少女一人
いよいよ話が動き出します
いつの間にか、チンピラ達の前に一人の少女が立っていた。
フードを頭からすっぽり被っており顔は見えないが、フードの隙間から見える整った顎と愛らしい唇、短いスカートの下から覗く健康的な素足や、フードを押し上げる平均値以上の胸のサイズからかなりの美少女ではないかと推測できた。
「大勢で寄ってたかって弱い者をいたぶるなど、大人のすることですか」
少女は凛とした声で言った。
チンピラのリーダーはニヤニヤしながら少女をなめ回すように見ると、腰から伸びた刀の鞘を見つけた。
こいつも異界人だ。
新たな獲物の登場に、チンピラのリーダーは内心ほくそ笑んだ。
「おいおい勘違いしてもらっちゃ困るぜ。俺たちはこの坊やにこの世界の生き方を教えてやっていただけだぜ~。」
「教える……ですか?」
フードで表情は分らないが、少女は声のトーンを変える事無く静かに言った。
「そうだぜ、俺たちと出会わなければこの坊やは今頃、どこかでモンスターの餌食になっていたかもしれないんだぜ、だから来た早々俺たちに会えてこの坊主はラッキーなんだ、授業料代わりに酒をおごるなんて安いもんなんだ」
「そうですか、では私にも教えていただけますか?その生き方を」
「いいぜ、じゃあまずそのフードを取って……」
顔を見ようとフードに手を伸ばそうとした時、
ガシッ!、
突然、横から伸びた手に手首を摑まれた。
「まったくこの世界は、こんな奴ばかりだな」
セージはため息交じりに、左手でチンピラの手首をつかみながら言った。
「てめえ!、邪魔してんじゃねえよ!」
突然邪魔をされたチンピラリーダーは、こみ上げた怒りのままセージに殴りかかろうとする……が。
瞬間!、
男の体が宙を舞った。セージが男の体を左手一本で放り投げたのである。空中で功を描いた男は受け身も取れず正面のテーブルに激突した。
「やろう!」「何しやがる!」
残りのチンピラ達がセージを取り囲む。正面の男が襲い掛かる体制をとるが、セージは動じる事もなく、後ろから襲い掛かって来た男の攻撃をヒラリとかわし、そのまま足を引っかけると男はバランスを崩し倒れた。
「何だこいつ!」「タダ物じゃねえ!」
対異界人専用のセオリーが通じないと途端に動揺が走り、あとはナイフを抜き思い思いに攻撃してくるタダのチンピラ化したが、セージは刀を抜くこともなく、攻撃を払いのけ、一人また一人と倒していく。
少女は静かにその戦いを見つめていた……。
いつの間にか周りには野次馬が集まり、勝手な声援が飛んでいた。
「くそう!こうなったら!」
最後に残った大男が、セージでは無くフードの少女に襲いかかった。人質にするかさらって逃げるか、何も考えていない。ただ、弱そうだったというだけの事だった。
大男の手が少女に伸びる!。
「ちい!」
セージはやむを得ず腰の刀に手をかける。だが大男の手が少女に触れようとした次の瞬間!。
少女はクルリと右足を軸に身を翻し男をかわすと、流れる様に刀を抜き去り、その勢いのまま刀の柄を大男の側頭部に叩きつけた。
ゴッツ!
すごい音がして大男は崩れるように倒れた。
オオオオオオ!
野次馬から歓声が上がる。
チンピラ達は全滅した。
だがセージは刀の柄に手を添えたまま少女から目をそらせずにいた。少女も刀を納めずにセージの方を見ている。
少女からピリピリとした緊張が伝わってくる。
目を少しでも逸らせば、一瞬で殺される様な、そんなプレッシャーである。
瞬間!少女が動く!。
一瞬にして間合いを詰めセージに切り掛かる。セージは刀を抜き少女の刀を受ける。
攻撃を受けられた少女は、ひらりと舞い、そのまま二撃目を放つ、二撃目を凌いだセージは後ろに二歩下がると間合いを取って今度は少女に打ち込む。少女は攻撃を受け流すと、再びセージに打ち込む。
キーン、キーン、静まり返った広場に二人の刀が交差する音が響く、お互い少しでも逸れれば致命傷にもなりかねない一撃を受け合いながら刃を交え合う二人は、先ほどまで騒いでいた野次馬達でさえ、息をのむほどの迫力であり、洗練された剣舞であった。
だがセージは討ち合いながら、何か別の感情が沸いていた。
―――この剣筋……知ってる!?―――
キンッ!
刀を合わせたまま広場の中央で二人の動きが止まる。
オオオオオオッツ!!
周囲から物凄い歓声が上がった。だがセージには聞こえない。渦巻く疑問は確信へと変わっていた。
「お前……、まさか……」
セージがゆっくりと言葉を選ぶ、
「時々右手を忘れますが、まあ腕は鈍ってはいないようですね」
少女はクスリと笑うと、フードの首ひもを緩めた。
フワッっと風が吹き、少女のフードを空に舞いあげた。
オオオオオオ~!!
今度は周囲から別の意味の歓声が上がった。
フードの下から出てきたのは、流れるような艶やかな黒髪、整った顔に桜の花びらのようなかわいい唇、着物風の衣装を身にまとった、見た目15・6の美少女がそこにいた。
だがセージは彼女を知っていた。
「し……、静なのか?」
セージは5年前に死んだ妻の名を呼んだ。
「はいっ、今度は意外と早く会えましたね、誠司さん」
少女はにっこりとほほ笑んだ。