そこは森の中
それはこことは違う異世界……。
深い森の中、突然光の柱が現れた。それは地面から突き上げる様に一気に天まで伸び、しばらく薄暗い森を明るく照らしたかと思うと、スッと消えた。
光の柱が消え静寂の戻った森の中に、そこには一人の少年が倒れていた。
まるで光の柱が運んできたように少年はそこに突然現れていた。
大きく両手を大の字に広げ気を失っている少年は見た目は15.6くらい、日本人らしい黒髪と着物のような朱色のジャケットを着ていた。そして右手には物々しい一振りの刀が握られていた。
「どうです?時間ピッタリでしょ」
「本当にこいつで間違いないのか?」
人などめったに来ない深い森に不釣り合いな少女の声がする。少年はうっすらと目を開けて周囲を確認すると、そこには少女が2人立っていた。
一人はニコニコと愛らしい笑みを浮かべた美しい金髪の少女、年は17.8くらい青と白の清楚な神官服の様な衣装を着てはいるが、その上からでも分かる大きな胸と抜群のスタイルで男ならだれでも魅了されそうだった。
もう一人は銀髪の不遜な態度の少女、年は11.2歳くらいだが、大きな三角帽に黒いマント、右手に木の杖を持ちまるでハロウィンの魔女の様だった。
一応美少女という共通点を除けば身長も背格好も対照的な2人だが、この深い森の中でまるで少年が現れるのを待ち構えていた様にそこに居た少女達に、少年はやや警戒しつつ上半身を起こした。
まだ頭が重く、記憶がはっきりしない。
そんな少年に事のあらましを説明すべく、とんがり帽子の方の少女が一歩前へ出た。
そしておもむろにマントを翻し、大げさなアクションと中二病ポーズをビッシッと決め、少年に言い放った!
「わが召喚に応じよくぞ出でた異世界からの来訪者よ!我が名は大魔導士ファウナ!おまえ伝説の邪悪竜の生まれ変わり!さあ我と契約しこの世のすべてをてにいれるのだ~!」
少女は決め顔で言った。
少年は不審者を見る目でたじろいだ。
「あーはいはい、ファウさんほらほら異界人さん驚いていますよ。後は私が説明しますから…」
もう片方の少女が小柄な方の少女の熱弁を制止した
「異界…?なんだって?」
少年は初めて聞く不可思議な言葉に思わず聞き返した。
「つまりあなたはこことは違う世界から来たという事ですよ。
私はリーゼといいます。それでこちらがファウナさん、あなたのお名前は?」
金髪の少女は少し微笑むと聞いてきた。どうやらこちらはまともっぽい
「なまえ……、名前は……」
まだ記憶がぼやける少年は手に持った刀を杖代わりに立とうとした…が、
「…!?」
突然驚いたように右手をまじまじと見始めた。
「どうした?その刀がそんなに珍しいか?」
「いや…そうじゃなくて…」
少年が何かを言おうとしたとき、突然目の前に四角いスクリーンが出現した。
「うわっな、何だ!?」
慌てて後ろに飛び退くが、そのスクリーンもぴったりと少年の目の前にくっついてきた。
「慌てるな、別に害をなすものでは無い、よく書いてあることを読んでみろ」
ファウナと名乗った少女の言うとおり空中に浮かび上がったそれはまるでRPGのウィンドウ画面の様に四角い枠に囲まれた中に文字が書かれていた。
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パンパカパ~~ン!おめでとうございます!!あなたは無事異世界に転生を果たされました。
さてさてそれではお祝いに神様から素敵なプレゼントがあります。
な、なぁんとぉ~あなたの身体能力が十倍以上になるスペシャルサービス!
身体強化を受けますか?
・・・YES ・・・NO
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それは何とも怪しい文面だった…
「さあさあ迷わずにチャチャっとYESを押しちゃってください、それだけでお手軽に強くなれますよ」
リーゼと名乗った少女がにこやかに進めるが、少年は迷わず、NO!を選択した。
画面のNOの部分に手を触れるとウィンドウ画面はすっと消えた。
「ああ!もったいない!」
当然YESを押すものと思っていたリーゼは驚くが、
「こんな怪しい勧誘にほいほいYESを押せるか」
少年は怪しい勧誘にうかつにハンコを押さない主義だった。
「珍しい異界人だな…まあ、後悔するなよ」
ファウナがそう言った時、周りの茂みから数名の男たちが現れた。
身なりは汚く、それぞれ斧・短剣など思い思いの武器を持っている。
少女2人は少し後ろに下がり、少年はようやく立ち上がった。
「女が2人と、後ろのが異界人か?」
にやにやと下卑た笑みを浮かべリーダーらしき男が言った。
「知り合いか?」
少女2人に一応確認してみる
「違いますよ。盗賊ですよ盗賊、このままだとあなたは身ぐるみはがされた上に惨殺。私たちはあの男たちの欲望のはけ口にされ全裸で森の中に捨てられ、そして!」
「お~い、そのくらいで帰ってこ~い」
ハアハア言いながら楽しそうに語りだしたリーゼをファウナが軽く頭を小突いて制止した。
少年は思った、こいつも変な奴だと。
「おい、お前ら!!」
すっかり無視された盗賊のリーダーは声を荒げて叫んだ。まだ金を出せとかお決まりのセリフすら言っていないのだ。そうだこの能天気な奴らに俺たちの怖さを教えてやろう、そう思った時、突然!森がざわついた。
グオオオオオン!!
大きな咆哮と共に木々をへし折り何かが近づいてくる。
鳥たちがけたたましく飛び立ち、現れたのは巨大なイノシシだった。
いや!姿こそイノシシに似ているが大きさは数倍、しかも全身を鎧の様な物で覆っている、おおよそ自然に生まれた生物とは思えない禍々しい姿だった。
「う…嘘だろ…なんでこんな所に魔獣がいるんだ」
「魔獣?」
盗賊たちが後づさりながら呟いたセリフの中にまたしても少年には聞きなれない単語があったので、少年は隣にいるファウナに聞いた。
「魔獣、モンスターともいう、あれは生物では無い。まぁ魔力によって動く人形といったところだ」
「誰かが動かしているのか?」
「いや勝手に動くぞ、行動原理は単純だ、奴らは自分で魔力を生み出せないから他の生き物を襲って魔力を奪う」
「魔力…?」
説明の中にまたしても知らない単語が混ざっており、この世界がさっきまで自分が居た世界とは違うのだろうと、理解はしつつも頭がパンクしそうだった…
「魔力とは、この世界の生き物なら大なり小なり誰でも持っている。”見えない力”みたいなものです。あっ異界人の人は、みんな結構強い魔力を持っているんですよ」
リーゼが補足した。その前では、つい恐怖のあまりちょっかいを出してしまい真っ先に魔獣の標的となった哀れな山賊たちが逃げまどっている。今はまだ体力があるが、いずれはその体力も付き、魔獣の餌食となった後には次の標的はこちらになるだろう。
「では異界の者よ、まずはその実力を見せてもらおうか、まずはあの怪物を軽く切ってこい。ほらぁどうした?肉体強化を受けなかったツケは大きいぞ」
ファウナはいたずらっぽく笑うと少年に”行け”のポーズをした。
少年はジト目で”行くか!”と言う顔をした。
すっかり忘れていたが、目の前では盗賊たちが魔獣に追い掛け回されていた。そろそろ体力も限界っぽい。
「なんだよ~年長者の言う事は聞くもんだぞ」
「どう見てもお前の方が年下だろうが」
見た目11・2歳かそれ以下にしか見えない少女は、フッと笑うと右目に手を当て、宝塚並みのオーバーアクションで
「ふっ、わが肉体は暗黒の魔王の呪いを受け年も取らず永遠の時間の牢獄の中にいるのだ」
ファウナは決め顔で言った。
「じゃあ何歳だ?」
「聞いて驚け!なんと今年で44だ!」
ファウナは、可愛く両手の指を四本づつ出して言った。
少年は黙ってファウナの両のほっぺたを引っ張りながら。
「そ・れ・で・も、ワシの半分以下だろうが!」
「なんだとう、お前いくつだ!?」
ぷにぷにのほっぺを引っ張られながらファウナが言った。
「ワシか?ワシはなぁ……。」
少年は、左手を伸ばし右肩からベルトでぶら下げられていた刀に手をかけながら盗賊と魔獣が追い掛けっこをしている所へゆっくり歩き出した。
「心一刀流・七代目師範…」
静かにそう言いながら少年はすっと盗賊達を横切った、右肩からぶら下げた刀を左手一本で苦も無く引き抜く。
そこへ魔獣が飛び込んできた。
キンッ!魔獣と少年が交差した刹那、光が二・三度キラめいた。少年はそのまま流れる様に、抜いた刀を左手一本で鞘に戻した。
「志藤 誠司 !95歳!」
少年はびしっと言い放った。
次の瞬間!巨大イノシシの首と胴が真っ二つになる。そして飛び込んだ勢いのまま地面に転がりながら木々に激突した。
「あの~、せ~じさん?」
リーゼが苦笑しながら誠司に手鏡をむけた。鏡の中には目つきの悪い生意気そうな少年が映っていた。誠司はそれが自分の顔だと理解するまで数分を要した・・・
やがて
「なんじゃこりゃあ!!~」
森の中に絶叫がこだました。