント公爵令嬢です 」
さすがハノ司教。思っていることを全く顔に出すことなく、優しい笑みを浮かべたままセレナに私を紹介した。でも、もちろんその語意には棘を混ぜ込ませてある。
「 は、初めまして。睦月姫です 」
次期王太子妃と説明するハノ司教は、“お前から先に挨拶しろよ”という意味を含んでいるんだろう。セレナに対して、深々とお辞儀して挨拶をしておいた。日本人的なこのお辞儀を見たらセレナはどう思うんだろう?なんて考えちゃうけど。
「 聖女様、セレナとお呼びください。 (姫ちゃんって言うんだ。可愛い) 」
セレナはお辞儀については何も思わなかったけど、私に対しては興味津々だ。私が思うに、この状況はセレナが知っていて私が知らないという、なにかしらのイベントだったんじゃないかと気が付いた。エドガーに無理やり連れて来られたから気にならなかったけど、今日でこの物語の登場人物全員に会った。たぶんこれもイベントの1つだったのかもしれない。
「 聖女様? 」
自分が気付かないうちにイベントが発動している事実に思考をフリーズしていた私をセレナが心配そうに見つめている。
「 いえ、なんでもありません 」
笑って誤魔化す私にセレナは悪役令嬢なんかじゃない本物主人公の笑顔で返してくる。笑顔が眩しすぎる。そんな私たちを見つめる視線が・・・
( こんなところまで、何をしに来た?)
それは、セレナのと並んでいるハノ司教で、彼の纏う空気がそう言っていた。いつものように人が腹の中で思っていることが見えるのだが、今日はちょっと違うものが見える。それは、
セレナと並んでいるハノ司教、その後セレナがヤーコブに何か言って彼から離れた。去りゆく彼女の背を切なげに見ている…そんな映像が一瞬で倍速再生されるのが見えた。
え?なに? 幻覚が見えてる私。
「 どうしたの? 覗きバレちゃったって気にしている? 」
呆然とする私に、ヤーコブが心配して私の顔を除き込んでくる。すぐ横にいる彼からも、
( 聖女ちゃん、面白い お顔七変化だ )
彼の頭の中ではそんな事を思っているだろう空気を感じる。
そして、ヤーコブの方も
『 ヤーコブ様。 聖女様に失礼ですよ 』
セレナが彼に向けて小言を言いながら近付いてくる。今度はヤーコブ目線のカットで映像が流れる。セレナに小言を言われるヤーコブはなんだか嬉しそうな顔していて、幼い子供のように言い返し微笑ましい痴話喧嘩が始まる。というのが後に続いていた。
どうなっているの?これ?
今、まだ私はセレナとほほ笑み合っている状態で、さっき見えたそれぞれの映像はまだ現実に起こっていない。スローモーションのようにヤーコブの方に目線を戻せば、
「 ヤーコブ様。 聖女様に失礼ですよ 」
さっき頭の中で流れたことがデジャビュのように再生し始めた。ナニコレ?
「 聖女様、ここにいらっしゃったのですか? お探ししました 」
セレナがヤーコブに歩み寄り、さっきの映像はあの見たままが現在進行形で動いている。でも、いつの間にかエドガーが急に現れて、その光景をさえぎる様に目の前に立つ。
「 エド? 」
「 はい。姫様 お待たせしました 」
相変わらず空気が読めないエドガーの顔を見上げれば、私の心を読んで見えているのかいつも以上に笑んでいた。それも楽しそうに・・・