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後編

   

 竜宮城での歓待が一ヶ月ほど続いた後、青年は、傍らに寄り添う乙姫に告げた。

「そろそろ地球へ帰ろうかと思うのですが……」

「ええ、どうぞ」

 青年の目に映る乙姫の笑顔は、帰星の決意を吹き飛ばすほど魅力的だったが、それでも彼は思うのだった。

 ここで自堕落な生活を続けるのは良くない、と。地球の代表として観察されている以上、そのような『良くない』態度を見せるのは、地球全体の危機に繋がるのではないか、と。

「では、おみやげとして、これをお持ち帰りください」

「……玉手箱ですか」

 青年は苦笑いする。

 乙姫の『おみやげ』は、弁当箱くらいの大きさの、黒い木箱だった。簡単に開くことのないよう、紐で縛られている。

 その見た目から、改めて浦島太郎の昔話を連想したのだ。

「絶対に開けてはいけない、ってやつでしょう?」

「あら、違いますわ。確かに、帰るまでに開けられたら困りますけど……。でも地球に着いたら、どうぞ開けてください。むしろ、中身が必要になるはずですわ」


 帰りの宇宙船は青年一人であり、同乗者の海亀はいなかった。

 自動操縦をセットしておいたので、元の海岸に辿り着くという。

「では、また、お会いしましょう」

 別れ際の乙姫の言葉は再会を示唆しており、おおいに青年を喜ばせた。彼は笑顔で、宇宙船に乗り込んで……。

 扉が閉じて数分も経たないうちに、合図のブザーが鳴る。地球に帰り着いたのだ。

「はてさて、一ヶ月も留守にしたから、帰ったらまずは部屋の掃除か……」

 日常の世界へ戻るつもりで、そう呟きながら、青年は宇宙船の外へ。

 ところが、青年を待っていたのは『日常』ではなかった。

 目の前に広がるのは、すっかり荒れ果てた大地だった。遠浅だった海岸には、一滴の海の水も見えない。

 建物や橋などの人工物は完全に姿を消しているが、左右の山々の形には見覚えがあり、出発地点と同じ場所であることは間違いなかった。

「なんだよ、これ。いったい地球は、どうなっちまったんだ?」

 その瞬間、青年は思い出した。SF小説で読んだ、ウラシマ効果という概念を。

 原理そのものはSFではなく、現実的な相対性理論だったはず。光速で移動している間は時間が進まないため、宇宙旅行から戻ると地球では、体感時間とは比較にならないほど膨大な時間が過ぎているという。

「じゃあ一ヶ月じゃなく、何年も何十年も、いや、ひょっとしたら何百年も経っちまったのか……?」

 唖然とした青年は、おみやげの玉手箱を落としてしまう。

 その拍子に紐が解けて、蓋が開き、もうもうと煙が立ちのぼる。だが昔話の浦島太郎とは異なり、青年が老人になることはなかった。煙は風に乗って、ただ広がっていくのだった。


   


「あの人、大丈夫でしょうか? ちゃんと地球の再生、始めてるでしょうか?」

「帰るまで箱を開けては駄目と言っておきましたからね。もしも言いつけを守らないのであれば、それは自己責任ですよ」

 もはや『海亀』と『乙姫』ではなく、二人とも本来の姿。黒いガス状の不定形生物だった。

 彼らの種族は『宇宙の守護者』を自称している。今回、二人が担当したのは、地球という惑星に巨大隕石が衝突する事件。衝突そのものの衝撃だけでなく、それが引き起こす大気汚染により、地球上の生物がほぼ絶滅する、という予測だった。

 彼らの科学力ならば、事件を未然に防ぐことも可能だ。だが、それは過干渉に相当するので、禁止されている。『宇宙の守護者』の役割としては、隕石衝突の時期に、地球人一人を代表として保護。代表者を観察して、地球人は救うに値すると判断した場合、環境再生用のアイテムを持たせることだった。煙として可視化されるほど大量に、浮遊性ナノマシンが詰まった『玉手箱』だ。

「あの人は、この星でしばらく過ごしましたからね。この星の大気を吸って、長命因子を取り込んで、十分に寿命が長くなっているはずです。だから再生作業の時間はたっぷりありますし、その間に、なんとか生存者を見つけられれば……」

「ええ。あの人が現地の生存者たちと接触さえすれば、長命因子も感染するでしょう。そうすれば地球人という種族も、また少しずつ増えていくはずですわ」

 だから地球は大丈夫だろう。『乙姫』はそう考えて、部下の『海亀』に告げるのだった。

「さあ、では、次の案件に取り掛かりましょう。今度の惑星は……」




(「SF浦島太郎」完)

   

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― 新着の感想 ―
[良い点] 浦島太郎ネタのSFとして、少し捻りを入れた良作だと思います。 主人公も、いわゆる全うに生きている人を感じさせて好感が持てました。 [気になる点] シンプルかつ、テンポを殺すことになる可能…
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