7.攻略対象・主人公、揃いました それで私は・・・
「 鬼~ 」
「 声に出てますよ それに『鬼』ってなんですか?」
教皇院のよく掃除の行き渡った回廊を、エドガーに背中をグイグイ押されながら歩かされていた。確かにそうだ。『鬼』っていうのはこの世界にはないか。ここは『悪魔』っていう方が正しい。
「 悪魔はここには来れません。ここ教会ですからね 」
聖女の背中を押すという無礼を働きながら、そこ突っ込むところかい?私は顔だけ後ろに向けて彼を睨む。でも、そうしても彼はいつもより楽しそうだ。目がそう言っている。彼の空気は読めないけど、普段は鉄仮面のようにあまり表出しないのに私の前でこんなに感情を緩め切っていれば普通にみてもわかる。
「 さあさあ、あなたの言う『イベント』というものが始まりますよ。楽しみですね 」
「 楽しくないわ 」
もう聖女様の気品や建て前なんか構っちゃいれない。初めて連れて来られた教皇院の奥の豪華な扉の向こう、いつかのデジャビュのように『聖女様がお入りになります』という叫び声と一緒に恐ろしい光景が広がっていた。
「 聖女様、お席にご案内します 」
クソだ。エドガーはあの鉄の表情を顔に張り付けて私の手を取りエスコートして、私の席だという上座の左手に一つだけ開いている席に案内した。眉を顰めて他に分からないように睨む。
「 聖女殿、こちらへ 」
張りがあるバリトンボイスが部屋に響く。そちらを見れば上座にいる人は、あの玉座でお見掛けした神々しいお顔のヒーローの王太子 カルロス・アクイラだった。
( うッッ )
カルロスのキラキラ王子ビームに遣られて倒れそうになったが、エスコートするエドガーが手に力を入れて助けてくれたのでなんとか正気を保てていた。顔に無理やり笑みを浮かべて会釈し歩みを進めていると、王太子以外は起立して私の入場を待ってくれていた。席までの道中に宰相補佐官 コルネール・キルヒマンと司教 ハノ・ボルツマンの横を通り過ぎ、そのたび笑顔+会釈を繰り返す。王太子の御蔭かお2人ともに静かな笑みを私に返してはくれる。
席まで来るとエドガーは椅子を引いて座らせてくれ、それを合図に王太子以外が一礼し着座する。目線を上げ王太子の方へ視線を向けると、優しくほほ笑む王太子と目が合う。
( やばい )
さすがに男主人公だ。その笑みには凄まじい破壊力がある。一瞬にして私の心拍数は100以上に上昇しただろう。心臓が痛い。視線を右に反らすと、そこには眉根を寄せて難しい顔をする騎士が私を見つめていた。いつでもどこでも王太子のそばに仕えているということは・・・この人が、チャールズ・ローヴァインだろう。山のように大きな体躯。真っ赤なトゲトゲに立ち上がる短髪に、オレンジ色の猫みたいな目をして怖いほど睨むので、逃げるようにもっともっと右の方に視線を向ける。
( こっちは )
ちょうど正面には黒いローブに身を包む少年が座っている。細くウエーブがかかった紫色の髪にピンクの瞳、色白の彼は・・・魔導士 ヤーコプ・エッケナーだ。小説を読む前に挿絵を全部見る私。だから、こうして勢揃いした登場人物のことは名前も経歴も性格も説明書きに記載されているものなら暗記できている。(この記憶力を受験に活かせたら浪人しなかったのにね)
「 それでは、今回は聖女様にご臨席いただき議会を開催しようか 」
王太子カルロスの宣言で議会・・・まあ、合同の近況説明会が始まった。内容は、ルシャーナ王国近郊で起こっている魔物出現による被害状況や天災・人災の報告と対処案の報告など、聖女(私)の現在の状況・今後の展望など、多岐にわたって話し合われた。会議の間、私は一言も発しないで、授業中に当てらないように息を顰める生徒のようにビクビクしていた。
「 今日はここまでにしよう 」
そして、王太子カルロスの閉会宣言でこの会は無事に終幕した。形だけの議会だとしても概ね王太子の知りたかった内容は網羅されたようだ。終始ご機嫌な様子だった。彼の纏う空気からは『有意義だったな』と言っているからだ。時々私に向けられる視線もある程度は好意的なものだと感じた。ただ、その王太子の視線の先を追いかける背後の山男の威圧的な視線は、胃が痛くなるほど敵意を感じてしまう。私何かしましたっけ?
とりあえず、覚えていることだけでも・・・人物相関図を頭の中で構成してみた。王太子カルロスと悪役令嬢セレナは幼い頃から婚約者だ。乙女ゲーム設定ではセレナがグイグイとカルロスにアプローチし過ぎて破滅するけど、小説ではセレナが距離を取り過ぎてカルロスのほうがグイグイ気味に傾いているところだろう。背後の山男騎士はセレナの親戚でもあり幼馴染で、ゲームではあまりの悪役ぶりに見放すが小説ではセレナをひそかに恋心を抱きながらも幼馴染として王太子との仲を取り持っていた。宰相補佐官コルネールも大体同じ路線だ。ハノ司教はどっちでもセレナに興味ない素振りをみせつつ、ゲームではツンツンで小説ではデレデレに変わる。もともと変態気質でもあるんだろう。最後魔導士ヤーコブは・・・あんまり記憶がない。とりあえずゲームだとショタコンで小説だと年下彼氏系になるのか?
私は聖女として多くを語らず静かにしておき、議会終了後みんなが退席するタイミングを見計らい、目立たないように誰に呼び止められず部屋を出ることに成功した。忙しそうに雑用をこなしていたエドガーなんか待ってはない。
「 ・・・ありがとうございます 」
「 いえ、いきなり訪問してしまって、すみませんでした 」
やっぱり、エドガーを待っていればよかった。
今、とても後悔している。背の高さまでの生垣に隠れて息を顰めたのは今からちょっと前のこと。あの議会の部屋を出てから、来た道をちゃんと戻っていたつもりだったのに迷った。そしたら、何か奥の奥地まで来てしまって、誰かに道を尋ねようとして人影を追ってここまで来たら、その子がなんと主人公の悪役令嬢セレナだ。それにその横にはもう一つの人影が見えて、それがハノ司教だったからあわてて生垣に隠れて今の状況に至る。
ぼそぼそ話すハノ司教の言葉はあんまり聞こえないけど、高くて張りのあるセレナ声はしっかり聞こえた。セレナは何かをするためにこんな奥まで訪ねてきたみたいだ。ちょっと遠いけど、声よりも空気でハノ司教がセレナとの会話でほっこりと心暖かくなっているのが分かる。もう少し近くならば、感覚が言語化してもっと見えてくるのだけど。
「 聖女ちゃん こんなとこで何してるの? 覗き? 」
前方に集中していた私は不覚にも背後に注意するのを怠っていたのに気づけなかった。いきなり、同じくらいの背長けの人物に肩を抱かれる。
「 ええええ 」
左に顔を向ければ同じ目線で初めて見るピンクの大きな瞳がクルリと動く。そして、紫のふわふわの髪が目の前で揺れて頬に触れてくるから、驚き叫んで前のめりで前方に飛び出してしまった。前にはセレナとハノ司教が、そして振り返って見れば口に手をあてて笑いをこらえるヤーコブがいた。
お読みいただきありがとうございました。
昨日更新してなかったみたい 忘れてました