千賀一夜の一生
東京都某所。そこにはアラブ式宮殿を模したような豪邸が存在していた。
ディ〇ニーランドに匹敵するサイズの巨大な敷地。橙と白を基調とした外見。
番犬代わりに放し飼いにされている凶暴な熊。
世間ではロックダウンや感染爆発等と騒ぎになっているが、半径1kmの敷地も買い取りビル群を取り壊したためソーシャルディスタンスも完璧だ。
「一夜様……♡」
その宮殿の最も優雅な部屋にて、”俺”は側室たちの敬愛を得る。
彼女らは全員上も下も裸を曝しており、自身の姿をより官能的に見せるためだけに衣類や装飾品を身に付けることを許されていた。
俺の名は千賀一夜。若干20歳にして石油取引やFXで5兆もの大金を手にした唯の億万長者だ。
今は朝の3時になるが、俺には時間はおろか昼夜の区別などない。
ただ寝たい時に寝て、喰らいたい時に喰らい、やりたいようにやる。
彼女らの胸に実った果実をクッション代わりにしながら、俺はふと気になり資産状況の確認を行っていた。
大金を得てからはバイトのセバスチャンに資産運用を任せてある。
なにせこの大金だ。ある程度のセオリーさえ分かっていれば失敗しても無傷に近く、成功すれば莫大なリターンを得るような手段はいくらでも取れた。
バイトだろうとなんだろうと、俺のアバウトな指示で適当に動かすだけでもそれなりに儲かるのだから俺自身が取引するまでもなかった。給金も潤沢。セバスチャンは高校の時のダチだが、雇い始めたころは涙ながらに感謝されたものだ。
世間一般の下々民共は自分の肉体と時間を売り、金を得る。
だが俺は違う。膨大な金で他人の肉体と時間を買い、さらなる金を得るのだ。
絶対的上位のライフステージ。金の成る木。
俺の側室達も一人辺りの日給を数十万は出しているから、誰も不満がない。
余裕の貫禄で俺が〇〇〇証券のサイトのページを開いた俺は徐々に入荷が少なくなっているであろうコロナビールを全身に浴びた側室の肌を舐めながら、このセクターの今日の稼ぎが一体幾らになっているかと希望を胸に膨らませていた。
……だが。
「ま、マイナス304兆……!?バカな……原油先物W〇Iだと!?アレはもう俺たちは手を引いた筈……ッ」
声を荒げる俺。 側室達がキャアと悲鳴を上げる。
直ぐに俺はセバスチャンに電話を掛ける。
だが暫くコールが鳴った後留守電案内が始まる。そして留守電メッセージがいつもと違っていた。
『よおーイチヤ、冷えてるかー?よくも俺を散々セバスチャンセバスチャンと人の名前も覚えず扱き使ってくれたなァ。俺は俺の恨みを晴らすために一部の資金だけ見よう見まねで貯めた俺の資産に移動して、俺の知ってるお前の財産全てをなんかよくわかんねーけどすげー下がり始めてた奴に突っ込んどいたよ。俺はお前に雇われる際に戸籍とか全部消えてるから、このまま適当なところで第二の人生を歩むよ。じゃあな!』
背筋が凍った。いつも音量MAXのスピーカーでビデオ通話だったため、その留守電受付メッセージは側室達にも聞こえていた。大多数は不安げに、ある者は目を見開き、ある者はアルカイックスマイルで、またある者は涙をこぼしながら俺を見つめていた。
セクタAの資産が10億。
セクタB~Fの資産を合算すると約2兆。
……そしてセバスチャンに任せていたセクタGの資産は、マイナス304兆飛んで92億2375万4335円…………!!!
絶望だ。どうあがいても絶望だ。
……ゼロカットは?ない。
……夢?ほっぺが痛い。
クソが。なら警察に突き出してやろうと思ったが、あいつの名前を俺は知らない。
俺は顔を覚えるのも苦手で絵の才能もない。
通っていた高校ぐらいしか覚えてないが、そもそも奴はその存在をあの高校で誰にも知られていない幽霊生徒。俺が生徒会長だったからこそ発見できた、誰の記憶にも残らぬ存在だったのだ。それを面白がって家来にしてやって毎日大金を与えてやったのに、恨みを晴らすだと?!
畜生、ならば高校にかけ合おうと思ったが奴の言ったように俺が奴を雇う際に奴の個人情報は全て抹消した。 記憶だけが頼りだ。探偵を数十人雇って当時の全校生徒一人一人に聞くしか……
ゴツン。
バールのようなものでいきなり後頭部を殴られる。
俺が振り向くと、そこには大勢の側室達を束ねた、修羅の形相の女がいた。
名前は忘れた。染めた金髪が似合うヤンキースタイルの美少女だ。手にはバールのような形状の金塊が握られていた。
「テメー、私らの人権無視するようなプレイ毎日強要してたくせに、もう金が払えねえんじゃねえだろうな……?」
裸体に巻き付かれた飾りの宝石がずれ落ちる。
ああ思い出した。名前は忘れたがこの女は東北の珍走団のトップを張った女だった。
刹那。俺は誰かに張り手をされる。
黒髪のツインテールの貧乳美女。俺に命令され伸ばした乳首が揺れる。顔以外は漫☆〇太郎の漫画に登場するバケモノみたいな見た目だった。名前は忘れた。彼女は自分の考えを言語化するのが苦手らしい。泣きじゃくったあと、さらに俺の股間を思いっきり蹴った後、放心状態の俺を更に殴打する。
「……一夜様。わ、わたし……ストレス発散のためにホスト通ってて……最近コロナで行けなくなってからはVTuberに貢いでて……貯蓄がないんですけど……。」
目を見開いた緑髪の女が震えながら言う。
確かに酷い扱いをした分破滅的な使い方をするのもやむなしなのだろうがそれにしてもあれだけ金を与えられていて将来分の貯蓄を残さなかったのは自業自得だと返そうとしたが俺が口を開こうとするやいなやバールのようなもので顔を思いっきり横殴りにされる。ヤンキーの女だった。
ヤンキーが「どうすんだよおおおお」と叫ぶ。こっちのセリフである。
「助けてくれ!!助けて!!!」
俺は血を流しながら逃走を始める。
ヤンキー・山姥・緑髪の女を筆頭に、半数程の側室達が俺を追いかける。
残り半数の内3割程は糸の切れた人形のように呆然と立ち尽くしていた。
部屋に留まった側室達の内冷静さを取り戻したと見られる数名が彼女たちそれぞれの部屋へ移動するのが見えた。
庭へ出る。芝生と土を素足で感じる。
門番代わりの熊達が居る場所に出る。
……よし、こいつらに裏切った側室共を食わせてしまおう。
そう思い口笛で熊に合図をしようとしたが、しかし熊が狙ったのは俺だった。
爪で肌を裂かれる。マウントを取られ拳で顔面を殴打される。
頬を食われる。歯が砕ける音と感覚。内臓も裂かれ始める。
薄れゆく意識の中、俺は思う。
セバスチャン、殺すべし………!!
ヤンキー達が熊に喰われる俺を呆然として見ていた。
視界が曇る。
「金持ちだからノーダメージや。きっとやり直せる。」と思ったが、
今の俺はマイナス300兆ぐらいの負債を抱えている、唯のニンゲンだった。