8:私と赤雷の剣姫
ケートに戻った私達はブラックウルフの討伐証拠をギルドに提出して報酬を受け取った。
そのままギルドの隣の食堂で昼食を済ませると今日は解散ということで、皆はそれぞれ自由な時間を過ごすこととなった。
この後どうしようかなと考えていたら、道行く冒険者がチラチラと私の方を見ているよう気がする。もしかして腰に下げているクロノスフィアが気になるのかな?
「ねーねーエリシア、エリシア」
私が周りの視線を気にしているとアニーが私の服を引っ張ってきた。
「ん? どうしたのアニー」
「それどうするの?」
アニーはそう言ってもう一つ私の腰に下がっているジェイクの作ったショートソードを指差してきた。
「どうって、なにも考えてないけれど……なにかあるの?」
「いやさぁ、それはもうこれから使えないじゃん。だからと言って持ち歩くのはかさばるじゃん。だからどうするのかなぁって」
考えてもいなかったそんなこと。たしかに持ち歩くには邪魔になるかも。
でもジェイクがせっかく作ってくれたんだし捨てるつもりは毛頭ないよ。
「もしこれからも使いたいんだったらさ打ち直してもらったら?」
「打ち直し?」
「鍛冶屋に持っていってナイフとかに打ち直してもらうんだよ。それならこれからも使えるじゃん」
へーそんなことが出来るんだ。それなら持ち歩けるからちょうどいいかも。
アニーに聞いてみたら思い入れのある道具をそうやって別の形で使えるようにするのはよくあることなんだって。
「じゃあそうしようか」
「ちょっと待ちな」
私がアニーにどこへ行けば良いのと聞こうとしたとき、シェリアが怖い顔をして呼び止めた。
「エリシア、そいつはあんたの旦那が作ってくれた物じゃないのかい?」
「そうだけど?」
「だったらそのままにしておくのはダメなのかい?」
ん? どういうこと?
「このままだと持ち歩けないからアニーの言う通りにしようかなって」
「打ち直しってことはそれは別物になるってことだけどいいのかい?」
確かに剣からナイフに変わるのは別物と言えるかもしれない。
「それは……」
「でもただの置物にするのはもったいないじゃん。だったら使える形にしたほうがいいよー」
アニーの言うことも分かるんだよね。
「はぁ、あたしはエリシアが納得していればそれでいんだけどね。ちゃんと考えてから決めるんだよ」
シェリアはそう言うと適当にそこら辺で飲んでくると言ってどこかへ行ってしまった。シェリアは何が言いたかったんだろう?
というかまだ明るいんだけれど早くない? 飲みに行くの。
「あたし腕の良い職人知ってるよー。付いてきてー」
アニーはそう言うとさっさと先に行ってしまう。ちょっと待って置いていかないでってば。
「ここだよー」
アニーが教えてくれた職人のお店はいかにも鍛冶屋といった感じのお店だった。中から金属を叩く音がリズミカルに聞こえてくるし、壁に掛けられているプレートにはオーグ武具店と書いてあるのが分かった。
ハンマーのリズミカルな音はジェイクを思い出すからなんか嬉しくなってくる。
「おっちゃん来たよー」
アニーが先に入ってしまったので私も続いて入る。カウンターには誰もいなくて奥の作業場に大柄な男の人がハンマーで真っ赤な鉄を叩いていた。
「アニーの嬢ちゃんか。どうした今日は?」
「実は彼女の剣を打ち直してもらいたいんだ」
「ああん? そんな魔剣なんざ打ち直せる訳ねえだろが」
私を見たおじさんは腰のクロノスフィアを見てそう思ったのか睨みつけてきた。こ、怖い! 迫力がある。頭に髪の毛が無いから余計迫力が上がってるよ!?
「違う、違う。それじゃなくてこっち」
アニーがいつの間にか私のショートソードを持ち出しておじさんに渡していた。
「なんだこのなまくらは。ずいぶんひでぇ出来だ。見習いの仕事か?」
し、失礼な! それはジェイクが頑張ってくれた剣で私がワガママ言った結果なのに。私が文句を言おうとするとアニーが私を遮るように前に出てきた。
「まぁ、確かにそれは出来は良くないかもしれないけれど、彼女の旦那さんが下手なりに彼女のために作ったんだよー。それにおっちゃんにかかれば大抵が見習い扱いになるじゃん。」
このおじさんそんなに凄い腕の持ち主なんだ……そうは見えなかったけれど。
「もちろんまともな剣の繋ぎにしかならないのも分かっているけれど。だから素人が作った愛の頑張りってことであんまり悪く言わないでおいてよ」
アニーそんな風に思っていてくれたんだ。
ありがとう、アニー。なんかすごく嬉しいよ。
繋ぎにって考えていたわけじゃないんだけれど。使えるならずっと使っていたかったんだよね。そりゃあクロノスフィアには到底敵わないのは分かってるけれど。
「まぁ、俺は素人が作った物に命を預けるのは反対だが、初心者の懐事情も理解できるしな。悪かったよ、ちょっと言いすぎた」
「いいえ、そんなことは……」
「それでこれはどうしたいんだ?」
「ナイフに出来ないー?」
「ナイフか。最悪、完全な打ち直しになるが構わないか?」
完全な打ち直しって何か違うのかな?
「ええと、完全な打ち直しというのは?」
「溶かして作り直すことだな。まだ全部見たわけじゃないから何とも言えんが」
え? 溶かすの? それは嫌だなぁ。
「でもエリシア。おっちゃんが出来なかったのなら他の鍛冶屋でも無理だと思うよ? 私達が頼める範囲の鍛冶屋だけどね」
アニーが私の不満に気付いたのかそんなことを言ってくる。
「ちなみに頼めない範囲だと?」
「そもそも受けてくれない」
それじゃどこもダメだということなのかな? 仕方がない、最悪ということだから取り合えずお願いしてみよう。今のままじゃサブウェポンとしても持ち歩くには不適切だし、ナイフにしてもらった方が良いよね。
「すみませんが、お願いします」
「分かった。明日には出来るから明日の昼頃に来てくれ」
おじさんに任せて店を出る。明日の昼かぁ、確か明日は他の冒険者との共同依頼だっけ。昨日、レイラがそんなことを話していた気がする。
「今日はもう宿に帰ろうか」
アニーもそう言うし今日は帰ろうかな。明日も朝早いし今日は疲れたよ。
ジェイクの剣の打ち直しを依頼した次の日、私達は他の冒険者との共同依頼でケートから離れた森に来ていた。
今回一緒に冒険するのは“勇気の盾”というパーティーで何とラルフさんとオイゲンさんのいるパーティーだったからビックリ。
「今日はよろしくお願いしますね」
「こちらこそよろしく頼む。なにせ君たちは今注目されている期待の新人だから今日が楽しみだったからね」
「今日はよろしくな。しかし、ゴブリンキングの時といいお前らは凄いな。こんなに早くランク二に上がりそうなパーティーなかなかねぇよ」
「みんなが凄い人ばかりだからだよ」
私がそう言うとオイゲンさんは首を振って呆れたように溜息を吐いた。
「お前さんも大概だからな、まったく」
“勇気の盾は”剣士のラルフさんと戦士のオイゲンさんにスカウトのコントールさんの男性三人のパーティーで活動しているらしい。癒し手がいないのに大丈夫なのかなと聞いたらそれはポーションで補っているらしく費用がかさむとコントールさんが苦笑していた。
そもそも今回の依頼で私達“女神の剣”と“勇気の盾”の二パーティーが協力するようになったのは討伐対象のフレイムリザードの数が多かったからだったりする。
困っていた私達にギルドの受付のリセリアさんから他のパーティーとの協力というアドバイスをもらったので、ついでに紹介してもらったところ“勇気の盾”をお勧めされたのが理由だったりする。
「ストップ、見つけた」
コントールさんがそう言って指差したほうに赤い鱗を持つ大きなトカゲがいた。尻尾まで含めて一メートル半くらいあるトカゲは見た目から怖い。
しかもチロチロと口から火が漏れているのが分かる。火を吐くからフレイムリザードって言われているのかな?
数も十体と結構多い。
「ドラゴンの仲間とかじゃないんだよね?」
「ドラゴンとは違いますが火を吐くという点では似たようなものですね」
私の疑問にレイラが答えてくれる。レイラによると氷の魔術や意外なことに雷の魔術が有効らしい。ちなみにこの国には火竜というドラゴンがいるらしくこっちは正真正銘本物の火を吐くドラゴンらしい。
「寒いとトカゲは寝るって言うから氷は分かるけど、なんで雷?」
「雷の魔術なら麻痺させたり鱗の防御を無視できるのが理由だからだろう」
ラルフさんの言う通りなら私の魔術もいけるかも。最近新しく覚えた雷の魔術を使ってみたいし。
「武器の場合は鱗に弾かれたり受け流されるので刃物よりも鈍器のほうがいいからな」
オイゲンさんがそう言いながらハンマーを取り出した。シェリアもいつもの斧じゃなくて大きな棍棒を用意していた。
「私も何か持ってくれば良かったのかな?」
「いや、あくまでも斬りにくいだけで斬れないわけではない。だからそこは腕でカバーすればいい」
なるほど、そうなんだ。
うん、ラルフさんの言う通りだね。私は剣で斬ってみせる!
みんなそれぞれ配置に付いたみたい。
よーし、作戦は私の雷の魔術での奇襲から攻撃に移るんだからここはいっちょ派手に凄いの使っちゃえ。
魔術はまだ三つしか覚えていないけれどその中で一番強力なやつをプレゼントしてあげる。
……まだ実力不足で詠唱に時間がかかるから実践ではとても使えないんだけれど。
「天に渦巻く神の怒りよ、その怒りは決して静まることはなく愚かなる罪人を打ち砕く。大いなる神よ、その怒りと裁きの鉄槌を振り下ろしその威を鳴らしめたまえ! サンダースコール!」
とっておきの魔術は落雷となって雨のようにフレイムリザードに降り注いだ。物凄い轟音と悲鳴のような鳴き声が響き渡る。
雨のように降り注いだ落雷が静まるとそこには痺れて動けないフレイムリザードがいた。三匹は黒焦げになっているけれどまだ七匹残ってる。今のうちに片付けないと。
「エリシア、そっちは任せた!」
ラルフさんがそう言って駆け出していく。私も任されたからにはしっかりやらないと。
鱗で滑らないように気をつけながら首を斬りおとす。鱗は防具などになったりするらしいからなるべく綺麗なほうがいいらしい。
先制できたのが効を奏したのか特に苦労することなく始末することが出来た。クロノスフィアも絶好調だね。
「お疲れ様です、エリシア」
レイラがそう言いながらやってきた。
「やはりもう少し使いやすい魔術も必要ですね。今はあの程度の威力だから問題ありませんが習熟してくれば全部消し炭にしてしまう威力にはなるでしょうから」
「そうだね、もっと精進しないと」
それにちょっと疲れちゃった。魔力を結構使ったみたいだし今日はもう休みたいな。
「よぉ、お疲れさん」
オイゲンさんも後始末が終わったのかホクホク顔でやってきた。きっと結構良い感じの鱗が多く取れたに違いない。
「しかし、凄まじいなお前さんの魔術。これで剣士だっていうんだから驚きだよ」
「魔術はレイラの足元にも及ばないんだけれど……」
「本職に勝てないのは当たり前だろ。ましてやそっちの嬢ちゃんはエリートだったわけだろ。そんなん張り合うほうがおかしい」
そういうものなのかなぁ?
「……赤雷の剣姫」
「へ?」
コントールさんがボソッと呟いたんだけどナニソレ?
「剣と雷の魔術を使う赤髪の女剣士だからかっこよく言ってみたんだ。他の冒険者にも言って良い?」
言って良いって聞かれても困るんだけど。こういうのって普通なのかな?
「二つ名ってやつだね。有名な奴や実力者が自然と呼ばれて定着するアダ名だね」
シェリアが解説してくれたけど正直私にはまだ早いと思う。
「早くても皆がそう呼べばそうなるって。あとは実力をつけていこうよーゴーゴー!」
まだ早いとこぼした私にアニーがそう言いながら励ましてくれる。
「まぁ、僕もそう呼ばれるくらい実力があると思うから言うんだけどね」
コントールさんもそう言ってくれるし、赤雷の剣姫って呼ばれるかどうかは別としてがんばってみてもいいかも。
「エリシアなら大丈夫だと私も思う。もしよかったらこれからも依頼を共に受けたりしてはどうだろうか?」
ラルフさん達と一緒にまた冒険か。仲間の方を見てみると頷いてくれたので大丈夫ってことだよね。
「そうですね、これからもよろしくお願いします!」
ラルフさん達優しいし良い人だから頼りにしちゃうかも。
よーし、これから頑張ろう!