7:私と魔剣
ちょっと長くなりました。
「エリシア! そっち行ったよ!」
シェリアが罠にかかったブラックウルフを仕留めながら叫んだ。罠にかからずすり抜けた数匹が私のほうに向かってくる。
ブラックウルフは通常の狼よりも大きく鋭い牙と爪を持っているモンスターだ。必ず群れで行動するので危険性は高いのだけれど、一匹一匹は大したことがないからランクの低い冒険者でも相手することが出来る。だから私達でも依頼を受けることが出来るんだけどね。
「数は三匹、問題ないね」
駆けてくるブラックウルフに向かって飛び出していく。
大きく開いた口に剣を滑らせてそのまま斬り裂く。右から飛び掛ってきた一匹を蹴り飛ばしながら、死角から襲おうとしたブラックウルフに向かって手の平を向けて魔力を集中させる。
「サンダーアロー!」
雷の矢がブラックウルフを貫き焼き焦がす。蹴られたブラックウルフが逃げようとするけれどそれは無理だよ。
「サンダーアロー!」
私の魔術よりも大きく鋭い一撃が逃げ出したブラックウルフを貫いた。さすがレイラの魔術だなぁ。同じ魔術なのに私のよりも大きく鋭いのはやっぱり習熟の問題なんだろうなぁ。
私達はケートへと向かう街道にブラックウルフの群れが出現したので対処して欲しいと言う依頼を受けたのだ。
あらかじめおびき寄せる罠を張っておいてそこに雷の魔術を用いた罠で痺れさせて一網打尽という作戦だったのだけれど、実際は数匹逃してしまったので要反省かな。
「おつかれー」
待機していたアニーが麻袋を持ちながらやってきた。今回アニーの出番は無かったので討伐証拠の回収係りをお願いしている。
「お疲れ様でした。みなさん」
「数匹逃したけれどおおむね成功じゃないかねぇ」
「私的には罠で一網打尽出来るくらいに魔術の練習しないといけないと思ったんだけど」
そう、今回の罠の魔術を張ったのは私だからなおさら悔しい。レイラに任せれば問題は無かったかもしれないけれどやっぱり出来るようにはなりたいし。
「終わったよー」
アニーが回収し終えた袋を持ち上げて見せてくる。あとは皮を可能な限り剥いで死体は焼いておかないといけない。血の臭いや死体に集まって他の魔物が来てしまったら何の意味も無いのだから。
死体を焼いて後片付けを済ませる頃には太陽が真上に昇っていた。そろそろ帰ってお昼にしたいな。喉も渇いたしジェイクの薬草茶が飲みたいなぁ。
「お茶が飲みたい」
「お茶ですか?」
「うん、ジェイク、旦那様がいつも淹れてくれるんだ。とっても美味しいんだけれど私ではその味が出せないんだよね」
私がそう言うと皆は感心したようにうなずいてくれた。引き上げの準備も終わったので皆に帰ろうと声をかける。
「そろそろ帰ろうか」
「そうですね。ケートの近くの街道とはいえ徒歩ならそれなりにかかりますからね」
「あたしも腹減ったしね」
「おなーかすいたーなんかくーわせー」
みんなお腹ぺこぺこだし帰ろう。ところでアニーはお腹すいている割には元気だよね?
しばらく歩いていると道の向こうに馬車が止まっているのが見える。
「レイラ、あれって」
馬車の方を指さすとみんなの目が鋭いものに変わった。それと同時に金属を打ち付けるような音が響いてくる。やっぱり! 誰かが戦っているんだ。
「どうするー?」
アニーが困ったように聞いてきた……ってあれ? 助けに行かないの?
「野盗とかだったら問題ないのですが、もし貴族同士の争いだとしたらやっかいなことになります」
「かといって確かめに行って分かる距離まで近づけば見てみぬ振りも出来ないしね」
そ、そんなことってあるの? 誰か襲われているのなら助けるものだと思っていたけれど。
「私、行くよ。だってこんな道の真ん中で襲い掛かる人なんてまっとうな人なんかじゃないよ。だから私は襲われているほうを助けたい!」
私がそう言うとみんなは少し考えた後うなずいてくれた。
「そうですね、エリシアの言うとおりです。そういうことなら往来の邪魔なほうを排除してしまいましょう」
「邪魔だしねー。早く帰りたいし、それに怪我人がいたら早く治療したほうが助かるかもしれないし」
「まぁ、リスクを恐れたら冒険者やる意味ないわな。いっちょやろうかね」
うんうん、それでこそ“女神の剣”だよ。それなら急いで助けに行こう!
急いで駆けつけると馬車を取り囲むように十人の男性がいた。見た目はかなり不潔だし、貧相な装備でいかにも野盗な風貌だから馬車のほうに加勢しよう。馬車を守るように三人の騎士っぽい人がいるけれど一人は怪我をしているのか座り込んでしまっている。
「エリシア、牽制します。切り込んでください! フレイムウェイブ!」
レイラが魔術を唱えると炎が波のようになって取り囲んでいる野盗へと向かっていく。
「な、なんだ! 魔術だと!」
「あちぃぃぃぃぃぃ!」
火達磨になっている野盗は無視して、座り込んでいる騎士に斧で斬りかかろうとする野盗を蹴っ飛ばす。そのまま倒れこんだ野盗を気絶させて残りの野盗と対峙する。
「なんだ! てめぇ……って女だと? へっ、ちょうどいいお前も商品にしてやるよ!」
ショートソードを持った野盗が私を見ていやらしい笑みを浮かべる。気持ち悪いなぁ、女だからって馬鹿にされるのも嫌だしこんな風に見られるのも好きじゃない。
「おらよ!」
斬りかかってくる野盗の剣をかわして剣を持つ手を斬りつけた。たまらず剣を落とした野盗の頭を剣の腹で叩いて気絶させておく。
「君たちは?」
「冒険者です。加勢に来ました」
騎士の一人が私達を見て聞いてきた。とりあえず事実だけ言っておけばいいよね。正直騎士とか会ったことがないからどう話していいか分からないし。そういうのはレイラに任せて私は残りの野盗を倒してしまおう。
「邪魔だよ!」
「プロテクション!」
突撃するシェリアにアニーが防御の加護を与えて支援する。シェリアの斧に頭を叩き割られた野盗はそのまま崩れ落ちた。
シェリアはあっさりと野盗を殺してしまった。
あまりにもあっさりと死んでしまうから私は怖くなってしまった。だって人を殺すなんて考えたこともなかったから。
やっぱり殺さないといけないのかな?
全ての野盗を倒して生き残ったのを縛り上げておく。といっても生き残ったのは私が気絶させた野盗だけだから私が甘いという証拠なんだろうな。
「助かった。礼を言う」
騎士の一人が私達の方にやってきた。座り込んでいた騎士はアニーが今診ているので大丈夫だと思う。
「いえ、お気になさらずに。たまたま通りかかっただけなので」
レイラが騎士の相手をしてくれるから任せておこう。
「ねぇシェリア。やっぱり野盗でも殺せないのはダメなのかな?」
「ん? どうした?」
私はシェリアに殺せなかったことを話してみた。だってこれからも冒険者やるのに殺せないことで皆を危険にさらすことがあるのならそれは今のうちに何とかしておきたい。
「んー、あたしが言うのもなんだけれど、別にいいんじゃないかい? そもそも人を殺すことに抵抗が無いほうがどうかしてるわけで。まぁ、否が応でもそのうち慣れざるをえないかもしれないけれど、その時はその時でいいんじゃないかい?」
そうなのかなぁ? 私ではそうだと言われればそうなんだとしか言えないけれど。どうしたらいいんだろう。
「その方の言う通りですわ。人を斬れることが剣士の本質ではありませんわ」
そんな私達にドレスを着た綺麗な女の人が声をかけてきた。輝くような金の髪に透き通るような青い瞳の美少女だ! 後ろには細長い箱を持った女の人が立っている。もしかして侍女ってやつかな。
「えーっと、どなたでしょうか?」
「名前も名乗らず失礼しました。私はアレイシア・スフィールドと申します。先ほどは助けていただきありがとうございます」
アレイシア様はそう言って頭を下げたんだけど貴族が頭を下げてもいいの? 私分からないんだけれど?
「お貴族様が頭なんか下げても良いのかい? あたしらなんかにさ」
「命を助けてもらったのです。頭ぐらい下げるのは当然でしょう。特に今回は不運が重なったことが危機を招いたので、せめて自らの行いだけは正しておきたいのです」
「不運? 何かあったのかい?」
シェリアがそうたずねるとアレイシア様は何があったのか教えてくれた。
「護衛に六名の騎士を連れておりましたが運悪くブラックウルフの群れに遭遇しました。仕方なく三名が残り私達は先を急ぐ形で避難をいたしました。我が家の騎士ならばブラックウルフの群れくらい殲滅は出来なくとも時間を稼いだ後に逃げることは可能です」
「……騎士って強いんだねシェリア」
「騎士、冒険者に関わらず実力者はいるからねぇ。もっとも冒険者より強い騎士はいても弱い騎士なんて滅多にいないけどね」
「ですが、いくら騎士といえど奇襲を受ければ崩れることもあります。実際今回はブラックウルフの襲撃から逃れた直後にあの野盗から奇襲を受けたのです。運悪く一人の騎士が負傷したために騎士二人では十人の相手は無理がありました。ですがこれらの結果は騎士たちの実力不足だけが原因とは思ってはいません」
「そりゃまたなんでだい?」
シェリアが首をかしげた。
「結果だけを見れば騎士達の失態ですがそれで終わっても意味はありません。本当に問題を解決するのならば護衛の人数の見直しに街道の治安、モンスターの駆除。それらを総合的に判断して初めて騎士のミスが見えてくるのです。そしてこの移動を決定した私の責任も。切り捨てるだけでは何も意味はありません。それは尊い血を持つ者の責務を放棄する行為です。それにここまで悪いことが重なるのならばそれはどうしようもないこともあるでしょう。ですから私は今回の件は不運が重なったと言ったのです」
「なるほどねぇ」
なんか貴族って大変だなぁ。私には到底無理だよ。
「よろしければお名前を聞いてもよろしいでしょうか?」
アレイシア様が私の名前を聞いてきた。
「エリシアって言います」
「エリシア様ですね。いいお名前だと思います。それで先ほどのお悩みですが私は特に問題があるとは思っておりません」
「……えーっとどうしてでしょうか?」
「そもそも剣といった武器は命を奪うのがその存在理由です。ですから剣を使って人を殺すのはある意味当たり前と言っても過言ではありません。ですが、それを振るうのは人間です。ですから命を奪うかどうかはその振るう本人が決定することです。剣を自在に操るのが剣士です。剣に操られ血に酔い人を殺すのは論外ですし、危険があるからではなく、後が面倒だから殺すというのは剣士とは言えません」
「失礼かもしれないけれど、アレイシア様は剣を使うのかい? あたしにはそう見えないんだけど」
シェリアの言う通りで全然そういう風には見えない。手もスベスベしていそうだしキズ一つ無いお肌なんかとてもじゃないけれど剣を持ったことは無いように見える。
「私は剣士ではありませんが剣は好きです。好きが高じて剣を集める趣味まで持ってしまって家族を困らせているのですが止められそうにありません」
なんか凄い趣味が来た! もしかして伝説に出るような剣とか持ってるのかな?
「そこでエリシア様、一つお話しがあります」
「は、はい」
私なんかに様づけしなくても良いのにって言い忘れてた。
「皆様には後で私からギルド経由で報酬をお支払いしますが、それとは別にエリシア様にお渡ししたいものがあります。あれをここに」
アレイシア様がそう言うと箱を持っていた侍女さんが前へ進んできて、箱の中から一振りの剣を取り出してアレイシア様に手渡した。黒の鞘に黒の柄で全体的に金の装飾が走っていてまるで夜空に星が煌いているような剣だ。
「これは魔剣クロノスフィアと申します。鋭い切れ味と持ち主の動きを加速させる魔剣です」
「魔剣クロノスフィアって言えば伝説の鍛冶師ゴードウィンの傑作じゃないかい!」
シェリアが凄く驚いているけれどやっぱり凄い剣だったんだ。
「これをエリシア様、あなたに贈りたいのです。失礼ですがその腰のショートソードはなまくらです。あなたの腕に不釣合い以前の代物です。剣士には己が腕に合った剣が必要ですが、それは剣士の腕が剣に追いついていない場合に限らず逆もあるのです。確かにあなたはまだ大陸有数の剣士ではないかもしれませんがそうなるのは時間の問題だと私は見ています。これでも多くの剣士を見て来たので見極める目は確かだと自負していますから」
ジェイクの作ってくれたこの剣をなまくらと言われるのは我慢ならないんですけど?
お貴族様だから文句は言えないけれどそういうこと言われたら貰いたくない。
それに簡単にそんな凄そうな剣貰えないよ。
「その、流石にそんな凄いモノをもらうわけにはいかないというか……理由がないというか」
私がどうやって断ろうかなって悩んでいるとアレイシア様はニッコリと微笑んできた。
「私は剣が好きですし、それを使いこなす剣士が好きです。この剣に溺れず剣士として高みを目指してみませんか? 私はあなたならきっと成し遂げることが出来ると確信していますし、見てみたいのです。あなたが高みへと昇る姿を」
こ、困った。向こうは諦める気がないみたい。シェリアも私の気持ちが分かっているのか何も言えないでいるみたい。
「わたしはこ」
「すみませーん」
意を決して私がちゃんと断ろうとしたときアニーが割り込んできた。
「あなたは? 癒し手の方ですね。我が家の騎士を助けてくださってありがとうございます」
「アニーっていいます。いえいえ、人を助けるのが役目ですから。それでその剣のことですけれどちょっといいですか?」
アニーはアレイシア様の近くまで行くと耳元で何か話し始めた。なんかアレイシア様が頷いているけれど何を話しているんだろう?
話し終えた後アレイシア様は私に向かって頭を下げて謝ってきたって……え? なんで?
「アニー様からお聞きしました。それは愛するご夫君が作られたものなのですね。それを悪く言ったことは謝罪します。ですがエリシア様の腕だと上等な剣以上でないと釣り合わないでしょう。違いますか?」
うっ、それを言われるとつらいものがある。実際最近上がってきた腕に追いついていないっていう自覚があったのは事実だから。
「だから私もその魔剣を頂くのはさんせーい。パーティーのことを考えたら正しい選択なんだし。それにその剣を捨てろって言ってるわけじゃないんだし」
それはそうだけど……
「シェリアどうしたらいいのかな?」
「自分で決めるんだね、あたしは賛成も反対もしないよ。ただ、一つだけ確認したいことがあるんだけれどいいかい?」
「はい、なんでしょうか?」
シェリアが凄く真剣な顔してるけれど何かあったの?
「そいつを貰ったからってエリシアがそっちの私兵になるわけじゃないんだろう?」
「な!」
シェリアの発言に後ろの侍女さんが驚いたあと怒りの表情に変わった。というかそういうことってあるの?
怒ろうとした侍女の人をアレイシア様は手で制した後、胸に手を当ててハッキリと宣言をした。
「そこはご安心ください。私アレイシア・スフィールドの名においてそのようなことは決してないと誓います」
「名前に誓うんなら信用するしかないね。ならあたしから言うことは何もないよ、エリシアあんたが決めな」
うーん、パーティーのことを考えれば貰ったほうが良いし、私も魔剣とか凄い興味がある。ジェイクの剣のことは謝ってくれたしもうそこは気にしなくてもいいわけで……
「分かりました。その剣をもらいます」
「私はあなたの活躍を楽しみにしています」
私にそう言ってアレイシア様はクロノスフィアを手渡してきた。ずっしりとした重みに確かな力を感じる。私はこれを振るってみたい、これで戦ってみたい。そういう思いが胸の中から湧き上がってくるのを私は感じていた。
馬車でケートへと向かうアレイシア様を見送りながら私は次の依頼を受けるのが待ちきれなくなっていた。手の中のクロノスフィアを握り締めながら。
ちなみにアレイシア様は気に入った剣士にこうやって自分のコレクションから剣をあげるのが好きだったりします。もっとも滅多に気に入らないのでなかなかもらえませんが。
剣士を見極めるだけなら達人クラスです。